日本産業の中期展望と今後の課題

〔第一部〕
日本産業の中期展望と今後の課題(総論)

──経済の構造改革による雇用の確保と国民生活の向上を目指して──

2.創造と挑戦の経営による産業の高度化


上記のような環境の変化の中で、わが国の産業は製造業を中心に高度化を迫られており、企業は生き残りを賭けて懸命の対応努力を続けている。企業のあるべき対応の一端は以下の通りである。

  1. リストラ、リエンジニアリングの推進
  2. 内外ともにますます激化する競争の中で日本企業が生き残るためには、コスト削減のための人員整理等の後ろ向きのリストラだけではなくて、多様化する消費者ニーズに対応して、新商品・サービスを速やかに開発し、低コストで提供していくための前向きのリストラ、リエンジニアリングが重要である。
    すでに、「多段階の管理組織」から「情報伝達ならびに意思決定のスピードアップと情報の共有化等を目指した、トップと直結したフラットな組織」への移行、管理部門のスリム化、消費者ニーズに迅速に対応するための製品企画と製造販売の一体化、生産や物流の効率化のための製販同盟、合理化の遅れたホワイトカラー部門等における情報ネットワークの活用、さらには分社化や合併等を通じた競争力の強化等が進んでいる。また、雇用面でも、創造性と積極性にあふれる人材の獲得に向けて、中途採用や通年採用、年俸制の採用などが増加しつつある。今後、こうした取り組みはますます加速されることになろう。

  3. 技術開発の促進
  4. 今回の景気低迷が長引いている原因の一つとして、既存産業の成熟化が指摘されている。円高でわが国の価格競争力が低下している一方、米欧製品の品質が向上し、アジアも急速に技術レベルを高めており、非価格競争力においてもかつてほどの優位を保つことが困難になっている。わが国としては、高コスト構造の改革に努力する一方で、価格が高くても他国がわが国に求めざるをえないような独自の優れた製品、技術、サービスを生み出すこと、すなわち明確なコンセプトに基づいた高付加価値化、差別化が不可欠となっている。
    しかし現実には、エレクトロニクス等で世界の最先端にある分野もあるが、コンピューター、バイオ等多くの分野で日本の技術は遅れをとっている。企業としても、厳しい経済環境下ではあるが、技術開発の強化、戦略化に一層努力すべきである。

  5. 情報ネットワークの活用
  6. ニーズの多様化・質的変化が進む中で、企業はコンピュータ・ネットワークを利用し、末端の消費動向を把握したモノ作りへの対応を進めている。また、FMS化、FA化、CIM化等により、かつての大量生産から、多様なニーズに対応した多品種・少量生産への移行を進めている。また、インターネットを利用した多様なサービスが提供されつつある。
    しかし、情報ネットワークの活用は、情報通信基盤の遅れもあって、米国企業などと比べると十分とは言えないのが現状であり、積極的に取り組む必要がある。
    また、日本企業の特徴の一つとして、人材、ベンダー、チャネルなどをすべて自社専用として「囲い込む」経営が指摘されているが、他方の極には自社は得意領域に特化して外部資源を機動的に利用する「オープン型」経営がある。企業間情報ネットワークの発達とそれに伴う経済のグローバル化は、世界に存在する最良の経営資源を機動的に結び付け、競争力のある商品・サービスを提供することを容易としつつあることから、日本企業も「囲い込み型」と「オープン型」のベスト・ミックスを目指す必要がある。

  7. 国際戦略の展開
  8. 円高が進展する中で、国際的な最適生産体制の構築が急がれており、合弁・業務提携等による開発輸入、現地生産にとどまらず、共同商品開発、共同研究開発等も行われるようになっている。これまで生産は海外に移転しても研究開発については国内に維持されてきたが、現地のニーズに合った製品を開発する、あるいは新しい発想を求める必要性から海外へ分散する動きもみられる。
    日本企業は既に積極的に海外展開を進めてきたが、アジアの経済発展に伴って消費地立地の視点も加わり、同地域での事業展開はますます加速され、域内の分業・ネットワーク化が促進されよう。
    日本としては、アジア太平洋地域の経済発展を世界全体の繁栄に結び付けていくため、各国の産業構造の高度化を支援し、経済力の強化に協力していくことが求められている。わが国企業としては、投資、技術移転、人材育成等の面で一層協力を深めていく必要がある。

  9. 新産業・新事業への挑戦
  10. 生産の海外シフトあるいは合理化により失われる雇用を吸収するためには新事業・新産業の創出が不可欠である。
    これまでわが国の大企業が進めてきた新事業は、本業の高度化や、延長線上にあるものが大部分であった。全くの異業種への参入の場合も、既に事業形態として存在し、ある程度の採算の見込まれる分野への参入であったり、同業他社の動向を睨んだ横並び的な事例が多かった。わが国経済社会全体に波及効果の大きいニュービジネスを大企業から創造していくためには、新規事業進出に対する考え方を改め、より戦略的な位置づけをしていく必要がある。
    大企業に期待されるもう一つの大きな役割は、独立ベンチャー企業に対して、資金協力、販路開拓の支援、研究開発への支援等による、コーポレート・アライアンスとしての存在である。
    すでに、独創的なアイデア等に対して明確な審査基準を設定し、その将来性を見込んで資金を供給する制度を設ける企業が現れるなど、新産業・新事業に対する企業の意欲が高まっているが、一層促進することが望まれる。

  11. 流通・物流の効率化
  12. 製造業では生産の合理化を推進し、その面では世界のトップレベルにあるが、トータル・コスト削減の見地から、流通、物流の効率化が重要な課題となっている。
    両分野においては規制緩和が大きな課題であるが、情報化やモータリゼーションの浸透、輸入自由化、これまでの規制緩和等を活用し、業界自身による取組も進みつつある。例えば、流通業と製造業の連携による消費者選択幅の拡大、大店法の規制緩和による閉店時間の延長や休業日数の削減、流通・輸送システムの総合的効率化等が進みつつある。
    引き続き企業行動の点検に努め、多段階取引、不透明な取引慣行など、商慣行・取引慣行の一層の改善に努める必要がある。

  13. 地球環境問題への対応
  14. 経団連では91年に「地球環境憲章」を公表し、企業に遵守方を要望したが、企業はこれを受けて、自社の環境憲章を制定したり、自主的な環境管理計画を作成するなど、地球環境問題への取組を強めている。廃棄物のリサイクルについても業界毎に積極的に取り組むなど、循環型経済への動きが強まっている。
    世界の経済界の発意により、ISO(国際標準化機構)において、環境管理・監査の国際規格の策定が進んでおり、来年夏にその主要部分が発行される予定である。日本企業も専門家を派遣して規格策定に協力してきており、多くの企業が認証を取得することが期待される。


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