日本産業の中期展望と今後の課題

〔第一部〕
日本産業の中期展望と今後の課題(総論)

──経済の構造改革による雇用の確保と国民生活の向上を目指して──

4.2010年の産業構造の展望


次に、これまで指摘した企業の環境変化への対応、政府による規制緩和と産業基盤の整備等が進み日本経済の構造改革が進んだ場合、2010年の日本経済と産業構造がどうなるか、イメージを掴むために、長期マクロモデルと産業連関表を用いて試算した。また、参考までに、改革が進まず現状維持で進む場合についても試算した。

  1. 2010年に於ける日本経済の姿
    1. 構造改革が進む望ましいケース
    2. このケースにおいては、規制緩和の思い切った推進や産業基盤の整備により経済全体の全要素生産性上昇率(=技術進歩率)が継続的に1%程嵩上げされることを前提とした。また、同じ理由により為替相場は中長期的にも概ね100円/ドル前後で安定すると想定した。
      その結果、表1の通り、日本経済は2000年に向けて内需主導により3%成長の軌道を描き、引き続き2010年にかけて3%強の成長を続ける。海外への生産移転等によって生じた余剰労働力も新産業・新事業の発展等により吸収され、失業率は3%台半ばをピークに中長期的には2%程度へと改善してくると予想される。また、経常収支は、内需拡大により輸出の増加を上回って輸入が伸びる拡大均衡が実現されることから、長期的に対GDP比1%前後という望ましい水準まで縮小する。

    3. 改革が進まずに空洞化が進むケース
    4. これに対し、規制緩和や産業基盤の整備が進まない場合には、輸入の伸びが低く、円相場が一時的に急上昇する可能性が高い。その間、生産の海外移転が加速し、そのデフレインパクトも加わって成長率は1%台に低迷する。失業率も、産業の空洞化を受けて、労働人口の減少にも拘らず、中長期的に上昇を続け4%を超える。経常収支黒字は急速に減少、ついには赤字基調に転じる。その段階で、為替は反転し円安に向かうものの、製造業を中心に産業全体が活力を喪失していることから、経済の回復にはつながらない。

            表1.マクロ経済環境
       (1) 構造改革が進むケース    (年平均値、%)
      ┌──────────┬─────────────┐
      │          │   1995〜2010年    │
      ├──────────┼─────────────┤
      │実質経済成長率   │   2.5%〜3.2%程度へ  │
      │消費者物価     │   1.0%程度        │
      │完全失業率     │   3.5%→2.0%程度へ  │
      │経常収支(対GDP比) │   2.5%→1%前後へ   │
      ├──────────┼─────────────┤
      │円レート      │ 100円/ドル前後で安定  │
      └──────────┴─────────────┘
      
       (2)  現状放置ケース       (年平均値、%)
      ┌──────────┬─────────────┐
      │          │   1995〜2010年    │
      ├──────────┼─────────────┤
      │実質経済成長率   │   0.5%〜2%弱       │
      │消費者物価     │   0.5%〜1.0%       │
      │完全失業率     │      3%台半ば→4.0%台へ │
      │経常収支(対GDP比) │   2.0%→-0.5% へ   │
      ├──────────┼─────────────┤
      │円レート      │一時的に急上昇後、競争力喪│
      │          │失に伴い反転、円安に向かう│
      └──────────┴─────────────┘
      

  2. 産業構造の変化
  3. 次に、こうしたマクロ経済環境の変化はわが国の産業構造にどのような変化を及ぼすのだろうか。産業連関表の投入係数の将来の変化方向を予測することにより、産業毎の生産額、シェアの試算を試みた。

    1. 構造改革が進む望ましいケースの場合
    2. このケースの場合、表2の通り、製造業においては、加工型が底固い推移となる一方、素材型の低下もわずかにとどまる。製造業がわずかに低下した分、非製造業のシェアが高まるが、伸びるのは規制緩和の効果が最も大きいと考えられる商業、通信、それに医療や対個人サービスを含む各種サービス等であり、雇用の吸収という観点からもこれら分野に対する期待は大きい。規制緩和、市場開放が進む中で、バランスのとれたサービス化が進むという姿は望ましいものと評価できよう。

      表2.2010年の産業構造の予測(構造改革が進むケース)
                                       (90年価格、兆円)
      ┌───────┬────────┬────────┐
      │       │1990年時点 │2010年時点 │
      │       │ 総生産(シェア)│ 総生産(シェア)│
      ├───────┼────────┼────────┤
      │第1次産業  │  20.0  ( 2.3%)│  16.3  ( 1.2%)│
      │第2次産業  │ 325.8  (37.4%)│ 443.0  (34.1%)│
      │ 加工型   │ 132.6  (15.2%)│ 197.1  (15.2%)│
      │ 素材型   │ 160.8  (18.4%)│ 228.3  (17.5%)│
      │ その他   │  32.4  ( 3.7%)│  17.6  ( 1.4%)│
      │第3次産業  │ 520.6  (59.7%)│ 839.8  (64.6%)│
      │ 建設・不動産│ 139.3  (16.0%)│ 156.3  (12.0%)│
      │ 電力・ガス │  21.5  ( 2.5%)│  29.8  ( 2.3%)│
      │ 商業    │  82.4  ( 9.4%)│ 142.2  (10.9%)│
      │ 金融・保険 │  31.3  ( 3.6%)│  35.1  ( 2.7%)│
      │ 運輸    │  42.6  ( 4.9%)│  75.4  ( 5.8%)│
      │ 通信・放送 │  11.0  ( 1.3%)│  48.9  ( 3.8%)│
      │ 各種サービス│ 192.6  (22.1%)│ 352.2  (27.1%)│
      │分類不明   │  5.8  ( 0.7%)│  1.7  ( 0.1%)│
      ├───────┼────────┼────────┤
      │合計     │ 872.2 (100.0%)│ 1300.7 (100.0%)│
      └───────┴────────┴────────┘
      

    3. 改革が進まない空洞化ケースの場合
    4. 一方、規制緩和などの思い切った構造対策が進展しない空洞化ケースにおいては、表3の通り、製造業においては、加工型、素材型ともシェアを低下させ、全体としては構造改革が進むケースに比べて3.1%ポイントも減少する。特に素材型産業の落ち込みは大きい。そして、産業全体に縮小均衡の圧力が働く中で、効率化が図られないままの後ろ向きのサービス化が進むものと予想される。

        表3.2010年の産業構造の予測(空洞化ケース)
                                        (90年価格、兆円)
      ┌───────┬────────┬────────┐
      │       │1990年時点 │2010年時点 │
      │       │ 総生産(シェア)│ 総生産(シェア)│
      ├───────┼────────┼────────┤
      │第1次産業  │  20.0  ( 2.3%)│  14.4  ( 1.3%)│
      │第2次産業  │ 325.8  (37.4%)│ 333.4  (31.0%)│
      │ 加工型   │ 132.6  (15.2%)│ 152.3  (14.2%)│
      │ 素材型   │ 160.8  (18.4%)│ 166.3  (15.5%)│
      │ その他   │  32.4  ( 3.7%)│  14.8  ( 1.4%)│
      │第3次産業  │ 520.6  (59.7%)│ 725.2  (67.5%)│
      │ 建設・不動産│ 139.3  (16.0%)│ 151.9  (14.1%)│
      │ 電力・ガス │  21.5 ( 2.5%)│  18.5 ( 1.7%)│
      │ 商業    │  82.4  ( 9.4%)│ 121.9  (11.3%)│
      │ 金融・保険 │  31.3 ( 3.6%)│  25.1 ( 2.3%)│
      │ 運輸    │  42.6 ( 4.9%)│  60.2 ( 5.6%)│
      │ 通信・放送 │  11.0 ( 1.3%)│  35.8 ( 3.3%)│
      │ 各種サービス│ 192.6  (22.1%)│ 311.8  (29.0%)│
      │分類不明   │  5.8 ( 0.7%)│  1.7 ( 0.2%)│
      ├───────┼────────┼────────┤
      │合計     │ 872.2 (100.0%)│ 1074.7 (100.0%)│
      └───────┴────────┴────────┘
      

  4. 今後の成長分野
  5. 製造業はシェアでみるとわずかに低下するものの、経営革新や技術開発の促進、情報ネットワーク化の活用等により、高度化、高付加価値化が進み、引き続き、わが国経済の重要な基盤をなす。製造業が核となって、サービス分野も発展し、サービス分野の発展が製造業のさらなる発展につながるという、理想的な姿が期待される。
    特に拡大が期待される分野としては、商業、運輸、通信・放送、教育・研究、医療・社会保障、対個人サービス等が予想されている。これは、ライフスタイルの変化、情報通信化、高齢化・少子化、ストック化、環境問題の深刻化等を反映したものである。なお、これまでの産業分類にあてはめにくい事業・サービスが増えてきていることも最近の特徴であり、その傾向はますます強まるであろう。
    具体的には、例えば、急速な発展をとげる情報通信技術を活用した新事業として、ネットワーク上にビジネス空間や社会空間を構築し電子的に商取引や交流の場を提供するサイバービジネスなど、いわゆるマルチメディア産業の発展が予想される。また、ファミリー志向やアウトドア志向等のライフスタイルの変化は、惣菜や弁当などの中食、ベビーシッターなどの家事代行サービス、旅行、スポーツ・健康増進、芸術・文化、生涯教育、アミューズメント等に関連したビジネスの興隆をもたらすものと考えられる。さらに、生活者の低価格志向を反映し、流通業界では、ディスカウント志向の強い新しい小売業が展開されることが予想される。
    高齢化の面からは、在宅医療や介護サービス、健康食品等が、また、ストック化に関連しては、より良質の住宅に対する期待に加えて、住宅リフォーム、メンテナンス等の伸びが予想されている。
    環境に関連しては、環境保全機器や廃棄物処理・リサイクル事業に加えて、環境修復・創造等に関連した事業が期待されている。


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