創造的な人材の育成に向けて
〜求められる教育改革と企業の行動〜

4.企業の自己改革


望ましい人材育成システムを社会全体として築いていく上で、企業自らの改革が不可欠である。
今後企業は、組織と個人のあり方を見直し、多様な人材が自らの目的意識と能力に基づいて、創造性を最大限に発揮できる環境を整えていく必要がある。
したがって、採用方法の見直しにより、個人の能力を多面的に評価して多様な人材を受け入れるとともに、従業員がそれぞれの能力を十分発揮できる複線型の人事・雇用システムを構築する必要がある。これにより、学校レベルにおける教育改革も一層進展することを期待する。


  1. 基本的考え方
    1. 望ましい人材育成システムを社会全体として築いていく上で、企業としては、教育界に要望するだけでなく、自ら率先して行動することが重要である。
      これまで、多くの企業は、効率性や協調性を重視し、全員参加型の経営・雇用システムを構築してきた。この中で、新卒一括採用や、終身雇用制度、年功序列的な評価により、同質的な価値観を持つ人材が養成されてきた。
      こうした仕組みは、これまでのキャッチアップの過程においては有効に機能しわが国経済の発展にも寄与してきたが、同時に、学校教育のあり方に少なからず影響を与えてきたことも否めない。

    2. しかし今や、企業は、創造性と革新を生み出す経営を行うことにより、産業社会の変革を行い、自ら新しい経済社会を切り拓いていくことが求められている。
      これからの企業にとっては、従業員の創造性発揮が成長の源泉であるという観点から、個人と企業・組織のあり方を見直していかなければ、自らの存立・発展も望みえない時代となる。これまで、組織の論理を重視するあまり、個人の主体性が必ずしも活かしきれない面があったが、今後は、組織の目的を実現していく中で個人の主体性を従来以上に尊重し、多様な個人が個々の目的意識や能力に基づいていきいきと活動できるように、組織を見直していく必要がある。
      企業と個人の関係を変えていくことにより、個人はその創造性を最大限発揮することができ、また、こうした人材が相互に刺激しあうことで、企業も組織としての活力と創造性を生み出していくことができる。

    3. そこで今後、企業は、個人の能力や個性を十分に評価して、多様な人材を企業の組織により効果的に受け入れていくとともに、複線型の人事・雇用システムを構築して、持てる人材の能力を最大限引き出していくことが重要である。
      同時に、採用から企業内の人事評価を通じ、複眼的な評価システムを構築していかねばならない。

    4. 現在、こうした課題に取り組んでいる企業は多く、これまでの採用方法、人事・雇用システムを見直す動きが現実のものとなってきている。
      経団連法人会員を対象に実施したアンケート調査の結果でも、企業は、これらのシステムの見直しに高い関心を持っていることがうかがわれ、すでに、さまざまな新しい取り組みも試みられている。

    5. これらの点を踏まえ、経団連としては、会員企業に対して、以下の事項への積極的取り組みを呼びかける。

  2. 多様な人材の能力や個性に応じた採用
  3. 採用にあたって、個人の多様な能力を十分に見きわめることができる評価システムを構築する。とくに、個人の創造性や個性を的確に把握するために、時間をかけて丁寧に評価する。
    また、新卒一括採用だけでなく、年齢や経歴、性別にとらわれず、多様な人材を受入れ、異質なカルチャーが出会う中から組織としての活力と創造性を生み出していく。
    なお、こうした採用を行う上では、各企業の経営トップの十分な認識・理解とリーダーシップが欠かせない。

    1. 採用方法のオープン化
    2. 多様な人材を企業に広く受け入れていくため、採用方法のオープン化を進め、多くの学生に機会を開いていく。
      具体的には、オープンエントリー(公募)による採用を拡大する一方で、リクルーター制による採用を順次縮小していく。
      すでに一部企業で取り入れられている「大学名不問」の採用方式も一案である。
      また、採用にあたって年齢や性別による差別を行わない。

    3. 求める人材の明確化
    4. 多様な人材が必要とされる一方で、求められる創造性は企業によっても異なる。そこで、各企業において「どのような人材を求めるか」を明確に示す。
      企業が、求める人材を明確に示すようになれば、学生は将来進むべき進路に応じて、自らの能力と個性を生かせる学校やカリキュラムを選択することができ、ひいては従来の「就社」から「就職」への意識改革にもつながる。
      これを具体的に行う上で、例えば、理系の研究職などで一部導入されている職種別の採用方式を、文系の職種(例えば海外営業、マーケティング、広報、法務など)も含めてさらに拡大していく。
      なお、学生が企業の実際の仕事内容を実体験できる機会を提供するために、ジョブインターン制の導入も検討に値する。

    5. 個人の能力を適切に評価できる採用方法の工夫
    6. 採用にあたっては、学習歴や学習成果、さらにはこれまで力を入れたこと(ボランティア活動を含む)、個人の問題意識など、多様な能力を丁寧に評価する。
      具体的には、例えば、選考の過程にグループディスカッションを取り入れたり、面接に時間をかけることによって個人の創造性や個性を見抜くよう工夫する。若手のリクルーターではなく、企業でより経験をつんだ人材を面接にあたらせたり、面接官に人事の担当者に加えて各部門の専門家を参加させることも一案である。

    7. 通年採用への移行
    8. 通年採用や秋期採用の実施などにより、帰国子女や、経験者を含めさまざまな人々の就職機会を増やしていく。これにより、従来の一斉採用方式では難しい面のあった、時間をかけた丁寧な採用活動を行うことも容易になる。

    9. 経験者採用(中途採用)の拡大
    10. 新卒だけでなく、他社などで勤務した経験を持つ経験者の採用を拡大していく。具体的な方策として、例えば、経験者採用の門戸を常に開いておいたり、社内総人員における経験者採用人員の比率を大幅に引き上げていく。
      このような経験者採用の拡大などを通じた企業間労働移動の円滑化(労働市場の流動化)は、企業組織の活性化を図る上での、有効な方策であると同時に、社会全体としても、複線型のシステムを構築していく上で欠かすことができない。
      また、経験者マーケットが拡大していけば、企業に新卒で入らなければならないという意識もなくなり、人生早期における過度の競争も軽減されよう。
      さらに、こうした開放型の人事政策が定着していけば、社会人が大学や大学院に戻って学んだり、そうした人が学んだ成果を生かして企業社会に復帰・活躍することも容易になり、生涯学習を促進する効果も期待できる。
      なお、経験者採用を拡大するための環境整備として、年金のポータブル化、長期継続雇用を有利とする退職金課税制度の見直し、職業紹介業・労働者派遣事業の自由化などが必要である。

    なお、上記の取り組みに加え、安定した経営に努め、学生に広く就職機会を提供していくことは、社会の構成員たる企業として考慮すべき役割の一つである。特定の時期に大量の採用が行われる一方、経済情勢いかんによっては、学生の勉強の成果が就職に結びつかないということは、人材育成の面からも望ましいものではない。

  4. 複線型人事・雇用システムの構築
  5. 工夫を凝らした採用に加え、入社後の人事制度の中で、多様な人材の能力が引き出され、活用される体制を構築していく。
    企業に入った人が、自らの意欲、志向に基づいてキャリアを組み立てることができ、そうした中で能力や個性を最大限発揮できるような、弾力的で自由度のある複線的な企業内人事制度を構築する。

    1. 個人の選択を尊重する雇用・処遇制度の構築
      1. 個人の意欲と能力を引出し、またさまざまなニーズに応えうるように、契約制の導入や派遣社員の活用などを含め、多様な雇用形態を整備する。

      2. また、高度な専門的能力を有する人材の一層の活用を図るため、専門職、研究職など、いくつかの専門職位を設けて特別に処遇することも有効である。

      3. 同時に、社内公募制の導入や、自己申告制度の拡充などにより、意欲ある個人が自らの進路や職種を選択し、これにチャレンジできる機会を増やしていく。個人の意欲や目的意識を従来以上に尊重しいかしていくことが、組織としての創造性を生み出し、中長期的には企業の活性化につながる。

      4. 一部企業で実施されている公募による社内起業家制度も有効である。

    2. 能力・実績に基づく評価システムの確立
      1. 優秀な人材を学歴や年功にとらわれずに、大胆に処遇・抜擢する評価システムを確立する。

      2. 給与体系に関しては、人事の複線化に応じて、これに相応しい体系を構築していく。一律の基準にこだわらずに、個人の能力・実績に基づく給与体系への転換を進めることが必要であり、例えば、管理職などを対象に一部企業で導入されている年俸制を拡大していくことも有効である。
        なお、これらを行っていく上で、社内における人事評価の透明性を高め、人事評価される側の理解を高めていくことも不可欠である。

      3. また、能力・実績評価の一環として、業務を遂行する上での時間管理について、個人の裁量を認めるフレックスタイム制や裁量労働制などの導入・拡大を通じて、より柔軟な勤労システムを作っていく。


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