日銀法改正問題に関する考え方

1996年9月17日
(社)経済団体連合会


  1. はじめに
    1. 金融は経済活動のインフラであり、自由で活力ある金融市場と内外から信頼される金融システムの構築は、日本経済の健全な発展にとって不可欠である。しかし最近では、我が国金融市場の「空洞化現象」が進みつつあり、また不良債権問題等を契機に我が国金融に対する内外の信頼が揺らいでいる。このため、金融分野での思い切った規制の撤廃・緩和を進めながら、市場原理と自己責任原則に基づく金融市場の再構築と競争力強化、及びそれに対応した金融諸制度の改革が不可欠であり、これは我が国産業の競争力を確保していく上からも急務となっている。
      経団連では、こうした観点から、これまで、提言「わが国産業の活性化と金融・資本市場の空洞化対策」(96年5月)や、「規制緩和推進計画の策定・改定に関する要望」(94年度、95年度)をとりまとめ、その実現を働きかけてきた。今後も引き続き、一層の規制撤廃・緩和、公的金融の見直し、金融行政改革など金融制度全般の改革に経済界の立場から取り組み、自由かつ公正・透明で、国際的にも整合性のとれた金融制度の実現を目指す考えである。

    2. 現在、橋本首相の私的諮問機関「中央銀行研究会」において検討されている日銀法改正問題は、こうした金融制度改革の重要な柱と位置づけられるものである。金融政策に携わり、また金融システムの安定にも一定の役割を果たしている日本銀行の制度改革は、金融界のみならず、産業界全体にとっても非常に大きな関心事である。
      70年代の狂乱物価や80年代後半のバブル経済の経験からも明らかなように、ひとたび過度のインフレやバブルが起きれば、適正な資源配分が妨げられ、産業活動や実体経済に深刻な影響が及ぶ。また、金融システムの安定性が揺らげば、企業の円滑な資金調達が阻害される。
      現在、日本経済は、バブルの後遺症からようやく立ち直りつつある。こうした時にこそ、過去の反省を踏まえ、インフレなき持続的な成長の実現、金融システムの安定という課題に取り組むうえで、望ましい中央銀行制度のあり方について、産業界の意向と国際的潮流も踏まえて検討していくことが重要と考え、以下の通り、日銀法改正問題に関する考え方を取りまとめた。

      なお、金融制度改革は、日銀法改正問題のみによって完結するものでは決してない。とりわけ金融行政については、保護的規制行政から市場重視型行政への転換、裁量を排した透明性の高い行政の実現、行政によるアカウンタビリティー(説明責任)の確立が強く求められており、その実現に向けて、行政組織のあり方を含めた検討を行う必要がある。経団連では、日銀法改正問題に引き続き、金融行政改革のあり方についても、さらに議論を深めていく予定である。

  2. 日銀法改正問題に関する考え方
    1. 日銀法改正の視点
      1. 金融システム全体について透明性確保が求められるなか、中央銀行制度も、内外からみて分かりやすいものへ見直す必要がある。戦時体制(昭和17年)のもとで制定された法制度と、実態との間に存在している大きなギャップを是正し、日銀の権限と責任を明確化する必要がある。

      2. 内外における金融の自由化・国際化に伴い、金融システムの様々な面についてグローバル・スタンダードとの調和が重視されるなか、中央銀行制度についても、諸外国の制度との整合性の確保が求められている。

    2. 日銀が果たすべき役割
    3. 日銀が日本経済の健全な発展を金融面からサポートするという重要な役割を担っていることを踏まえ、以下の趣旨を明確にすべきである。

      1. 第一に、「物価の安定」の実現を目的とする。

      2. 第二に、「決済システムの安定」の役割を果たす。すなわち日銀の役割は、決済システムの安定的運行の確保等によるシステミック・リスクの回避であり、個別金融機関の健全性確保や預金者保護という観点からの金融機関監督・指導といった行政当局の役割とは区別されるべきである。
        なお、昨年来、破綻金融機関処理のための日銀特融の発動が続いているが、日銀特融への安易な依存を避けるべく、明確な基準を定める必要がある。その上で、必要に応じ、行政当局とも緊密な連絡、協議を行いながら、日銀の判断に基づき発動できるような制度とする必要がある。

    4. 日銀の独立性ならびに責任体制・報告義務
      1. 現行日銀法では「金融政策の基本的な方針決定(公定歩合変更など)は日銀政策委員会の専管事項」とされる一方で、大蔵大臣による日銀への指示権、ならびに内閣・大蔵大臣による日銀役員の解任権等が明記されており、日銀の法的独立性が確保されているとは言えない。
        「日銀の独立性は事実上確保されている」との見方もあるが、法的な独立性が担保されなければ、日銀とは関係ない憶測・発言が市場にインパクトを与え、日銀の金融政策が困難になる懸念がある。
        他方、海外においても、近年、中央銀行の独立性を強化する方向で制度改正が行われている。
        以上を踏まえ、日銀の使命遂行に支障を来さないよう、法的独立性を確保する必要がある(具体的には、大蔵大臣による日銀への指示権・日銀役員の解任権の削除が考えられる)。
        これに伴い、例えば、中央銀行の通常の国際金融取引・業務については、日銀自身の判断によって自主的に実施できるようにすべきである。

      2. 独立性の強化と併せて、政策の透明性向上・責任の強化、ならびに経済政策全体との整合性の確保が必要である。

        1. 日銀の報告義務・責任体制の強化
          現在、日銀は、国会に年1回いわゆる「政策委員会年報」を大蔵省経由で提出している。これに加えて、例えば、国会に金融問題等を専門的に担当する委員会(米国では、上院・下院に銀行委員会がある)を設け、日銀総裁が定期的に、今後の金融政策運営に関する考え方も含めた体系的な報告を行うなど、日銀が政策運営に関する十分な説明を行い、政策の適切さを事後的に検証できるよう工夫する必要がある。こうしたアカウンタビリティー(説明責任)の強化により、日銀の政策に対する国民の理解と信頼を得ることが可能となる。

        2. 金融政策と経済政策全体との関係
          日銀の独立性を高める場合であっても、日銀の金融政策運営と、政府の経済政策との間の整合性を保つ必要がある。
          その場合、「政府による議案提出権を認める」、あるいは「中央銀行の任務を妨げない限りにおいて、政府の一般的経済政策の枠組みの中で責務を遂行する義務を負わせる」といった、フランスやドイツなど諸外国にみられる規定を参考にすることが考えられる。

    5. 最高意思決定機関のあり方
      1. 現在の政策委員会を廃止し、日銀総裁以下の執行役員、ならびに経済・金融に関して識見が高く中立的な人物で構成する最高意思決定機関を、新たに設ける。

      2. 併せて、透明性の向上、責任体制の強化を図る必要がある。
        まず、最高意思決定機関のメンバーは、就任に先立ち、国会の委員会に出席して、金融政策等に関する考え方を説明し、国会の同意を得た上で、内閣に任命されるものとすべきである。
        また、政策決定に至るまでの議論内容を、何らかの形で公開することも重要である。例えば、米国のように、まず議事要旨を公開し、一定期間後に全議事録を公開(米国は5年後)することが考えられる。

    6. 考査のあり方
    7. 今般の不良債権問題の反省を踏まえて、金融システムの安定化を目指す上では、金融機関の検査・監督や破綻処理に関する明確なルールを整備し、これを厳正に運用するなど、裁量を排した透明な金融行政を実現することと併せて、日銀としても「システミック・リスクの回避」に向け、行政による検査との位置づけの違いを明確にしたうえで、独自の役割を果たしていく必要がある。
      その前提としては、まず金融機関のディスクロージャーの充実、さらには内部規律・チェックシステムの強化を図った上で、金融機関の自己査定・外部監査を充実させることが不可欠である。

      1. 現行の日銀考査は、あくまで個別金融機関との契約関係のもとに行われており、その法的位置づけは明確になっていない。しかし、日銀が「決済システムの安定」の役割を果たす以上、行政の検査・監督とは別に、公的な性格を持つ考査が必要であり、日銀と取引関係にある金融機関に対する考査を日銀法に明定すべきである。考査の法定化に伴い、日銀役職員には当然守秘義務が伴うこととなる。但し、日銀考査の目的は、システミック・リスクの回避等に限定されるべきである。

      2. 一方で、行政による検査・日銀考査の重複による金融機関の事務負担を極力抑えつつ、有効かつ効率的な考査が可能となるよう、金融機関の格付けに応じた考査内容・インターバル等の差別化、検査との調整・協力あるいはデータ共通化、などの工夫を行うべきである。

  3. 終わりに
  4. 以上、日銀法改正のあり方について提言したが、これらはあくまで日銀が期待される役割を果たすための環境整備に過ぎない。日銀自身がより的確な情勢判断、適切な政策決定・遂行に努めることによってこそ、はじめて真に内外から信頼される存在となりうる。
    また、国会においても、金融問題に関する委員会の設置という組織改革にとどまらず、委員会メンバーが金融問題に精通し、実質的な議論を行う体制を整える必要がある。
    法制面の整備に加えて、これらが達成されてこそ、真の中央銀行改革が実現されるものと考える。

以  上


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