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税制改正に関する提言

II. 法人税課税ベースの拡大論について


法人税について、税率を引き下げる一方で課税ベースを拡大し、全体として税収中立にすべきとの議論があるが、それでは全体としての法人税負担の実質的軽減につながらないばかりか、企業・業種によっては著しい負担の増大を招くことにもなりかねない。
経済、社会の変化に即して課税ベースを見直していくことは必要であるとしても、その基本はあくまで課税所得の合理的な算定に資するか否かであり、税収増を目的に、充分な検討を行なわないまま安易な改変を行なうことは厳に慎むべきである。見直しは、あくまでも、商法、企業会計制度の改正と整合性を保つものでなければならない。
目下、政府税制調査会法人課税小委員会において議論されているいわゆる課税ベースの「適正化」論は、一般に公正妥当と認められている会計原則を税収目的から歪めようとするものに他ならず、容認できない。
会計・税務実務にも多大な混乱を生じさせることが懸念される以下の項目については、法人税法のみならず企業会計、さらには企業経営の根幹にかかわるものであり、決して容認できない。

  1. 引当金
    1. 退職給与引当金
    2. 退職給与は、わが国の労使関係の中で定着した日本独自の制度であり、後払い給与たる性格のものである。したがって退職給与引当金は従業員への支払いを確保するための制度であって、企業に対する優遇税制ではない。大企業の積立て額が大きいのは、それだけ大きな雇用を確保していることの現れであり、その縮減は認められない。
      累積限度額基準を現行の平均勤続年数、自己資本利益率から計算すれば、縮減どころか、大幅な拡充が必要となる。
      また、企業によっては急速なリストラによる従業員数の減少により、引当金から会社都合退職の支給額全額の取り崩しが行われているが、その結果、発生額基準の適用により、その補填すらできない状況にある企業が増加している。このような状況が続けば、退職給与の支給が困難になるおそれがあり、発生額基準の廃止が求められる。

    3. 賞与引当金
    4. 賞与は、労使協定によって確実に支払われるものであり、費用・収益を対応させる観点から、本来、未払費用として計上すべきものである。しかし、決算期において個人別に賞与額が確定していないために、未払費用として計上することについて課税当局と企業との間で紛争が絶えなかったことから、昭和40年に創設されたものである。単に賞与引当金を廃止すると未払費用として計上する企業が増加し、債務確定に関する認定問題が再燃することが懸念される。

    5. 貸倒引当金
    6. 最近では貸倒れが急増しており、縮減は認められない。一方、貸倒損失の認定の弾力化が求められる。

    7. 製品保証等引当金、特別修繕引当金、返品調整引当金
    8. 企業会計上、引当てが義務づけられており、利用業種の偏在をもって制度の見直しを主張することは適当でない。

  2. 長期請負工事の収益の計上基準
  3. 収益を実現主義で認識することは、企業会計の根幹であり、現行税制においても、工事完成基準を原則処理、工事進行基準の適用は任意としている。工事進行基準には
    1. 海外の工事契約については、カントリーリスクの問題や為替変動の影響を受け、不確定要因が多いまま、工事完成前に収益を計上することとなる、
    2. 長期工事は設計変更、工期変更が多い、
    3. 材料・人件費について物価変動が大きい、
    4. 大企業の場合、件数が膨大であり、全てに工事進行基準を適用することは事務処理上、困難である
    等の問題点がある。実務においては、会計上、税務上の2つの異なった売上計上を避けるために税務上の規定に従わざるをえず、工事進行基準を強制するのであれば、企業会計上の問題をまず議論すべきである。

  4. 割賦販売・延払条件付譲渡の収益の計上基準
  5. 割賦基準、延払基準による収益の計上は、
    1. 契約により代金の請求ができないこと、
    2. 代金回収に費用がかかり貸倒れの危険が大きいこと、
    3. 資金回収が長期にわたること
    から、企業財務の健全性の観点から企業会計上認められた会計処理である。契約に基づき代金回収が長期にわたることが明らかであるにもかかわらず、代金回収がなされていない時点において、納税資金の流出を余儀なくされることとなれば、企業の財務体質の悪化を招きかねない。収益の計上基準は、企業会計の根幹であり、税法基準の変更は企業会計にも多大な影響を及ぼす。企業会計の面からの議論を並行して行なうべきである。

  6. 棚卸資産・有価証券の評価
    1. 切放し低価法は、企業財務の健全性を維持する観点から、企業会計上も低価法の原則的な方法とされている。有価証券の低価法の適用に関して、不安定な相場の反騰に応じて、前期以前に配分された期間費用を当期収益に繰り戻す結果となる、洗い替え低価法が強制されることとなれば、企業経営が不安定な市場リスクに晒されることとなる。

    2. 棚卸資産の後入先出法は、棚卸資産の価格変動が激しい状況では、直近の仕入原価を売上原価として売上に対応させることにより、価格変動の影響を適時に期間損益計算に反映できるという点で適切な会計処理である。
      評価方法の変更は事前に税務署長の承認を受けることとなっており、恣意的な利用はできない。

  7. 減価償却
  8. わが国の減価償却資産の法定耐用年数は、技術の急激な進歩、経済的陳腐化を反映していない。英米における償却制度を参考にしつつ経済的実態に即して耐用年数を縮減するとともに、分類の簡素化を行なうべきである。
    償却限度額については、英米では残存価額ゼロまで償却できるのに対し、わが国では取得価額の95%までしか償却できない点を改善すべきである。
    建物の償却については、わが国の場合、耐用年数が米国の1.7倍と長いため、定率法を選択できないこととなった場合、米国と比べて極めて不利な制度となる。
    少額資産については、税制簡素化の観点から、損金算入限度額を引き上げる必要がある。

  9. リース取引
  10. リース期間に関しては、昭和53年及び63年の税務通達が取引慣行として定着しており、安易なリース期間の見直しは、リースを利用した民間設備投資(1995年度において全体の9.14%)に悪影響を及ぼし、特に中小企業の設備調達の利便性を奪うこととなる。また、リース資産の減価償却の方法に関し、リース資産にのみ定額法を強制すること、少額資産の即時償却に別途限度を設けることに合理的な理由はなく、税制の中立性・公平性、国際的整合性を欠くこととなる。


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