土地の有効利用に向けた土地・住宅政策のあり方

1997年7月22日
(社)経済団体連合会


日本の経済社会は大きな転換期を迎えている。深刻な財政赤字、高齢化の進展、国際的な大競争時代の到来など厳しい時代の変化にあって、わが国は、内外からの投資を呼び起こすような魅力的な経済社会づくりに取り組み、その確かな基盤に立って真に豊かで、活力ある市民社会を築いていく必要がある。
活力ある社会の舞台となる都市は、そこで活動する人々が機能性、利便性に加え、美しさや健康、安全性、快適性などを享受できる場でなくてはならない。このような理想の都市づくりに向けた土地の有効利用、およびそのための土地の流動化を促すとともに、土地政策を総合的、一体的に展開できる体制づくりに早急に取り組むことが求められる。

  1. 当面の土地・住宅政策の考え方
    1. 地価抑制策からの転換
    2. 現在、大都市圏の地価は、住宅地では横ばいの状況にあり、また商業地では一部の土地に回復感がみられるものの、それ以外の地域では依然として下落が続いている。総じてみれば、地価は6年連続の下落を続けており、バブル期以前からの経済成長の推移と比較してみても低い水準にある。景気は緩やかな回復局面にあるが、地価等の大幅な下落を主因とする資産デフレは、不良債権問題等を通じて、わが国経済の本格的な景気回復に向けた足取りを弱いものとしている。
      わが国経済全体に漂う閉塞感を打破し、大競争時代を生き抜く活力ある社会づくりに向けた構造改革を進めていくには、地価抑制策の色合いを残す土地政策を転換していかなければならない。政府は、2月に『新総合土地政策推進要綱』を閣議決定し、土地の有効利用促進に向けた検討を開始したが、実効ある本格的な政策を速やかに打ち出すことが期待される。

    3. 土地の有効利用を促進する政策手段
    4. 土地の有効利用のためには、その意欲を減じたり、市場メカニズムによる土地取引の障害となっている税制、規制を合理化することが先決である。依然としてバブル対策としての地価抑制の枠組みが残っている土地税制を抜本的に見直すことが求められる。また、土地・住宅に係る規制緩和は進展しつつあるが、都市再開発などを抑制する規制や地方自治体による行き過ぎた指導は土地の有効利用を妨げる大きな要因となっており、これらを合理的な仕組みに改め、優良な開発に対しては都市の治安、防災、環境、美観の観点からも、一層のインセンティブを与えるべきである。
      さらに、現在、ひとつの開発行為を行なうために、いくつもの行政担当窓口で申請を必要とするなど、行政の縦割り、重複が著しい。関係省庁の連携を図るとともに、国・地方自治体の役割分担を明確にし、土地政策を総合的、一体的に展開すべきである。

    5. 重点的・効率的なインフラ整備
    6. 国際的に魅力ある都市づくりのためには、税制、規制の見直しとともに、都市づくりの目標となるビジョンと土地の高度利用を支える都市基盤の整備が必要である。国、地方は連携して、少子化・高齢化社会、情報化社会にふさわしいバリアフリーで高機能なインフラの整備、環境やエネルギーの問題に対応したリサイクル型システムの構築、省エネ型施設の普及、物流の効率化に資する基盤施設の強化など、優良なストックの形成に向けた重点的・効率的なインフラ整備を進める必要がある。

  2. 土地税制の抜本改革
    1. 土地の有効利用を阻害する土地保有課税の見直し
    2. まず、土地の保有課税については、土地の有効利用の促進を図る観点から、改めて以下の2点について早急な実施を求めたい。

      1. 地価税の撤廃
        地価税は、有効利用されている土地にも課税され、しかも特定の業種・地域に過大な税負担を負わせている。地価は長期にわたり下落しており、土地の有効利用を図るという政策目的に反する地価税は、早急に廃止すべきである。

      2. 固定資産税の見直し
        固定資産税負担は、地価が下がり続ける局面においても多くの地域で増嵩し、経済成長の推移や行政サービスの水準から見ても、高い伸びとなっている。97年度税制改正において一部の引き下げを含む負担の調整措置がとられたが、各自治体の行政サービスに対する応益課税としての税のあり方をはじめ、抜本的な見直しをすることが必要である。

    3. 土地の流動化の促進に向けた土地譲渡益課税等の見直し
    4. 土地の有効利用を推進するためには、土地を有効利用しようとする者への移転を容易にすることが不可欠である。以下の税制上の措置により、土地の流動化を促進すべきである。

      1. 法人の譲渡益重課制度の廃止
        『新総合土地政策推進要綱』では、譲渡益課税について、「土地取引の活性化のための配慮」を求めている。中でも、通常の法人税に追加課税を行なう譲渡益重課制度は、土地の有効利用に結びつく土地の円滑な供給を阻害しており、廃止すべきである。

      2. 特定の資産の買換特例の要件改善等
        企業基盤の充実を図ることを目的とした特定の資産の買換特例は、91年度税制改正により廃止・縮減が行なわれ、現在でも土地に対する需要抑制的な制限が残されている。既成市街地等の内から外への買い換え、また長期保有土地から減価償却資産への買い換えにおける制限を外し、圧縮割合も100%にすべきである。
        また、既成市街地の内から内への買換特例についても、都心部の空洞化対策の観点から検討されるべき課題である。
        さらに、土地等の現物出資をした場合の課税の特例における圧縮割合も100%に戻すべきである。

      3. 法人の新規取得土地等に係る負債利子の損金算入制限の是正
        法人の新規取得土地等に係る負債利子は、88年度以降、当該土地の取得後4年間は損金として算入することができない。臨時的なバブル対策として導入された不合理な算入制限を撤廃すべきである。

    5. ライフサイクルに応じた住み替えを可能にする制度の拡充・創設
    6. 土地を国民のニーズに応えるかたちで有効利用するためには、ライフサイクルに応じた住み替えを促進し、居住水準の向上を図ることが必要である。以下の税制上の措置により、住宅の買い換えを促進すべきである。

      1. 居住用財産の買換特例制度の拡充
        所有期間並びに居住期間の短縮や、譲渡資産の価格限度額等の要件の改善により居住用財産の買換特例制度について適用範囲を拡大すべきである。

      2. 居住用財産の譲渡損についての繰越控除制度の創設
        居住用財産の買い換えに伴い、譲渡損失が発生した場合には、翌年以降も所得金額から損失を繰越控除できる措置を講ずべきである。

  3. 土地の有効利用を促す規制の緩和・合理化
    1. 都市の再生、良質なストックの形成に向けた規制の緩和・合理化
    2. 土地の高度利用や防災面、環境面の課題に対応した適切な土地利用を実現するため、既成市街地の再生・再構築を推進することが必要である。とりわけマンション、ビルディングの中には老朽化し、建て替えの時期を迎えているものが多くあり、これらの建て替えを契機に都市の再生を図ることが求められている。

      1. 低未利用地等の活用促進による都市空間の再生
        大都市中心部には、バブルの爪痕ともいうべき虫喰土地が点在しており、これら土地資源の有効活用は、喫緊の課題である。政府は、今年3月、土地の集約化手法の充実、都市基盤の推進など都心居住の推進のための施策や、担保土地の有効利用策を発表したが、これらは土地の整形化、集約化を図りつつ、土地の有効利用を促す施策として評価できるものであり、その推進が望まれる。今後、証券化等により担保不動産に関する権利の流動化を促進するにあたっては、一般不動産へも適用できる仕組みとすべきである。
        土地の有効利用に資する手段として、複数の投資家が共同で不動産に投資し、その事業収益を分配する不動産特定共同事業は効果的であり、投資持分の譲渡制限の撤廃などさらなる規制の緩和を行ない、より一層の活用を図るべきである。
        また、工場等制限法、工場再配置促進法、工場立地法など、工場や大学の新増設を制限する法規制については、既に見直しに着手されているが、大都市圏の空洞化を防ぐためにも早急な緩和が求められる。工場跡地などの有効利用が制限されている臨港地区については、弾力的な指定・変更および地域内の開発に関する用途転換の迅速化・円滑化を一層進めることが重要である。

      2. 都市再開発に向けたインセンティブ制度等による有効利用の促進
        都市再開発や区画整理事業を推進するにあたっては、容積率、高さ規制の緩和など、思い切ったインセンティブを与える必要がある。さる6月に都市計画法、建築基準法を改正し、創設された「高層住居誘導地区」制度は、容積率の緩和、日影規制の適用除外、斜線制限等の緩和などを組み合わせた総合的な制度として評価できる。しかしながら、都市の再開発、まちづくりに向けた既存のさまざまなインセンティブ制度については、指定容積率を引き上げても、日影規制など他の規制との関係で容積率を十分に使い切れないなど、その本来の趣旨が活かされにくいものが散見される。各種インセンティブ制度を整理統合するとともに、公開空地を設けることなどにより容積率・高さ制限・斜線制限の緩和を行なう「総合設計制度」の許可要件の緩和・簡素化、計画的な開発に対する柔軟な容積率の緩和、後退距離確保を前提とする隣地斜線制限、道路斜線制限の緩和、日照・採光規制の緩和などを行ない、これら規制緩和措置を一体的、総合的に活用できるようにすべきである。こうした措置は、地域コミュニティの崩壊を引き起こしている商店街など中心市街地の再活性化にも資すると考える。
        一方、マンションの建て替えを円滑に進めるためには、合意形成に係る法制、税制上の仕組みづくりが求められる。また市街地再開発事業の初期段階から民間企業の事業ノウハウを一層活用できる環境を整備するととともに、土地活用への意欲を引き出すよう、都市再開発法における権利変換計画を定める際には、全員同意によらずとも柔軟に計画を定めることを認めるべきである。

    3. 行き過ぎた開発指導要綱の是正
    4. 地方自治体は、開発指導要綱に基づき民間事業者に対し過大な開発負担を求めているが、それが結果的に住宅・宅地の供給を妨げるばかりか、事業コストを高め、住宅分譲価格の上昇を招いている。
      地方分権の進展により、土地に係る権限も地方自治体に移譲されていくが、それに伴い行政責任はますます重いものとなる。一部の地方自治体では指導内容の見直しを進めているが、依然として指導要綱改善の余地は大きい。各自治体は、国の土地政策が地価抑制から土地の有効利用へと転換した趣旨を踏まえ、行き過ぎた開発指導要綱(負担金の拠出、公園・教育機関用地の提供、緑地の確保、住宅付置義務、人口規制等)の是正を徹底すべきである。
      また、政府は、各自治体の施策に国の土地政策を反映させるよう求めるとともに、各自治体の開発指導要綱の見直し状況について引き続き調査を行ない、行き過ぎた指導の是正を求めるとともに、関連公共施設の整備における官民の負担ルールを明確化すべきである。

    5. 国際化等を踏まえた建築基準法体系の見直し
    6. 建築コストの引き下げに向けた取り組みとしては、既に『住宅建設コスト低減のための緊急重点計画』が実施され、建築基準に係る相互認証および規格・基準の国際的整合化など住宅の輸入、海外資材・部品の導入の円滑化が進められており、この方向性は評価できる。今後は、近く開始される日米新協議に前向きに対応し、一層の相互認証の促進などを行なうとともに、防火思想の違い(「中から燃え広がらない構造」<欧米>と「外から燃え移らない構造」<日本>)のために海外から「障壁」と指摘されている防火関連の建築規制についても見直しを行ない、可能なものについては基準を国際的に整合させるべきである。
      また、今年3月の建築審議会答申を受けて、性能規定化を中心とする建築基準法の改正が次期通常国会への改正法案提出を目途に検討されており、その結果が期待される。性能規定化を行なうにあたっては、法の趣旨に適う新技術が円滑に導入できるよう、新技術の認定の仕組みをビルトインした制度を構築すべきである。

    7. 定期借家権の導入と定期借地権の改善
    8. 現行の借地借家法は、貸主側に正当な事由がない限りは借家契約が更新される等、借主保護の強い枠組みを残しており、このため一般的に居住期間が長期となる家族向けの面積の広い借家や事業用建物の供給が少なくなっている面があることは否定できない。優良な借地・借家の供給を促進するためには、貸主の権利保全の明確化が必要である。早急に定期借家権を導入するとともに、定期借地権に関する最短期間の短縮、正当事由の範囲の拡大など、借地・借家の一層の供給に資する措置を講ずべきである。

    9. 土地取引届出制度の抜本的見直し
    10. 国土利用計画法に基づく土地取引届出制度は、一定規模以上の土地取引の用途ならびに価格に対して、事前に審査を行なうものであるが、取引の抑制に結びついており、運用の修正ではなく、基本的に事後報告制度に改めるべきである。

  4. 土地政策の総合化を促す行政改革
    1. 総合的な土地政策の必要性
    2. 現在のわが国の土地利用の姿は、都心部に低層の密集市街地や市街化区域内農地が残り、駅周辺に耕作放棄地が広がるといった状況の一方で、都心部から離れた地域に郊外団地の林立や、スプロール化の進展がみられる。欧米では、おしなべて土地を高度利用する「都心」から、田園風景が展開される「郊外」へとなだらかなカーブを描く土地利用となっているが、これにより都心部にオフィスや商業施設、共同住宅等を集積させ、交通量や諸コストを削減させることができるとともに、生活の豊かさを追求する人々にとって、ゆとりある、より生活環境の良い地域に住むことが可能となっている。日本の土地利用・都市計画にはこうした合理性が欠けている。
      土地利用に合理性が欠ける原因として、わが国では土地の利用に関する国民的合意が十分に形成されておらず、国土利用計画法、都市計画法、農地法、港湾法、工場立地法など、各省庁の所管する土地利用に関する制度が総合的なビジョンなしに個々に制定されている点があげられる。これからは、合理性のある土地利用、すなわち利便性が高く需要の大きい都心部の土地に対しては、インフラの整備状況に配慮しながら思い切った容積率の緩和、日照・日影条件などの緩和を行なう一方、自然的土地利用をすべきだと評価される土地については、積極的に保全すべきである。

    3. 土地政策の総合化を促す省庁の再編
    4. 政府は、規制緩和や土地の計画的利用の推進に向け、さらには、土地問題に関する総合的な制度改革に向け、関係省庁の一層の連携を図るべきである。その意味で「土地の有効利用促進のための検討会議」は政府・与党の横断的な検討の場として高く評価できるが、今後は、政府の組織のあり方についても、居住・生活環境や産業立地など多角的な観点から見直し、国土政策、土地・住宅政策を総合的、一体的に展開できるよう再編していくことが必要である。土地政策について、各審議会等においてそれぞれ縦割りで審議されている現行の体制も見直すことが必要である。
      さらに現在、国会等移転審議会において移転先候補地選定の段階にある首都機能の移転については、新首都をモデル都市とするとともに、首都機能移転後の東京、あるいは既存の大都市についても、防災性等に優れた新たな都市づくりに向け、政府や関係自治体をあげて早急に検討に着手すべきである。

    5. 分権の時代における国と地方の新たな役割分担
    6. 土地政策の総合化を促す上で、国と地方との連携も重要な課題である。例えばこの度、政府が打ち出した都心居住推進に向けた容積率緩和などの施策を実効あるものとするためには、地方自治体が都市の全体像を描いた上で「高層住居誘導地区」を積極的に指定し、実現する必要がある。
      地方自治体が展開する土地政策においても、縦割りを排し、自治体の境界を越えた都市機能の分担、一体的な基盤整備による広域的な行政を行なうことが求められる。その際、行政情報の電子化、情報の共有を進めることで、行政担当窓口での申請を一元化する等、申請負担の軽減を図る必要がある。また、広域レベルの都市整備と市町村のマスタープラン、地区レベルのまちづくりについて、調和のとれた市街地整備を進めることにも留意すべきである。実効ある広域的な土地利用調整の仕組みこそが必要である。

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現在は大競争時代であり、都市は情報、金融、物流など諸分野のセンターとして、国際的な都市間競争においてもその魅力を発揮できる存在であることが求められている。一方で、高齢化の進展をふまえた居住空間の整備や多様な働き方を可能にするビジネス環境の整備が求められている。
こうした都市の整備を進めていく上で、土地基本法に掲げられた、「土地についての公共の福祉優先」「適正かつ計画に従った利用」「投機的取引の抑制」「価値の増加に伴う利益に応じた適切な負担」という4つの基本理念を踏まえ、有限の資源である土地を利用していくことは、各企業、市民一人ひとりにとっても課せられた責務であり、合理的な土地政策に導かれ、その責務を果たすことによって、美しい街並みを築き、快適な生活環境を享受することができよう。
活力ある社会の舞台となる魅力ある都市をつくっていくためには、それぞれの都市の個性に応じた計画的かつ有効な土地利用が可能となる、総合的一体的な土地・住宅政策の実行が不可欠である。土地税制の抜本改革、規制の緩和・合理化、行政改革の推進は、土地の有効利用を促し、魅力ある都市づくりを進めるための第一歩であることを、重ねて強調したい。

以 上


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