経団連提言
『多様なライフスタイルを可能にする住宅政策を求める』

I.住宅・居住環境整備への期待


  1. 良質な住宅ストックの形成
  2. わが国は、戦後、経済復興から欧米へのキャッチアップ、産業構造の転換といった課題を克服する中で、国民の住宅についてまずは量的な充足を図ることに重点を置き、住宅政策は国民の「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を保障するための社会福祉政策としての色彩が強かった。しかし、住宅総数が総世帯数を上回って30年が経過した今日、住宅政策は、そのあり方を供給量に着目する政策から転換し、国民が質の高い住宅を得られるような環境整備を行なうことに重点を置くべきである。

    日本の住宅の平均寿命は約26年であり、米国の約44年、英国の約75年などと比べると極端に短い。日米の間で比較すると住宅の着工戸数はほぼ同じ水準である一方(96年:日本164万戸、米国148万戸)、既存住宅の流通量には大きな差がある(94年:日本37万戸、米国:395万戸)。流通量の格差の背景には、雇用慣行・社会制度などさまざまな要因があるが、これからの住宅政策においては、既存住宅流通市場、リフォーム市場の整備とともに、長期居住に耐えうる十分なスペースを持ち、寿命の長い、良質なストックの誘導に力点がおかれる必要がある。

    日米の住宅事情
    (万戸)
    92年93年94年95年96年97年
    住宅着工戸数日 本140149157147164134
    米 国120129146135148
    既存住宅流通量日 本363537
    米 国352380395380409
    資料:
    建設省、日本銀行経済統計月報、不動産業リノベーション研究会報告書
    『Statistical Abstract of the United States 1996』
    出典:
    『建設白書』(1998年版)、『不動産関連統計集』(第20集、1997年11月、三井不動産(株))

    一方、住宅を選ぶに当たっての国民のニーズは多様である。例えば、住宅を選ぶ際、若年単身世帯は「住居費」を、ファミリー世帯は「住宅の広さ」を、高齢者夫婦世帯は「火災・地震・水害等に対する安全性」「日当たりや風通し」をそれぞれ最も重視している(建設省資料、1996年)。家族形態のみならず、大都市居住と地方居住との違い、働き方の違いなど、国民のライフステージの違いによっても、国民のニーズはさらに多様に広がっている。

    住宅を選ぶ際に重視する点

    注:
    建設省資料、原データ:東京都「住まいに関するアンケート」(1995年)
    出典:
    『建設白書』(1996年版)

    多様化の時代における国民生活の質を図る尺度は、住宅・居住環境が多様なライフスタイルを可能にしているかどうかにおかれるべきである。適正かつ合理的な土地・空間利用により、魅力ある「居住環境」をつくり、ゆとりあるスペース、防災や環境・エネルギー問題などに配慮した良質な「住宅」を整備し、この二つを併せ持つ良質な「居住空間」をつくることが求められる。そして、それら良質な居住空間を国民のニーズに沿ったかたちで市場に供給することにより、従来の「最低限度の生活をあまねく保障する」社会福祉型の住宅政策から一歩進めた、「多様なライフスタイルを可能にする」住宅政策を展開すべきである。

  3. 内需拡大の牽引役
  4. 一方、わが国経済は、このまま推移すれば今年度の住宅新設着工戸数が年間130万戸を割る情勢にあるなど、依然として回復の糸口を見出せない状況にある。政府はこれまで累次の経済対策を講じてきているが、国民の間にある閉塞感、不安感を払拭するに至っていない。景気の本格的な回復のためには、わが国の抱える構造的な諸課題を克服するとともに、国民の投資意欲を引き出す、内需主導の景気対策を講ずることが必要である。

    わが国は既に少子・高齢社会、成熟社会に突入しており、フロー中心であった高度成長社会に比べて力強い内需振興の材料に乏しいとの見方もある。しかし、国民の住宅・居住環境に目を向ければ、国民のほぼ半数が現在の住宅に不満を感じており、とりわけ大都市圏の住宅事情は深刻である(東京圏の不満率は52.4%、建設省住宅局「住宅需要実態調査」/1993年)。住宅・居住環境の改善に対する強いニーズを顕在化させることが必要である。

    多様化の時代にあって、住宅政策に求められるのは、住宅市場への投資を促進し、国民一人ひとりのライフステージに応じた幅広い選択肢を示すことである。これからは土地の資産価値に着目した不動産担保融資による持家促進策に加え、プロジェクトの収益性(優良な借家供給など)に着目した証券化ビジネスを展開することなどにより、新しい住宅市場が開拓されるべきである。

    国民のニーズに応じた住宅政策を講じることは、名目GDPの5.9%(96年度、29.5兆円、耐久消費財効果を含めると31.7兆円<名目GDPの6.3%>)を占める住宅投資を促進し、関連産業に対する経済波及効果(最終需要に対する全体の生産誘発額62.5兆円)とあいまって、わが国経済の本格的な立ち直りに貢献することとなる。

    住宅投資の波及効果


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