確定拠出型企業年金制度の導入を求める
〜多様な設計を認め魅力ある制度に〜

本 文


当会では、1997年12月、『企業年金制度の抜本改革を求める』と題する企業年金改革の提言をまとめた。そこでは、外部拠出、従業員への情報開示、受託者責任の明確化、時価評価・解散基準による積立基準の設定などにより受給権を確保することを前提に、労使合意に基づく自由な企業年金の制度設計・運営を原則とし、税制上の支援などの面で制度間の取り扱いの違いをなくすべきとの考え方を示し、そのための法整備を求めた。なかでも、企業年金の制度設計の選択の幅を広げるとの観点から、既存の確定給付型企業年金の制度設計の自由化に加え、確定拠出型企業年金制度の導入を強く求めたところである。

その後、政府の総合経済対策(1998年4月24日)に「確定拠出型年金制度導入について早急に検討を行なう」旨が盛り込まれた。また、自民党労働部会からは「勤労者拠出型年金制度」(1998年6月17日)の提案がなされるなど、確定拠出型年金制度の論議が高まりつつある。

そこで、当会では、確定拠出型企業年金制度のあり方について、下記の通り、とりまとめた。


  1. 確定拠出型企業年金制度導入の必要性
    1. ライフスタイルの多様化への対応
    2. 国民の就労・生活意識、価値観は変化し、多様化している。退職後の所得のあり方についても、公的年金に加えて、企業年金、個人年金に多様な選択肢を用意して、各々の自己責任のもとで、多様化したライフスタイルに対応できるようにする必要がある。

    3. 雇用形態の多様化への対応
    4. 経済社会や産業構造の変化に伴って、わが国の雇用形態、賃金体系は、多様化しつつある。また、企業が厳しい競争を勝ち抜くためには、経営の多角化、国際化や新事業・新産業の活性化のための人材確保が必要となっている。 ところが、現行の確定給付型企業年金だけでは、転職の際のポータビリティの確保が困難であるばかりか、長期勤続者を優遇する形態となっており、結果として労働移動に対する阻害要因となっている。

    5. 退職一時金、企業年金を取り巻く厳しい状況
      1. 退職一時金、確定給付型年金の限界
        退職一時金については、退職給与引当金として会計処理されているものの、外部拠出されていないため、受給権の確保という観点から問題が残っている。
        また、運用環境の悪化により、現在の企業年金は、基礎率、給付水準の見直しを余儀なくされ、それに伴って追加拠出が必要となるケースも数多く出てきており、企業にとっても従業員にとっても不安定な制度となっている。

      2. 法人税制、企業会計の変更による影響
        1998年度税制改正により、退職給与引当金の損金算入枠は累積限度額基準の場合、当期末要支給額の40%から6年間かけて20%まで縮減されることとなった。他方、企業会計審議会から「退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書」(1998年6月)が発表され、2000年度から退職一時金、企業年金を問わず退職給付に関する債務は、発生給付評価方式(将来の昇給等を見込んだ退職給付見込額をベースとした割引現在価値により計算)を採用することとなった。
        このため、退職一時金に関する退職給付債務を退職給与引当金の形で全額引き当てれば大半が課税されるという不合理が生じる。退職一時金制度については、外部拠出による資産の保全という方向で見直さざるを得ない。そのための重要な受け皿の一つとして、確定拠出型企業年金制度の導入が急がれる。

    6. 公的年金改革の方向
    7. 現在、1999年度財政再計算に向けて、公的年金制度の改革が議論されており、保険料負担の抑制と給付水準の見直しは避けられないものとなっている。そうした中で、国民の老後生活の安定のためには、公的年金と私的年金の組み合わせによる退職後所得の確保が必要となる。従って、公的年金改革と企業年金改革、特に確定拠出型企業年金制度の導入は、一体のものとして改革を進めるべきと考える。
      当会では、1998年7月、『国民が信頼できる公的年金制度の再構築を』と題する公的年金改革の提言をまとめた。そこでは、基礎年金部分と報酬比例部分を峻別し、基礎年金部分は間接税による賦課方式への移行、報酬比例部分は積立方式への移行、最終的には民営化を求めた。
      確定拠出型企業年金制度は、自助努力型社会における退職後所得の確保の一手段として有効であるばかりでなく、将来、報酬比例部分が民営化された場合の受け皿の一つともなり得る。


  2. 確定拠出型企業年金制度の導入に当たっての基本的な考え方
  3. 確定拠出型のメリットとして次の4点が挙げられる。
    その第1は、確定拠出型の場合、従業員別に年金の積立勘定が設けられ、そこに企業、場合によっては従業員自らの拠出が行われるので、加入者ごとの資産残高を容易に把握することができる。その資産を外部拠出することにより、資産保全が確実に行なわれ、従業員にとっての受給権が確保される。
    第2は、従業員別に積立勘定が設けられるため、年金資産のポータビリティが確保しやすく、雇用の流動化に対応可能である。
    第3に、運用先を自己責任で選択できることから、従業員の自由な意思や多様化したライフスタイルにマッチした制度を設計していくことができる。
    第4に、企業にとっては、確定給付型に見られる経済社会構造の変化による後発債務が発生せず、従業員の福利厚生の安定的な運用が可能になる。

    上述したようなメリットが生かせるよう、我々は、以下に指摘する基本的な考え方に沿って、確定拠出型企業年金制度を導入すべきと考える。

    1. 包括的な制度の導入
    2. 米国の事例が示す通り、確定拠出型企業年金は多様な制度設計が可能となっている。わが国において確定拠出型企業年金制度を導入する際、所管省庁別、既存の企業年金制度別に、制度が分立するようなことがあってはならない。あらゆる形態の確定拠出型を包括する企業年金制度として導入すべきである。

    3. 労使合意に基づく自由な制度設計
    4. 私的年金として確定拠出型企業年金を導入する以上、その形態については、企業の経営戦略や従業員の希望によって制度の選択が可能となるよう、労使合意に基づいて、可能な限り自由な制度設計を認めるようにすべきである。

    5. 税制上の支援策
    6. 前節で述べたように、1999年度財政再計算に向けて、保険料負担の抑制と給付水準の見直しを中心とする公的年金制度の改革が議論されている。国民が引き続き老後所得を確保していくためには、公的年金改革と同時に、企業年金制度についても抜本的に改革し、自助努力を促す必要がある。
      企業年金充実の手段の一つとして、確定拠出型企業年金制度の普及、充実を図るためには、受給時まで課税を繰り延べるなど、労使の自助努力に対する税制上の支援が不可欠である。


  4. 確定拠出型企業年金制度の基本的枠組み
  5. 上記の基本的な考え方に沿って確定拠出型企業年金制度を導入する際、その基本的枠組みに関して留意すべき主な項目は、以下の通りと考える。

    1. 拠出方法
    2. 企業の経営戦略や従業員の希望によって多様な制度設計が可能となるよう、事業主、従業員の拠出額、拠出割合は自由に設定できる。事業主拠出については、自社株による拠出も認める。また、退職一時金や既存の企業年金からの原資の移行を認める。

    3. 「従業員勘定(仮称)」、「個人勘定(仮称)」の設置
    4. 個々の従業員毎に管理される「従業員勘定(仮称)」を設ける。また、従業員勘定の資産の転職時の一時的受け皿等として、「個人勘定(仮称)」を設け、ポータビリティを確保する。

    5. 受給権の賦与
    6. 従業員拠出分の受給権は拠出時に賦与する。事業主拠出分の受給権は、運用リスクを従業員が負うことを考慮して、できる限り早期に賦与する#1

    7. 従業員教育等
    8. 加入員に対して、事業主が責任を持って、資産運用についての投資教育、情報提供を行なう。

    9. 資産運用
    10. 資産運用のリスク・リターンは従業員に帰すものとする。また、運用環境の変化に対応できるよう、従業員は運用商品・運用額を途中で変更できる#2。ただし、受給権の確保の観点から、自社株での運用については、一定の限度を設ける必要がある#3

    11. 税制
    12. 受給時課税を原則とする。拠出時について、事業主拠出分は全額損金算入#4、従業員拠出分は高額所得者優遇にならないよう、上限を設けた上で、所得控除を認める#5。運用時は、事業主拠出分、従業員拠出分ともに、積立金及び運用収益を非課税とする。ポータビリティを確保するため、転職時の課税繰り延べ措置を講じる。
      また、退職一時金(退職給与引当金)、既存の企業年金(適格退職年金、厚生年金基金)の原資の一部又は全部を確定拠出型企業年金へ移行する際、課税されないようにする。

以 上

#1
米国では、受給権の賦与について、5年基準(勤続期間5年で100%受給権を賦与)または3〜7年基準(勤続期間3年で20%、以降毎年20%ずつ増やし、勤続期間7年で100%受給権を賦与)、のいずれかの選択となっている。また、勤続期間1年以上かつ21歳を超える従業員には加入資格を与えねばならないとされている。

#2
米国では、エリサ404(c)規則により、加入員が少なくとも四半期に1回、運用変更を行なえるようにすることと規定されている。

#3
米国では税制改正により、99年以降、401(k)プランが従業員の税引前拠出金を自社株に投資することを義務づける場合、自社株または自社不動産の保有率がプラン資産の10%を超えることは禁止される。但し、この禁止規定は、事業主拠出金には適用されない。また、英国では、事業主関連事業への投資は5%以内に制限されている。

#4
米国の内国歳入法第404条では、401(k)プランの場合、事業主拠出の年間の損金算入限度額をネットの給与総額(支払給与総額−従業員の税引前拠出総額)の15%相当額としている。

#5
米国の401(k)プランの場合、従業員の税引前拠出金の非課税限度額を1998年で年間1万ドルとしている。また、従業員の税引前拠出金は事業主拠出金として損金処理を認めている。
米国の内国歳入法第415条では、401(k)プランを含む確定拠出プランにおいて、事業主拠出と従業員拠出を合わせた非課税拠出の限度額を、報酬の25%または3万ドルのいずれか小さい額としている。


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