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報告書「国際文化交流活動の意義、これまでの成果と今後の取り組み」

1998年9月22日
(社)経済団体連合会

はじめに

経団連が国際文化交流の必要性を認識し、国際文化交流委員会を設置してアセアン5カ国(タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン)を対象とする国際文化交流プロジェクトを開始してから、ほぼ10年が経過しようとしている。この間、国際文化交流に対する企業の理解も深まり、個々の企業による独自の活動も拡大してきた。また、各プロジェクトもそれぞれ現地に定着するとともに、高い評価を得てきた。
これらプロジェクトは、本年以降、順次、当初定めた実施期間(基本的には10年)の終了時期を迎える。そこで、国際協力委員会国際文化交流部会では、昨年9月から各プロジェクトの内容や成果をレビューし、あらためて国際文化交流において経団連が果たすべき役割などについて検討を重ねてきた。
本報告書は、同部会におけるこれまでの議論を整理・集約し、経団連が今後、国際文化交流にどのように取り組むべきかを示すものである。

  1. 国際文化交流の必要性と経団連が果たすべき役割
    1. 国際文化交流の必要性 〜環境の変化を踏まえて
    2. 1987年に派遣された外務省東南アジア大型文化ミッション(団長:八尋三井物産会長、戸崎伊藤忠商事相談役)は、日系企業が進出先の東南アジア諸国で現地コミュニティーにうまく溶け込んでいないと指摘した。そこで経団連では1988年に国際文化交流委員会を設置し、「経済と文化は車の両輪」との認識の下に、当面の重点地域をアセアン諸国とし、人的交流を中心とするプロジェクトを通じた「顔の見える文化交流」を開始して現在に至っている。
      当時、経団連は、文化とは「その国の歴史、風土、宗教、習慣など固有の生活様式の総体」であり、企業の日々の活動も常に文化との関わりを持っているため、企業が文化活動に積極的に貢献するという役割が注目されていると指摘した(経団連意見書「企業と経団連の国際文化交流活動−国際文化交流委員会基本方針−」1989年4月25日)。
      今日、わが国を含め、各国の情勢は大きく変化している。アジアが未曾有の通貨・金融危機に見舞われている中で、ともすれば経済活動重視のあまり、国際文化交流活動への意欲が薄れることが懸念される。しかし、経済状況が厳しくなればなるほど、海外に進出している日系企業の現地コミュニティーでのあり方が問われる。
      企業が現地コミュニティーに溶け込んでいることは経済活動の前提であり、社会貢献活動的な意味合いをも併せ持つ国際文化交流活動に企業が積極的に取り組むことの意義は、強まりこそすれ、薄れてはいない。加えて、現地コミュニティーの文化を理解し、さらに現地コミュニティーの人々から理解してもらう国際文化交流活動に取り組むことは、海外に進出している企業にとって常に念頭におくべき課題である。
      他方、国際語としての英語の比重が増大し、英語圏諸国への留学希望者が増加する一方、日本への留学生および留学希望者が減少している。諸外国の若い世代が日本への関心を相対的に弱めていることは深刻な問題である。諸外国の人々が日本に対する理解を深め、日本への親近感を増すことは日本企業の海外事業活動を円滑に進めるうえでも重要であり、日本の国益にも適う。
      また、経済のグローバル化が進展する中で、日本企業および日本人のさらなる国際化が求められている。企業が国際文化交流に取り組むことは、文化的背景が異なる中での「人と人とのつながり」の重要性を認識する貴重な機会であり、日本企業および日本人の国際化に資する。

    3. 経団連の果たすべき役割
    4. 経団連としては、企業や国際文化交流をめぐる現状や環境の変化を十分認識したうえで、今後の国際文化交流の意義やあり方について、関係者の意見を集約し、理解を求めていくことが重要な役割の一つである。
      また、前述のように、企業が個別に文化交流活動に取り組むケースも増大してはいるが、企業が個別に取り組むことが難しい活動については、経団連が参加企業を募る方式で実施することも引き続き重要と考える。
      さらに、経団連の役割としては、企業による国際文化交流活動を推進するための環境整備として、文化交流関連の活動や寄付に対する税制上の優遇措置を求めることや、各社がどのような活動を行なっているかなどについての情報を提供することも必要である。
      この他、国際文化交流に関して、諸外国や日本政府などから各企業に寄せられる諸要請を整理したり、日本政府に対して逆にプロジェクトを提案し、支援を求めることも、経団連の役割として期待されている。また、国際文化交流の分野で企業からの支援を必要としている団体やプロジェクト等の紹介も、経団連の役割と考えられる。

  2. 現行プロジェクトの評価と課題
    1. 現行プロジェクトに対する評価
    2. 現在実施中の各プロジェクトは、それぞれ現地のニーズに基づき、教育分野を中心に現地日本人商工会議所の相当なコミットメントも得て行なわれている。教育分野での貢献は、即効性は低いものの、波及効果は大きく、現地からもおおむね高く評価されている。しかし、他方、反省すべき点や改善を要する点も多い(各プロジェクトの具体的実施状況および評価などについては、別途『新たな文化交流に向けて− 10年の歩み』(仮題)にて紹介する)。
      こうした中で、これまでの国際文化交流部会会合におけるヒアリングや、直近の在外委員会議(第9回会議:1998年3月開催)における意見交換を通じて、現行プロジェクトについては以下のような評価がなされている。

      タイ東北部中高生奨学金支給事業(1990年〜、送金は98年までだが、奨学金支給は2000年まで行なわれる)は、タイ東北部の貧しい中学・高校生5,400名に対して奨学金を支給し、また東北部の教師との交流を図るプロジェクトである。評価すべき点として、「経団連の活動として現地に定着しており、タイの就学率アップに貢献している」、「タイ東北部開発計画にはタイ国王も熱心であるため、タイの国民感情に良い影響を与えている」、「単に奨学金を支給するだけでなく、奨学金拠出企業の現地担当者が受給校を訪問したり、教師をバンコクに招聘するなどして相互交流に努めている」などが指摘されている。

      インドネシア教師日本招聘事業(1990年〜99年)は、毎年、20名の教師を約2週間、日本に招聘するもので、現地においては日イ友好および教育文化交流を兼ねた事業として高く評価されている。他方、「教師の帰国後、直ちに具体的な成果を示すまでには至っていない」との意見もある。

      マレーシアISIS日本研究センター支援事業(第1期:1991年〜94年、第2期:1995年〜98年)は、マレーシアのISIS(戦略国際問題研究所)日本研究センターに対し、支援金を拠出するプロジェクトである。これは、駐マレーシア日本大使ならびに日本人商工会議所が、マレーシアで大きな影響力を持つ有識者との関係維持を考えて提案したという背景があり、現に両国関係において有力な人脈づくりの場を提供している。また、「日本とアセアンとの間の相互理解促進にもつながっている」という点でも評価されている。

      シンガポール日本語選択高校生支援事業(1992年〜2001年)は、ラッフルズ・ジュニア・カレッジ(高校:2年課程)の日本語選択学生に対し、年間20名分の奨学金を支給するほか、うち10名を約2週間、日本に招聘するプロジェクトである。評価すべき点として、「費用負担が比較的少なく、参加しやすい」、「奨学金の額そのものは必ずしも大きくないが、日本語を学ぶ動機づけを与えるという点で効果が大きい」などが指摘されている。

      フィリピン高校教師日本招聘事業(1995年〜99年)は、フィリピン人高校教師を毎年10名、約2週間にわたり日本に招聘するプロジェクトであり、他よりも遅く、1995年にスタートした。「日本はおろか外国にすら出かけたことがない教師が選ばれるため、教師からは大変感謝されている」との意見が出ているが、他方、「教師の選考方法に問題があることから、高校教師以外の人材の日本派遣も考えるべきである」との意見もある。

    3. 課 題
    4. 以上のように、現行プロジェクトは現地側の関係者はもとより本社側の関係者からもおおむね高く評価されているが、他方、国際文化交流部会では、これまでの反省に立って、以下の通り、いくつかの課題を提起している。

      1. 経団連らしさの追求
        経団連の主たる役割は、企業による国際文化交流活動を推進するための環境を整備することにある。そのうえで、経団連自体がプロジェクトを実施する場合には、ニーズは大きいが個々の企業では実施が難しいもの、あるいは企業が国際文化交流に取り組む際の参考になるような実施方法を示すものを重視すべきであり、新たな企画や新たな実施方法を絶えず模索していくことが必要である。

      2. ニーズの明確化
        あらゆる活動の原点は状況変化を踏まえたニーズの把握にある。したがって、プロジェクト開始前に幅広い見地からニーズを確認しておくことが重要である。また、プロジェクト開始後もニーズについて不断の見直しを行なう必要がある。

      3. 評価基準の導入
        プロジェクトの実施にあたっては、これまでの取り組みの成果と反省点を踏まえることが求められる。特にプロジェクトがどれだけニーズを充たすような成果を挙げているかという点が重要であり、こうした点をプロジェクトの実施過程で絶えず確認する必要がある。例えば、プロジェクト開始時点から評価基準を導入しておくことも重要である。

      4. 一方的でない相互的な交流の実現
        文化交流は、本来双方向の活動である。現行プロジェクトについては、主として日本側が相手国に協力するといった面が強いが、例えばある国から人物を招聘すると同時に日本からも人物を派遣するなど、より双方向的な交流とすることが望ましい。

      5. 多国間文化交流への取り組み
        現行プロジェクトの主流は二国間のプロジェクトであるが、今後は、例えば複数国が参加する国際文化交流やイベントの開催等、多国間のプロジェクトの実施も検討していく必要がある。

      6. 広報とフォローアップの必要性
        現地から評価されているプロジェクトに企業が鋭意取り組んでいるにもかかわらずプロジェクトが国内外の関係者に十分知られていないという認識があり、今後、広報という視点を忘れてはならない。また、プロジェクトが具体的にどのような効果を及ぼしているのかという点からのフォローアップも必要である。

  3. 国際文化交流に対する今後の取り組み
  4. 冒頭で述べた基本的考え方、さらにはこれまでの活動の成果と反省点を踏まえ、経団連としては、今後、企業による国際文化交流活動推進のための環境作り、および原則としてアジアを対象とする具体的な国際文化交流活動にそれぞれ積極的に取り組む。

    1. 企業による国際文化交流活動推進のための環境作り
      1. 寄付金税制の改善など政策の提言
        企業が容易に国際文化交流活動に取り組むためには、寄付に対する免税措置をより広く受けられるようにすることが重要である。そこで、「社会貢献推進委員会」および「税制委員会」と協力して、寄付金に対する税制上の優遇措置の拡充を求めていく。
        また、日本に対する理解および留学生の受入れなど、国際文化交流を促進するための基盤整備についても、積極的な政策提言を行なう。

      2. 国際文化交流活動のネットワーキング化
        各企業、日本政府ならびに政府機関、NPO、および各地日本人商工会議所等が行なっている国際文化交流活動について、情報収集を行なうとともに、今後2〜3年を目途に企業の活動をデータベース化し、それぞれの活動が最大限の効果をあげるよう環境作りを行なう。

      3. 広報活動の充実
        個別企業や経団連が取り組んでいる国際文化交流活動に対する国内外の理解を深めるため、各種媒体を通ずる広報活動の展開を図る。また、海外ミッションや二国間会議、その他経団連の関係会合等、あらゆる機会を活用して、国際文化交流活動の意義や個別プロジェクトについて、企業のトップを含む内外の関係者の継続的な支持を得る。
        さらに、国際文化交流部会、各プロジェクトの参加企業懇談会、在外委員会議等の効果的な連携を図り、フォローアップと広報に努力する。

    2. 具体的な国際文化交流活動への取り組み
    3. 具体的な国際文化交流活動への取り組みについては、企業が個別に取り組むケースが増大している一方で、現行プロジェクトの実施期間が順次終了する状況の中で、経団連を通じて実施することに対する企業側および現地側のニーズも依然として高い。そこで、以下の諸課題に取り組む。

      1. 現行プロジェクトの取扱い
        現行プロジェクトは、当初定めた終了時期(1998年から2001年にかけて順次)を迎えた段階で終了する。
        しかしながら、現行プロジェクトの継続に近い提案があらためて出された場合には、その提案が1999年6月を目途に策定する「プロジェクト選考基準」に合致していること、および参加企業および現地日本人商工会議所等がこれまで以上に主体的に取り組むことを前提に、その是非を検討する。

      2. 新規プロジェクトへの取り組み
        国際文化交流部会では、今後1〜2年をかけて、本報告書で述べた基本的考え方に関する周知を図るとともに、1999年6月を目途に「プロジェクト選考基準」を策定し、これに沿った新規プロジェクトに取り組む。
        新プロジェクトの提案が寄せられた際には、前記選考基準に照らして国際文化交流部会において実施の是非を検討したうえ、実施すべきプロジェクトについて、参加企業を募るというこれまでの方式を踏襲する。ただし、その実施期間は5年を目処とし、最長でも10年とする。
        また、こうした中長期にわたる新規プロジェクトに加えて、短期的あるいは単発的なプログラム、例えば、わが国をはじめアジア各国の人々の生活を描いた映像番組(映画やドキュメンタリー、テレビドラマ等)の相互提供とその上映・放映についても検討する。さらに、アジアにおいて新たな国を対象とするプロジェクト・プログラムについても検討する。

      3. 国際文化交流に対するニーズの把握
        上記(1)、(2)のプロジェクトに取り組むに際しては、幅広い見地から国際文化交流のニーズを再確認する必要があり、下記活動を通じてニーズのくみ上げに努める。

        1. 文化交流のあり方に関する集中討議の実施
          これまで経団連の国際文化交流活動で中心的役割を果たしてきた内外の関係者をはじめ、関係分野の有識者の参加を得て、「集中討議:あらためて国際文化交流の意義を考える」(仮称)を本年度内に東京あるいは然るべきアジアの都市において開催する。また、本集中討議では、ニーズの再確認はもちろん、経団連として取り組むべきプロジェクトの基準についても検討する。

        2. 在外委員会議の活用
          経団連は、文化交流プロジェクトは現地社会のニーズを踏まえるべきであるとし、そのため現地事情に詳しい各地日本人商工会議所との連携を重視してきた。具体的には、現行プロジェクトの対象国であるアセアン5カ国の現地日本人商工会議所の文化交流担当役員に在外委員を委嘱し、1990年より毎年1回、持ち回りで「在外委員会議」を開催している。ここでは日系企業の現地における国際文化交流活動について情報交換を行ない、現地のニーズや本社への要望などを聞いている。現地の生の声を聞くことはニーズ把握の原点であり、今後も引き続き、同会議を活用して現地のニーズの把握に努める。

        3. 海外ミッションおよび二国間会議の活用
          経団連が派遣するミッションや二国間会議の機会を活用して、それぞれの国または地域における国際文化交流に対するニーズの把握に努める。

以 上

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