「産業技術力強化のための実態調査」報告書

エグゼクティブサマリー

1998年9月
(社)経済団体連合会

  1. はじめに −調査のねらいと特色−
    1. 調査のねらい
    2. わが国の産業技術は大きな転換点を迎えている。わが国の繁栄を支えてきた経済社会制度の綻びが深刻となり、産業構造の成熟化が進む中で、産業界においては、産業技術力の強化を梃子として、産業フロンティアを切り拓く必要があるとの声が強い。また、高齢化の急速な進展に伴い、労働面・資本面での成長制約の顕在化が懸念されており、これを克服する上からも、産業技術力に期待が集まっている。他方、欧米諸国では、国家プロジェクト、税制、知的財産制度等の狭義の技術政策に加え、安全保障政策、通商政策、政府調達、標準化等を総合的に駆使して、官民を挙げた形で、戦略的に産業技術力の強化に取り組んでいることもあって、わが国の産業技術力が、国際場裏において競争力を喪失していくのではないかという危機感も高まっている。

      そこで経団連産業技術委員会(委員長:金井 務・日立製作所社長)では、わが国の研究開発の主力をなす民間企業の産業技術力の実態、直面する課題とその対応策等を把握するとともに、民間企業がそのポテンシャルを最大限に発揮するのに役立つ施策のあり方を探るため、今般、会員企業を対象としたアンケートを実施した。

    3. 調査の概要及び特色
      1. 調査概要

        1. 調査対象:経団連会員企業のうち280社
        2. 回 答 率:回答社数123社(回収率44%)。延べ回答者数は399名
        3. 実施時期:97年12月(プレ調査)から98年5月(本調査)にかけて実施

      2. 調査の特色

        1. 企業の枠を越えて事業分野毎に調査・集計
        2. インタビュー調査による補足(12社・1団体 計15名)

  2. 調査結果の注目点
    1. 日本の産業技術力の現状とその特徴
      1. 陰りが見えるわが国産業技術の競争力
        わが国産業の国際競争力の高さを支えてきた産業技術力に陰りが見え始めている。主力技術・主力商品の競争力について、少なくともその一部は維持・強化が可能との回答が大勢を占めているが、業種毎、業種内でも相当のバラツキが見られる。例えば、ソフトウェア、エンジニアリング、紙・パルプ分野では、競争力の低下を懸念する見方が維持・強化が可能とする見方を上回っており、また、全回答者の4割近くが競争力の低下に危機感を示している。しかも、維持・強化が可能との自己評価についても、必ずしもその伸びに裏付けられたものではなく、研究開発や設備投資のテーマ選択、集中において予測を誤った場合や、大きなパラダイムシフト(科学技術の基本的な枠組みの変動)にさらされた場合、わが国産業が欧米諸国に差をつけられる惧れも指摘されている。(図表1、2参照)

        図表1:現在及び今後の自社の主力技術・商品の競争力に関する自己評価(事業分野別)

        図表2:今後の競争力の自己評価と経営資源(研究開発費・設備投資費)の投入状況

      2. 今後の競争相手はアメリカをはじめとする全世界に存在
        回答者が、今後の最も強力な競争相手が存在する国として挙げたのは、ほとんどの全ての事業分野を通じて、アメリカである。その理由としては、基礎研究力・システム商品開発力の高さ、戦略構築力の高さ等が挙げられている。 また、欧州については、環境、情報・通信、自動車の3分野で競争相手が存在すると挙げる企業が多く、他方、中国、韓国、台湾等のアジア諸国については、素材、関連部品分野で、安価な労働力を背景としたコスト競争力を指摘した回答が多い。(図表3参照)

        図表3:個別企業に見る競争相手企業が存在する国

      3. 課題は新たな市場創造につながる技術開発の推進
        日本の産業技術力の強さは製造技術(how to make)にあるとされているが、そのような技術に支えられる市場は成熟化が進んでおり、例えば家電業界にみられるような過度な競争のため、利益率が低下傾向にあるとの指摘が多い。
        したがって、今後は、新たな市場創造につながる技術の研究開発(what to make)に一段と注力し、付加価値の高いアドバンストマーケット(先端的市場)を開拓することが求められているが、わが国の民間企業は、欧米に比べて、先見性や積極進取の精神に欠けるという見方が一般的である。現状に活路を拓くためには、民間企業自らが市場に対する感受性をより研ぎ澄まし、パラダイムシフトにもつながるような構想力を培う必要があるが、同時に、大胆なイノベーションを可能とする柔軟な法制度・社会システム、中長期的視野に立った総合的戦略的な産業政策等が不可欠であるとの意見も多い。

    2. 企業における技術力強化への取り組み
      1. 経営戦略の中核を占める研究開発
        バブル崩壊後の厳しい経営環境の中で、民間企業は、製造プロセスの革新、海外生産・調達、自動化・無人化等を強力に推進している。その中にあって、研究開発は、民間企業の存亡を左右する生命線となっており、研究開発を経営戦略における中核もしくは重要な柱の一つと挙げた回答は全回答者の9割を上回っている。(図表4参照)

        図表4:経営戦略での研究開発戦略の位置づけ(事業分野別)

      2. 研究開発の迅速化が急務
        民間企業の研究開発が直面する課題の一つは迅速化である。10年前と比較すると、製品ライフサイクルは平均で約3割短縮しており、開発リードタイムも平均で約3割の縮減を迫られている。特に、ゴム製品、洗剤・化粧品・油脂、情報・通信機器等の分野における開発リードタイムの縮減率は約6〜7割に達している。逆に電力・ガス・原子力、医薬品の分野の開発リードタイムは長期化しているが、これは製品・技術の特性や制度上の問題に起因するものと見られる。(図表5参照)

        図表5:開発リードタイム及び製品ライフサイクルの短縮化の状況(事業分野別)

      3. 新たな市場開拓に向けた研究開発・設備投資戦略
        迅速化に並ぶ課題は、先に指摘したように新たな市場創造につながる研究開発の推進である。民間企業は、基幹事業、新規事業ともに、研究開発・設備投資を強化する姿勢を示しているが、特に市場開拓に向けた新規事業分野でその傾向が顕著である。(図表6、7参照)

        図表6:現在の基幹事業に対する設備投資及び研究開発投資の長期的見通し(事業分野別)

        図表7:新規事業に対する設備投資及び研究開発投資の長期的見通し(事業分野別)

      4. 研究開発成果(知的財産)の戦略的活用
        研究開発成果を特許権等として戦略的に活用する動きも活発になってきている。自社製品の防衛、独占による他社の追随防止等の従来型の特許戦略に加えて、家電機器、土木の分野では「積極的な特許ビジネス」、情報・通信サービス、ソフトウェアの分野では「デファクトスタンダード化」、精密機械、情報・通信機器の分野では「積極的なクロスライセンス」の活用割合が高くなっている等、特許戦略も多様化してきている。(図表8参照)

        図表8:今後重視する特許戦略(事業分野別)

      5. 海外研究開発拠点の活用も徐々に本格化
        企業活動のグローバル化に伴い、海外研究開発拠点を、単なる先端情報の収集拠点だけではなく、海外のニーズに適合した製品企画・開発拠点や国内研究部門の補完として活用する動きも徐々に本格化してきている。(図表9参照)

        図表9:海外における研究開発拠点の位置づけ

    3. 企業の枠を超えた技術力強化への取り組み
      −コアコンピタンスに特化し、戦略的連携の重視−
    4. こうした自己努力とともに、民間企業は、総花的な研究開発路線を見直し、コアコンピタンス(事業に必要な中核的能力)を支える技術については、同一事業分野内でも開発課題を絞り込む等、研究開発体制の強化を図る一方、新規分野ならびに不得意分野では、連携を積極的に活用し始めている。
      民間企業が連携相手先として、現在、重視しているのは国内企業(異業種)、海外企業(同業種)、国内大学及び付属研究機関等である。今後、重視したい相手先もほぼ同じ傾向を示しているが、海外企業(異業種)及び海外大学を重視する割合が大幅に増加している反面、国内大学及び国立試験研究機関等の公的研究機関を重視する割合が減じていることが懸念される。(図表10参照)

      図表10:現在及び今後重視する連携相手先

    5. 高まる行政・大学等への期待
      1. 行政の積極的な役割を期待
        欧米諸国が、総力を挙げて、産業技術力の涵養に努め、国際経済社会における地歩を固めつつある今日、わが国も縦割り行政の弊害を早急に払拭するとともに、産業化・商業化を射程に入れた、産業政策の一環としての産業技術政策を再構築・実施する必要があるとの意見が急速に高まっている。先に指摘したように、民間企業は研究開発の迅速化を強く迫られており、行政としても施策の決定・実施のスピードアップを図りつつ、特に以下の役割を果たすことが求められている。

        1. 戦略的中核分野の確定
          戦略的中核分野に関するコンセンサスの形成、総合科学技術会議の機能充実を含め戦略的中核分野の決定・見直しに係わる体制の整備等
        2. 政策資源の重点投入
          国家プロジェクトの推進、人材育成、大学等の研究体制の強化、標準化の推進支援等
        3. 民間企業の研究開発促進に向けたインセンティブの付与
          研究開発支援税制の拡充、政府調達の活用、産学官の連携支援策の充実等
        4. 戦略的知的財産政策の確立
          プロIP(知的財産)政策の推進、デジタル化・ネットワーク化社会における知的財産取引の安全性・安定性の確保、国際的調和の推進等
        5. 戦略的中核分野の自立的発展に向けた環境整備
          情報化等の推進のための本格的な省庁横断的取り組み、市場機能の健全な発揮のための規制緩和等

      2. 大学、国研等公的研究機関への期待
        研究開発は、研究者の能力に依存するところが大きいが、民間企業には、期待通りの人材を採用できない、量的には確保できても専門性や資質に問題があって期待通りに育成することが困難である、等々の意見が多い。大学、とりわけ産業界と密接な関連を有する工学を中心とした学部・学科がこうした民間企業の声に耳を傾け、時代のニーズに対応した人材教育を進めることが強く望まれる。(図表11参照)

        図表11:人材の採用・育成状況(事業分野別)

        図表10に示したように、民間企業が連携相手先として、国内の大学や国研等の公的研究機関を重視する割合は、現状のままでは減じていく傾向がある。しかし、例えば、ソフトウェア、エンジニアリング、土木、鉄鋼等の分野では、大学や国研等公的研究機関を連携相手先として今後より重視していくとの回答も寄せられている。したがって、大学や国研等公的研究機関における研究開発については、こうした事業分野におけるニーズの違いも考慮して、産業技術振興に役立つ方向で改革を進める必要があるとの意見が多い。
        また、図表5に示したように、開発リードタイムは分野毎に相当異なっており、大学、国研等公的研究機関の研究開発活動については、こうした違いに十分考慮して企画立案・実施する必要がある。(図表12参照)

        図表12:連携相手としての国内の大学・公的研究機関の重視度(事業分野別)

  3. おわりに
  4. 以上の調査結果から明らかなように、わが国企業にとって、市場に対する感受性や構想力を高め、新たな市場創造につながる技術の研究開発を推進することが最優先の課題となっている。21世紀に向け付加価値の高いアドバンストマーケット(先端的市場)を創造していくには、こうした企業努力に加え、大胆なイノベーションを可能とする柔軟な法制度・社会システムを整備するとともに、戦略的な観点に立って産業技術政策を含め関連施策を有機的総合的に展開していかねばならない。中でも産業技術政策については、従来型の技術政策から脱皮し、企業の研究開発促進に主眼を置くとともに、海外諸国の政策展開も視野に入れて、事業分野毎に、迅速かつきめ細かく展開する必要がある。


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