生活空間情報基盤の構築に向けて
〜地理情報システムの高度利用のための提言〜

I.総 論


  1. 地理情報システム利用の意義
  2. 国民生活の質的向上を図る上で「生活空間情報基盤」を経済社会活動や学術研究において活用するためのツールである地理情報システムの意義は大きい。とくに、行政、企業による地理情報システムの高度利用を進めることにより、国民・生活者の利便性が向上することが期待される。

    1. 公共部門による地理情報システム利用のメリット
    2. 公共部門が地理情報システムを活用することにより、事務の効率化、コスト削減、サービス向上が期待できる。特に、自治体においては、その業務の大多数が、住所・所在地・設置場所や地域・地区などの空間を表すデータと関連があり、既に業務の必要上、自ら各種の地図を作成し、利用していることから、地理情報システムを用いて、業務の効率化や住民サービスの向上を図りやすい立場にある。

      1. 防災、消防、緊急対応、河川管理、道路管理、農地管理、公共施設管理、固定資産税、都市計画、上下水道管理、保健・医療・福祉、教育、環境管理などの地図利用に馴染む業務は、地理情報システムの利用により、一層効率的に遂行できる。
      2. 地理情報システムは、施設設置、宅地開発、企業立地等が行われる地域の周辺環境を把握する手段として利用することにより、地域の健全な発展を図ることができる。
      3. 地理情報システムは、学校教育において、地球環境問題や地域学習等、地理情報と係わりのある科目において、理解を深めるための手段として活用することができる。

    3. 企業による地理情報システム利用ニーズ
    4. 企業活動においても、地図を利用する機会は多い。経団連が行なったアンケート調査においても、回答者の約8割が、業務上、地図を利用しているという結果が出ている。地図利用者のうち、電子地図・デジタル地図を利用しているのは46%、残りの54%は紙地図を利用している。
      顧客情報、営業・物流拠点情報、施設・製品の保守・管理等、企業活動にとって重要なデータベースを、特定の住所、所在地、稼動場所・設置場所を媒介として電子地図上に視覚的に表現すると、営業戦略、物流戦略の立案、さらには危機管理や緊急時対応など、経営戦略上、さらに効果的に活用できる。

      1. 地理情報システムの利用例
        コンピュータ、通信等に係る技術革新を背景として、地理情報システムの高度利用が進みつつある。従来、施設や用地、店舗等の管理業務ならびに地図の電子化による事務効率の改善等、コンピュータ単体での利用が主であったが、コンピュータ同士がLAN、イントラネットで結ばれた結果、施設の配置計画や物流管理、エリアマーケティング等の面で、社内の複数部署での利用、あるいは、より現場に近い部署での利用が可能となり、経営戦略の立案、意思決定等に活用できるようになっている。
        以下は、経団連アンケートに寄せられた、企業における地理情報システム利用の例である。

        ア)管 理
        店舗・取扱店管理、物件管理、サービス地域管理、用地管理、施設管理(埋蔵物を含む)、安全管理・危機管理、環境管理、都市・森林・海洋調査、電波障害管理、データ更新の即時化・合理化、図面保守費の削減等
        イ)戦略的意思決定支援
        事故・災害状況の把握、顧客対応戦略の立案、エリアマーケティング(一定のエリアにおける市場規模やシェア等の状況を把握しながら問題発見、販売戦略立案に活用)、最適立地拠点の選定、最適輸送ルートの策定、車両運行の安全性・利便性・快適性の分析等
        ウ)情報伝達手段
        現在位置の把握、顧客への最寄りの支店・営業所等の所在情報の伝達、物件情報の提供、交通情報、レジャー情報の提供等

      2. 企業における地理情報システム導入の阻害要因
        経団連アンケートによると、企業が地理情報システムを導入・利用する上での主な阻害要因は、データの整備・維持・更新に関するコストが高いこと、ならびに利用できる(電子的かつ簡易に入手できる)データの不足となっている。今後、地理情報システムの高度利用を推進するためには、データの充実、利用コストの低減を図ることが重要である。

    5. 地理情報システムの市場規模
    6. 公共部門による地理情報システムの積極活用、ならびに、企業における地理情報システムの高度利用に対するニーズは高い。国土空間データ基盤推進協議会( NSDIPA : National Spatial Data Infrastructure Promoting Association )の試算によると、地理情報システム関連市場(売上ベース)の規模は、95年の約1兆円から2005年には約4兆円、2010年には約7兆4000億円程度に拡大すると見込まれている(個人、企業、地方公共団体、国レベルの市場規模の合計)。

  3. 地理情報システム利用に関する望ましい環境
  4. 地理情報システムを国民の「生活空間情報基盤」として活用するためには、空間データの効率的な整備、行政情報の電子化・電子公開ならびに安価な提供をはじめ、以下のような環境を目指して、政府、地方公共団体、産業界、学界等が連携して取り組むことが不可欠である。

    1. 推進体制のあり方
      1. 責任ある推進主体が明確化され、国全体として長期ビジョンのもとに、空間データの取得、加工、蓄積、利用等のための政策、技術、標準化、人材育成等が総合的に推進されている。
      2. 空間データは、明確な役割分担のもとに、各省庁、地方公共団体、企業、住民の連携により整備され、重複的なデータ整備は極力回避されている。データ整備に際しては、民間の活力が有効に活用されている。作成された空間データは、共通利用・相互利用されている。

    2. データの相互利用を前提とした標準化
      1. 空間に関するコアデータ(広範囲の用途で共通的に必要とされる核となるデータ項目)とそのメタデータ(データの種類、特性、品質、入手方法等の情報)標準が整備されている。コアデータの作成者は標準に基づくメタデータを作成するとともに、クリアリングハウス(データの内容、精度、更新時期、対象地域、作成者、入手方法等を収録したデータベースとそれを検索する機能をもったシステム)にコアデータを登録している。ユーザーは、メタデータの内容により、各データの精度・信頼性を確認することができる。
      2. 地理情報に係る標準化の国際的な議論の場に官民が連携して参画し、空間データのネットワークでの国際的な流通も視野に入れた国内標準が策定されている。

    3. ネットワークによる行政情報の提供
    4. 国・地方公共団体を問わず、地図データ、台帳データ、統計データを含めた行政情報が更新を含めて電子化されており、プライバシーや企業秘密等に配慮された上で原則的にインターネットを通じて国民に公開されている。行政が作成した情報については、国民が無償または実費程度の低価格でネットワークを通じて入手し、自由に活用、加工、再販ができる。

    5. 民間の整備した空間データの提供方法
    6. 民間の整備した空間データについては、継続的に信頼性の高いデータ供給が可能となるよう、データ整備やメンテナンス等にかけた費用が回収できる適正な対価での提供がなされている。

    7. 関連産業の創出
    8. 行政から無償または実費程度の低価格で提供された情報を自由に活用、加工、再販できるようになり、民間活力に基づいて、デジタル地図に関連した各種事業が生まれ、発展している。

    9. 行政による地理情報システムの積極的かつ効率的な活用
    10. 行政は、情報化の一環として地理情報システムを積極的に導入し、活用している。
      空間データについては、省庁内、省庁間、部課間で、相互利用・共通利用が行なわれている。地理情報システムを用いて空間データを管理・分析し、活用する人材が育成、確保されている。

    11. 行政の透明性の確保
    12. 行政において、生活空間情報基盤整備の推進主体の行うすべての会議、研究会等の審議内容は詳細に一般公開され、民間企業、学界等を含め、広く意見を述べられる仕組みがある。

  5. 米国の状況
  6. 米国では、1994年の大統領令を契機として、省庁横断的かつ権限を持った連邦地理データ委員会( FGDC: The Federal Geographic Data Committee) の主導による全米空間データ基盤の整備が推進され、その成果が現われてきている。また、国民の税金で整備した行政情報は原則的に著作権を放棄しているため、空間データを無料または安価に収集でき、その情報に付加価値を付けたサービスを行なうビジネスが発展しつつある。

    1. 米国の国家的取組み
    2. 米国政府では、空間データは重要なコンテントであり、高速通信インフラと並ぶ情報化社会の中核的情報基盤と位置付け、「デジタル・アース(Digital Earth)」の構築を重要施策として掲げている。

    3. 大統領令に基づく調整機関への強制力付与
    4. 連邦予算管理局(OMB: the Office of Management and Budget)は、1980年代に連邦レベルで整備された空間データに関して詳細な調査を行なった結果、多くの重複投資が行われている実態が判明した。連邦政府は直ちに調整組織として連邦地理データ委員会を設置したが、連邦における空間データ整備等に関する方向性が明示されなかったため、政府内・各州レベルにおいて数十のデータ様式が採用され、その相互利用に多大な費用を支出することとなった。そうした経験を踏まえ、1994年、大統領令「全米空間データ基盤実施令」が出され、各省庁に対して、空間データの取得、処理、蓄積、流通、価値を付加した利用を推進することが義務づけら、そのための強制力を持つ調整組織として、FGDCが指定された。

    5. 全米空間データ基盤整備に向けた総合的施策
    6. FGDCでは、空間データ基盤整備の総合的推進に向け、米国地質調査所( USGS: United States Geological Survey )をはじめ、各省庁の協力を得て、技術開発、データや技術に関する標準化、人材育成に取り組んでいる。各地図データの作成、管理、更新等の責任を負う官庁を決めるとともに、連邦政府が今後作成するデータについては、必ずFGDCで定めたスタンダードに従って作成しなければならないとされるなど、FGDCは他省庁に対する権限を有する。また、クリアリングハウス等の整備に関する予算、ならびに専任のスタッフを擁している。

    7. 連邦政府と地方公共団体とのパートナーシップの存在
    8. 自治体は、FGDC基準に準拠したメタデータを作成するパイロットプロジェクトを既に1500件実施しており、国と自治体が足並みを揃えてメタデータの整備を進めている。

    9. 測量品質のチェック
    10. 米国地質調査所は、測量・地図作成マニュアルを廃止しており、最終成果物である地図の精度の検査のみを行なっている。

    11. 行政情報の積極的電子提供
    12. 情報スーパーハイウェイ構想の中で、政府が持つ情報を広く公開し、民間市場の活性化に結び付ける旨が宣言されている。地図を初めとする空間情報の公開も例外ではなく、行政は、積極的に空間データを公開している。連邦政府が作成したデータの著作権は基本的に放棄されており、複製費用程度の価格で頒布している。一部の空間データは政策的に無償で公開している。

    13. 民間活力を活かした産業創出
    14. こうした一連の措置がとられた結果、行政から空間データを無料または安価に収集し、その上に付加価値をつけてサービスを行う空間データサービス産業が発達している。


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