生活空間情報基盤の構築に向けて
〜地理情報システムの高度利用のための提言〜

II.各論・わが国の課題と対応の方向


経団連のアンケート結果によると、行政が早急に対応すべき課題としては、行政の保存する地図データ、統計データ、台帳データの電子化と電子的公開、GIS共通利用・相互利用のための基盤整備、ならびに地図のデジタル化に対応した制度の見直しを指摘する回答が多い。今後、国・地方公共団体・民間企業・学界等が各々の役割を適切に果たしつつ連携し、次の措置を3年以内に実現することにより、先に述べたGIS利用に関する望ましい環境を整備すべきである。

  1. 生活空間情報基盤の総合的・集中的な構築
  2. 生活空間情報基盤は、国民生活の安全の確保や質的な向上、行政サービスの効率化と利便性向上、さらには、企業の戦略的意思決定・コンテント産業の発展等に不可欠な基盤であり、また、高度情報化を牽引する重要なコンテントであるため、米国等では国をあげて整備を推進している。これに対して、わが国においては、内閣内政審議室の下に22省庁が参加した「地理情報システム(GIS)関係省庁連絡会議」が設置されるなど、従来にない取り組みがなされている。しかしながら、省庁間における役割分担や責任の所在・範囲、また、国・地方公共団体・民間との間の役割分担は必ずしも明確でなく、また、基盤整備も民間が期待するテンポでは進んでいない。今後、広く行政や企業等が地理情報システムを高度利用できるよう、重複投資を排除しつつ、「生活空間情報基盤」の整備を総合的かつ集中的に推進していかなければならず、そのための体制づくりが喫緊の課題となっている。

    1. 官民の主な役割
    2. 現実の世界をサイバースペース上に精密に再現できるよう、場所に関する情報である空間データのうち、基準点、参照点、道路境界線、行政界、河川、標高、公共施設、家屋形状など、誰もが共通して利用する情報の整備、ならびに相互利用のための環境づくりが急務である。今後、産官学が連携し、生活者の視点から、空間データの整備を推進していくことが重要である。

      1. 民間企業の役割

        1. 市場ニーズに的確に対応した商品・サービス(空間データの作成・更新、空間データ製品、地理情報システム、空間データ活用サービス等)の開発・提供に努める。データのメンテナンスは、コストを勘案しつつ、顧客ニーズに応じた頻度で行なう。GISに関連する新しいビジネスは、現時点では予測できない部分もあるため、新規参入者に対して参入機会を継続的に開放する仕組みが必要である。
        2. プライバシーの確保に十分配慮してGISを高度利用していく。また、民間作成の地図データを含む空間データとそのフォーマットを開示するとともに、GISのユーザーに対し、利用方法等に関する情報を提供する。
        3. 空間データの整備・利用の円滑化に必要な環境整備のあり方について積極的に提言するとともに、学界等と連携して行政と対話を行う。

      2. 公共部門の役割

        1. 重複投資を排除するため、政府・地方公共団体が整備すべきコアデータの範囲を決定すべきである。例えば、基準点・電子基準点(測量の基礎となる点。精密な地図を作るために必要な、地球上の位置と高さが正確に決められている点)、参照点(位置の情報を管理するため、基準点から測定した緯度・経度値をもつ点。基準点ほど高い絶対座標値はもたない。主要道路交差点中心等に設置される)、区域データ(道路区域界、河川区域界、海岸線、標高、道路中心線・鉄道中心線・河川中心線、行政区画・統計調査区・地籍等)、位置参照情報(空間データを、地図データ上の位置や範囲に的確に結びつけるために用いる地理的位置や空間に関する情報。たとえば、住所、所在地等)等がコアデータとしてあげられる。コアデータ作成者に対しては、メタデータ標準に準拠したメタデータ整備を義務付けるとともに、民間をふくめ、空間データの相互利用、共通利用ができるようにすべきである。
        2. GIS基図の整備を一層促進する観点から、土地に関する最も基礎的な情報である地籍の調査を全国規模で推進するべきである。地籍調査の進捗が遅れている地域においては、必要最小限の情報である官民境界等の先行的調査等を進めることが重要である。公図については、境界が確定されている地籍図を用いるのが本来の姿であるが、地籍調査が行われるまでの間は、都市計画基本図や道路平面図等の現況地形図をもとに作成された地番現況図のデータで代用することも検討すべきである。
        3. 空間データをきめ細かく整備するため、地方公共団体の整備している都市計画図等の基盤的データについては、国の定めたデータ標準、メタデータ標準をふまえて整備すべきである。

    3. 推進体制の強化
    4. 生活空間情報基盤を総合的・集中的に整備するためには、責任をもって空間データ基盤の整備に当たる機関を明確にするとともに、国・地方公共団体・民間・学界等の関係者が連携し、取り組む必要がある。

      1. 生活空間情報基盤を総合的・集中的に整備するため、時限的に推進法を制定すべきである。推進法では、明確な長期ビジョンの策定、空間データの具体的整備計画の策定、政府・地方公共団体等の役割と責任範囲、各省庁を統括し、優先的な権限を有する専門推進組織の設置とその機能の明確化、等を図る必要がある。
      2. 専門推進組織は、独自の予算と各省庁に対する強制力を持ち、たとえば、生活空間情報基盤整備に関する各省庁間の予算配分を含めた相互調整、重複投資の監視・是正、空間データの標準化・電子提供の促進、官民の連携推進等の機能をもたせることが望ましい。また、事務局の人材は、民間からの人材登用を含め、専任のスタッフを中心とすべきである。
      3. 地理情報システム関連の予算は、各省庁毎ではなく、成果の共有を前提として事業毎につけ、各省庁の共同作業を促すことが望ましい。

  3. 公共部門による地理情報システムの積極的な活用
  4. 行政においては、電子政府の実現に向けて、地理情報システムを積極的に活用するとともに、省庁間・部課間の明確な役割分担のもとに空間データの共有・相互利用を進めることにより、空間データ整備に関する重複投資の回避に努めるべきである。

    1. 地理情報システムの活用
      1. 政府・地方公共団体においては、事務効率の効率化、住民サービスの向上、地域の健全な発展等に向けて、地理情報システムを積極的に活用すべきである。また、公共調達に関して、地図を利用する際、デジタル地図を積極的に利用すべきである。
      2. 地理情報システムの利用を含め、行政の情報化による効率性向上を評価し公開する仕組みを作るべきである。たとえば、人員配置や組織的な対応の変化(許認可期間の短縮、住民サービスの迅速化等)が評価尺度になりうる。
      3. 行政においては、官民共同利用を前提として地図を作成するとともに、民間の作成した地図についても積極的に利用すべきである。

    2. 空間データの共通利用
      1. 行政においては、各部署が地理情報システムを利用する際、省庁間・部課間でのデータの共有や相互利用が可能なシステムを導入し、活用すべきである。部課毎に独自の地図データを作成・使用することをやめ、行政内で共用できる空間データの標準を定めたうえで、データの整備・管理主体を明確化し、各部署がデータを共用できるようにすることが求められる。
      2. 空間データを広く国民が共通に利用できるよう、データの定義、インターフェイス等に関する標準を定める必要がある。また、行政の所有するデータベースの仕様(書式、フォーマット)を公開するとともに、自由参入・自由競争を原則とした上で、民間企業にシステム構築・運営業務を委託する等、効率的に情報化を推進すべきである。
      3. 地理情報に係る標準化は、ネットワークを通じて国際的に流通することも視野に入れ、国際的な動向に配慮しつつ、進めるべきである。

    3. 人材の育成
    4. 空間データを管理・分析し、行政に適用できる人材を育成するための体制を整備するとともに、そうした人材の積極的な活用を行なうべきである。

  5. 民間による行政情報の活用のための条件整備
  6. 地理情報システムの特徴は地図データに様々な情報を組みあわせて管理・分析等を行なうことにあり、地理情報システムを高度に利用するためには、組み合わせることのできる情報の充実が不可欠である。経団連の行なった「GIS利用に関するアンケート結果」によると、現在、地図情報のオンラインによる情報取得は全体の約15%にとどまっており、また、現在、公的機関が保有する情報等の入手のために、保存地まで出向いて閲覧・複写しなければならないケースが全体の約2割存在している等、ネットワークによる行政情報の公開・提供は必ずしも十分ではない。
    行政においては、業務上必要となる情報を収集する権限を有し、空間データの相当部分を保有しているため、地理情報システムの高度利用の推進、生活空間情報基盤の効率的整備に際し、行政情報の提供は極めて重要である。民間が、行政情報を無償または安価かつ自由に利用できるよう行政情報の民間利用の促進ならびに行政情報の電子化によるネットワーク提供を推進すべきである。

    1. 行政情報の民間利用の促進
      1. 行政情報の利用に関しては、(1)行政情報の種類や所在が国民にとってわかりにくい、(2)地方公共団体間での情報の開示基準が統一されていない、等の問題があり、行政情報の民間利用が十分に進まないことが懸念されている。今後、現在国会に上程中の情報公開法案の早期成立が期待される。また、国・地方公共団体においては、個人情報や企業秘密の保護を前提に、非開示とされている情報の取扱いの見直しを行うとともに、情報開示に係る具体的な事務手続を整備すべきである。
      2. 行政情報の著作権については、著作権法第十三条において、「国又は地方公共団体の機関が発する告示、訓令、通達その他これらに類するものについて著作権の対象とならない」こと規定されているに過ぎず、その他の行政情報に関する規定がない。国民の税金を使用して作成した情報は国民の財産であり、行政情報については著作権を制限し、著作権に係る対価を徴収せず、また、特定の者に限定せずに広く国民に対して、使用目的を問わず無償または安価に提供することにより、行政データベースの利用とそれに基づく産業の発展を促すべきである。
      3. 国土地理院長の承認を得れば、基本測量、公共測量の成果を、無償で複製・使用できるようになっているが、さらに、民間が目的を問わず複製・使用できるようにすべきである。

    2. 行政情報の電子化、ネットワークによる提供の推進
    3. 行政情報の電子化、ならびにネットワークによる提供に対する国民、企業のニーズが高まっているが、行政側の対応は遅れている。また、多くの地方公共団体の個人保護条例では、オンライン接続禁止条項が存在するため、地方公共団体間、地方公共団体と国・民間との間でのデータの流通等ができない。
      行政においては、今後、過去の文書の電子化を含め、あらゆる行政情報の電子化を図り、個人情報と企業秘密の保護を図りつつ、ネットワークで提供する必要がある。行政情報の電子化にあたっては、国民が原則的にアクセス・使用できるよう、オープンなシステムとするとともに、行政情報の所在案内サービスを行なうべきである。また、都市計画図、国土数値情報、デジタル道路地図、地籍図など、基盤的な地図については、安価に電子提供されるべきである。地方公共団体において、オンライン接続禁止条項を見直すことも望まれる。

  7. デジタル化を想定していない制度・慣行の見直し
  8. デジタル技術の発展などの技術革新をふまえ、アナログ技術等を前提としてきた法制度や慣行を早急に見直す必要がある。

    1. 地図の効率的利用の推進
    2. 電子地図においては、地図の拡大・縮小、各要素への属性の付与が容易になったことから、法定図書の作成基準を見直し、都市計画法に基づく開発許可申請添付図、申請書添付図、道路法による道路台帳図面等について、一定の表示縮尺を求める一律的な対応を改め、行政目的を実現する上で必要とされる最低限の精度の要求に止めるべきである。

    3. 技術革新の成果の柔軟な採用の推進
      1. 技術革新を背景とする測量技術の向上により、従来のように公的主体が中心になって測量を行なう意義は薄れている。今後、地理情報システムの高度利用のための基礎となる空間データを効率的に整備するためには、民間を含めた多数の機関が測量成果を整備し、相互利用を円滑に進める必要がある。高精度で汎用性の高い民間測量が実施されることが多くなっているが、これらの測量成果の行政による利用や新技術の導入等を促進するため、測量手法に関するチェックからプロダクト評価に移行すべきである。また、自己認証のあり方についても検討すべきである。
      2. 測量技術の向上、デジタル技術の発展をふまえて、デジタル地図の調製を専門とする場合などにおいては測量士の設置義務等を緩和すべきである。

以 上

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