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トップが語る

1%クラブニュース (No.66 2004 秋)

トップが語る
「企業が果たす社会への役割」

後藤卓也
Takuya Goto
花王株式会社 会長
─ バリアフリー社会に向けた専門性ある活動を実施されていますが、社会貢献活動の始まりは?

社会貢献というような大上段に振りかぶったものではありませんが、創業の原点が「世の中のためになりたい」です。明治20年当時、石鹸は非常に高価な輸入品でしたから、創業者長瀬富郎は、「庶民が買える価額の、良質な国産石鹸をつくろう」と創業しました。その原点と思想は脈々と受け継がれています。生活用品などを生産・販売する企業として、早い時期から「生活者との対話」を重視し、1934年に「長瀬家事科学研究所」を設立。家事を科学と捉え、新しい家事科学の研究・普及活動を推し進めました。後に「花王生活科学研究所」と改名し、消費者と直接触れ合い、その声を企業活動に反映させる重要な役割を担ってきました。現在は「消費者相談センター、花王生活文化研究所」に改編して一層の充実を図っています。花王は企業使命を「心をこめたよきモノづくりを通じて、顧客の心豊かな生活文化の実現に貢献する」と謳っています。

─ 現在の活動分野と基本方針をお聞かせください

「次世代の育成」を全体テーマに、芸術、環境、教育、コミュニティ、バリアフリー社会推進の5 分野で貢献活動を展開しています。芸術分野では全国114の公立美術館に対し、キュレーターの海外研修や育成、巡回美術展などの支援を読売新聞社と共に22年続けています。地方の工場所在地では、ピアノコンサートや子どものためのコンサートなどのコミュニティ活動を実施しています。宣伝をしない地味な活動ですが大変好評です。昨年は山形県酒田市でヴァイオリニスト千住真理子さんを招き、ファミリーコンサートを開催しました。チケット収入は全額酒田市の社会福祉事業に寄付しています。
教育支援では小・中・高校を対象に出前の「理科実験教室」を行っています。花王製品は子どもにも馴染みのある理解しやすい商品が多く、とても喜ばれています。講師は新製品開発などを担当する若手研究者。お兄さん感覚の話しぶりも子どもたちには好評のようです。研究所所在地などを中心にまだ10校程度ですが、継続を予定しています。バリアフリー社会の推進では、(財)共用品推進機構と協力して、その推進を目的としたビデオ作成もしてきました。障害のあるなしにかかわらず、みんなが暮らしやすい心豊かな社会の実現が、私どもの使命ですから。

─ 花王芸術・科学財団もお持ちですね?

創立100周年記念事業として「花王芸術文化財団」を1990年に設立して、美術と音楽を中心に助成活動をしてきましたが、1997年に学術研究へも拡大し「花王芸術・科学財団」に名称変更しました。どちらも助成事業で、芸術はプロによる美術展・コンサートへの助成金、科学は主に界面科学分野の若手研究者への研究助成です。芸術と科学分野を合わせ、創設以来6億3千万円弱の支援をしています。

─ 家庭にも親しみ深い商品を提供される御社では、環境分野にも積極的な取り組みをされていますね。

商品の大半は家庭で使われる日用品であり、使用後は生活排水の一部に、容器包装は生活廃棄物として処理されます。企業は地球環境への負荷なくして事業活動を継続できないとの認識に立って、商品開発・設計・生産段階から消費・廃棄に至る全ての過程で、環境負荷の低減と安全性の確保に最大限の努力をしています。商品安全性の確保と環境に負荷の少ない商品開発を徹底するために、環境適合設計、グリーン購入・調達基準などに従って、商品のライフサイクル全体を考慮する。生産面では省資源・省エネルギーはもちろん、炭酸ガスや産業廃棄物などは数値目標を設定して、毎年目標をクリアするなど着実な活動です。資源ゴミを減らすリデュース、リユース、リサイクルへの取り組みは、社会の動きより早く、30年近く前から詰め替え・付け替え商品を出しています。私が丁度、包装技術を担当していた頃です。当時はまだ社会の環境への関心が薄く、低迷ぎみでしたが、時代の変化とともに環境保護意識が高まり、リフィルの生産量が飛躍的に伸びました。コスト安で環境負荷の少ない商品提供の好循環が生まれています。

─ 経営戦略の中に企業の社会的責任(CSR)を積極的に位置づける動きについて、会長のご意見を

私は「強くてよい会社」を社長時代から標榜してきました。最初は「強くてよい」という表現があまりにもシンプルでインパクトに欠けると言われたものです。今振り返ると、時代の流れもあり「言いえて妙。いい言葉かな」と感じます。「強く」なければよきモノづくりはできません。「利益」はよきモノづくりのための研究開発・設備・マーケティング投資に必要であり、その資源を得なければ企業は数年で終わりです。日本人は「利益を稼ぐ」ことに何か胡散臭い見方をしますが、再投資、安心・安定雇用によるよきモノづくり、税金納入の企業義務遂行のためにも利益は企業活動に必須と考えます。企業のやるべきことと、行政のやるべきことは別だと思っています。花王の、企業としての社会的責任は「強くてよい会社」の前提下で実践してきた、という自負があります。しかし、社会への理解を深め、説明責任という側面から今年、CSR推進部を設置しました。今後とも「次世代の育成」に主体を置いた社会貢献活動を含めて、CSRを推進していく所存です。
ただ、最近のCSRブームやランク付けなどを見ていると、個人的に大変違和感を覚えます。ワースト入りは論外ですが、トップ10に入らなくてもよい。自社がきちんと実施している自信があるなら、ランキングに一喜一憂するのはナンセンスです。

─ 後藤会長は「人との対話」を大切にされ、今後は地方都市に対話行脚をしたいと伺いましたが…。

私は社員と比較的話す機会を作っていると自分では思っていたのですが、2年に1度実施する社員意識調査の回答を読みながら、時代の変化をひしひしと感じ、社員の将来へ対する不安感もわかってきました。そこで、社員にもっと会社の基本的なことを、経験を踏まえて伝えなければならないと感じたのです。
先日も研修会で若い社員と話をしたときに、「5年先は大体わかっても、10年、20年先はどうなるか?」と質問を受けました。私はその時、「目の前にある峠を登る努力をしなさい(今の仕事を夢中でやってみる)」という表現をしました。峠に辿り着いたら展望が変るでしょうと。明るい別の目指すべき峠が見える場合もあるし、断崖絶壁で引き返さなければいけない場合もある。そのときは引き返して、別のルートで行けばいい。峠に登りもしないで峠の先に何があるかを考えてもしょうがないでしょうと。いまの若者は、そこに行く努力を省いて先に何があるかを知りたがるのですね。オリンピック選手のように、きちんと目標のある人は良いのですが、マジョリティはビジョンや目標を持っていないように感じます。こういう話を、特に支社長でさえ一度も行っていないような、地方の小さな販売拠点に出向いて対話をしていきたいと考えています。

─ 社内だけでなく、会長個人として、地域社会の人々との対話はいかがですか?

個人的にはまさに会社人間で、朝から晩まで会社オタク。ボランティアを含め地域で活動するゆとりは全くありませんでした。「対話」は、まず同じ立場と環境を共有する企業内からと考えています。その方が説得性がありますからね。そして、対話の機会が少ない地方から始めたいと思っているのです。
私は原則として「社業第一、社外講演は絶対しない」と決め、社長時代も外部講演は3回位でした。先日、机の整理をしていましたら、数少ない講演の礼状が出てきました。それも巻紙で。「心が洗われた、目から鱗がおちた」と書いてある。社長着任早々、ある中学校の校長から強く請われ、教員の方々に話をしたのですが、「そんなことで役立ったのか」と改めて感じました。会長になっても、なぜか忙しくゆとりの少ない毎日です。「人との対話」も、まず話の通じる社内から始め、そこから輪を広げていければと、思っています。

(文責 青木孝子)

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