企業人政治フォーラム速報 No.44

1998年10月22日発行

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政党政治の生命力 −日英比較の観点から−
/山口二郎北海道大学法学部教授

フォーラムでは、去る10月7日、講演会を開催し、昨年半年にわたりイギリスに滞在し、18年ぶりに保守党から労働党への政権交代が行なわれた総選挙を実際に経験されてきた北海道大学の山口二郎教授から、日英の政党政治の比較の観点から、今後の日本政治のあり方などについて話を聞いた。

■イギリス政治のダイナミズム

政党政治の活力の源泉は、大きく分けて、政党の担い手と政策と組織の3つにあると思う。

英国労働党では、世代交代が進んで、大変若い世代が担い手となっている。ブレア首相はまだ45歳だし、彼を支える主要閣僚や首相官邸のスタッフもみんな同年代だ。

政策面では、古い保守対労働という対立図式は崩れ、ポスト福祉国家、ポストサッチャリズムという新しい時代に対応した政策理念が模索されているが、いろいろな政策争点について、各党が自分たちの主張を明確にし、その1つ1つの争点をつないだ争点群に対する政党の主張が、その政党の理念や価値観となっていく。そして、それをはっきりと打ち出し、イメージ作りに成功した政党が選挙に勝てる。

イギリスでは、elected dictatorship(選ばれた独裁制)と呼ばれるトップダウン型のリーダーシップが確立しており、選挙で公約したことはどんどんトップダウンで政策として実行していく。イギリスにおける政権交代の意味は、いろいろな問題が起きたときに、政権の担い手を入れ替えることにより、国民の支持を背景に新しい改革をトップダウンで進めていくことにある。日本では、93年以降、何度か政権交代があったが、政策の継続性という呪文があり、なかなか大胆な政策転換が進まなかった。これがイギリスと日本の大きな違いである。イギリスでは、マニフェストと呼ばれる政権構想を選挙の1年くらい前から与野党とも準備をする。そして、選挙に勝てば、国民からの委任を受けたということで、その政策を強力に推し進める。

政権構想には、ポリシーとウイッシュリストがあるが、日本の場合の政権構想(選挙公約)は、多くの場合、減税、公共事業、景気対策といったこういう良いことをしますというウイッシュリストである。しかし、本来、どこかで良いことをすればどこかの既得権を減らさなければならないのであり、ここを伸ばして、ここを削るということをセットで示すのが政策の重要な中身である。イギリスではこれをポリシーという。

イギリスでトップダウン型のリーダーシップを発揮できる大きな要因となっているは、本来の意味で政治家を評価し、実力本位で政治家を登用していくシステムがあることだ。イギリス議会には、官僚の席がないことはよく知られているが、これにより、政治家同士の議論が可能となり、議論の能力のない政治家は舞台に立てない。また、イギリスでは、党のオールスターが結集して内閣を構成し、一旦内閣を作ったら、2〜3年続けるのが常識だ。日本のように、毎年定期的な内閣改造を行い、しかも当選回数と派閥の秩序や均衡に基づいた大臣の任用をしていたのでは駄目だ。やはり、日本の政治の世界でも正しい意味の実力主義と能力評価システムを作る必要がある。

■参院選の評価

7月の参院選の結果は、予想外のものだった。しかし、考えてみれば、昨年の宮城県知事選挙などその前兆はいくつかあった。国民の政治離れ、政党離れと言われているが、争点が非常にはっきりすれば国民は投票に行くし、健全な判断力を持っている。

参院選の直接的な敗因は、橋本首相の減税問題をめぐる優柔不断をはじめとするリーダーシップの欠如にあったと思うが、もっと大きな問題は自民党が変質してしまったことだ。かつて、80年、86年のダブル選挙の時のように、投票率が上がれば自民党に有利というのが常識だった。しかし、今回は投票率が上がったのに自民党が負けた。自民党はフワッとした浮動票を集める政党ではなく、組織政党化してしまった。これは、小選挙区制の導入が1つのきっかけになった。自民党はあらゆる組織を取り込もうと組織の全方位的強化に走った。組織の全方位的強化をやれば、具体的な政策の展開の時に、どこかの組織と軋轢をおこし、その実現が難しくなる。こうしたことが自民党の政策決定能力を下げてしまった。

■今後の日本政治のあり方

政治の役割は単純にいえば、親切な政治と強い政治の2つがある。親切な政治とは、福祉、社会的公平、弱者保護、結果の平等といったキーワードで説明でき、強い政治とは、規制緩和、自由競争、自己責任といったキーワードで説明できる。

かつて日本は護送船団方式といわれるように社会を平準化して親切な政治を施してきた。しかし、それが現在相当弊害を生んでいる。そこで、橋本さんは行革、規制緩和、金融ビッグバンなどの6大改革を打ち出し、強い政治を指向した。しかし、いざ蓋を開けてみると銀行が潰れたり、多くの企業も四苦八苦するなど、強い政治で自己責任だけでやりなさいというわけにはいかなくなった。その結果、減税や銀行への公的資金の注入、公共事業といった親切な政治を行うべきだという議論が出てきた。このように、現在の日本は強い政治と弱い政治が錯綜している状況だ。今後、この両者のバランスをどうとっていくかが政党にとって大変重要になってくる。

日本の親切な政治はヨーロッパの親切な政治とは中身が違う。ヨーロッパの親切な政治は、普遍主義であり、年金や医療、失業手当てなど、同じ条件の人は同じ恩恵にあずかれる国民全体をカバーする包括的な制度である。それに対し、日本の場合の親切な政治は、政治的コネクションを持っている人や地域に対して親切にしてあげるというもので、中央集権体制、裁量行政とセットになっている。日本では、年金や介護、教育など、普遍的な親切はまだ不十分だ。今後、日本的な親切な政治はすっきりと取り払い、社会的セーフティネットとしての普遍的親切にもっとお金を使い、その基盤を構築すべきだ。

今後、日本の政党システムは一体何がいいのか。2大政党制がいいのか、多党による連立がいいのか。私は、政党の数はあまり問題ではないと思う。無理矢理2大政党制にはめ込むのは、今の選挙制度を前提にすれば難しいだろう。重要なことは、政党の数ではなく、政策争点についてはっきりとしたことをいう政党、さらに、党の重要なポスト、内閣のポストに党のオールスターメンバーを実力主義で選んでいける政党をつくることだ。

最近の金融問題をめぐ議論を見ていると日本政治に明るい展望もある。それは、与野党の中に、それぞれ、現在の時代認識を持って自分できちんと議論できるタイプの2回生、3回生クラスの若手の議員が出てきたことだ。イギリスでは、そういうスタイルの政治家が実際に政党政治の中心で活躍している。日本でも、そういう面で、政策的な力を持った政治家をバックアップし、それぞれが党内でもう少し動けるような展開を期待したい。


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