[ 経団連 | 企業人政治フォーラム | 速報目次 ]

企業人政治フォーラム速報 No.57

PDFファイル版はこちら 1999年 6月 2日発行

政党政治の危機〜統一地方選と日本の政治〜
/小林良彰慶応義塾大学法学部教授

当フォーラムでは、さる5月19日、4月に実施された統一地方選を受けて、選挙結果に対する評価や、今後の政治、政党をめぐる問題について、慶應義塾大学の小林良彰教授を招き、講演会を開催した。

■統一地方選挙の評価

2月に実施された、青森県・愛知県での知事選と、今回の統一地方選における12都道府県での知事選挙をあわせると、今年に入ってから、15近くの知事選が実施されたことになるが、そのうち、実質的な意味で候補者が選挙戦を争ったといえるのは、東京都知事選だけである。大阪府では、現職の横山候補の前に、各政党とも候補者擁立を見送るという、まさに各党「相逃げ」状態であったし、それ以外の道県では、与野党が現職や有力新人に「相乗り」するという、相変わらずの構図となり、ほとんど選挙になっていなかったというのが実情である。

■98年参院選での有権者の行動

昨年の参院選は、橋本内閣の財政再建路線を大きく変更させる転換点となった。参院選で自民党は思わぬ敗北を喫したが、また新聞をはじめとする各メディアも同様に、予期せぬ敗北を喫したといえよう。通常、選挙の際には、各メディアは投票日1週間前に、膨大な費用をかけて世論調査を実施するが、従来はこの世論調査の結果と、実際の選挙結果にはそれほど大きな乖離がなかった。しかし、前回の参院選では、事前の世論調査から、各メディアは自民党の獲得議席数を57程度と予想していたが、実際には、自民党は45議席しか獲得できなかったのである。その背景には、投票率が事前の予想を大きく上回ったという事情がある。当初、投票率は40%前後と予想されていたが、結果的には約60%という高い投票率となった。この当初の予想を上回る、約20%に相当する有権者は、主にどのような有権者であったかをみると、将来の生活・景気に不安を感じているという有権者層であった。また、景気の悪化を予想する有権者ほど、自民党を支持しないという傾向が認められた。このような結果が重なって、自民党の予想外の敗北につながったと考えられる。

■「業績評価投票」と日本の選挙

欧米では、有権者は、政党や候補者の公約というものは実現性に乏しいものと考えており、選挙の際には、将来に対する公約ではなく、むしろ、これまでの経済運営の実績に基づいて投票を決める傾向が強い。これを「業績評価投票」と呼ぶが、92年の米国大統領選で、現職のブッシュ大統領が、クリントン候補に敗れた原因がブッシュ政権後期の景気後退とされるなどが、その例である。つまり、選挙が実施される時点で、経済状況が良好な場合は与党を、逆の場合には野党を支持するというのが、業績評価投票の基本である。
98年の参院選では、業績評価投票に基づくと、よく理解出来る選挙結果となったが、これまで日本ではこれとはまったく逆の結果が見られる傾向が強かった。それには、日本の税制の歪みが大きく関与している。日本では、税収の大半を国を通じて徴収し、その大半を地方で支出しているのが現状である。地方交付金等の形態による、税収の国から地方への移転に際し、その配分に政治的な要因が働いている点が大きいことは否定出来ない。つまり、予算配分等の拡充を期待して、「苦しいときこそ自民党」、「苦しいときこそ中央とのパイプ」との風潮が強く、景気が悪いときには自民党への支持が高まるという構図があった。しかし、98年の参院選では、財政再建の流れの中で、従来のこのようなパターンが崩れたといえる。

■自民党と民主党の動向

それでは、景気の早期回復が見込まれない現状で、業績評価投票に基づき、与党である自民党の支持率が大幅に低下し、「野党の時代」が到来するかというと、そう単純には言い切れない。98年の参院選以降の、自民党と民主党の支持率の推移を追ってみると、参院選直後には、自民党と民主党の支持率の差は大幅に縮小したものの、民主党は、98年9月に独自の金融機関への公的資金投入案発表後、急速に支持率を低下させることとなる。その間、自民党の支持率はほぼ横ばいであったものの、民主党との格差は拡大し、小渕内閣の支持率にいたっては、ついに支持率が不支持率を上回るようになった。自民党はこのような状況のもと、政権運営に対する自信を深めつつあるように見受けられるが、実際には、自民党に対する絶対的な支持率は不変である。

■都知事選の結果から導き出されるもの

今回の都知事選では、無党派層の動向に注目が集まったが、石原氏の圧勝の背景に、政党をバックにした擁立候補に対する支持者の取りまとめという点で、現在の政党の限界を指摘することができる。特定の支持政党を持たない有権者層を無党派層と呼ぶのに対して、特定の支持政党を持っており、かつ選挙の際にはその支持政党が擁立する候補者に投票するという有権者層を「固定層」という。一方、支持政党を持っているものの、選挙の際にその擁立候補者に投票しないという有権者層を「浮動層」と呼ぶ。都知事選の時点では、それぞれの有権者層の割合は、無党派層44.2%、固定層23.2%、浮動層32.6%であった。無党派層と浮動層をあわせると、全有権者の4分の3を占める割合に達しており、結果的には、今回の都知事選においては、政党が自党の候補者に対する支持を、有権者からまったく取り付けることができなかったことを表している。具体的には、自民党支持者のうち、明石候補に投票したのはわずかに15.6%であり、一方、民主党支持者で鳩山候補に投票したのは36.6%であった。両党は、今回の選挙では、自党の支持者さえも拘束することができなかったといえる。結局、石原氏の獲得票のうち、無党派層からの投票は約3分の1に過ぎず、大半は他の政党の支持者からのものであったのだ。
また今回の都知事選での投票基準に、リーダーシップを挙げた有権者が多かったが、石原氏に対する支持は、この点で、他の候補者を圧倒していた。これは有権者の中に、閉塞感が充満していることの反映である。しかし、有権者が石原氏に付託したのは、「何を変えてほしい」という具体的な願望ではなく、「何かを変えてほしい」という漠然としたものであったことが特徴的である。

■政党の現状・今後〜自民党と民主党〜

いま、最も政党に問われているのは、「政党とは一体何であるのか」という問題である。現在でも、地方では、選挙の際に「票と補助金の交換プログラム」として機能している面があるものの、都市部においては、その「恩恵」もなく、今回の都知事選でも明らかになったように、政党は有権者の約4分の3にあたる層を掴みきれていないのが現状である。今回の統一地方選を振り返り、結論として言えることは、相対的には自民党が強く、民主党が弱体化しているということである。民主党については、小選挙区制度対策のための、反自民勢力の結集という感が否めない。自民党を批判することはできても、政策面での対抗案を持ち合わせているというわけでもなく、肝心な問題となると、党としての方針があいまいとなっている。ここに民主党の弱点があり、自民党支持が横ばいにもかかわらず、自民党に対抗できていないのが現状である。一方の自民党についても万全というわけではなく、前述の通り、有権者層の約半数にのぼる無党派層はおろか、自党の支持者でさえも完全には把握しきれていないのだ。
このような状況下、次回の総選挙については、民主党が、政党として支持を集めるような要因が出てこない限り、面白味のない選挙となるであろう。現在の情勢からすると、小渕総裁の再選、政権の安定・長期化という結果に落ち着きそうにみえるが、橋本政権の場合もそうであったが、「なんとなく」長期政権化しそうな状況であったものが、参院選での自民党敗退、退陣という結果になったように、小渕政権についても先行きは不透明であるともいえる。

【小林良彰慶應義塾大学法学部教授プロフィール】
こばやし・よしあき
1954年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。同大法学部助教授を経て、1991年より現職。独自の世論調査に基づく、日本の選挙行動の数量的分析により注目を集める。主な著書に、「現代日本の選挙」(東京大学出版会)がある。

5月19日開催の企業人政治フォーラム講演会にて、政治資金海外調査結果を報告
〜英米仏における政治資金の現状について〜

経団連では、従来から、欧米諸国での政治資金の実態について、その現状把握に努めており、94年には英米独の3カ国に調査団を派遣した。それ以来約5年経過し、当フォーラムでは、その後の最新の状況を把握するべく、去る3月8日〜18日にかけて、フランス、米国、英国に対して、学習院大学法学部の福元健太郎専任講師を中心とした専門レベルの調査団を派遣した。各国においては、政治資金に対する様々な規制が設けてられているが、「(政治資金に対する)制度側での改革だけではなく、政治の(金がかかるという)実態面での改革が必要」(福元専任講師)と言われるように、それぞれの制度のもとで、さまざまな問題点も指摘されている。
今回の調査では、各国の政治家、企業担当者、研究者等、広範囲にわたる関係者から、意見を聴取したが、その中で明らかになった、各国での政治資金の実態、また制度面での問題点について、以下にその調査結果概要の一部を紹介する。

■フランス〜政治活動の国への依存が進行

フランスでは、95年の法改正により企業寄附が全面的に禁止されたが、これにより政党や政治家の資金調達にどのような影響があったかが、フランスにおける我々の最大の関心事であった。結果を一言でいえば、政党・政治家ともに国庫補助への依存度を著しく高めているということである。政党の財政状況を見ると、与野党とも国庫補助が最大の資金源となっている(与党社会党で4割、野党共和国連合で7割)。この点、95年から政党助成を開始した日本でも同じ現象が見られるが、フランスでは政党ばかりでなく、政治家個人の選挙運動費用も、その相当部分(半分以上)が国の資金で賄われているのである。政治活動全体が国丸抱えとなっていると言える。個人寄附の顕著な増大が望めない中で企業寄附を禁止するとどうなるか。結果として、国以外に政治資金の出し手がいなくなってしまうことをフランスの現状は示している。こうした状況に対して、フランスの政党や政府機関の側からは「公的な資金は透明度が高い」という自画自賛的な評価も聞かれたが、やはり国民の側からは「政治が官僚制の一種になってしまっている」「国民の理解は得られない」などといった批判が多くなされているようである。

■米国〜「ソフトマネー」が増大

米国の政治資金規制は、米国が連邦制を採用していることもあり、非常に複雑かつ難解であり、ヒアリングした多くの専門家をして「私の説明はこうだが、他の人は別のことを言っている」と言わしめる程であった。
一般に米国では、企業や労組の政治寄附は禁止されていると言われているが、これはいわゆる「ハード・マネー」、即ち「連邦選挙(議会、大統領)」の「選挙運動費用」という限られた部分についてのみ言えることであり、州レベルの政治資金や、直接選挙運動に用いられない政党の日常活動費などについてはその限りではない。これらの資金は一括して「ソフト・マネー」と呼ばれるが、米国では近年、このソフト・マネーの規模が著しく増大している。各政党は、企業や労組、個人等から集めたソフトマネーを使って、テレビコマーシャルを始めとする政策広告を大々的に行なっている。政策広告とは、特定の候補者や政党の「政策」をアピールする広告のことで、「誰それに投票して下さい、または、しないで下さい」といった特定の文言を含んでいない限り選挙運動とは見なされないため、各政党はこうした政策広告を多用して、実質的には選挙に大きな影響を与えているのである。
米国の政治資金が増大を続ける背景には、連邦最高裁判決によりキャンペーンに対する支出制限が違憲(言論の自由に反する)とされたことがある。支出面での制限がかからない以上、キャンペーンが激しさを増すのに比例して、政治資金の需要も増大せざるをえない。こうした状況下では、収入面、即ち政治資金の供給面での制限をいくら行なっても(寄附の禁止や上限設定等)、それを迂回した形の資金が増えるなどして、どうしても政治資金の増大に歯止めをかけることが出来ないのである。

■英国〜改革が進行中

上記のような米国の状況に対して、英国では、全体的な支出制限をかけることで政治資金の増大に歯止めをかけようという試みがなされようとしている。一般に「英国の選挙はクリーンである」と言われる。これは各選挙区毎の政治家個人のレベルの選挙運動に関して、厳格な支出制限が課されているためであるが、他方、全国レベルの政党の活動に対しては今のところ支出制限がなく、英国においても近年、政党間の資金集め競争の加熱が問題となっている。こうした中で、ブレア首相の諮問機関であるニール委員会は、98年末に包括的な政治資金制度改革の報告書を公表し、その中で、政党の活動に対しても支出制限を課すことを提言した。ニール委員会のアプローチは、政治資金の供給面を制限するよりもまず、需要面に規制をかけることで政治資金を一定の枠内に抑え込もうというもので、今後の改革の成否が注目されるところである。

●まとめ●

以上のように、政治資金の問題については、各国とも、それぞれに固有の問題を抱えつつ、各国なりの対処策をとっており、万国共通の処方箋がある訳ではない。日本でも、近々政治資金規正法の見直しが予定されているが、各国の状況を参考にしつつも、日本の社会や政治風土に相応しい政治資金制度のあり方を考えていく必要があるものと思われる。

※本調査については、近日中に報告書を取りまとめる予定。

【各国政治資金制度の比較】
収入面支出面結果
部分的規制
※規制の対象範囲が狭く
ソフトマネーは野放し
規制なし 1.支出規制がないため資金需要が増大
2.結果として迂回資金(ソフトマネー)が増大
厳しい規制
(企業寄附禁止)
規制あり
(ただし候補者のみ)
公的助成への依存
(政治が国丸抱えに)
規制なし 規制あり
(ただし候補者のみ。
政党には導入予定)
改革の成否は支出規制
の実効性いかんか?

企業人政治フォーラムのホームページへ