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企業人政治フォーラム速報 No.69

PDFファイル版はこちら 2000年 4月11日発行

憲法論議の進め方
─ 葉梨信行 衆議院議員
( 3月28日政経懇談会)

今通常国会より衆参両院に憲法調査会が設置され、憲法をめぐる論議が本格的に開始された。3月28日の政経懇談会では自民党憲法調査会会長の葉梨信行衆議院議員を招き、国会、ならびに自民党の憲法調査会における検討状況や、今後の議論の進め方などについて話を聞いた。

【衆参両院憲法調査会設置に至るまで】

昭和21年11月に現行憲法が公布され、翌22年5月3日に施行されてから丁度53年が経過し、まもなく憲法記念日を迎える。その間、昭和30年に自由党と民主党が合同して自由民主党となった。この頃から、自民党は、現行憲法の見直しには積極的な対応をしてきた。当時も憲法調査会を設置しようという動きはあったが、旧社会党をはじめとする野党の反対によって実現できず、昭和32年から39年にかけて政府が憲法調査会を組織し、7年間にわたって検討を重ねた。調査会では、当時の法律家をはじめとする専門家、あるいは政治家も加わって議論を重ねたと聞いている。その要約を見ると、非常に緻密な検討をしていたことがわかる。その後、昭和35年に池田(勇人)氏が高度経済成長を掲げて総理に就任し、日本経済が成長していく過程で、憲法問題は国民の間においても、さらには自民党の中においてさえも、しばらくの間、やや後に退いた感があった。
しかし、1989年の「ベルリンの壁崩壊」をはじめ、国際的に大きな出来事が重なり、特に、湾岸戦争では日本の対応に批判が集まったが、それを機に、「このままではいけない」という空気が国民の間にも行き渡ってきたのだと思う。数年前からは、各種世論調査においても、「どちらかといえば」という立場も含めると、75.9%の国民が「憲法見直し」に肯定的な反応を示している、という結果が出るようになった。
国会議員の側においても、丁度4年ほど前から、自民党の中山太郎衆議院議員を先頭に、国会に憲法調査委員会を設置するための運動を開始した。この「憲法調査委員会設置推進議員連盟」には、自民党、自由党、公明党、民主党などから衆参両院あわせて365人の国会議員が同調し、勉強会を開催したり、各方面への働きかけを行った。そして、昨年の春には、国会へ、憲法調査会設置法案を提出することになった。この間、議案提出権を有する「委員会形式」での設置に反対する意見もあり、最終的には「調査会形式」となった。昨年7月にはこの法案が成立し、ようやく今年の1月の通常国会から憲法調査会が設置されることになった。

【憲法論議の進め方】

昨年の春に自民党の憲法調査会の会長に就任して以来、私も憲法問題に関していろいろと勉強してきた。そもそも、憲法問題に対しては、自民党内にも改憲派と護憲派が存在しているし、各党の方針はまちまちである。そこで、憲法に関する議論を進めていくために、まず自民党憲法調査会においても、専門家の先生方を招いて勉強し、認識を深めていく必要があると考えた。
衆議院においては、憲法制定後52年目にして、初めて憲法の見直しに関する議論が可能となったという事実を踏まえて、「慎重に勉強を進めていこう」というスタンスで、まず、現行憲法が制定された経緯からじっくり勉強することになった。
自民党の憲法調査会では、2月初旬に、現行憲法の制定の経緯について、手始めに、駒沢大学の西修教授(法学部教授、専門は憲法学)を招いて話を聞いた。西教授は、現行憲法の起草に関わったアメリカ側の関係者らに対して独自の調査を実施されているが、その調査結果を踏まえての意見を聞いた。
続いて、東京大学の北岡伸一(法学部教授、専門は近代日本政治史)、広島大学の村田晃嗣(総合科学部助教授、専門はアメリカ外交史)、神戸大学の五百旗頭真(法学部教授、専門は日本政治史)等の先生方を招いた。この3人のお話では、現行憲法に関するさまざまな問題点が指摘されたが、概ね現行憲法を肯定的に捉えるものであった。しかし、あくまでも「憲法がこのままでいい」というのではなく、「第9条を始め、問題のあるところは見直していくべき」という立場であった。
その他、日本政策研究センターの伊東哲夫所長、東京大学の五十嵐武士教授(法学部教授、専門はアメリカ政治外交史)も招いた。伊藤所長の話は他の講師の方々とはやや色合いが異なっており、「現行憲法の制定過程に問題があった」ために、「日本の歴史、伝統といったものが非常にないがしろにされ、戦後、国民の精神的バックボーンがなくなってしまった」という、現行憲法に対する批判的意見を述べられた。一方、五十嵐教授は、現行憲法に非常に肯定的で、マッカーサー占領軍の強権の下ではあったものの、「財閥解体」などの「5大改革」が、日本の戦後の民主化にとって大きな原動力となった点を評価されていた。
この後、自民党では旧社会党の事務局長であった丸山浩行氏から、旧社会党内での憲法への対応の変遷などについて話を聞くことになっている。西教授、北岡教授、村田助教授、五百旗頭教授については自民党だけでなく、衆議院でも参考人として話を聞くことになったが、これは野党の方々と「事実に基づく認識」を共にして、そこから議論を進めていきたいと考えたからである。
なお、衆議院の憲法調査会では、4月20日まで憲法の制定過程に関する議論を行い、その後は、中山会長の提案により、過去50年間の最高裁における違憲判決について、その経緯や最高裁の判断などについて話を聞いていくことになっている。

【憲法論議に関する今後の検討課題】

中期的には、国会において、憲法に関する各章ごとの個別的な議論を進めることになるが、自民党の憲法調査会としても、今後の検討課題をまとめた所である。
今後の検討課題としては、憲法前文、外国憲法との比較調査などさまざまなものがあるが、今後の日米関係についても再度検討することが重要であると考えている。マッカーサーの指令によって現行憲法の起草が開始された当時、その背景にはアメリカの極東地域における対ソ戦略があったわけであるが、その後、日本を取り巻く情勢は大きく変化した。現在の日米関係は、日米安全保障条約を軸に、大変緊密な状態であるが、今後の憲法のあり方を考える時には、憲法に関する論議と並んで、国際情勢の推移によって、将来の日米関係がどうなるのか、という点についても検討を加える必要がある。京都大学の中西輝政教授も述べているように、現在のクリントン大統領の世代には、「世界に対する責任」や「アメリカの使命」といったような意識があるけれども、今後登場してくる「次」の世代はドライで、このような意識を持ち合わせていないと思われる。これらの人達が政治や経済の一線に立つようになった時には、日米関係も従来通りのままではあり得ず、その意味においても、憲法論議と並行して、今から、将来の日米関係について考えていくことも重要である。

【幅広い層での憲法論議を】

衆議院憲法調査会では、「憲法のひろば」というものを開設し、ハガキやファックスなどで幅広く意見を受け付けることにしたが、国民のみなさんからの反応は期待を大幅に下回っている。これは国民のみなさんの関心が低いことを示しているのだろうが、今後、国会において憲法論議を行なっていくうえで、報道機関などにおいても、憲法論議の過程を正確に、できるだけ大きく取り上げてもらうことによって、国民のみなさんにも、憲法問題に大いに関心を持っていただき、一緒に議論を進めていきたいと考えている。


[葉梨信行 衆議院議員プロフィール]
はなし・のぶゆき
1928年東京都生まれ。北海道大学大学院理学系研究科修士課程修了。福田一元通産大臣の秘書を経て、1967年に衆議院議員初当選以来、当選11回。1986年、第三次中曽根内閣では自治大臣を務めた。現在、自民党憲法調査会会長。

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