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企業人政治フォーラム速報 No.89

PDFファイル版はこちら 2001年12月 4日発行

ジェラルド・カーティス教授

「永田町政治の興亡―小泉改革の行方と日本の課題」
(11月21日企業人政治フォーラム政治・文化セミナー)

 企業人政治フォーラムでは11月21日、政治・文化セミナーを開催し、ジェラルド・カーティスコロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授から、小泉政権の歴史的意義や日本の政治システム改革について話を聞いた。以下はその概要である。

【小泉政権誕生の歴史的意義に注目しても、過剰な期待を持つべきではない】

 9月11日に発生したテロ事件は、アメリカ人にとっては計り知れないほどのインパクトを与えた。第二次大戦後のアメリカの安全保障の発想は、(1)アメリカは攻撃されないが、同盟国は攻撃されるかもしれない。(2)アメリカが同盟国を助けることが国益にもつながるという考え方であった。しかし、11日以降はお互い助け合わない国は同盟国といえないと考えるようになった。だからこそ、ブッシュ政権も小泉総理のテロに対するはっきりした態度を高く評価している。また、10月8日の、日帰りでの訪中も大成功したようである。特に中国は小泉総理が曖昧な言葉を使わず、はっきりした表現をしたことを評価している。
 なぜ、冒頭にこの話をしたかというと、小泉政権は発足当初、外交は苦手で、経済改革を進める政権としてみられていた。しかし、6ヶ月経った今日からみると、皮肉なことに成功したのは外交だけであって、経済政策の改革は全然進んでいない。小泉総理が誕生した4月、私は外国人記者に対して「小泉政権ができた、その歴史的意義を評価し注目すべきである。しかし、この政権に過剰な期待を持つべきではない。」と、メッセージを送った。残念ながら今日も同じ見方をせざるを得ない。

【自民党を支えてきた柱】

 この政権ができた歴史的な意義とは、自民党の組織の上に乗って、小泉総理が誕生したのではなく、ある意味で自民党組織に反抗して総理になったことである。55年体制以来自民党を支えてきた色々な柱は、そのほとんど全部が崩れているか、崩れつつある。いわば、今の自民党は土台が崩れた建物のようである。小泉総理は、その大きな建物の下に新しい基礎、土台を入れようとしているが、それが上手くいかない場合は、この建物が崩れ、完全な政党再編成となる可能性がある。
 自民党を支えてきた柱とは、西洋に追いつくという、国家目標の達成に必要な政策への社会の幅広いコンセンサス、官僚組織、集票組織等であるが、詳細は近著「永田町政治の興亡」(新潮社、2001年6月発行)を参照されたい。

【小泉政権が抱える現在の問題】

 小泉政権は半年経過した今でもほとんど国内の問題についての政策を実現していない。80%の支持率の時と、50%の支持率の時ではできることが全く違う。アメリカの場合、新大統領は最初の100日間に実績を上げないと、その政権のエネルギーが失われる。このためブッシュ大統領も100日間以内に税制改革を実施するのに懸命だった。時間との戦いは非常に重要であり、小泉総理はその時間に負けつつある。
 もう一つ大きな問題は、政権と与党の二重権力構造が非常に強くなってきていることである。昔の党の幹事長は、政治資金をいかに集め、誰に配分し、公認をどうするか、次の選挙をいつやるか等、党の仕事を中心にしていた。自民党1党支配が崩れ、他の政党との調整が重要になり、益々党の力が強くなった。幹事長だけでなく、政調会長や総務会長の力も強くなっている。日本の政治は議会制民主主義でありながら、自民党の組織(政調会、部会、総務会)がその中で政策を作り、官邸と競争するものになっている。この権力の二重構造では、政策決定は上手くいかない。今まで以上に、官邸主導の政策決定システムを作ることが日本の政治にとっては急務である。

【これからの小泉政権の3つのシナリオ】

 次の3つのシナリオが考えられる。

〔シナリオ1〕小泉政権があと2年くらい続き、ほとんど何も実現しない。

 不良債権問題もそのまま残り、特殊法人の廃止・民営化はあっても経済の活性化や財政再建には大きな貢献をしない。規制緩和も思い切ったことをしない。抵抗勢力といわれる人たちと、小泉総理の両方が自分はいくらか勝っていると思う政治が続く。こうなると、日本が直面している問題の解決が先送りされ、2〜3年後に更に大きな危機になる。小泉総理の高い支持率が維持しされるため、彼に反対する勢力にとって、これほどハッピーなシナリオはない。

〔シナリオ2〕自民党と民主党が分裂し、新しい改革政権が誕生する。

 私は、佐藤栄作氏以来、17人の総理大臣と会ったが、中でも小泉総理は非常にユニークだ。小泉総理は、総理になろうとして総理になったのではなく、改革を実現するために総理になった。その総理が、「このままでは、とても自分が目指している改革ができない」と考える日が来ると、その直後に自民党が分裂する。民主党の中にも、自民党のリベラル、改革勢力と合流したいと考えている議員が多い。このシナリオには問題が2つある。1つは小泉総理の体力である。体力がないと大胆なことを考える余裕がなくなる。もう1点は、その時に高い支持率があるかどうかである。90年代に自民党を離れた代議士はみんな冷や飯を食っている。その時に80%前後の支持率があれば、自民党の代議士も、小泉さんについていっても再選できると読んで、自民党は分裂する。

〔シナリオ3〕現体制で大きな変革が実現する。

 3番目は、残念ながら最も可能性としては小さい。

【大きな変化は目の前にある】

 小泉政権が上手くいかなくても、日本の政治は元には戻れない。大きな変化は避けられない。90年代は「失われた10年」といわれているが、同時に、90年代は日本の近代史の大きな分水嶺と位置づけられよう。国民の価値観の変化が激しく、日本は根本的に変ったからである。しかし、価値観は変っても、勤勉さを始めとして、変っていない良さもある。このようなエネルギーを持つ社会をよりよく反映させる政治システムが早く生まれることが大事である。万一、小泉総理が自民党や日本の政治を変えられなくても、日本のゴルバチョフになるかも知れない。新しいことはできなくても、古い体制を潰し、政党再編後の新しい総理大臣が次の新しい日本を建設することになる可能性がある。いずれにしても、大きな変化が目の前にある。


[ジェラルド・カーティス教授プロフィール]
1940年、米国ニューヨーク市ブルックリン生まれ。1969年、旧大分2区の佐藤文生衆議院議員の選挙運動をとりまとめた論文でコロンビア大学博士号を取得し同大学にて教鞭をとる。2000年、政策研究大学院大学客員教授。日本の政策決定過程の分析においての第一人者として、国際的評価を得ている。

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