内外情勢調査会における今井会長講演

「新たな経済社会の創造」

2001年6月20日(水) 12:00〜14:00
於 帝国ホテル 2階 孔雀の間

1.はじめに

 ただいまご紹介いただきました経団連会長の今井でございます。本日は内外情勢調査会にお招きをいただき、誠にありがとうございます。私は99年5月にも「日本経済再生の処方箋」というテーマで、ここでお話しさせていただいておりますので、ちょうど2年ぶりということになります。
 本日はこの数年間を振りかえりながら、日本が抱えている課題にこれからどのように取り組み、21世紀に相応しい新しい経済社会を創造していくべきか、ということについてお話し申し上げたいと思います。
 私が経団連会長に就任したのは、98年の5月です。ただいまご紹介いただきましたように、3年前のことです。その1年前、97年は大変な年でした。7月にアジアの通貨危機が起こり、それに引き続き、国内では年末に拓銀、山一證券といった大手の金融機関の倒産が起こりました。日本経済は一気に不況色を強めまして、当時はまさに日本発の世界金融恐慌が起こるのではないかと、心が寒くなった時期でした。
 98年に入りますと、参院選の敗北を理由といたしまして、6大構造改革を掲げた橋本総理が退陣し、小渕政権が誕生しました。ご承知のとおり、小渕政権は景気最優先の立場を鮮明にして、大型の経済対策を打ち出すとともに、金融再生委員会を発足させ、大手行への資本の注入などを実現し、日本発の金融恐慌の防止に全力をあげられました。
 99年2月からは日銀がゼロ金利政策を採用し、金融システムの安定と景気の浮揚に向けて、金融政策としては史上まれにみる対策を講じてきました。まさに98年からの日本は、デフレの防止、景気回復のためにありとあらゆる政策を総動員して、「何でもあり」の政策を続けてきたのです。
 2000年に入って、こうした政策の総動員体制は効を奏したかにみえました。しかしながら、アメリカ経済の減速に伴うアジアの輸出環境の悪化や、日本の株式価格の下落という懸念材料が、経営者のマインドを減退させ、将来への不安から個人消費も伸びなかったために、現在、日本経済は再び後退局面に入ってしまったように思われます。
 ゼロ金利政策は昨年8月に解除されましたけれども、日銀は今年の3月、景気後退の足音を聞いて、いわゆる金融の量的緩和で再び実質上のゼロ金利政策に復帰いたしました。しかも日銀は、この量的緩和政策をインフレ水準がゼロパーセント程度に戻るまで継続すると宣言し、デフレ退治への強い姿勢を示しています。日本の名目成長率は、この3年、マイナスを続けています。物価の下落は国民にはよいことかもしれませんが、経済には大変な問題となっています。
 日本の景気回復には何が必要でしょうか。現在の景気後退はアメリカに端を発しておりますが、アメリカについては、財政、金融などの政策手段をたくさん持っておりますので、ソフトランデイングが可能な状態にあると思っております。ですから、米国経済が日本経済に与える影響については、それほど心配しなくてよいと思います。
 問題は日本の中にあります。景気対策を最優先した結果として、社会保障や地方の行財政など、本来行われるべき構造改革が先送りされてきたことです。
 バブル崩壊後の過程で、景気対策の規模は累計で100兆円を上回っております。しかし、その果実は、年率1%程度の成長でしかありませんでした。この間、財政赤字は増えつづけ、経済を圧迫する要因にすらなっているわけです。もはや財政出動で景気対策を行うのは限界だと考えなければなりません。
 小泉総理は「聖域なき構造改革」を唱え、それを実行しようとしています。私も、構造改革こそが日本経済再生のカギになると考えております。経済財政諮問会議は、いわゆる「骨太の方針」、すなわち基本方針の素案で構造改革のメニューをたくさん提示しています。あとで各論で申し上げますが、私はこのメニューを全面的に支持します。実行するには、もちろん痛みが伴います。しかし、今年の4月から雇用保険料は0.4%引き上げられ、6,000億円の追加資金が用意されています。
 今年度の成長率については、とても政府見通しの1.7%を達成できるとは思いません。景気は後退局面にありますが、今年はゼロ成長も覚悟しなければなりません。それでもなお構造改革に取り組まなければ、日本経済は本当に沈没してしまう恐れがあると思っております。
 私はここ数年間、まずは金融システムの安定化に取り組み、その次に産業競争力の強化策を提案し、税制や会社関連法制の改善を要望してきました。これから取り組まなければならない構造改革は、さらに厳しいいばらの道だと思います。多くの困難が伴いますが、私は過去にとらわれず、今だけの安定に満足せず、未来を見据え、新しい経済社会を築かなければならないと考えております。

2.21世紀に目指す社会

 それでは、21世紀に目指すべき新しい経済社会とはどのようなものでしょうか。
 私はかねがね、経済は個人と企業がそれぞれの活力を発揮することで成り立っていると申し上げてまいりました。政府部門は法制度で市場のルールを定めますが、あくまでも補助的な役割であり、経済活動の主役は個人と企業であるとみています。私は経団連会長に就任以来、この個人と企業の活動を阻害する要因を取り除いて、より活動しやすい環境整備に努めてきました。それこそが経済団体のあるべき姿だと考えているからです。

 もう少し具体的に申し上げます。21世紀を考える上でのキーワードは、一つはグローバル化、一つは少子・高齢化、そしてもう一つは国際政治の流動化。この3つだと思います。
 世界は急速にグローバル化の度を深めています。この流れに抗うことはできません。しかも、モノやサービスやカネだけでなく、人や企業も国境を越えて移動し、活動する時代になっています。グローバルな競争が一層激しくなる中で、企業は従来以上に生産性を向上させ、生き残りをかけて競争力を強化していかなくてはなりません。
 そのためには、日本の法制、税制、規制などをグローバル・スタンダードにあわせるとともに、企業自らが自立、自助の精神で、企業組織を柔軟に変更しながら、選択と集中を繰り返し、そして競争力を強化していかなくてはなりません。
 そして国も、その提供する経済環境が国際市場で評価されるように、法制度や税制などを、グローバル・スタンダードに合わせて変えていかなければならないと思います。

 第二のキーワードである少子高齢化については、これは非常に予測が確実なものです。15歳から64歳までの、いわゆる生産年齢人口が人口全体に占める割合は、今後25年間で10%程度減少します。つまり、働く人は現在の68%から25年後には60%まで低下いたします。そして、65歳以上の高齢者の割合は、現在の17%から27%に上昇します。4人で1人の高齢者を支えているのが、2人で1人を支える時代がくるのです。高齢者を支える社会保障制度の改革は、待ったなしになっています。

 第三のキーワードは国際政治の流動化です。近年、政党間の深刻なイデオロギー対立がなくなってきました。そうした中で、民族の対立による国際紛争が続発しており、先進国と途上国の考え方の違いも深刻化しています。また、NGO、NPOの活動が活発化し、例えばWTOのシアトル閣僚会議など、国際会議にも大きな影響を与えるようになってきています。
 わが国においても、既存の政党離れが指摘されており、各種のアンケート調査でも支持政党なしが一番大きな割合を占めるようになっています。こうした中にありましては、ますます、企業、個人が自己責任でしっかりと行動し、流動化の波に飲み込まれないようにすることが大切と考えております。

 このように、グローバル化、少子・高齢化、国際政治の流動化という3つのキーワードを考えてみると、日本が目指すべき経済社会も自ずと明らかになってくると思います。
 すなわち、第1は市場における競争を基軸とする経済社会であり、第2には少子高齢化に対応した、安心して暮らせる社会であります。そして3番目に、世界の平和と繁栄に相応の責任を担う国になることであります。この3点だと思うのです。
 こうした社会を実現するために残された課題は、まだいくつもあります。

3.取り組むべき改革課題とその方向

 それでは、具体的に取り組むべき課題は何でしょうか。
 現在、非常に活発に活動している経済財政諮問会議は、基本方針素案を公表し、21日に決定します。この素案ではたくさんのメニューが指摘されていますが、これを踏まえながらも、私からは3つの事柄を指摘したいと思います。第1に、民間の競争基盤の整備と競争力の向上です。そして、第2が各種の構造改革、第3が国際社会における責任の分担であります。

<競争基盤の整備と競争力の向上>

 第1の競争基盤の整備と競争力の向上ですが、すでに申し上げましたように、私たちはグローバル化の波の中にあります。個人も、企業も、そして国も、グローバルな市場の中で競争しているわけです。したがって、競争のルールは国際性をもったものにしなければなりません。
 経団連からの提言は、国際市場で競争している企業の立場から、日本の競争条件をグローバル・スタンダードに揃えるという観点にたって改善を要望してきたものです。
 この数年で、多くの事柄が改善されました。
 経団連として最重要視していた税制の問題についても、法人税の実効税率は40%程度に引き下げられました。そして、企業の組織再編や運営の自由度を増すための法制ならびに税制の整備もほぼ完了しました。残っているのは、株主総会関係の商法改正、そして連結納税の導入です。こうした改善がなされた結果、企業経営の自由度は大幅に向上し、日本の制度は国際的にも遜色のない水準になってきたと思います。現実に、多くの企業が選択と集中の原則のもとに事業を再編し、市場での競争に立ち向かっています。
 ただ、最近の動きで少し心配なのは、コーポレート・ガバナンスの問題です。先ごろ法務省は、社外取締役を義務付ける法案要綱を発表してパブリック・コメントを求めていましたが、この社外取締役の部分に限って言えば、私どもとしては賛成をいたしかねます。
 どのようにして経営を監視するかという問題は、各企業によって有効な方法が異なると思います。もちろん社外取締役が有効な企業もたくさんあると思います。しかし、それを義務付けるとなると話は違ってまいります。今までの日本のコーポレート・ガバナンスの流れは、監査役の強化の方向だと理解しています。社外取締役は、あくまでも選択肢の一つとすべきです。私どもは、そのようなコメントを出しました。

 競争力の向上という意味で一番大切なのは、技術開発です。これで生産性が向上いたします。企業は市場での競争に生き残るために、日々、技術開発に取り組んでいますが、研究開発は企業だけでは不十分です。
 幸いにして、日本でも産業界と大学の連携が進みつつあり、また中央省庁の再編でスタートした総合科学技術会議に民間からも委員が入り、国全体として戦略をもって技術開発に取り組む体制も整備されました。今後、こうした会議の場を通じても、産学官の協力体制が強化されていく事を期待しています。

<構造改革>

 さて、このような制度的枠組みと同時に、今の日本経済にとって重要なのが構造改革です。

 構造改革の最初の課題として、銀行の不良債権処理の問題を避けて通ることはできません。バブル崩壊後の日本経済が引きずってきた課題であり、この解決なしには、金融部門のみならず、経済全体の安定的な発展も望めないからです。経済財政諮問会議の基本方針素案も、不良債権問題の抜本的解決を日本経済再生の第一歩としています。
 不良債権問題はまた、国際的にも注目されており、おそらく月末の日米首脳会談の最大の課題になると思われます。対応を誤ると為替、債券、株式のトリプル安を招きかねません。このため処理には慎重を要しますが、緊急経済対策が2年ないし3年の間に処理するとしたように、期限を区切った果敢な対応は必要と思います。一定期間内に処理を終え、次の発展基盤を整備するという考えは、諮問会議も指摘しておりますし、私も賛成です。
 これまで、不良債権をめぐっては、直接償却の累積額が60兆円にも及んでいるにもかかわらず、まだ破綻懸念先債権は30兆円を超え、やってもやっても残高は減少しませんでした。これが内外の不信を招いたことは容易に想像できます。従来から私どもが主張し、諮問会議も指摘しているように、不良債権の査定基準を、いっそう厳格なものとし、不測の新規不良債権の発生を抑制するとともに、十分な引き当てを行うことが必要だと思います。
 また、不良債権処理の一環として議論になっている私的整理の問題については、あくまでも銀行による最終処理は事業会社の過剰供給力の削減につながる形で進めなければ、一体的な処理にならないと思います。したがって、基本は清算型の処理であり、再建型の処理は限定的に行わなければなりません。さらに、再建型の処理の中でも、公平・公正の観点からすれば、法的整理が望ましいということになります。仮に私的整理を行う場合であっても、モラルハザードが発生する余地をなくし、他の一所懸命に借入金を返済している債務者に説明可能なものとしなければなりません。公的資本の注入を受けている銀行については、納税者に対する説明責任があると思います。
 現在、私的整理のガイドライン研究会が開催されていますが、検討課題としては、対象となる企業の選定基準、経営責任と株主責任の問題、再建計画の判断基準等の問題があがっていると聞いています。こうしたものを実質的に議論すべきであり、現にそのようになっていると承知しています。研究会の中間報告がもう少しで出ますが、中間報告は単なる調整手続きの域にとどまらず、実際に過剰供給力の削減につながるものでなければなりません。
 過剰供給力の削減については、もう一つの側面も指摘させていただきたいと思います。不良債権の背景には、借り手である企業側の過剰債務や非効率性があるからです。
 諮問会議の素案は、「創造的破壊」を通じて、労働や資本という経営資源が成長分野に流していくことの必要性を指摘しています。私は、プラザ合意の後の円高で急速な海外事業展開を進めた日本経済が、こうした創造的破壊の過程をたどっていたかどうか疑問に思っています。
 自動車の国内生産は、かつて1,350万台ありましたが、今は350万台減って1,000万台になりました。カラーテレビは、かつて1,800万台あったものが、今は350万台、電子レンジは850万台が300万台に減っています。こうした組立産業の海外移転に伴って、国内で素材産業や部品などを供給していた産業は能力を削減したでしょうか。
 答えはノーです。国内に残った産業は過当競争を繰り返し、これが先ほど申し上げたデフレの一要因になっています。労働力でいえば、企業は余剰人員を抱え、だいぶ減りましたが、本来、ニュービジネスに吸収されるべき労働力の移動を妨げています。また、景気対策の名のもとに行われた公共事業の繰り返しで、建設業に固定化されてきてしてしまいました。このように流動性が失われていては、民間主体の景気回復などおぼつきません。経済全体の構造改革、一部の過剰供給力の削減が、この面からも必要になると思っております。

 二番目の構造改革課題に進みたいと思います。主に政府が行うべき構造改革課題です。2つのカテゴリーに分けますと、最初が財政を中心とした構造改革、2番目が規制改革と行政改革です。
 経団連ではかねてより、国が財政構造改革のグランド・デザインを示すべきだと主張し、また実際に試算も公表してまいりました。私自身も財政制度等審議会の会長として経済財政諮問会議の場に赴き、諮問会議でグランド・デザインを作るべきだと強調いたしました。これをしない限り、少子高齢化に対応できません。
 先ほど、4人で1人を支える時代から、2人で1人を支える時代になると申し上げました。つまり働き手が減り、国民負担率が急激に上昇していくのです。国民の間には、果たして今の社会保障制度がこのまま持続可能なものなのかどうか、大きな疑問が生まれています。
 それに加え、国と地方を合わせた666兆円の負債総額があります。これが加速することで、国民は将来の返済に危惧を持ち、心理的な圧力を受け、将来に対する不安を感じ、大きな閉塞感に包まれていると言ってよいでしょう。そうでなければ、年間数十兆円の規模で増えている個人金融資産の増加は説明できません。この国民の不安を払拭し、適当な消費がなされる経済にしなければなりません。増えていく預貯金が消費にまわる対策が必要なのです。それが財政構造改革のグランド・デザインを描くことです。
 歳出構造を聖域なく見直すということ、社会保障制度を持続可能なものに改革すること、税制を公平・中立なものとすること。これが大切です。そして国と地方の関係についても、それぞれの事務を見直し、それぞれの事務はそれぞれの財源で賄うようにする。こうしたものを包含するトータル・プラン、これを国が提示すれば、それが口に苦い薬であっても、国民は将来に安心を覚え、貯蓄が消費に回帰して流れていくと思います。

 具体的な数字を見てみましょう。来年3月末の、国と地方を合わせた債務残高は666兆円、対GDP比で130%と、先進国のなかでも最悪の状態になると見込まれております。この状態を放置していては、対GDPで見た債務残高比率は、今後も上昇し続けてしまいます。いつから着手するかは別にして、改革の道筋を示して、国民に安心を与えるために、今の段階からグランド・デザインを描く必要があります。
 ただし、一気に国債残高を減らすことはできません。海外要因もあってだめになった97年の二の舞は許されないからです。小泉総理は来年度の国債発行額を30兆円以内に収めると公約しています。たいしたことはない、一見すると今年より増えるようですが、今年は郵貯の返還に伴う税収が多く、28兆円に収まりましたが、今の制度を前提とすると、来年度の国債発行額は33兆円を超えると見込まれておりますので、30兆円に抑えるには、3兆円以上の歳出削減が必要になります。従来の常識では大変なことですが、まずこうした措置を実現することが第一歩になります。
 総理も経済財政諮問会議も、プライマリー・バランスの均衡を唱えています。プライマリー・バランスの均衡とは、国債費を除く歳出を、国債収入を除く税収等の範囲内におさめることで、国債の発行に歯止めをかけ、国債の増大をきたさないという考え方です。
 2001年度当初予算は約83兆円です。このうち歳入に占める国債収入が28兆円で、一方、国債費は17兆円、21%を占めます。ですから、11兆円が赤字で、歳入不足を賄う国債として発行されています。
 何故このように大きな赤字なのでしょうか。小渕首相時代、98年に8兆円程度の恒久減税が行われ、税収が減っています。しかし、減税をしても消費は伸びませんでした。これは一つの考え方になります。まず歳出をとことん切り詰め、歳入増をはかって、プライマリー・バランスをとるのが中心的な課題になります。歳出減には3つの問題があります。地方交付税、公共事業、社会保障です。

 まず、国と地方の問題です。地方財政については、国と地方を合計した税収が約80兆円で、税金を取る段階では国が約50兆円、地方が30兆円と2対1であります。それにもかかわらず、使うほうの段階では国が1、地方が2になっています。国から地方に交付税や補助金で移転されているのです。難しいですが、国が地方の赤字を補填するシステムがある限り、この赤字補填を続けていく限り地方の歳出削減は進まず、赤字体質は是正されません。
 さらに、国は交付税特別会計から、これまで毎年数兆円もの借金をして、地方にわたしていました。2001年度からは、こうした借入れをやめて、地方が赤字を自らの1兆5,000億円ほどの借金として認識し、地方債を発行して対処することになりました。こうした地方自らが予算を賄う制度は画期的です。地方がやるべきものは地方、国がやるべきものは国としなければ、地方は国から独立できません。これで地方交付税は大幅に減ると思います。経済財政諮問会議も、こうした考え方をとっていると理解しております。
 なお、このところ地方自治体がいわゆる外形標準課税を導入し始めていますが、全国でばらばらに行われる傾向があります。地方行政サービスの受益に応じた適正な負担については理解していますが、すでに企業は法人住民税の均等割で人員に応じた受益の対価を支払い、固定資産税の形で土地や建物の外形課税も負担しています。新たに外形標準課税を導入するよりも、むしろ均等割りの拡大などで、簡素な税体系を目指すべきでしょう。
 地方の自立に関連しては、現在3,200ある自治体は多すぎます。受け皿として、市町村合併によって行革大綱の1,000を目標に3分の1に統合することが大事です。市町村合併によって地方自治体の行政能力を高め、人員の削減などで効率化することが必要であります。

 次に公共事業です。日本の公共事業は、国、地方、公団等で実施しており、GDPの7%程度、35兆円から40兆円の水準となっています。欧米の2%台に比べれば、倍以上というかなり高い水準にあります。日本の社会資本整備は遅れていると言われますが、今後は量より質に特化し、都市基盤の整備など本当に必要な社会資本整備に限定して、毎年計画的に削減していく必要があると考えます。これは諮問会議でも謳われているところです。

 3番目は社会保障であります。社会保障を賄う経費は、社会保険料、公費、自己負担で構成されており、80兆円を超えます。このうち、自己負担を除く社会保障給付費の規模は、2000年度の予算ベースで78兆円という大変大きな規模になります。その内訳は、年金が半分の41兆円、医療が30%の24兆円、介護などの福祉が12兆円です。高齢化が急速に進むことによって、現行制度を放置すれば、社会保障給付費は、2025年には約3倍の207兆円に達すると見込まれています。給付を賄うため、企業や個人の社会保険料でやるとすれば、負担も現在の3倍という高い水準になります。保険料を負担するのは個人と企業であり、制度の維持すらおぼつきません。
 いろいろな処方箋がありますが、一番には、これまでの「高齢者イコール弱者」という考え方を改めなければなりません。寿命が伸びて、健康で収入のある人も増えています。70歳ですべての人が老人医療に移るというのはやめるべきです。公的年金も歳入欠陥を抱えており、保険料の負担が重くなりすぎますので報酬比例部分については給付水準を引き下げ、また働いて収入のある高齢者からは応分の負担を求めるなどの見直しが必要です。医療については、高齢者の医療費が毎年8%程度伸びており、これを続けるわけにはいきません。この財源は、高齢者の自己負担分8%程度を除けば、40%を国と地方、残りの半分を企業と現役の従業員からの拠出金に依存しています。
 現役世代の拠出金に依存した現行制度を改めて、高齢者医療制度を現役の保険制度から分離した、独立の制度に改正すべきです。いろいろな案がありますが、関係者が合意して、制度を改正しなければなりません。今年から高齢者の医療費について、これまでの定額負担にかわって、原則1割の定率負担が実施されています。これは改革に向けての第一歩になると思います。
 また、社会保障は省別・局別で一貫しておりませんでした。年金、医療、介護、福祉を一本化して、社会保障大綱を作ることが必要です。それぞれ別々に実施するのではなく、役所の担当部局も協力して、横断的で総合的な制度にする必要があります。さらに、支える側の保険料の上昇をできるだけ抑制し、経済の活力を阻害することのないよう、社会保険料と税とのバランスを考えながら、持続可能な制度に改めていくことが重要です。
 企業にとっては税よりも社会保障負担が大きくなりつつあり、企業経営にも大きく影響する課題になっています。そのため、これまでやってこなかった経団連としても、精力的に取り組んでいるわけです。日経連と経団連を統合して、この社会保障制度への取り組みを一本化して提言する、その実現を図ることが統合の直接の動機になっています。以上が財政構造改革です。

 2つ目の、行政改革・規制改革に移りたいと思います。簡素で無駄のない効率的な政府をつくるためには、引き続きこうした改革に力をいれて取り組まなくてはなりません。
 今年1月6日に中央省庁の再編が行われ、1府12省庁体制となりました。一番の目玉は、内閣官房を強化するとともに、内閣府が新設され、総理の強力なリーダーシップによって、縦割り行政の弊害を打ち破って総合的な政策を実施することが可能になったことです。小泉内閣になってから、その力を発揮していると思います。そして、民間の知恵を活用されている経済財政諮問会議や総合科学技術会議なども設けられました。こうした機関を通じて、財政構造改革のグランド・デザインの策定をはじめ、経済、財政、科学技術などの総合的な政策が実行されることを期待しています。
 国だけでなく、特殊法人、地方行革などの改革も進めていかなくてはなりません。政府は昨年12月、2005年までの改革を目途にした行革大綱を策定しました。昨日、基本法が成立して特殊法人等改革本部が内閣府の中にできることになりましたが、特殊法人については5年以内に廃止、独立行政法人化、民営化などを含めた整理・縮小が打ち出されております。
 国の政策経費である一般歳出は50兆円ですが、財投の融資規模は40兆円にのぼります。財投への貸出し残高は、郵貯255兆円、簡保110兆円、公的年金140兆円などで、合計約500兆円になります。このうち、特殊法人には約260兆円、国の特別会計には70兆円、地方公共団体には80兆円が貸出残高になっています。残りは国債の管理に回っています。ですから、融資額の大きさからみても、特殊法人の改革が不可欠なのです。財政と比べても、非常に大きな課題です。
 郵政3事業については、簡保が民間保険の倍以上の規模、郵貯も大銀行2つ以上の規模であり、市場経済の中で少しおかしい状態にあります。とりあえず、国家公務員の身分を維持したまま2003年中に公社化されますが、田中直毅氏を座長とする総理の懇談会が、問題の洗い出しと解決策を提示すものと期待しています。民営化を視野に入れた更なる検討をする必要があります。

 一方、規制改革については、過去2回にわたって3ヵ年計画が実施され、かなりの成果があがってきました。しかし、IT革命の推進など、21世紀に相応しい経済・社会のルールを創るために、まだまだ進めていかなくてはなりません。
 これまで情報通信、物流、エネルギー、金融といった分野が中心でしたが、これに加え、医療・福祉、教育、雇用などの分野においても、一層の規制改革が必要です。つまり、人を中心にした規制を直すことで、新分野の産業を起こすことが重要です。政府によれば、3ヵ年計画を2回やってきた間の経済効果は、8.6兆円に達すると推計されております。一方でオールドエコノミーを整理しながら、規制改革で新産業を興すことが大事です。

<国際社会における責任の分担>

 最後に、国際関係についても、簡単に触れさせていただきます。
 対外関係の面では、企業の果たす役割も大きくなっています。実際の経済交流の主体となるのは企業ですし、その前段の人的な交流も、政府部門より圧倒的に民間の方が多いと思います。
 私自身もつい先ごろ、政府派遣団としてロシアを訪問してまいりました。経団連会長が赴くのは25年ぶりで、250名の参加がありました。プーチン大統領が昨年の9月に来日し、自分はロシアを変えるので見にきてほしいと要請があり、これに応えたものです。現地では大統領との意見交換のほか、地方では用心との意見交換、現場の視察もしました。
 ロシアは共産党政権の時代が63年続き、その次の10年は民主化は進んだものの、経済面では国有財産はつかみ取りで散逸し、あえて言えば無政府状態の国家であったと言ってもよいと思います。
 プーチン大統領が政権を担うようになってから変えようとしています。全国に89の共和国や支部がありますが、これらがバラバラにやっていたものを、道州のような7つに大括りして、そこに大統領の全権代表を派遣し、各地方が勝手なことをしないようにして、ロシア全土に単一の法的空間を創ろうとしています。
 そして、法人税制や関税の分野では一定の進歩が見られました。ただし、執行になると、連邦の法制度が末端まで浸透していないという問題はあります。たとえば、共産主義では労働移動がありませんでしたので労働法の改正、電力やガスや鉄道などの自然独占産業の扱い、煩瑣な関税手続きなど、法制度とその施行について改善しようとしています。
 エリツィン時代には国会とぶつかっていましたが、幸いなことに、ロシア国会でもプーチン派が多数を占めるようになっています。支持率は70%で、法案を出せば通る状況です。これによる政治の安定で、法律改正は順調に進むでしょう。数年以内に安定した国家が出来上がると思います。
 日本とロシアの経済交流については、旧ソ連時代の借款に苦しんでおりますので、新規借款はしないと言っています。このため、6月8日にプーチン大統領にお会いした際に、ロシア側では100%の政府保証は付けられないので、JBIC、貿易保険や民間の金融・保険で知恵を絞ってほしいというお話しがありました。なお、私からは中国でやっているような投資促進機構の設立を提案し、大統領からの賛意をえたところです。機構は、貿易を希望する企業のお手伝いをし、紛争が生じたさいには解決のお手伝いもする、政府も入ったものです。
 また、私がみたところ、ロシア企業の工場は設備10-15年前のものばかりで更新期にきております。商売のチャンスは多いので、日本企業の製品を紹介する産業見本市の開催を提案いたしました。これについても大統領は賛意を示されましたので、今後具体化が進むと思います。
 このようにして貿易投資の拡大が進めば、政治の分野を含め、全体的な日露間の関係改善が進む、とプーチン大統領も発言されておられました。経済の果たす役割は大きいということです。

 こうした二国間の交流とともに重要なのが、国際機関への対応です。グローバル化の進展に伴い、これまで以上に国際的なルールやスタンダードを作ること、つまりWTOの新ラウンド交渉を早期に立ち上げることが大事になっています。99年12月の、シアトルのWTO閣僚会議は失敗しましたが、最近になってOECDやAPECの場において新ラウンド開始の合意が得られました。民間としては、今年11月のカタールにおけるWTO閣僚会議において包括的な新ラウンドが立ち上がるよう、諸外国の産業界や日本政府に働きかけているところです。

 他方、日本としては、WTOにおける多国間の貿易ルールと並んで、二国間の自由貿易協定の積極的な推進もはかっていく必要があります。すでに世界には120以上の自由貿易協定があります。OECD諸国のなかで自由貿易協定を結んでいないのは、いまや日本と韓国しかありません。日本はやるべきです。
 シンガポールとの間では、すでに交渉が開始され、今年の末には協定が締結される予定となっています。自由貿易協定で最大の問題は農業です。これをどこでやるかです。食料自給率の問題が指摘されますが、農村の発展を確保しながらやることが大事です。シンガポールとは、農業問題がないので、交渉はうまく進むと思います。メキシコの要望が強くなっています。メキシコはNAFTA、EUと自由貿易協定を結んでいます。日本だけに関税がかかる状況で、競争力の問題になっています。韓国ともやる必要があります。また、日本にとって最大の貿易相手国である米国との自由貿易協定の可能性についても、10年くらいはかかるでしょうが、中長期的視点にたって検討していく必要があります。こうした自由貿易協定を結ぶには、国内の規制も緩和しなければなりません。

 二国間の自由貿易協定に加えて、世界の主要な地域が自由貿易圏を創っています。域内貿易比率は、NAFTAが50%、EUが60%になっています。
 個々の国別に域内貿易比率をみますと、NAFTAでは、カナダ、メキシコが80%を超えています。EUでは,ベルギー、ポルトガルが70-80%に達しています。
 これに対して、アジアでは、域内貿易額が40%にとどまっており、米国の経済動向によって、輸出に大きな影響がでて景気が悪くなることになります。ですから、アジア諸国の間の貿易取引額を増やしていくことが大きな課題です。
 最近アジアについては、アセアンに日本、韓国、中国の3カ国を加えた、アセアン・プラス・スリーという考え方が定着してきており、アジア諸国が皆で、これからのアジアを考えようとしています。経団連としても、中長期的にはこれらの諸国による東アジア市場統合ができないか、それを頭に入れながら付き合っております。
 アジア諸国では、97年に経済・金融危機が起きましたが、これから立ち直るため、政府の新宮沢構想は大変役に立っています。しかし、回復があまりにも急速であったため、アジア資本の回復や構造改革などができておりません。このため、加工組立て向けの部品などのサポーティング・インダストリーの強化、人材育成・交流の強化などの面でも、日本が積極的に支援することが重要だと思います。

 更に、国際的に大事な問題として、地球環境をいかに保全するかということに一言触れたいと思います。昨年ハーグで行われたCOP6では、京都メカニズムの具体策について合意することができずに、地球温暖化への取り組みに、懸念が生じております。もう一度会合を開くようですが、アメリカを含めた先進国で協定を締結する必要があります。アメリカを除いては効果は出ません。
 こうした中でも、日本はしっかりと地球温暖化問題に取り組むことが重要です。産業界は、しっかりと守る必要があります。
 しかし、一番大事なのは、民生分野の対応は遅れていますから、個人個人のライフスタイルを見直すため、マスコミによる国民運動が必要と思います。

4.おわりに

 時間もなくなってまいりました。
 経団連は日経連と社会保障問題で共同提言を行いました。来年の5月には完全に統合し、企業活動の基盤整備、環境整備を行うために政策の立案能力を強化し、さらにその実現力を高めたいと考えています。今日の朝も、両団体の会長と副会長が一堂に会して話し合う場を設けました。地方組織はそのまま維持し、地方経協には迷惑をかけないことにしています。新団体は、中央であらゆる課題を扱う組織となります。
 企業が活動しやすい環境を整備するため、今後さらに活動を強化してまいります。経団連、そして来年発足する日本経済団体連合会に対し、皆様のご支援をお願いいたします。

 ご清聴ありがとうございました。

以  上

日本語のホームページへ