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「日本経済の再生」

―日本経済研究センターにおける奥田会長講演―

2002年10月15日

はじめに

ご紹介いただきました、日本経団連の奥田でございます。早朝から著名な方々の前でお話しすることができますのを、うれしく思っております。
本日、私からは、日本経済が構造的に抱える問題を指摘させていただいたうえで、どのようにして現在の閉塞状況から脱出すべきかということと、いくつかの今日的なトピックスについて、感じていることをお話しさせていただきたいと存じます。

日本経済の現状と課題

まず最初に、日本経済についてであります。
最近、いろいろな方とお話ししていて、日本経済の将来に悲観論が広がっていることが気になります。膨大な国債の発行が、国債価格の暴落につながり、これが引き金となって全面的な日本売りが発生する。また、少子化や高齢化に伴う社会保障負担の増大が、若い世代の働く意欲を削ぎ、経済が衰退を余儀なくされる、といった見方が代表的なものであります。
それぞれ、然るべき見通しや理論に基づいたご意見ではありますが、こうまで悲観論が広がりますと、バブル時代に蔓延したいわゆる「根拠なきユーフォリア(多幸症)」の裏返しのような気もいたします。と申しますのも、日本経団連が思い描いております四半世紀後の日本の姿は、こうした悲観論とは、かなり様相を異にしているからであります。現在、日本経団連では12月の公表に向けてビジョンを作成しておりますが、その中に出てくる数字が悲観論とは違うということであります。
例えば、わが国の潜在的な成長力について、悲観論に立つ方々は、働き手となる年台の人口が減少していることから、0%か、よくても1%程度にとどまると見ておられます。
これに対して、日本経団連では、女性や高齢者の方々の就業が進む、資本設備が高度化し、生産性も上昇することから、2025年までの間、年率2.4%程度の成長は維持されると試算しております。
もちろん、潜在的な成長力がフルに発揮されるわけではありませんが、税や社会保障が足かせとなっても、年率2%弱の成長を実現することは、十分可能と考えております。そして国民負担率についても、現在の36%より高くなることは避けられませんが、49%弱と、土光臨調以来の50%以内という目標は達成できます。
さらに私どもは、働き手の減少を、外国人の積極的な受け入れで補った場合、どうなるかというケースについても試算しております。仮にこのような施策をとって、優秀な外国の方々が日本で働いていただけるようになれば、年率2.4%程度の成長が可能となり、国民負担率は43%弱に収まると見通されます。
このシミュレーションは、財政や社会保障などについて、さまざまな前提を置いた上でのものでありますが、明らかなことは、わが国がこれまで培ってきた優秀な人材や技術力、豊富な資本などを考えれば、今後の政策運営次第では、経済の先行きに明るい期待を持つことができるということであります。
先週のノーベル賞の発表は、まさにこれを裏付けるものとなりました。物理学賞と化学賞のダブル受賞、化学賞は3年連続、そして日本企業に勤める43歳の若いエンジニアの受賞と、日本の未来は大いに明るいと思わせるに十分な発表だったと思います。受賞された小柴さんと田中さんには、心からおめでとう、そしてありがとうと申し上げたいと思います。

さて、それでは、これほどの可能性を秘めているにもかかわらず、何故、わが国の経済の将来に対して悲観論が広がっているのでありましょうか。
その理由の一つは、足許の厳しい経済情勢にあると存じます。
わが国の景気は、今年はじめに底を打ち、その後は順調に回復に向かうことが期待されておりました。しかし、企業収益や雇用といった分野でも漸く明るい指標が見え始めた矢先に、米国景気の先行きや国際政治情勢などに不透明感が高まり、輸出環境の悪化から景気が底割れに至る惧れも指摘されております。
金融面でも、会計不信に端を発した米国の株安を引き金に、株価は低迷を続けておりまして、金融システムや実体経済に及ぼす影響が懸念される、非常事態といってもよいような状況に至っております。
省みますと、バブル崩壊後、2回、景気の山があったとされますが、いずれの場合も、現在と同様に回復感に乏しかったことは否めません。多少の山谷があったとは言え、総じて言えば経済の低迷と金融システム不安で明け暮れた10年間であったといわなければなりません。
こうした状況では、悲観論が蔓延するのもいたし方ないのかもしれません。
したがいまして、経済政策の直面する課題は、足許の経済の低迷と金融システム不安を克服し、日本経済を、期待される経済成長軌道に円滑に乗せていく道筋をつけることであります。
この課題を考える際に、92年8月以降、財政出動を伴う景気対策が10回にわたり繰り返されたにもかかわらず、大きな効果を上げなかった事実を思い起こさなければなりません。
今でも、「従来の景気対策は予算規模が不十分であったため、効果が限られた。より大規模な景気対策こそが、経済の低迷を打開する鍵である」という主張が根強くあります。しかし、事業規模の累積で130兆円を上回る景気対策を行っても事態が改善しなかったことを考えますと、こうした主張に素直に賛成するわけにはいかないのであります。
やはり10年間の経済の低迷と金融システム不安という厳然たる事実を見据えて、その原因を分析し、必要な対策を考えるというアプローチが王道であります。

それでは、経済の低迷と金融システム不安の原因は何なのか。これは大問題であり、学者やエコノミストの間でもいろいろな考え方があることは十分に承知しております。ビジネスの実体験に基づいて、誤解を恐れず大胆に単純化して申し上げれば、大きく二つの原因を挙げることができると思います。
第一は、国としての競争力の維持、あるいは強化の遅れであります。別の言い方をすれば、企業レベルでは収益基盤の強化の遅れ、産業レベルでは産業再編の遅れ、マクロベースでは産業構造の転換の遅れと呼ばれる問題であります。しばしば「失われた10年」と言われますが、競争力強化という観点から見れば、立ち遅れはバブル発生の前から始まっており、失われた年月は、すでに20年に達しているのであります。
第二の原因は、資産デフレであります。東証一部上場株式の時価総額は、89年の約600兆円から約250兆円にまで減少し、土地についても、ピーク時の91年に比べて、評価額は約740兆円下落いたしました。こうした資産価格の下落の影響は、とりわけ金融機関に深刻な影響を与えました。さらに、需要が減少しているため投資意欲も冷え切っており、これが金融機関の経営体力を著しく疲弊させ、金融システム不安が続いているわけであります。
経済政策の課題が、こうした産業の再生と資産デフレの克服であるとして、次の問題はこれにどのようなスピードで対処するか、であります。
先月末の内閣改造に先立って、不良債権処理の方法が焦点となりました。一方には、景気の回復を待てば、時間がかかっても不良債権問題はいずれ解消されるとの見解がありました。もう一方には、場合によっては公的資金を投入しても、不良債権の処理を急がなければならないとの見解がありました。小泉総理は、処理を急ぐ政策を選択されたわけですが、その選択は、時間軸を重視された結果ではないかと推察いたします。
わが国がバブルの後始末に汲々としてきた間に、日本をとりまく経済環境は大きく様変わりいたしました。一言で言えば、グローバル化の荒波ということでしょうが、中でも近隣諸国の変貌は目を見張るものがあります。
96年から2000年にかけての平均の実質成長率は、日本が1.4%にとどまったのに対して、韓国は5.0%、台湾は5.7%、シンガポールは6.7%、そして中国にいたっては8.7%に達しております。中国は、豊富で低廉な労働力を背景に、急速に先進諸国へのキャッチ・アップを進めております。そして、オートバイ、エアコン、DVDプレイヤーなどの製品では、すでに世界市場のシェアの3分の1以上を占めるようになっております。こうした加工組立て型産業だけでなく、石油化学や鉄鋼といった素材産業でも生産量が着実に増加しておりまして、中国が「世界の工場」となる日は、そう遠くないと存じます。
そして、世界の工場としての経済発展は、国民の所得を向上させ、巨大な人口との相乗効果で、世界でも稀に見る巨大市場が出現することにもなります。
こうした中で、わが国だけが停滞を続けておりますと、製造業の空洞化が進むばかりか、中国市場の広がりに乗り遅れるということになりかねません。グローバルな競争の時代にあっては、1年、2年という期間が決定的に重要な意味を持っており、経済運営は、今や国家の盛衰を賭けた時間との戦いと言っても過言ではないのであります。

4つの処方箋

こうした現状を前提として、日本は何をなすべきなのか。行なうべきことは、山積しているわけですが、経済の低迷と金融システム不安に、向こう1〜2年で終止符を打つためには、少なくとも4つの政策を、できる限り迅速に実施していく必要があると思います。
その第一は、いうまでもなく不良債権処理の加速であります。金融システムは実体経済と表裏一体の関係にあり、その本格的な安定化は、産業の再生なしにはありえません。しかし、金融機関が負の遺産を引きずったままでは、産業が再生する前に、金融システムが崩壊してしまうことになりかねません。
思い切って相当額の公的資金を投入して、不良債権の処理を加速させるという考え方があり、政府も近いうちに、この方向で「緊急対応戦略」を公表すると思います。たとえ一時的に国民負担が発生することになっても、公的資金を投入するとの判断が出れば、私は支持したいと思います。
もちろん、これは応急措置であり、同時に、例えば収益目標のようなものを設け、金融機関の合理化、効率化を促していく必要があります。

第二の柱は、これが基本となるわけですが、産業の再生であります。そのためには、本来は、長期的な国家戦略に立って、産学官が緊密に連携して、競争力のある産業を育成していく必要があります。
それは中長期戦略として推し進めていくとして、当面、企業レベル・産業レベルで、コア事業へ「選択と集中」を進めていかなければなりません。そのためには、企業が、事業構造改革や事業革新を自由に進めていける環境を整備する必要があります。この点については、97年の持株会社の解禁を皮切りに、99年の株式交換・移転制度の導入、2000年の会社分割制度の整備、2001年度の企業再編税制の整備、そして未だ問題は残すとはいえ今年度分から適用される連結納税制度に至るまで、これまでも相当に整備されております。
しかし、例えば、米国のLLC、LLPといった従来の会社とは異なる新たな経営形態の導入や、グローバルな競争の実態に合わせた競争政策の柔軟な運用など、残された課題も少なくありません。これらは本来的には、商法や独禁法などの改正で達成すべき課題ではありますが、急を要しますので、来年3月末に期限切れを迎える産業再生法の延長改正の中で、部分的にでも実現していくべきであると思います。
同時に、競争力の強化に向けて欠かせないのは、法人課税の改革であります。大規模な先行減税の中で、現在、議論されている研究開発税制や設備投資減税の大幅拡充はもちろんのこと、法人税率の見直しもすべきであります。法人税を納税している企業が少ないから、全法人の2割しか納税していないから、法人税減税は有効ではないという意見もあります。しかし、今のような状況の中でも収益を上げ、競争力を維持している企業の税負担を軽減し、こうした企業が伸びることを可能にしてこそ、新しい産業構造が実現されると考えます。

第三の柱は、資産デフレの克服であります。その基本は、言うまでもなく資産の収益力を増すことであり、多くは第二の柱と共通いたします。
ただ、土地の有効活用という面では、企業とともに、個人の住宅投資にも大きな期待が寄せられております。衣、食は有り余るほど満ち足りているのに、住宅だけはアジアの中進国にも劣るというアンバランスは、何としても改善する必要があります。良質の住宅を整備するには、第二次ベビーブーム世代が住宅を取得する、これからの数年が最後のチャンスであります。
都市再生プロジェクトの促進と併せまして、例えば、住宅ローン利子については新たに所得控除制度を導入するなど、思い切った税制措置の導入が望まれます。また、住宅を担保として年金が受け取れる「リバース・モゲージ」制度の普及・拡大も、長期にわたって住むことが可能な、高品位の住宅の建設を促進することにつながると考えます。
同時に、資産の取引きが活発に行われるようにすることも欠かせません。来年1月から開始される新証券税制が難解なのは、日経新聞が連載している通りであります。私の周辺にも、このような複雑な制度になるのであれば、株式投資そのものを止めてしまおうかと考えている方が少なからずおられます。ここは過去の経緯は水に流して、株式譲渡益は源泉分離方式一本で課税するとか、あるいは、非課税にするとか、もっと簡単で分かり易い制度に改める必要があります。
土地も同様でありまして、何重にも課税されていることが、取引きの活発化を妨げております。例えば、登録免許税を定額化するとか、不動産取得税を撤廃するといった措置を考えなければなりません。
こうした措置に加えて、30代から40代の世代がより多くの資産を取得できるように、税制で後押しすることも考える必要があります。住宅にかかる相続税の特例を、贈与税も含めて大幅に拡大する、株式の相続については相続税を思い切って減免するといった方策を検討してもよいと思うのであります。

第四の柱はセーフティネットの整備であります。不良債権処理の加速にしろ、産業再編の促進にしろ、一時的には景気を下押しし、雇用不安や企業倒産につながる惧れがあります。それが避けられない「痛み」であるにしても、多くの国民が生計を立てることができなくなる事態や、本来は競争力がある企業が、倒産に追い込まれるような事態は起こしてはなりません。
例えば、雇用については、保険の給付を真に必要な方々に重点化することなどを通じて、制度を安定的に維持できるようにする必要があります。また、民間活力を活用して労働移動を円滑化するため、人材派遣の期間制限の撤廃や、製造業務などへの対象拡大など、制度改革を進める必要があると存じます。さらに、介護サービスなどの分野で規制緩和を徹底するなど、新規雇用の創出に向けた大胆な規制改革が強く望まれます。中小企業についても、やる気と能力のある企業が、資金調達に困難をきたしたり、連鎖倒産に巻き込まれたりすることがないよう、必要な措置を講じなければなりません。
「緊急対応戦略」や来年度予算編成、税制改正などで、以上申し上げましたような措置が十分に講じられますならば、向こう1〜2年で、これまでわが国経済を覆ってきた暗雲は払拭されると、私は楽観的に考えております。

小さな政府へ(その1:構造改革特区)

こうして経済が定常運航にもどったとしても、日本の構造改革は終わりません。明治以来の官僚主導という「この国のかたち」を変えなければ、将来への発展はないからであります。頂戴した残りの時間で、いま試みられている官僚主導への挑戦について、いくつかの例を挙げて、考え方を申し上げてみたいと思います。
まずは構造改革特区であります。この制度は、わが国経済の活性化を目的として、意欲と知恵のある特定の地域に限定して、特定の規制を全国に先駆けて緩和するというものであります。
これまで規制改革を全国一律で行なおうとすると、総論賛成、各論反対になりがちで、実現するのがなかなか難しかったのは、皆さんご承知の通りであります。また、実現してもスピードという点でかなり問題がありました。そこで、特定の地域で先行して規制改革を行なうことによって、その効果を国民の目に見えるものとする。それによって全国ベースの規制改革をスピードアップさせる効果が期待できる制度であります。
さらに、構造改革特区がこれまでの地域活性化策と異なるのは、中央の役人のお仕着せではなく、主役は民間企業や自治体であり、地方の知恵を内閣が受け止める仕組みであるということであります。地方分権時代にふさわしく、地方の知恵比べを促すものであり、「知恵を出し、努力をした者が報われる」という、小泉構造改革を体現する制度として、大いに期待しております。小泉総理自ら先頭に立って、構造改革特区推進本部の本部長に就任され、尽力されているのも、こういうことではないかと考えております。
実際、募集を始めてわずか一カ月の間に、自治体を中心に400件を超える提案がなされたということ自体、各地域が自ら考え、知恵を出すということが、特区の検討を通じて促されたわけであり、それだけでも、大きな成果があったと考えることができると思います。
もちろん、それだけで満足してはなりません。各省庁からの回答をみますと、とにかく規制は緩和したくない、全国一律規制にこだわるという姿勢が強くにじんでおります。特に、各地域からの要望が多かった医療福祉、教育といった分野について、各省の対応が遅れているように感じられ、残念でなりません。
こうした各省庁の態度を改めさせることが必要なのはもちろんでありますが、さらに、この制度を有効に活用し、経済活性化につなげるためには、欠かせない重要なポイントが2つあります。

第一は、特例を講じる必要のある規制については、できるだけ幅広く特区の対象に盛り込むことであります。事業を遂行する上で、障害となる規制は一つだけということはありません。複数の障害となる規制がある場合、そのうちのいくつかについて特例が講じられたとしても、一つでも障害が残っていれば、事業は成り立たず、せっかくの特区が実を結ばないおそれがあります。
今回決定された「構造改革特区推進のためのプログラム」では、個別の規制ごとに対応が整理されていますが、各地域で提案されている事業を遂行するにあたって、事業が成立しなくなるような致命的な規制が対象外とされていないかどうか、今後とも十分検証する必要があります。
こうしたことから、臨時国会における立法段階では、対象とするのに間に合わなかった規制や、詰めきれなかった分野、事業を具体化する中で新たに問題が生じてきた規制を、特区の対象として逐次追加できるような仕組みを織り込んでいくことが必要であります。
もちろん、各自治体は、国に対して規制の特例を求めるだけでなく、自らが定める条例や規則についても、事業の障害となるものがないか検証し、自らの責任で障害を取り除く努力をしなければなりません。

第二は、自治体と地元の民間企業とが知恵を出しあい、事業計画を十分練り上げる必要があるということであります。
地方自治体の提案を見ると、北九州市や四日市市の構想のように、以前から地元企業との対話を重ね、そのニーズを十分踏まえた上で、今回の提案に結びつけているものがあります。しかし、その一方で、民間のニーズとの擦り合わせが不十分で、土地を造成して単なる工場団地をつくり、民間企業の立地を誘致するという、従来型の発想による地域振興策もみられます。
仮に特区になったとしても、実際に企業の参入に結びつかなければ意味がありません。特区構想を推進する意欲のある自治体においては、ぜひ、民間企業との対話の場を設定し、民間企業のニーズを十分に踏まえた上で、具体的な事業の計画を立てるよう期待したいと思います。

小さな政府へ(その2:道路四公団)

次に、公共事業や各種行政サービスなどのいわゆる「官製市場」を民間に開放するということに触れたいと重います。特殊法人改革がまさにその例であり、その一つとして、まず道路四公団の民営化議論をみてみたいと思います。
現在、民営化推進委員会において、日本道路公団をはじめとする道路関係四公団の民営化のあり方について、ハードスケジュールで検討が続けられております。産業界としても、道路のユーザーとして議論の成り行きに注目しているところであります。
道路四公団の民営化につきましては、その債務の返済を確実にするという意味において、そして国の高速道路整備の重点化、効率化を進めるという点において、評価できるものと考えております。
ご承知のように、現在まで、ほぼ7,000キロの高速道路網が整備されてきておりますが、ここに来て、社会経済の状況は大きく変化し、低成長や少子化・高齢化の進行によって、もともと予測が過大だったこともあり、交通需要は当初の予測を大きく下回るようになってまいりました。これまでの財政投融資を中心とした借入金による高速道路整備は、右肩上がりの経済を前提とした仕組みであり、現在の仕組みを継続することは、将来に、より大きな国民負担を生じさせるおそれがでてきております。したがって、道路四公団の民営化は、まずは、その債務の返済を確実にするための仕組み作りとして捉えるべきであると思います。
また、現在以上に借金を増やさないということでありますし、民営化後の新会社は、当然、採算性を重視しますので、整備すべき路線の優先順位が明確にされます。
さらに、運営面におきましても、民営化によりコスト意識の徹底が図られ、利用者サービスの向上が図られることを、われわれ道路ユーザーである産業界としては大いに期待するところであります。
しかし、道路は、国民生活、産業活動にとって、必要不可欠な社会インフラであります。家を一歩出たところから、なくてはならないものであります。それゆえに、紀元前312年に着工されたというローマのアッピア街道を例にあげるまでもなく、国が責任をもって道路を整備してきたわけであります。
したがって、経済効果の観点などから必要な高速道路は、新会社が引き受けない場合でも、国や地方の判断において、着実に整備すべきであると考えております。
例えば、首都圏中央連絡自動車道、東京外郭環状道路、そして首都高の中央環状線、いわゆる首都圏三環状道路については、その整備には、さらに多額の投資が必要となりますが、都心部の600個所にものぼる慢性的な交通渋滞や、沿道環境の悪化等を大幅に解消し、その経済効果は年間4兆円にものぼると言われております。その重要性から、国の都市再生本部も、三環状道路の整備を都市再生プロジェクトとして決定し、その実現に期待をしているわけで、こうした道路は是非とも整備を進めるべきであります。
もちろん、国や地方が高速道路を建設するにしても、当然、財源は限られており、どのような道路に投資すべきか、これまでに以上にプライオリティをつけることが求められます。このため、道路四公団の民営化が、道路事業全体の改革を促すとも言えるのではないかと思います。
もうひとつ、われわれ道路のユーザーが心配しているのが、料金がどうなるかという問題であります。これは新会社の性格を決定する重要な事柄であると認識しております。
これまでの推進委員会の議論では、民営化された新会社が高速道路を保有するかどうかは別にして、既存路線についての独占的利用権を新会社に認めることになっております。このため、新会社の競争相手は、主に一般道路ということになりますが、高速道路の質の高さからみて、高速道路は相当独占的な市場であるということができます。そういたしますと、単に民営化するだけでは、料金引下げへの誘因が働かないということが懸念されます。
この点、先般の民営化推進委員会において、新会社は通行料金収入をもって利益の拡大を図らない、つまり、道路を利潤追求の手段とせず、料金の引き下げに努める。その一方で、関連事業、例えばサービスエリアでの事業を積極的に展開して利潤を追求するといった整理が行なわれたことは、大変いい方向ではないかと考えております。
いずれにいたしましても、民営化推進委員会が、高速道路の路線ごとの収支状況を明らかにし、高速道路整備の重点化・効率化、建設主体の民営化、債務の確実な返済といった重要な方向性を、中間整理としてとりまとめたことを高く評価しております。この方向に沿って、12月までの間に、残された課題について、国民の理解が得られる結論に至ることを期待しております。

小さな政府へ(その3:空港行政)

特殊法人改革については、道路に加えて、国際拠点3空港をどうするのか、という問題もあります。
空港をよく利用するユーザーの立場からすると、とにかく成田は遠い、というのが率直な感想であります。時間に追われてビジネスをする身としては、何とかならないのかと思います。地方から羽田に着いて、それから2時間近くをかけて成田に行き、そこで国際線に乗り換える。こうした利用者のことを考えると、いったい日本の空港はどうなっているのかと思わざるを得ません。これは、空港の経営を上下一体にするとか、分離するとかいう以前のレベルの話であります。同じ空港で国内線と国際線がスムーズに乗り換えられるのが、国際的なスタンダードであります。海外から、できるかぎり多くの方々に日本を訪れてもらおうという、観光立国を目指すうえでも、大きな障害となります。この意味で、都心からのアクセスを考えれば、羽田の国際空港化を進めることを、もっと真剣に考えてもよいと思います。
首都圏で起こっている、この国際線と国内線の乗り継ぎ問題は、地域における空港の配置や役割分担をいかに考えるべきか、という問題を提起していると言えます。例えば中部地域では、2005年に中部国際空港の開港が予定されておりますが、地元の一部には、小牧空港の国内線の存続を求める声があります。しかしながら、やり方によっては国際線と国内線のスムーズな乗り継ぎが確保されなくなる惧れもあります。航空需要の観点から言うと、中部国際空港の健全な発展を妨げることにもなりかねません。
また、関西地域には、関西国際空港と伊丹空港がありますが、2005年には神戸空港が開港します。これらの3空港で、それぞれどういった役割分担をするのか、インフラの効率的な活用といった観点からどうなのか、あらためて考えてみる必要があると思います。
空港を使うのは航空会社であり、最終的には飛行機に乗る利用者であります。この利用者の利便性を第1に考え、空港の競争力を高めることが、行政の基本だと思うのであります。

おわりに

頂戴した時間もなくなったようですので、私からのお話しはこの程度にしたいと思います。最後は雑感のようなことになりましたが、この国で暮らし、この国でビジネスを営み、この国を少しでもよくしようという、一人のビジネスマンの考えを申し上げた次第であります。

ご清聴、ありがとうございました。

以 上

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