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経済再生への道程

共同通信社「きさらぎ会」における奥田会長講演
2002年11月26日(火)

はじめに

ご紹介いただきました日本経団連会長の奥田でございます。
本日は、伝統あるきさらぎ会の例会にお招きいただき、お話しする機会を頂戴し、大変、光栄に存じます。お忙しい中、多数お集まりいただきました皆様に心からお礼申し上げます。
ただ今から、45分間ほどお時間をいただきまして、本日のテーマである経済再生について、私の考えているところを申し上げたいと存じます。皆様のご期待に沿うことができるか不安ではございますが、第一に経済再生の課題、第二に経済再生の基本的な考え方、第三に具体的な施策、第四に推進方策などについて申し上げたいと考えております。

経済再生の三つの課題

それでは、先ず経済再生の課題について申し上げます。
経済再生の課題は、時間軸に沿って整理すると大きく三つに分けることができると考えております。

第一は、向こう2〜3年を念頭においた経済低迷やデフレからの脱却、そして金融システムの安定化でございます。
振り返ってみますと、90年代以降、多少の景気の山谷はございましたものの、押しなべて経済の低迷が続いてまいりました。例えば、企業の税引き前利益は、80年代は毎年平均で7.7%増加しておりましたが、90年代に入ってからは、逆に毎年平均で1.8%減少しております。このように企業の収益力が低下しているため、資産効率も目に見えて悪化しております。企業の総資産利益率、いわゆるROAは、80年代は平均して7%でございましたが、90年代の平均は4%に低下しております。資産が収益を生まなければ、資産デフレは避けられません。90年代を通じて、土地で740兆円、株式で420兆円、合わせて1,160兆円のキャピタルロスが発生しております。
融資先の業績不振とこの資産デフレは、不良債権問題として金融機関の経営を直撃しております。金融機関は、過去10年間に総額35兆円強の不良債権を直接償却してまいりました。しかし、新たに不良債権が発生しているため、不良債権残高は増加を続け、2001年度末には、10年前の3.3倍の42兆円に達しております。
不良債権問題を、その背後にある企業の収益力の低下と資産デフレの問題まで含めて、抜本的に解決すること、これが経済再生の第一の課題でございます。

経済再生の第二の課題は、向こう5〜6年を視野に入れた産業構造の変革、産業の競争力の強化でございます。
わが国が、経済の低迷に喘いでいる間に、わが国をとりまく国際環境は大きく様変わりしてまいりました。過去5年間の実質成長率は、わが国は年率0.2%にとどまっているのに対しまして、中国は7.8%、韓国、台湾、シンガポールも5〜6%の成長を続けております。
中でも、中国の場合、豊富な労働力や技術水準の向上を背景に、先進諸国へのキャッチ・アップを急速に進めております。世界市場における中国製品のシェアは、DVDやマザーボードの49%、CD-ROMドライブの43%をはじめオートバイやエアコンなど、幅広い商品で高率に達しております。このように、中国は、「世界の工場」としての地位を着実に確立しつつございますが、同時に見逃すことができないのは「世界の市場」としての側面でございます。これまで潜在的と言われてきた13億人の巨大市場が、経済成長に伴って、徐々に顕在化してきております。例えば、中国全土の一人当たりGDPは未だ900ドル強にとどまっておりますが、上海周辺に限れば、一般にモータリゼーションが本格化すると言われる4,000ドルを上回っております。
他方で、中国は、WTO加盟を機に市場開放・外資導入の姿勢を一段と強めており、また、今回の党大会で私営企業家の入党を公認するなど、市場経済化を積極的に進めております。こうしたこともあって、生産拠点としても、市場としても、中国の魅力は高まってきており、一時期、足踏み状態にあった対中投資も急回復しております。
近隣諸国が発展と繁栄を享受することは喜ばしいことではございますが、わが国だけが停滞を続けておりますと、国際市場の中で取り残され、経済の空洞化が深刻なものとなりかねません。そのような事態を回避するため、新たな国際分業体制にマッチした産業構造を築き上げていくこと、これが経済再生の第二の課題でございます。

経済再生の第三の課題は、今後四半世紀以上を睨んだ少子化・高齢化への経済面での対応でございます。
残念なことに、これまで講じられてきた少子化対策にもかかわらず、出生率の低下にはなかなか歯止めがかかりません。この結果、最も手堅いとされる低位推計では、15歳から64歳までのいわゆる生産年齢人口は、2025年には2000年の83%、2050年には56%にまで減少すると見通されております。
現役の働き手が急減する影響は極めて大きいものがございます。2000年には、4人で一人のお年よりを支えていたものが、2025年には2人で、そして2050年には1.5人で支えなければならなくなります。こうした変化は、公的年金や医療保険をはじめとする社会保障制度について抜本的な変化を迫ることになります。また、働き手の減少という供給サイドの問題にとどまらず、需要サイドにも大きな影響を及ぼし、経済成長率も低下することが避けられません。
少子化・高齢化の悪影響の克服、これが経済再生に課せられた第三の課題でございます。

経済再生の基本的な考え方

続きまして、経済再生をいかに進めていくべきか、その基本的な考え方を申し述べたいと存じます。
わが国の経済は全体として低迷を続けておりますが、その中にあって元気な産業、企業も少なくございません。例えば、サービス業の売上高は過去8年間連続で増加を続けております。昨年度の場合、在宅介護サービスが52%、インターネット・プロバイダーが23%、人材派遣業が17%の増収となるなど、19業種が2桁の増収を記録しております。ベンチャー企業も、独自技術などを武器に気を吐いております。ベンチャー企業790社の本年度の売上高は前年度を10%上回り、40%の増益となるという調査結果も公表されております。
とかく経済が低迷し、ストックもある程度いきわたると、需要は飽和し、もう大きな伸びは期待できないと考えがちですが、時代のベクトルはその方向にだけ向かっている訳ではございません。例えば、健康志向や環境重視、安全・安心の追求などライフスタイルや価値観の多様化が指摘されておりますが、これらは全て新たなビジネスチャンスにつながるものでございます。
自動車を例にとりますと、交通手段としての購入に加え、アウトドアライフをエンジョイするためにRV車やクロスカントリー車を買うとか、家族や友人と揃って出かけるためにミニバンやワンボックスカーを求めるとか、ライフスタイルに合わせた車選びが広がってきております。さらに、ハイブリッドカーのように、環境問題を重視するという価値観によって選択される車もございます。
このように多様化するニーズに応え、あるいは潜在的需要、いわゆるウォンツを引き出していく民間企業の技術革新、商品開発、販路拡大といった取り組みこそが、経済再生の基本的な推進力でございます。
したがいまして、経済再生の担い手は私ども民間企業でございますが、役者が演じやすい舞台を必要としますように、民間企業が自助努力で創意工夫を発揮できる経営環境の整備が求められます。
例えば、グローバルな競争が厳しさを増す中で、会社法制や競争政策、あるいは税制といった枠組みは諸外国とイコールフッティングにしていただく必要がございます。また、産業構造が大きく変化していく時には、失業や不良債権問題のように、ヒト、モノ、カネが円滑に成長分野に移転していかないことがございます。このような産業構造の変化に伴う「痛み」を軽減することも重要な課題でございます。
経済再生に当たって公的部門に期待されるのは、こうした環境整備でございます。

経済再生に向けた施策

そこで、次に、経済再生の三つの課題毎に、望まれる施策のあり方を述べてみたいと存じます。

先ず、第一の課題である経済活性化について、政府は、先月末に「総合対応策」を発表しております。当初、不良債権処理の加速策のみが報道されておりましたが、発表された「総合対応策」は、需要喚起策やデフレ対策、そしてセーフティーネットの整備も盛り込んだバランスのとれた構成になっております。この基本姿勢は当を得ていると存じます。しかし、敢えて苦言を申し上げるなら、「総合対応策」の位置付けが、形式的にも、内容的にも明確でないことが気になります。形式的な面では、この対策は閣議決定されたものでございません。このことが内容にも影響しているのでしょうか、税制や規制改革など、方向性は出されているものの、政府全体として具体的にどうするのか、不明確な点が少なくございません。これが端的に現れているのが、付属文書の「金融再生プログラム」でございます。最も、注目されていたにもかかわらず、金融庁の方針にとどまっており、先送りされた項目、関係府省への要請にとどまっている項目が目立ちます。
当面は、「総合対応策」を、どのように肉付けし、実行していくかがポイントでして、今後の補正予算の編成や税制改革の動向、金融庁の「作業工程表」を注目していきたいと考えております。

本日は、「総合対応策」に必ずしも十分に盛り込まれていない施策について、2点に絞って触れてみたいと存じます。
第一は、住宅投資促進税制でございます。各種ストックが満ち足りている中で、良質な住宅だけは不足しております。若い人たちが何でもないことでキレてしまうとか、大人の方も、目の前の些事に汲々として、大きな「志」というものが欠けている、皆様がお感じのことと思います。そうだとすれば、その背景には、経済全体の水準に比べて、貧困な住宅事情があるような気がしてなりません。また、住宅の持つ様々な財への誘発効果を含めて、今後、住宅投資が都市の再生とも関連して民間需要の要となることは間違いございません。
「総合対応策」には、住宅取得に係る贈与税の特例の拡大が盛り込まれております。これは、住宅を担保として年金が受け取れるリバースモゲージなどとともに、高齢者の眠っている資産を活用する仕組みでございます。子育てなどで大きな住宅を必要としている現役世代が住宅を容易に取得できるようにするため、政府税調の答申で打ち出された相続税と贈与税の一体化措置と並行して、住宅特例の大幅な拡大を、是非、実現していただきたいと考えております。
ただ、第二次ベビーブーマー世代が住宅取得期に入るこれから10年間が、良質の住宅ストックを形成する最後のチャンスであることを考えますと、これだけでは不十分でございます。ここは、住宅ローン利子の所得控除制度や賃貸住宅投資に係る税額控除制度など思い切った施策の実施も望まれるところでございます。

第二は、金融政策でございます。「総合対応策」では、デフレ克服に向け、政府・日銀が一体となって、強力な取り組みを実施するとしております。「総合対応策」が発表された当日には、日銀は資金供給の一段の強化を決定しております。日銀が、量的緩和に努めていることは評価申し上げますが、デフレ傾向に歯止めがかかる気配は一向にみえません。国内経済活動の総合的な物価指数であるGDPデフレーターは、94年度から、消費税率が引き上げられた97年度を除いて、一貫して下がり続けております。
デフレ克服は、金融政策のみでなく、実体経済面での需給ギャップの縮小などの施策が行われなければ、実現できないことは良く承知しております。しかし、人々のデフレ懸念が現実のデフレに拍車をかける悪循環を断ち切るには、金融面からもデフレ懸念を払拭するような施策が望まれるところでございます。日銀の政策委員会でもいろいろな議論が行われていると伺っております。新たな政策には、問題点や未知の点が少なくないと思いますが、政府も都市再生や技術革新などを軸に新たな需要喚起策を検討しており、金融政策当局としても、これまでの政策の枠にとらわれない、思い切った決断をされることを期待したいと存じます。

次に経済再生の中期的な課題である、産業構造の変革、産業競争力の強化に移りたいと存じます。これに関連しては、会社法制や競争政策の見直し、人材育成、東アジアにおける自由経済圏構想の推進など必要な環境整備が少なくございません。本日は、法人税と技術革新の問題について触れたいと存じます。

先ず法人税でございますが、政府税調答申は、「国の法人税率は既に先進国並みの水準となっている」としております。しかし、地方税を考慮した実効法人税率を比較しますと、OECD諸国の平均は31%、EU諸国平均は33%であり、また、わが国企業の有力な競争相手となっているアジア諸国は25から30%程度でございます。これに対して、わが国の実効法人税率は40.87%と、世界最高の水準にございます。
課税ベースの違いや各種政策税制の効果などを考慮するとその差はさらに拡大いたします。同一企業が各国にあったとした場合の法人税負担を、わが国を100として計算しますと、エレクトロニクス産業では、米国は19、イギリスは49、フランスは31にとどまります。鉄鋼業では、米国は60、イギリスは50、フランスは46でございます。産業毎にコスト構造などの違いで差があるものの、主な産業でいずれもわが国における法人税負担が最も大きいとの結果になっております。
法人税率は、企業のグローバルな立地選択の重要な決定要因でございます。高水準の法人税率は、対内直接投資を阻み、海外企業との連携・提携による活性化の妨げとなるとともに、空洞化に拍車をかけることになります。より大きな問題は、低成長の中でもがんばって利益を計上している企業や産業が過大な税負担を負い、伸びるべき芽が摘まれることで、高生産性・高収益の産業構造の形成が遅れることでございます。
政府税調答申では、「これ以上の税率引き下げを行うことは適当でない」としておりますが、わが国企業の国際競争力強化や産業構造の変革を進めるため、法人税率を大幅に引き下げることが必要不可欠となっております。

次に技術革新でございますが、生産性向上に果たす技術革新の役割について認識が深まり、総合科学技術会議による研究開発の重点化や、TLO、日本版バイ・ドールなど産学官の連携の仕組みが整備されてきていることは高く評価されます。こうした取り組みにもかかわらず、OECDの分析では、わが国の研究開発投資が生産性の向上に必ずしも有効に結実していないと、指摘されております。この原因はいろいろあろうかと存じますが、産業界の立場から気になる点を二つほど指摘したいと存じます。

第一は、わが国の産業技術政策が研究開発重視であり、産業化については比較的手薄だということでございます。プロダクト・イノベーションを進めていく上で、最もリスクが大きく、費用を要するのは、産業化の段階でございまして、欧米では「死の谷」と呼ばれております。最近、漸くこのボトルネックが注目され、来春に改正予定の産業再生法では最先端の「マザープラント」の整備を支援する「実証1号機税制」が盛り込まれると伺っております。最新技術の産業化はわが国産業構造の高度化の最も重要な課題であり、是非、実現していただきたいと存じますが、今後、より広い恒久的な措置が整備されることを期待しております。

第二は、研究開発における国際的な連携の必要性でございます。ITの分野でのシリコンバレーに限らず、各分野で世界的なCenter of Excellenceを中心に新たな技術創出が進められております。そのため、国境を越えた研究開発、技術提携が重要となっており、80年代から90年代にかけて世界における戦略的な技術提携は大幅に増加しております。しかし、わが国企業の国際的な技術提携件数は逆に減少しており、技術革新の世界的な流れから取り残される恐れさえ指摘されております。この原因の一つは、研究開発促進税制にみられますように、わが国の産業技術政策が相変わらず国内の研究開発を主な対象としていることにあると存じます。内外の別を問わず、わが国企業の研究開発の成果は、わが国産業の競争力強化につながる訳で、国際的な共同研究や技術提携を視野に入れた新しい産業技術政策の確立が望まれます。

続きまして、経済再生の第三の課題である少子化・高齢化への対応について述べたいと存じます。少子化対策や社会保障制度、財政構造の改革についてはしばしば論じられておりますので、本日は、触れられることが少ない消費税と外国人の活用について申し上げたいと存じます。

先ず、消費税の問題でございますが、少子化・高齢化が進む中で、歳出カットや社会保障給付の適正化を徹底しても、国民負担の増大は避けられません。そして、これを現役世代の所得税や社会保険料で賄うには、自ずと限界がございます。
経済の低迷が続く中、誰も増税を言い出したくないのは分かります。しかし、最近の世代の貯蓄率が、その親の世代と比べて10%程度高く、若い世代ほどその傾向が強いという調査結果も出されております。社会保障制度の持続可能性への不安やその裏返しの問題としての税や社会保険料についての不透明感が、消費を抑制し、経済を低迷させて一因であることは否定できません。
消費税の引き上げが不可避ならば、いつ、どの程度引き上げなければならないか、どうすれば引き上げ幅を最小化することができるのか、真剣に議論すべき時期に来ていると考えます。
詳しくは、近く公表いたしますビジョンをご覧いただきたいと存じますが、日本経団連としても、既にそうした検討をはじめております。そのポイントを申し上げれば、2025年までの間について、歳出カットと社会保障給付の適正化を前提とした場合、所得税率や社会保険料率を現行水準に据え置いたとしても、消費税率を現在の5%から段階的に引き上げれば、財政や社会保障制度は安定的に維持はできるというものでございます。仮に2004年度以降、毎年、1%づつ引き上げることにすれば、2014年度の16%を最後に、以降は引き上げる必要がなくなります。もちろん、これはあくまでシュミレーションでございます。また、その際、インボイス方式の導入や内税化、複数税率化などが前提となります。16%という税率は、現在の5%に比べれば高い水準でございますが、主要先進国の税率は20%前後でございまして、非現実的な数字ではないと存じます。
残念なことは具体的にこうした数字を挙げますと、一部の心無いマスコミの方が、その部分だけを取り上げ、「日本経団連が消費税率16%を提唱」といった記事を書かれます。私どもは、何も消費税の引き上げを目的としている訳ではございません。どうすれば、社会保障給付や行政サービスの水準をできるだけ落とさないようにしながら、しかも財政面での破綻を回避できるかが、最大の関心事でございます。このような数字を具体的にお示しすることにより、国民的な議論がより深まることを期待しております。

次に、外国人の活用の問題でございますが、少子化対策により出生率が回復したとしても、現役世代の減少は避けられません。楽観的とされる高位推計でも、15歳から64歳の生産年齢人口は、2050年には2000年の68%に減少いたします。
こうした中、ある程度の経済成長を続けていくには、女性や高齢者の活用に加え、外国人も視野に入れざるをえません。米国の90年代の躍進について、IT革命の成果が強調されますが、90年代を通じて毎年100万人前後の外国人が流入し、これが経済成長を支えてきた事実は無視できません。日本経団連の試算では、2025年までの間、就業者の減少を、外国人を中心とした多様な労働力の活用で補い、税や社会保障のコストも負担してもらうことにすれば、実質成長率は今後、毎年0.5%高まり、消費税率の引き上げも10%までにとどめることができるという結果になっております。
WTO新ラウンドにおけるサービス貿易交渉や今後、二国間の自由貿易協定、経済連携協定が進展すれば、この面からからも、国境を越えた人材移動の要請が高まってくることが予想されます。
専門的・技術的分野については、外国人の受け入れが既に認められておりますが、企業や社会のニーズから見るとまだまだ門戸は十分に開かれておりません。例えば、弁護士、会計士や医師など海外の資格を二国間、地域間で相互認証すれば人材の柔軟な活用が進むことが期待されます。また、わが国で学ぶ留学生の国内での就職を促進することも重要でございます。
他方、悩ましいのが、いわゆるブルーカラー職種でございます。失業問題が深刻でございますが、将来の生産年齢人口の減少を考えますと、この分野でも、不法滞在者の摘発と排除をキッチリと片方で行いつつ、合法的に外国人の受け入れ拡大を推進してまいる必要がございます。この点、興味深いのが、台湾のケースでございます。台湾はタイ、インドネシア、フィリピンなどと協定を結んで、ブルーカラー職種に就く外国人を受け入れておりますが、厳格に制度を運用していることで、台湾人の職場が失われたり、不法滞在者が増大することは避けられております。
わが国としても、こうした事例を参考に、外国人の受け入れ方について検討を進めていくべきであると考えております。もちろん、その前提として、外国の方々が、わが国で働きたいと積極的に考えていただけるように、教育、居住面での環境整備をはじめわが国の魅力を高める必要がございます。また、われわれ自身が、言語、文化、宗教、生活習慣などの多様性を理解し、差別的行為をなくしていくことが必要なことは、改めて申し上げるまでもございません。

経済再生の進め方

残された時間も限られてまいりましたので、最後に、こうした施策を進めていく上で、重要な点を3点ほど申し上げたいと存じます。

第一は、既存の枠組みにとらわれない、総合的な推進が欠かせないということでございます。縦割り行政の弊害については、何度も指摘されておりますが、なかなか改善いたしません。例えば、社会保障といった限られた範囲についても、公的年金、高齢者医療、介護などといった制度はいずれも密接に絡み合っているにもかかわらず、トータルな将来像や負担が明らかにされておりません。年金について、保険料率を年収の20%まで引き上げれば持続可能となるという試算が示されておりますが、国民が負担するものは年金の保険料だけではございません。制度毎に負担の引き上げの可能性が示されることは国民の不安を煽ることにつながりかねません。その場しのぎのパッチワークのような個別制度の積み上げでない、税や財政との整合性も織り込んだいわゆるグランドデザインの策定が強く望まれるところでございます。
足元の最大の懸案事項である失業問題についても同様でございます。雇用保険の積み立てが不足するから、料率を場当たり的に引き上げるということでは到底、国民の理解を得ることはできないと存じます。失業給付の範囲や水準の徹底した見直しは当然として、有効性が疑問視されている雇用保険三事業はどうするのか、回答を出す必要があると存じます。また、失業者の内訳を見た場合、雇用者の範囲に限られた対策では不十分なことは明らかでございます。過去5年間に失業者は123万人増加してまいりましたが、その主たる原因は自営業者が130万人減少したことでございます。失業問題は、労働行政の枠内の施策だけでなく、起業促進策との連携を深めなければ解決不可能でございます。
さらに、最近、雇用の受け皿として、サービス産業が重視されておりますが、日々新たな展開をみせるサービス各分野における求人ニーズに、現在の公的な職業訓練や職業紹介システムで対応できるのか、はなはだ疑問が多いところでございます。官を主体とした現在の事業の枠組みを変革して、民間事業者が積極的に事業展開できるようなシステムを整備することが重要でございます。

経済再生の推進に当たって第二の重要な点は、計画性の問題でございます。
これまで、短期、中期、長期と分けて必要な施策を申し上げましたが、これは施策の効果が現れる時期の区別であって、いずれの施策もできるだけ速やかに実行していく必要がございます。しかし、補正予算に見られるように、足元の経済活性化と財政健全化は、同時には両立しません。今行うべきは、景気に軸足を置いた構造改革でございまして、例えば、国民負担の上昇につながる施策は経済の足腰がそれに耐えられる目処がついてから着手すべきでございます。このように、さまざまの施策を時間軸に沿って、矛盾のないように適切に実施していくには、民間で用いられている工程表による管理が必要でございます。
経済財政諮問会議がいわゆる改革工程表を策定してから、各府省にも徐々にその考えが浸透してきているように思われます。しかし、形は工程表の体裁をとっておりますが、それに沿ってものごとが着実に進められていくかと言えば疑問なものも少なくないように存じます。問題は、何時までに、何を行うのか、明確でないいわゆる官僚用語でございます。「実施を検討する」「推進に努める」などと書き並べても工程管理はできません。時期や達成水準について明確な数値目標を置いた工程表の策定と、それに基づいた着実な実行が強く望まれるところでございます。

重視すべき第三の点は、迅速性でございます。スイスの経営開発国際研究所によれば、わが国の国際競争力は、90年代前半の第1位から、98年には20位、そして今年は30位までに大幅に低下しております。海外格付け機関によるわが国国債の格付け引き下げは、債権の格付けとしては疑問が少なくございませんが、わが国の経済力が不安視されていることは一概に否定できません。このままでは、内外の投資家から見放され、大規模なキャピタルフライトが生じる恐れも杞憂とは言い切れません。経済再生は、わが国の将来を賭けた時間との戦いでもございます。この点は肝に銘じておく必要がございます。

今、申し上げました三点は、私が参加しております、経済財政諮問会議に問われている課題でもございます。諮問会議のあり方についてはいろいろなご意見があることは承知いたしておりますし、私自身も力不足を痛感しておりますが、会議が設置される前に比べて、総合性や計画性という点はかなり改善されたのではないかと考えております。迅速性という面でも、これから構造改革が加速していくことが期待されます。
しかし、縦割り行政の問題は、一朝にして解消できないことは皆様もお感じのところと思います。また、政府と与党の協力・連携関係の緊密化も残された課題であろうと存じます。これらの点については、日本経団連としても、今後、自らの反省も踏まえて、働きかけを行ってまいりたいと考えております。

終わりに

以上、経済再生の課題やそのための施策について、私なりの考えを申し上げました。舌足らずな点や、逆に言い過ぎではないかという部分もあったかも知れません。これも、わが国を良くしたい、活力と魅力溢れる国にしたい、という熱意の現れということでご容赦いただくようお願い申し上げまして、私の話しを終わらせていただきます。

ご清聴、誠にありがとうございました。

以 上

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