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「東アジア自由経済圏の構築に向けた日韓の役割」

第35回日韓韓日経済人会議における奥田会長基調講演

2003年4月24日(木)
於:大邱(テグ)展示コンベンションセンター

1.はじめに

本日は、第35回日韓・韓日経済人会議にお招きいただき、皆様方とこうして大邱(テグ)でお目にかかれましたことを大変光栄に存じます。
まず、2月18日の大邱(テグ)地下鉄事故の犠牲になられた方々に、心から哀悼の意を表したいと存じます。

2.日韓関係は緊密化の一途

近年の日韓関係は、昨年6月のワールドカップなどを契機として緊密化の一途をたどってきており、日韓両国は「近くて遠い関係」から文字通り「本当に近いお隣同士」となってきたことを実感しております。
個人的なお話で恐縮ですが、私は、最近韓国映画を見る機会がとみに増えております。ハリウッド映画も顔負けの「シュリ」や同級生の深い友情を描いた「チング」などは大変好きな作品でございます。
また、日本各地で気軽に韓国の家庭料理を楽しむことができるお店が増え、スーパーや百貨店でも韓国料理の食材や調味料を簡単に手に入れることができるようになっております。最近の日韓関係は、このように、非常に身近なところからの交流が増えているところにその特徴があると思います。

3.心強い韓国の改革と日本経済の現在

さて、韓国では通貨危機後、急速に一連の経済構造改革が推し進められてきました。例えば、大規模な規制改革や、輸入先多角化制度の撤廃などの大胆な外資導入政策が行なわれたわけですが、これらの改革と同時に、機動的な財政・金融政策が展開されて、韓国経済は急速な回復を遂げました。私はこの流れを大変心強く感じておる次第でございます。
このような改革につきましては、盧武鉉(ノ・ムヒョン)新政権でも引き続き取り組まれていかれると伺いました。また、韓国はあらたに「北東アジア経済中心国家」に向け、一層の改革を推し進めていかれると伺い、大変期待をいたしております。
一方、日本経済は、経済の実態が極めて悪い状況にあります。内需の柱である消費、設備投資、住宅投資は依然として力強さを欠いており、失業率も高止まりしております。
また、株価や地価も低迷を続けており、デフレが日本の金融システムや実体経済に与える影響が大いに懸念されております。
このようなバブル経済崩壊後の日本経済の状況を指して、「失われた10年」、あるいは「失われた20年」とも呼ばれておりますが、このような状況から脱却するためには小手先の改善では不十分であるとの認識が当初からあり、数多くの「改革」の提案がなされてまいりました。
これらの提案には、的を射た優れたものが数多くございましたが、今振り返ってみますと、「いったい何が変わったのだろうか」と考え込まざるを得ない状況であります。なぜならば、これらの提案の多くがいまだ実現されていないという事実があるからです。

4.新ビジョン「活力と魅力溢れる日本」

冒頭から非常に後ろ向きなお話ばかりしてしまいましたが、私は、この理由は、結局のところ明確な将来ビジョンがないために、個々の改革が体系化されないことにあるのではないかと考えました。このような問題意識のもと、日本経団連では、純粋に民間の立場から、なぜ改革が実行できないのか、また、どうすれば改革を実行できるのか、という観点を重視しつつ、新しいビジョンである「活力と魅力溢れる日本」を本年1月にとりまとめて発表いたしました。
このビジョンでは、2025年度の日本、つまり今年生まれた子どもたちがちょうど社会にはばたく頃を念頭において、今後の展望や価値観、行動規範などを示し、これまでなかなか口に出せなかった課題もとりあげております。
国民が新しい形の成長や豊かさを実感でき、また世界の人々からも、「行ってみたい、住んでみたい、働いてみたい、投資してみたい」と思っていただけるような「活力と魅力溢れる日本」に再生して行くために必要な具体的な提案と、日本経団連の行動方針を示したわけでございます。

5.東アジアの連携を強化

ビジョンについての詳しい説明は省略いたしますが、このビジョンでは、「東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む」という項目を、4つの柱のひとつとして掲げています。
繰り返すまでもございませんが、世界では、WTOを中心とした多角的な自由貿易化への動きと同時に、近年急速な勢いで地域経済圏形成の動きが進んでいます。
米国は94年にはNAFTA(北米自由貿易協定)を締結した後、現在、南米地域も含む形で米州自由貿易構想(FTAA)を推進しており、精力的な交渉を続けております。また、ヨーロッパにおいては92年に市場統合、99年には通貨統合を実現させて、経済面では全く国境のないEUを形成するとともに、今後中央・東ヨーロッパにその地域を拡大しつつ、数年のうちに25カ国で形成される巨大な経済圏を構築しようとしています。
私は先月、ベルギー、フランス、ドイツなどのヨーロッパ各国を訪ねてまいりましたが、政治のリーダーシップのもと、大胆な戦略と不断の努力が実を結び、自由経済圏の果実を手にしている欧州の様子をあらためて確認してまいりました。
振り返って東アジアでは、まず何と申しましても、中国の存在を意識せざるを得ません。とりわけ、その無尽蔵で、レベルは高く、コストは低い人的資源の存在は、日韓両国だけでなく、全世界にさまざまな影響をあたえることになりましょう。したがいまして、私たちは、中国が何をしようとしているのか、どこに向かって行くのかということを注意深く見つめ、その本質を理解する必要があります。しかしながら、いたずらに中国脅威論をふりかざすのではなく、中国を含めた東アジア諸国が、手を取り合って「自由経済圏」を構築し、世界の重要な三極の1つを形成していくのが正しい方向であると強く考えております。
東アジアにおける自由経済圏構築に向けては、欧州の市場統合を見習い、モノ、サービス、ヒト、カネの自由な移動を目指し、あわせてハード・ソフト両面における情報面での自由化も念頭においた「5つの自由化」が重要であります。また、同地域における自由経済圏が円滑に運営されるよう、地域インフラの共同整備やアジア通貨基金の創設を中心とする域内協力を進めるとともに、地球環境問題など、東アジアが直面するグローバルな問題を共同で解決していくための協力体制を整えていくことも求められます。これら「5つの自由化」と域内外における「2つの協力」については、韓国経済界の皆様方とも是非ビジョンを共有したいと考える次第です。

6.東アジア自由経済圏をリードする日韓FTA〜早期締結が必要

実際、東アジア各国は、自由経済圏構築に向けて具体的な動きを進めつつあります。
日本では、昨年1月にシンガポールとの間で「日本シンガポール新時代経済連携協定」を締結し、タイやフィリピンともFTAに向けた話し合いを開始しております。また、小泉首相はASEANとの間で包括的経済連携構想を提唱し、またメキシコとの間でも現在、政府間での交渉が進んでおります。
中国も、ASEANとの間でFTAを締結する方針を示し、一部産品については2004年にも関税をなくしていく方向を示すなど、その動きを加速させています。また韓国は、チリとの間で交渉を終え、シンガポールやメキシコとの間で交渉開始を検討中であると伺っております。
東アジアにおいては、今後とも二国間における交渉とあわせまして、例えばASEAN全体や日中韓など、地域全体での連携促進に向けた動きも同時に進んでいくかと存じます。
このような東アジアにおける自由経済圏を構築していくために、戦略的パートナーとしてイニシアティブをとっていけるのが、いうまでもなく韓国と日本であります。日韓両国は、その「最初の一歩」として、日韓FTAの早期締結を推進すべきであります。
日韓両国経済界は、1965年の日韓国交正常化の前後から緊密な協力関係を構築してきており、活発なビジネスをすでに展開してきております。そしていまや、日韓両国は東アジアの先進国として、アジア経済の今後の発展を牽引する存在です。
日韓FTAの締結は、日韓の産業協力を活性化させるという観点だけでなく、東アジアにおける自由経済圏構想を進めていく中心軸としての役割を積極的に担っていくことになるでしょう。その意味で、日韓FTAも、広範な経済的連携を目指す包括的なものとすべきでありましょう。
東アジアの自由経済圏構築を考えるとき、日韓FTAの締結は、非常に大きな一歩ではありますが、一方で「最初の一歩」にすぎないことを強調したいと存じます。ヨーロッパの状況と比較するとき、東アジアにおける日韓経済関係も、「関税同盟」、「通貨統合」、そして「市場統合」という3つの目的を、少なくとも地平線の手前に睨みながら協力を進めていく時代になったのではないかと認識しております。
さて、皆様ご存知の通り、日韓FTA締結に向けましては、両国研究所による共同研究、日韓FTAビジネスフォーラムでの検討に続きまして、昨年7月からは両国間の産学官による共同研究会での検討が進められております。共同研究会では、すでに5回にわたり問題点の精査が行なわれたと伺っておりますが、先ほど申し上げたような大局的な観点に立って、少なくとも今年後半には正式な政府間交渉に進んでいただきたいと考えます。
日韓FTAに関する議論では、韓国側から日本側に対し、例えば二国間の貿易不均衡の問題や非関税措置に関する要望などの指摘をいただいていると伺っております。
貿易不均衡の問題につきましては、日本から部品や機械類などの資本財を中心に輸入して世界に輸出を行い、全体としては貿易黒字にある現在の韓国の状況は、決して不自然なものではなく、二国間貿易の観点から論ずるべきものではないという点を申し上げたいと存じます。
この点を解決するためには、引き続き韓国側の産業構造の変革、例えば韓国における裾野産業の育成が必要であります。日本企業は、これまで韓国企業との協力を進めており、すでにきわめて緊密な産業協力関係が構築されておりますが、これを一層促進するためにも包括的なFTAの締結が有効であるという点を改めて指摘したいと存じます。

7.FTAに向け日本は「開国」と「改革」を進める

さて、日韓FTAを締結し、さらに東アジアにおける自由経済圏構築を進めていくためには、まず日本が韓国、そして全世界に対して国を開いていくという、積極的な通商政策の展開が必要となりましょう。今、日本には、自らの意思で国を開くこと、すなわち「開国」が求められております。その際には、日本における制度改革が必要になってくる場合もございましょう。このような「開国」と「改革」を実現するためには、言いっぱなしではなく、日本経団連自らが改革に向けた民(みん)の動きをリードしていくことが必要であると考えます。
また、言うまでもなく、FTA締結によって最も恩恵を受けるべきなのは私ども経済界であります。
日本経団連は、日韓経済協会および韓日経済協会との協力関係はもちろん、1983年以来、毎年全経連首脳との間でも懇談会を開催するなど、韓国経済界との実質的な交流を深めてまいりました。今後の日韓FTA締結に向けた議論では、韓国経済界との意見交換も十分に行ないつつ、日本側で改革する必要がある問題点については、積極的に日本政府にも働きかけを行なってまいりたいと存じます。
私は、韓国は構造改革において日本の先輩格であると考えております。韓国における改革のスピードの速さを、日本もぜひ見習うべきであると存じます。私は、99年に日本政府のITミッションの一員として韓国を訪問した際、ADSLによるインターネットの普及が急速に進み、その中でITベンチャー企業が果敢にチャレンジしている様子を拝見して、感動いたしました。
現在、日本でもようやく高速インターネット時代が訪れた感がございますが、おそらく、韓国でのインターネットブームがなかったら、日本での普及はもっと遅れていたのではないかと思います。日本と韓国は、先ほど申し上げたような形でビジョンを共有しつつ、それぞれ一層の改革に向けて協力できるパートナーであると信じております。

8.一層の人の交流と文化交流が必要

このような経済協力関係の基礎的条件として、やはり日韓両国民の人的交流を増大させ、あわせて文化交流を地道に拡大して行くことが必要でございましょう。
人的交流の拡大に関連して申し上げますと、私たちのビジョンでは、日本社会の多様化を進め、そのダイナミズムによって経済を活性化させていくべきであると訴えております。
その観点から、日本への外国人の受け入れを真剣に考える必要があると提案いたしております。専門的・技術的分野については、すでに日本国内での就労が認められておりますが、例えば外国人医師による日本国内での診療などは制限されているなどの実態があり、社会のニーズから見ると、まだまだ門戸は十分に開かれているとは言いがたい状況です。弁護士、会計士、医師などの海外の資格を二国間、地域間で相互認証すれば、人材の柔軟な活用が進むことが期待できます。また、製造の現場や看護・介護など幅広い職種に就く外国人については、透明で安定した制度のもとで受け入れるシステムを構築して行くことを、そろそろ考える必要がございます。
この点、興味深いのが台湾のケースでございます。
台湾は、タイ、インドネシア、フィリピンなどと二国間協定を結び、幅広い職種に就く外国人を受け入れておりますが、厳格に制度を運用していることで、職場が外国人に奪われたり、いわゆる不法滞在者が増大することにはなっていないと聞いております。ビジョンでは、日本でも、こうした事例を参考にして、外国人の本格的な受け入れ方法について検討を進めていくべきであるという提案をいたしました。また、外国人に日本で働きたいと積極的に考えてもらえるように、教育面、住居面での環境整備を進めていく必要がありましょう。
日韓では、一日に1万人が行き来するなど、それぞれもっとも人の往来が頻繁な関係にありますので、FTA締結を睨み、例えば技術職や専門職などビジネスに関する人の往来の条件緩和などを検討してはどうかと考えます。
また、冒頭にご紹介申し上げましたが、例えば映画や音楽、そして料理といった一般大衆文化レベルでの日韓交流も非常に重要です。
私が昨年見た「ラストプレゼント」という韓国映画は大変感動的で、上映後には、日本の観客が何人も目に涙を浮かべていました。
韓国でも日本映画の人気が高まっていると伺っておりますが、「鉄道員(ぽっぽや)」や「蛍」が韓国の皆さんの涙を誘ったとのお話を伺いますと、やはり私たちは、韓国語でも「情(じょう)」というそうですが、きわめてこまやかな心の機微で通じているのだと実感いたします。
韓国では、数次に渡り日本の大衆文化の開放を行なってこられましたが、幅広い相互理解の推進という観点から、韓国政府に対しては、是非完全な大衆文化開放を進めていただきますようお願いしたいと存じます。

9.終わりに

これまで縷縷述べてまいりましたとおり、日韓関係の一層の緊密化は、両国における経済構造改革や経済活性化だけでなく、21世紀の東アジアのあり方を方向付けて行くうえでも大変重要な要素でございます。私も、日本の経済界を代表して、皆様方と、日韓関係の緊密化に向けて率先して取り組んでまいりたいと存じますので、ご協力をお願いいたします。
ご清聴ありがとうございました。

以上

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