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「日本経済・産業の課題と展望」

第22回世界ガス会議東京大会における奥田会長基調講演

2003年6月2日(月)
午前8時30分〜9時
於:東京ビッグサイト

1.はじめに

ただいまご紹介をいただきました、日本経済団体連合会の奥田でございます。本日は、70年に及ぶ世界ガス会議の歴史上、初めてという、アジアでの大会にお招きをいただきまして、誠に光栄に存じております。
1週間にわたる、本大会の、基調講演ということでありますで、私からは、日本経済・産業の課題と展望というテーマで、本年年初に、私ども日本経団連が発表いたしました「活力と魅力溢れる日本をめざして」と題する、産業界による日本経済、産業の中長期ビジョンを交えながらお話を進めて参りたいと存じますのでよろしくお願いいたします。

2.日本経済の現状

さて、まず、日本経済の現状でございますが、残念ながら、経済の実態は、先進国の中でも、特に惨憺たる状況にある、という点は否定できないように思います。
戦後長らく続きました、欧米先進国へのキャッチアップ型の産業構造の最終章として、わが国が直面したものは、バブル経済の発生とその崩壊でありました。同時期に起きました、冷戦構造の終焉に、情報通信技術の革新的な発達なども加わり、急激なボーダーレス化が進み、わが国の経済・産業は、ほんの短期間のうちに、これまでの羅針盤が通用しない荒波の中に、放り出されてしまったわけであります。
その後も、中東情勢や同時多発テロの発生など、国際情勢の趨勢いかんで、わが国経済がどうなってしまうのか、全く予想できない、不透明な状況が続いております。
今年に入りましても、イラク戦争、朝鮮半島を巡る問題など、国際情勢の変化は枚挙にいとまがありませんし、最近では、本大会の開催にも影響を与えております、新型肺炎SARSの問題、また、先月中旬には、大手都市銀行が再び大規模な公的資金の注入を受けるなど、日本全体が、出口の見えない暗闇に入りこんでしまったような、状況が続いております。
もちろん、バブル経済の崩壊以来、様々なレポートや改革の提案がなされてきましたし、日本経団連でも、多くの政策提言を行なってまいりました。また、これを受けて、歴代の首相が改革を掲げ、様々な制度改正が行われてきたことも事実であります。
しかし、ここ10数年で、日本は一体何が変わったのだろうか、構造改革は本当に進んでいるのだろうか、正直申し上げて、国民の誰しもが、疑問を持たざるを得ない状況にあるのではないでしょうか。その原因の一つは、皆が共有できる明確な改革の将来ビジョンがない点にあるのではないか、そのため、改革が対症療法的になりがちで、体系化されず、既得権益を守ろうとする官僚や一部の政治家、変化を好まない人々の手によって、改革が先送りされたり、骨抜きにされたりしている、ということがあるのではないか、と考えられます。
そこで、ここで今一度、2025年度の日本の姿を念頭において、展望や価値観を示すと共に、これまでは取り上げられて来なかった課題にも踏み込み、このビジョンをまとめてみたわけであります。

3.基本理念

昨年、私が日本経団連会長に就任したとき、基本理念として申し上げたのは、「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」、そしてそれを支える「共感と信頼」ということでありました。すなわち、企業や個人が、それぞれに異なる目標を掲げ、自らの責任によって達成に向けた努力を続けていくこと、そして、目標は異なっても、企業や個人は、互いの共感と信頼で強く結び付けられ、全体として、個々の多様性のダイナミズムで経済社会の発展を図っていこう、ということであります。
言い換えれば、戦後の経済社会の目標が、官主導による、内向きのきれいな円の形成だったとすれば、これからは、多少、でこぼこの円であっても、円の外に向かおうとする個々の強い力で、より大きな円にしていくことを目標とすべき、とでも言えるかも知れません。
右肩上がりの経済のもとで、官主導の、きれいな円の構成員だった我々日本人は、ともすれば、現状の低成長、あるいはマイナス成長という厳しい現実から目を背けがちであります。これまでは、しばらくの間、そうして、やり過ごせば、再び成長の軌道に戻ることができました。しかし、バブル崩壊後、いつ終わると知れない現在の長期低迷を考えれば、もう、そのような待ちの姿勢が許される状況ではないと、多くの企業、国民が気づいております。問題は、そこに自らの目標を掲げ、行動に移せるか否かであります。
幸い、すでに、わが国には、独創的なアイデアを駆使して、世界的に大きなシェアを獲得している中小企業は数多くございますし、ノーベル賞の連続受賞にも見られるとおり、独自の研究成果が世界的な評価を受けつつあります。
また、大胆な改革を進めV字回復を成し遂げ、再び国際競争の荒波に漕ぎ出した企業もあります。
景気の低迷を、単に制度や政府の責任に転嫁することなく、国民一人一人、企業一社一社が新たな目標を掲げ、努力し続けることこそ、日本が活力と魅力を取り戻すための、エネルギーの源であると信じております。

4.少子高齢化に即した財政の確立

現在、わが国が直面する主要課題とその目指すべき方向につきまして、申し上げたいと存じます。
わが国が直面している最大の課題は、少子・高齢化への対応であります。わが国の就業者数は、推計によれば、2025年までに約610万人減少するといわれており、これにより、現在、働く者3.5人で1人の高齢者を支えていたものが、2025年には2人で1人を、さらに2050年には、1.5人で1人の高齢者を支えていかねばならない計算になります。
現在、わが国の年金、医療の給付総額は約70兆円でありますが、このままの状況が続けば、2025年には約2倍の140兆円を超える金額となってしまいます。
この増大を、今の制度のまま、所得税や法人税、社会保険料に頼ろうとすれば、富を生む現役世代や企業に、多大な負担増を強いることとなり、経済の活力はそがれ、日本経済の再生の道は閉ざされてしまうこととなります。
特に、わが国の少子高齢化は、急激に進展していることから、この問題を先送りすることは、公的負担の増大を通じて、わが国産業の国際競争力の低下に直結する問題であるという点に留意しなければなりません。
この問題を克服するためには、財政、社会保障制度、税制の改革を三位一体として大胆に進めていくほかありません。まず、何よりも必要なのは、国、地方を通じた行財政改革の徹底による、歳出の抜本的な削減であります。
すでに、わが国の国・地方をあわせた長期債務残高はGNPの1.4倍、700兆円に迫っており、プライマリーバランスの早期回復も、非常に困難な状況にあります。
バブル経済の形成過程で膨張した、公共投資などの歳出を、聖域なく削減していく必要がありますし、社会保障制度自体も、給付水準の抑制を含む年金制度改革や、高齢者医療制度、介護保険制度の改革を進めていくことが不可欠であります。私は、わが国の個人や企業が潜在的に備えた力を十分に発揮するためには、税と社会保険料を加えた国民負担率を、高齢化社会にあっても50%以内に抑制する必要があると考えております。
しかし、これらの抜本改革を進めたとしても、わが国の財政構造は、活力ある将来の日本を支えるに十分な基盤とはなりません。少子高齢化社会においても、維持可能な、健全な歳入面の改革をすすめる必要があります。
そのためには、これ以上、所得に応じた税や社会保険料に負担を求めていくことは適当ではなく、国民全体が広く負担を分かち合う税、すなわち、消費税を、欧州諸国のように、わが国においても税制の基幹として拡充していくことが避けられないと考えております。
年初に、この構想を発表したところ、様々なご意見を頂きましたが、残念ながら、いまだに、政府レベルでの検討の俎上には上がっておりません。
消費者にとって、最も身近な税である消費税の増税は、経済への影響からも、また、政治的にも、大変、難しい課題であることは間違いありません。
しかし、少子高齢化は、急激なスピードで進展していることや、わが国の財政構造が日一日と悪化していることは紛れもない事実であります。その先をどうするか、政治家のみならず、われわれ、国民一人一人に選択が迫られているわけであります。

5.わが国企業の産業力の強化

以上のように、国レベルで歳入・歳出の構造を改革していくことは、今後のわが国経済を支えていくための大前提でありますが、その上で、豊かな経済社会を構築する主役は、何と言っても民間の産業力の強化であります。ともすれば、我々は、景気の低迷、株価や地価の下落というマクロの指標に目を奪われがちでありますが、その表裏として、ここ数年、わが国産業の収益力が諸外国に比べて低水準に留まり、低下傾向にあるという点を自ら反省しなければなりません。バブル期に比較して、土地の時価が1000兆円減少し、東証株価も400兆円減少するといった、激しい資産デフレ状況の中で、わが国企業には、債務・設備・雇用という、いわゆる3つの過剰が大きな経営課題として課せられています。
これらの、いわば、直面する課題については、株価対策や不良債権対策、産業再生といった機動的な対策を講じていくことは当然ですが、これらの解決に留まることなく、前向きな設備投資や研究開発への取組みなくして、産業力の強化はありえません。
特に、現在、中国を始めとするアジア諸国の成長はめざましいものがあり、わが国の産業構造自体も大きく変化しつつあります。昨年のわが国の中国からの輸入額は、米国を抜き、最大の輸入相手国となっており、その内容も、従来の繊維や食料品に留まらず、ITや機械などの先端分野に及びつつあります。
このような、アジア諸国との国際的な分業体制を構築していく上で、わが国としては、これまでに蓄積した先端的科学技術を産業へと応用していくと同時に、将来においても、科学技術創造立国として、世界のフロントランナーにふさわしい新技術や新製品を開発し、世界に継続的に発信していくことが求められております。現在、政府においては、先ほど述べたような厳しい財政状況の中、研究開発予算だけは、例外として予算の拡大を図っているところでありますが、引き続き、特に、経済活性化へと直結する分野への重点的な配分が必要と考えております。
また、産業力を強化していくために、わが国として取組みを強化すべきポイントの一つとして、産学官の連携の強化があります。わが国は、研究開発投資額や特許登録件数では、すでに、世界のトップクラスにあります。
しかし、これらが、効率的に産業化へと結びつかず、新産業の創出や雇用の拡大に繋がっていないのが現状であります。わが国の企業は、国内大学との連携より、海外の大学との共同研究を進めたり、国内の大学の研究成果を、海外の企業が製品化するといった例も見受けられます。これを裏付けるように、スイスのIMDが発表している「世界競争力レポート」では、日本では、研究成果が事業化される水準や、起業家精神の度合いが、先進諸外国の中でも最低の水準に留まっています。このような状況を打破するためには、大学で創造された知を、国内企業が積極的に事業化するための仕組みや人づくりを進めていく必要があります。
具体的には、現在、国立大学の法人化が進められておりますが、来年度から国立大学が非公務員化することにより、自由な発想と競争原理によって、大学の研究成果が社会へと還元されていくことが期待されます。
また、海外からの教授の採用や企業との人事交流、産学共同で技術系人材の育成を進めるといった、新たな発想で、産学官の連携を進めて参りたいと考えております。
一方で、政府においても、産業力強化に向けた、更なる、制度改革をすすめていくことが期待されます。
わが国の法人税実効税率は、アジア諸国はもとより、先進諸外国との比較においても、いまだ高い水準にあり、早急な引下げが必要です。また、LLCといった企業組織法制の国際的な整合性の確保、更なる規制緩和など、改革すべき事項は、まだまだ山積みの状況であります。
さらに、新たな企業の創業を支援するエンジェル税制の拡充や、間接金融に代わる企業の円滑な資金調達の場としての証券市場の一層の充実なども不可欠の課題であります。

6.環境・エネルギーをわが国産業力強化の柱に

科学技術創造立国を目指し、現在、政府では、ライフサイエンス、情報通信、ナノテクノロジーおよび環境分野を、いわゆる重点四分野として、わが国が世界をリードしていくよう、重点的な予算配分、政策配慮を行っています。この4つのほかに、エネルギー、製造技術、社会基盤、フロンティアの4つを加えた合計8分野が、わが国の科学技術基本計画における、重点的に取り組むべき分野として閣議決定されております。
このうち、本大会に関係の深い、環境・エネルギー分野に関して、少々、お話を申し上げたいと存じます。
ご承知のとおり、わが国は、先進諸外国の中で、最もエネルギー資源が乏しいという制約下にあります。わが国のエネルギーの自給率は、4%であり、これに、準国産エネルギーとして原子力を加えても、自給率は20%程度に留まっております。ちなみに、米国では70%以上、イギリスにおいては100%以上と伺っておりますので、日本がいかに、エネルギー資源に苦労しているかがおわかりでしょう。
反面、このような制約のもとで、結果的に、わが国は、世界で最も優れたエネルギー効率を達成しつつ、経済産業の発展を図ることとなりました。わが国のエネルギー消費量は、民生や運輸部門では90年代以降、大きく伸びたものの、産業部門におきましては、70年代前半から今日に至るまで、ほとんど増大しておりません。
GDPあたりに換算いたしますと、70年代前半に比較して、2割以上の効率改善となっており、これは、OECD平均の倍のエネルギー利用効率であります。
一方で、今後、二酸化炭素排出抑制など、地球温暖化への対応といった環境面への配慮が、経済や産業に一層大きな影響を及すことが確実であります。
わが国におきましては、さっき申し上げたように、エネルギー消費に関する高い効率性を達成していることから、GDPあたりの二酸化炭素の排出量もOECD平均の約半分という実績になっております。しかし、総排出量を見ますと、特に90年以降から、運輸、民生部門における排出量が増大しており、90年比で削減を求める京都議定書の目標達成は、わが国にとって、大変高いハードルとなっております。
すでに、産業部門におきましては、日本経団連が、環境自主行動計画を策定し、各業界ごとに、毎年のフォローアップ作業を行なっており、大きな成果を上げております。昨年度のフォローアップ調査によりますと、2001年度の産業界全体の二酸化炭素排出量は、1990年度比で、マイナス3.2%を達成したところであります。
私ども、日本の産業界と致しましては、引き続き、自主的な取組みを強化していきたいと考えておりますが、同時に、地球環境という、人類共通の課題に対しましては、すべての国・企業が参画して、温暖化効果ガスの削減に一体として取り組む国際的枠組みの構築が不可欠と考えております。
わが国政府に取組み強化を期待する事項としては、例えば、運輸・民生部門における省エネルギーへの取組みに対する支援、新エネルギーの拡大、環境負荷の小さい天然ガスへのシフト、原子力の活用の推進や燃料電池といった革新的技術開発への継続的な支援などがあります。また、各国政府や企業におきましても、京都議定書という同一の目標を共有しつつ、温暖化への対応を協力して進めていただきたいと考えております。
わが国は、このように資源に乏しい国であったからゆえに、省エネルギーや省資源、あるいは、燃料電池や太陽光発電といった新たな技術分野での取組みを、世界に先んじて進めております。
燃料電池に関しましても、自動車のみならず、家庭用の分散型電源も実用化の域に達しつつあり、エネルギーや環境に関連したビジネスを世界に向かって発信する、それによって、地球環境の保全に貢献することができる状況になっていると思います。
さらに、エネルギー・環境に関して、もう一つの不可欠の視点は、今後のアジア地域の産業発展による、エネルギー消費の増大と環境への影響増大という点であります。世界のエネルギー需要におけるアジアの割合は2010年には、全体の26%に達する見込みであり、さらに2020年には30%になると見込まれております。一方、アジア地域における原油などの生産拡大は見込めないため、アジア以外の地域への依存がますます高まるという状況にあります。
アジア地域におけるエネルギーセキュリティーの観点からも、国際的な協力体制の構築が、一層重要となってきております。

7.最後に

以上、わが国の経済・産業の現状や課題とエネルギー・環境問題に関して、私の考えをお話しして参りました。
本年も、世界的な情勢が大きく変化しており、また、国内経済も再生に向けた正念場となりましょう。エネルギーに関する、直面する課題として、夏場に向けた電力需給の問題もあります。
私は、わが国の持つポテンシャルを信じております。そして、日本人やわが国企業が、互いを信じあい、自由な競争を展開することで、人類の発展に貢献できることを、また、本大会のテーマである環境調和型未来に貢献できることを、心から願っております。
最後になりましたが、歴史に残る、世界ガス会議東京大会の大成功と、本日ご列席の皆様方の、益々のご健勝を祈念いたしまして、私の基調講演を終わらせていただきます。
ご清聴、有難うございました。

以上

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