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「科学技術創造立国を目指して」

「動け!日本」シンポジウムにおける奥田会長基調講演

2003年10月2日(木)
ホテルニューオータニ 鶴の間

はじめに

ご紹介いただきました、日本経団連の奥田でございます。本日は、経済活性化に向けた科学技術創造立国の必要性、産学官連携の重要性などにつきまして、お話しさせていただきたいと存じます。

経済財政諮問会議、日本経団連における経済活性化への取り組みと成果について

先ず本題である「科学技術創造立国」に入る前に、私が関係しております政府の経済財政諮問会議や日本経団連が、経済活性化にどのように取り組んでいるのか、簡単にご紹介申し上げたいと存じます。
ご高承の通り、経済財政諮問会議は、総理のリーダーシップの下に各府省の施策の統一を図るために、2001年1月に内閣府に設けられた機関でございます。私は、諮問会議が発足して以来、今日に至るまで議員を務めさせていただいております。
諮問会議は、2001年4月に小泉総理が議長に就かれてからは、総理の「改革なくして成長なし」との基本方針に基づいて、構造改革を通じて経済活性化を図るとの観点に立って、検討を進めております。
検討結果は、3度にわたるいわゆる「骨太方針」をはじめ、さまざまな答申、意見として公表しており、そのほとんど全てが閣議決定されております。答申、意見の内容は、経済、財政運営はもちろんのこと、総理が「聖域なき構造改革」とおっしゃっておられますように、年金や医療など社会保障制度の改革、国・地方のいわゆる三位一体の改革、不良債権問題の処理、規制改革など多岐にわたっております。
各府省は、諮問会議の答申、意見に沿って施策を進めており、その結果、経済活性化の成果は目に見える形で現れてきております。先月初めに内閣府が構造改革の進捗状況をレヴューした資料によれば、今年1月から7月までの倒産件数は、昨年の同じ時期と比べて11.3%減少しております。また、今年2月から資本金1円でも会社が興せるようになったことを受けて、新規事業への挑戦が増えており、今年2月から8月半ばまでに、5,800社を超える設立申請が出されております。
雇用情勢は依然厳しいものがございますが、一方で倒産が減り、他方で創業が増えているため、例えば、今年上半期のサービス業の雇用者数は、2000年の同じ時期に比べて155万人増加しております。株価もようやく1万円台を回復しましたが、これも構造改革の進展が内外で評価された結果ではないかと存じます。こうした数字は経済活性化の成果の一端に過ぎません。詳しい資料は、内閣府のホームページで公開されており、パンフレットもございますので、そちらをご覧いただければと存じます。
もちろん、これまでの道のりは決して平坦ではございませんでした。景気低迷が続いてきたこともあって、先の自民党総裁選挙でも争点になりましたように、経済活性化のためには先ずは従来型の景気対策が必要であり、構造改革は必要だとしても景気が回復してから実施すべきであるとのご主張も少なくございませんでした。
そうした逆風の中、総理や諮問会議を支えてきたのは国民各層からのご支援、ご協力でございました。
日本経団連が、今年8月に、主な会員企業を対象に実施したアンケートでも、「構造改革路線を堅持すべきである」あるいは「構造改革をさらに加速すべきである」とのご意見が回答の9割以上に達しております。こうした会員の強いご意向を受け、日本経団連は、この間一貫して諮問会議の構造改革路線を支持してまいりました。

日本経団連は、昨年5月に、経団連と日経連が統合して発足した訳ですが、新団体の活動の指針となる新ビジョンを今年1月に策定しております。この新ビジョンも、構造改革により2%程度の安定した成長軌道を実現するという考え方に立っております。新ビジョンの構造改革の方策は、財政制度改革、社会保障制度改革、国・地方の改革など、基本的に諮問会議と共通しております。
本日は、敢えて新ビジョンに特徴的な点を2点ほどご紹介申し上げたいと存じます。
第一点は、税制改革でございます。小泉総理は、第二次改造内閣発足時の記者会見においても、任期中は消費税率の引上げは行わないとの方針を改めて明らかにされております。確かに、安易に増税に道を開くと折角の行財政改革努力に水を注しかねないだけに、総理の方針は理解できるところでございます。しかし、社会保障制度の将来を考えますと、少子化・高齢化が進む中、給付の適正化を相当思い切って進めるとしても、ある程度の財源確保は必要不可欠でございます。これを現役世代の保険料や企業の負担に求めるならば、経済の活力は大きく削がれることになりかねません。そこで、私どもは主に社会保障財源を調達するために、消費税率を見直すことがいずれ必要になると考えております。
実施時期の問題は別として、国民が安心できる持続可能な社会保障制度を実現するために、税制改革については今後真剣に議論していく必要があると存じます。
第二点は、外国人労働者の活用の問題でございます。今後、労働力人口の減少は避けられませんが、後ほどご説明いたしますように、これに伴う経済へのマイナスの影響は技術革新により克服することが十分可能でございます。したがって、量的な不足を補うという意味では、外国人労働者を積極的に受け入れる必要性はさほど高くはございません。しかし、経済に多様性のダイナミズムをもたらすという観点からは、専門的・技術的分野や介護・福祉など需給のミスマッチが予測される分野を中心に外国人に扉を開くことは十分、意味のある施策であると存じます。

こうした私ども独自の主張を含めて、構造改革の課題はまだまだ山積しております。
社会保障制度改革も国・地方の三位一体の改革も具体案の取りまとめはこれからでございます。道路公団や郵政公社の民営化という難題もございます。こうした課題を解決していくには、何といっても政治の決断、政治の実行力が必要不可欠でございます。
そこで、日本経団連では、企業も政治に真摯に向かい合い、積極的な働きかけを行うとともに、構造改革に積極的な政党には必要な貢献を行っていくべきであると考えております。このような観点から、今年5月に企業・団体の自発的な政治寄付を促進する方針を明らかにいたしました。また、先月25日には、経済界が政党の政策評価を行う際の尺度となる「優先政策事項」を発表し、各政党にその実現を促しているところでございます。

科学技術創造立国の必要性

以上が、経済財政諮問会議や日本経団連における、経済活性化に向けた構造改革への取り組みでございます。
経済を活性化させ、さらに持続的に経済成長を実現するには、ただいま申し上げましたような、財政や税制、社会保障制度といった、制度インフラ面での構造改革が必要条件となります。しかし、これだけでは十分とは申せません。経済を自動車に喩えるならば、構造改革はいわばボディーの整備でございます。それは極めて重要でございますが、やはりエンジンを搭載し、これを円滑に作動させることができなければ自動車は走ることができません。
経済にとって、成長のエンジンに当たるものは、技術革新によるイノベーションでございます。
例えば、過去四半世紀を振り返りますと、1980年代のわが国の実質成長率は、年平均で3.5%程度に達しておりましたが、この約半分は技術革新の進展によって実現されたものでございます。また、1990年代には実質成長率は年平均で1%そこそこと低迷いたしましたが、リストラや過剰設備の廃棄が成長率を押し下げる中、まがりなりにもプラスの成長を遂げることができたのは全て技術革新の成果によるものでございます。
先ほど申し上げました通り、少子化・高齢化が進むため、今後、労働力人口が減少し、経済成長にマイナスの影響が及ぶという問題がございます。しかし、労働力人口の減少が実質成長率を押し下げる程度は、年平均でマイナス0.2%と予測されますので、技術革新によるイノベーションを着実に進めていけば、これは十分克服できると存じます。
このように技術革新によるイノベーションが重要であるにもかかわらず、1990年代以降、企業は、ともすれば債務・設備・雇用という、いわゆる三つの過剰の処理に追われているのが実態でございます。これらの、いってみれば負の遺産への対応にとどまることなく、その次に来るべき時代に備えた、前向きな設備投資や研究開発への取り組みを進めなくては、経済の活性化はありえません。
とりわけ、近年、中国をはじめとするアジア諸国の成長は目覚しいものがあり、わが国の産業構造自体も大きく変化してきております。昨年の中国からの輸入額は、米国を抜き、中国はわが国最大の輸入相手国となっております。その内容も、従来の繊維や食料品にとどまらず、IT関連機器や機械といった、わが国が得意とする先端分野にも及んできております。
発展を遂げつつあるアジア諸国との国際的な分業体制を構築していく上で、わが国としては、今後も世界のフロントランナーにふさわしい新技術や新製品を開発し、世界に発信していくことができるよう、絶え間の無い、知の創造・蓄積を図っていく必要がございます。同時に、これまでに蓄積した先端的科学技術を産業へと応用していかなければなりません。知の創造とその産業化、この両面において世界のフロントランナーでありつづけること、すなわち、科学技術創造立国を着実に実現していくことが、わが国の経済の活性化と持続的な発展のために強く求められております。
現在、政府においては、厳しい財政事情にもかかわらず、研究開発予算だけは例外として予算の拡大を図っております。
引き続きこの姿勢を堅持するとともに、今後は中長期を見据えた分野への重点的な配分と、これを社会へ還元する人材の育成といった改革への投資の拡大が必要と考えております。
また、民間側においても、今年度から導入された、新たな研究開発税制や、ベンチャー関連制度などを十分に活用し、前向きの効率的な投資活動を継続していく必要があると存じます。
景気情勢にかすかな光が見え始めてきた今こそ、科学技術創造立国に向けた産学官一体となった取り組みを強化すべきでございます。

産学官連携強化の重要性

さて、次に、産学官連携強化の重要性と、今後の課題について申し上げたいと存じます。
昨今、産学官連携の気運は、一種の国民運動とでもいえるような盛り上がりを見せております。本日の、「動け!日本」も、その中心的なプロジェクトの一つでございますが、日本経団連としても、国を挙げての取り組みに、経済界の立場から最大限の協力を進めております。例えば、内閣府や日本学術会議との共催で、一昨年来、産学官連携推進会議や産学官連携サミットといった定例的な全国規模の会合を開催しております。内閣府の集計によりますと、これらの会合への参加者は、延べ1万5千人にも達しております。また、個別の課題に関しましても、数多くの大学と実務レベルで意見交換を行うなど、積極的な活動を展開しているところでございます。
産学官連携の進展は、具体的な数字でも確かめることができます。政府の調査によれば、昨年度の企業と大学の共同研究数は7千件近くに及んでおり、これは10年前の4.9倍に当たります。また、大学発のベンチャーも昨年度1年間で、500社以上が誕生しております。
このように産学官連携は順調に離陸しつつございますが、いよいよ、ビジネスとしての連携の時代に差しかかる訳で、これからは、企業対企業、大学対大学、あるいは、海外の企業や大学との間で、コスト、採算、将来性をめぐる厳しい競争が始まってくるものと考えております。
そこで、今後の、科学技術創造立国に向けた産学官連携を推進する上での課題につきまして2点ほど、触れてみたいと存じます。

まず、第一の課題は、人材育成に関する産学連携の重要性でございます。
ノーベル賞の連続受賞や、発表された論文の引用件数の多さ、また、GDPに対する研究開発投資額や特許登録件数でも、わが国は、世界のトップクラスにございます。
しかし、これらの成果が、効率的に産業化へと結びつき、わが国の社会生活の向上や、新産業の創出、雇用の拡大につながっているかというと、少々心許ないというところが現状ではないでしょうか。実際、これまで、わが国の企業は、国内大学との連携より海外の大学との共同研究を好む傾向にあったことも事実でございます。わが国の企業が海外の研究機関に支出した研究開発費は、国内の大学に支出した研究開発費の2倍にも及ぶという統計もございます。また、国内の大学の研究成果が、海外の企業によって製品化されるといった例も見受けられます。
スイスの国際経営開発研究所が発表している「世界競争力レポート」によれば、研究成果が事業化される水準や起業家精神の度合いという点では、日本は主要先進諸国の中で最下位となっております。
このような状況を打開するためには、大学で創造された知を、わが国の企業として、積極的に事業化することができる人材を、産学連携で育成していくことが必要でございます。
これまでのキャッチアップの時代におきましては、大学は学の探求と教育、経済界は社会に向けた自前の技術開発という構図で、大学と経済界とは深い交流をしてまいりませんでした。大学は、いわゆる象牙の塔に閉じこもりがちで、経済界への協力には消極的であり、教育内容も横並びの傾向が強かったと言えるのではないでしょうか。
経済界もどちらかといえば、大学の人材教育に対しては多くを期待せず、協調性のある学生を自前の社内教育プログラムで育成していくという傾向にございました。また、皮肉にも、このような、各々独立した役割分担が、ある程度機能してきたことも事実でございます。
しかし、フロントランナーとしての地位を追求していかなければならない現在では、大学も経済界も、より豊かな社会の実現という共通の目標に向かって連携を強化することが非常に重要になっております。
高等教育を受けた人材のほとんどは、経済界の第一線で、わが国経済を担う訳で、産学連携なくして、わが国の将来はありえません。
しかし、日本経団連のアンケートによれば、ほとんどの企業が、技術系人材の学力が年々低下しつつあることに強い危機感を抱いており、それを補うために、社内教育やOJTなどを充実させているという結果になっております。
いかに政府が予算を拡充しても、また、制度改革を進めても、これを有効に活用する人材なくしては、わが国の経済活性化はありえません。来年度からの国立大学の法人化により、国立大学が非公務員化し、独立した法人格を得ることとなります。自由な発想と競争原理によって、大学の研究成果が社会へと還元され、大学が頼もしいパートナーとなることを、経済界は大いに期待しております。また、大学が、改革を恐れることなく、内外の大学や企業との積極的な人事交流などを通じて、新たな発想で、国際競争力を培っていただきたいと考えております。

連携を進める上での、第二の課題は大学と企業との組織対組織としてのパートナーシップの結び方でございます。これまでは、国立大学の教授は国家公務員でありましたし、大学自体も文部科学省の一機関であり、法人格を持たないため、大学と企業との連携は、組織同士の関係ではなく、人的なつながりによる、どちらかといえば、あいまいな関係でございました。
しかし、先ほど申し上げました通り、今後、大学と企業とが、対等のパートナーとなるためには、人的なつながりを重視しつつも、ビジネスライクな契約関係が必要となってまいります。知的財産権に関する明確な成果の帰属、あるいは時間やコストに関する相互共通の考え方があってこそ、健全な形で連携関係を維持拡大していくことが可能となると考えております。
技術革新のスピードが増し、また、新製品投入に係るコストが増大する中で、企業では、これまでのように、基礎から応用、実用に至るまでの研究を総花的にカバーすることは不可能になってきております。企業がカバーすることのできない、純粋基礎研究や異分野との融合、大型研究への取り組みなどにつきまして、産学の適切な役割分担を期待しているところでございます。

おわりに

以上、縷々申し上げてまいりましたが、わが国経済社会の再生のためには、イノベーションを通じた、科学技術創造立国の実現しかございません。この「動け!日本」プロジェクトの早期実現を、経済界を代表して、心から期待申し上げております。
それでは、最後になりましたが、本日、ご出席の皆様方の、益々のご健勝とご活躍を祈念いたしまして、私の講演を終わらせていただきます。
ご清聴、有難うございました。

以上

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