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「日本の政治経済状況」

第40回日米財界人会議における奥田会長スピーチ

2003年11月2日(日)
The Ritz-Carlton Hotel, Washington, D.C

1.はじめに

ご紹介いただきました奥田でございます。
わが国は現在、少子化、高齢化や、企業活動のグローバル化、情報化の進展といった内外の大きな変化の真っ只中にあります。
本日は、わが国が長期の低迷から脱却し、新しい時代にふさわしい経済社会を実現するために取組んでいる課題についてお話ししたいと思います。

2.日本経済の状況と求められる構造改革の加速

(1) 景気の現状と見通し

それに先立ち、まず足元の景気に関する認識についてですが、わが国経済にも、ここにきてやっと、明るさが見え始めてまいりました。
即ち、企業収益の回復を背景に企業の設備投資は増加基調を続けています。また株価の回復により、金融面での不透明感も大幅に後退し、設備投資や個人消費への好影響が期待されます。
内閣府は、今年度の実質GDP成長率は2%強になるとの試算結果を公表しておりますが、今後、米国経済が、予測されている通りに着実な回復軌道を辿れば、私は、この内閣府の試算を上回る成長も期待できるのではないかと考えております。
他方、このところ、急激な円高が進んでおります。為替レートの急激な変動は、企業の事業運営に多大な影響をもたらすため、為替相場の安定化が望まれます。

(2) 持続的な景気回復に向けた構造改革の加速

このように、足元の景気は回復基調にはあるものの、回復の足取りは、堅実と言えるほどではないと思います。
その背景には、戦後の高度経済成長を支えてきた日本の経済・社会システムが、少子化、高齢化の進展やグローバル化、情報化といった環境変化の中で、もはや有効に機能しなくなっていることが指摘されます。
従って、わが国が持続的な経済成長を遂げるためには、官民が協力して経済・社会システムの構造改革を推進し、新しい時代にふさわしい「民主導・自律型の経済社会」を実現することが不可欠であります。
本日は、そのために求められる構造改革の中から、重点課題三点に絞って、お話ししたいと思います。

第一に、日本企業がグローバルな競争を勝ち抜くための競争基盤の強化であります。
税制面では、本年度の改正において、研究開発・IT投資促進税制が実現されましたが、今後は、法人実効税率を欧州主要国並に引き下げるなど、法人税負担の更なる軽減に向けて努力する必要があります。
また技術革新を促進することも重要であり、そのため、これ迄以上に、産官学の連携を強化することによって、新しい技術を産業化に繋げていく必要があります。

第二に、企業が創意工夫を活かして自由に活動を行うための環境整備であります。
官主導の社会から脱却し、個人や企業が多様な挑戦によって新たな事業や雇用を生み出す社会を実現することが重要であります。そのためには、規制改革や構造改革特区の活用を大胆に推進し、企業が競争力ある製品やサービスを自由に提供できる環境を整備しようとしております。
特に、依然として政府規制が強い医療・福祉・教育・農業などの分野での改革を加速し、新たな需要や雇用拡大に結び付けていくことが急務であります。

第三に、国民の将来に対する不安を払拭することです。そのために、社会保障制度や財政を、経済活力を殺がず、長期的に持続可能な制度に再構築する必要があります。
これから2100年までには人口が倍増すると予測される米国とは対称的に、わが国では、少子化、高齢化が急速に進展しています。わが国の就業者数は、2025年までに約610万人減少すると推計されており、これにより、現在、働く者3.5人で一人の高齢者を支えているものが、2025年には2人で一人を支えなければならない計算になります。こうした状況で、経済の活力を維持するためには、先ず、税負担と社会保障負担に、国と地方の財政赤字を合わせた潜在的国民負担率を高齢化社会にあっても、50%以内に抑制していく必要があると考えます。
そのためには、まず、国・地方を通じた行財政改革により、歳出を抜本的に削減するとともに、社会保障の給付と負担、そして政府の財源について、三位一体で抜本的な改革を実現しなければなりません。

3.求められる政治と経済の協力関係

以上申し上げたような「民主導・自律型」の経済社会を実現するには、政治の強いリーダーシップが不可欠であります。特に、議会制民主主義の中核である政党には、将来のあるべき国家像を掲げ、そうした社会に導くための政策を国民にわかりやすく明示することが求められます。
私は、日本がバブル崩壊後、長期にわたる景気低迷に陥ったのも、政治家が抜本的な改革を先送りにしてきたことが大きな要因だと思います。また私たち企業人も、政治を、単に批判や陳情の対象として捉えたり、あるいは、政治から距離を置くことを良しとしてきたことも反省しなければならないと思います。
日本経団連では、日本の改革を加速するために、政治に対し、大いにモノを申すと共に、改革に真摯に取組む政党に対しては、資金面も含め、応分の協力を行って参りたいと考えております。
具体的には、当面、経済界として是非実現させたい10項目の「優先政策事項」を示し、今後は、これに基づき、各政党の政策や取組みを評価して、会員企業が自主的に政治寄付をする際の判断材料にしていただきたいと考えております。
目下、日本では、11月9日の投票日に向けて衆議院総選挙中であります。今回の総選挙では、与野党とも次の政権を取った際に実行する政策を「マニフェスト」の形で公表するなど、これ迄になく政策本位の選挙戦が繰り広げられております。政策評価に基づく政党への寄付は、こうした各政党の動きをさらに加速し、政策本位の政治の実現に貢献すると思います。

4.グローバルな課題への対応

最後に、経済活動がグローバル化する中で、わが国が取組まなければならない課題の中から、特に貿易・投資の自由化と国際会計基準について、私の考えを述べたいと思います。

(1) WTO新ラウンド交渉を通じた一層の自由化推進

第一は、WTO新ラウンド交渉を通じた多角的な貿易・投資自由化の推進であります。
皆様もご存知の通り、WTOのカンクン閣僚会議は、農業問題を巡る対立や、投資も含む「シンガポール・イシュー」4項目に対する途上国の反対など、加盟146カ国(現在は148カ国)の利害が激しく対立し、閣僚宣言を採択出来ずに閉幕するという残念な結果に終わりました。
しかし、貿易に関する基本的ルールや紛争処理手続きを整備するWTOが今後も国際通商システムの根幹であることには変わりありません。
各国はカンクンにおける教訓を活かしてWTOを建て直し、2005年1月1日という当初の期限内合意のために、先進国が建設的な歩み寄りを図ると共に、途上国の理解と参加を得る努力を続けることが必要であります。

(2) 自由貿易協定、経済連携協定等による自由化への取組み

第二は、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定を通じた自由化を推進することであります。
カンクン閣僚会議の結果を受け、米国やEUは二国間・地域のFTAに軸足を移すことを表明するなど、今後、世界で二国間や地域間での貿易・投資自由化を目指す動きが強まることが予想されます。
わが国がこれ迄に締結したFTAは、昨年11月末に発効したシンガポールとの経済連携協定のみでありますが、現在、メキシコ、韓国、タイ、マレーシア、フィリピン、台湾、インドネシアとの間で二国間のFTAについて検討を進めています。日韓FTAについては、先月のAPEC首脳会議の際の日韓首脳会談で、年内に交渉を開始し、2005年内に実質的に交渉を終えることが目標とされました。
米国やEUと比較して、FTAへの対応が遅れているわが国は、今後、WTOを通じた多角的自由化への努力を継続しつつ、同時にFTAへの取組みを強化していくことが重要と考えております。また併せて、貿易・投資の自由化を進める上で求められる国内構造改革についても検討していきたいと存じます。
そうした中で、日墨FTAは10月15日のフォックス大統領の訪日時の協定の実質合意を目指して、最後まで両国政府間で交渉が行われましたが、残念ながら基本合意には至らず、交渉継続という結果になりました。日墨FTAは、わが国のFTA交渉の試金石となるものであり、両国政府のさらなる努力により、出来る限り早く基本合意に至ることを強く希望します。

(3) 国際会計基準への取組み

第三の課題は、国際会計基準への取組みであります。
企業活動や資本移動がグローバル化する中、国際会計基準審議会(IASB)では、世界の市場で適用可能な国際会計基準の策定を目指しております。
しかし、最近のIASBの基準設定は、時価主義に偏り、しかも各国の意見を反映しておらず、産業界のみならず、各国の政府首脳や基準設定機関からも強い懸念が出ています。わが国としては、米国で株式等を公開している企業がSEC基準を採用することについては特に問題はないのですが、IASBの動きについては大いに異論があります。
IASBの掲げるような会計基準統一化の動きは、理想としては望ましいものの、現実問題としては、資本市場の制度や会社法制・税制が各国で異なることを前提にすると、欧州が国際会計基準を採用する2005年以降、日、米、欧の3つの主要な市場において異なる会計基準が並存することになります。
当面は、日米欧が、それぞれの会計基準を相互に承認する体制を構築することと、IASBによる適切な基準設定に向けて、IASBのガバナンスを是正することが重要です。この分野で日米の経済界が連携していくことを提案したいと思います。

5.終わりに

以上、わが国が直面している課題について、私の考えをお話しして参りました。
わが国の経済再生に向けた構造改革はまさに正念場を迎えております。また世界を見回しましても、目まぐるしく国際情勢が変化する中で、様々な難問が山積しております。
これから二日間にわたる会議は、日米両国の経済人がそれらの難問について率直に意見交換をする大変良い機会であります。
本会議が実り多いものとなることを祈念いたしまして私の話を終えたいと思います。
ご清聴有難うございました。

以上

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