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「希望の国」を目指して

−日本記者クラブにおける御手洗会長講演−

日時:2006年8月28日(月) 12時〜13時45分
場所:日本記者クラブ 10階ホール

はじめに

ただいまご紹介いただきました、日本経団連会長の御手洗でございます。
本日は、このような場にご招待いただき、大変光栄に存じております。
私は、経団連会長としての就任挨拶のなかで、「希望の国」を目指して、産業・経済、社会システム、また人々の意識等々につきまして、イノベーションを進めたいと申し上げました。
本日は、皆様に、私の考える「希望の国」の姿と、そこに至るために取り組まなければならないいくつかの課題について、お話ししたいと思います。

「希望の国」を目指して

最初に、「希望の国」について一言で申しますと、「すべての人に挑戦の機会が与えられ、可能性に富んだ社会」であります。その前提となるのは、やはり、持続的な安定成長であります。経済成長があればこそ、ジョブ・オポチュニティ、すなわち挑戦の機会が拡大しまして、さらに多くの人々に夢や希望をもたらすことができると思うからであります。

わが国経済をめぐる状況につきましては、失われた10年、あるいは20年といわれた長い低迷、混迷の時代から抜け出して、着実に回復しております。現在、史上最高レベルで推移を続けている原油価格、海外経済の動向、さらには為替の影響など、懸念要因はありますが、この何年か日本を覆っていた閉塞感は、急速になくなりつつあると思います。
先月には「ゼロ金利政策」の解除がついに決定されたことで、一部にこの影響を懸念する向きもありますが、私は、日本経済が正常化し、本来あるべき姿に戻っていくために不可欠な過程であると思っております。経済や物価、世界的な金利状勢からみて違和感のない妥当な決定であったと受け止めており、日本経済への影響も少ないと考えております。
この背景には、5年にわたる小泉内閣による構造改革が進展したことに加えて、企業による経営革新の努力が実を結びつつあることなどがあげられます。小泉構造改革は、小さな政府を目指して「官から民へ」、「中央から地方へ」という流れをつくってきたという点で、大変重要な役割を果たしてきたわけであります。そして企業においても、公共投資などに頼らず、コスト削減などの自助努力によって筋肉質な体質への改善が進められてきたのです。
しかしながら、ここで立ち止まるわけにはまいりません。今日、わが国は、大きな変化の潮流の中に巻き込まれております。とりわけ、加速する経済のグローバル化と、急速に進む少子化・高齢化による人口減少社会の到来への対応については、いまから手を打っていかなければなりません。
日本は戦後、皆が一所懸命に働いて高度成長を達成し、東西冷戦構造下における西側の優等生として、経済大国としての地位を獲得したわけですが、冷戦構造が消滅して以後、多くの国々が市場経済に移行し、さらに情報通信技術・ICTの高度化による通信や物流の革命もあり、世界経済は規模の拡大とグローバル化が急速に進んでおります。
日本がバブルの後処理に追われていた1990年代から今世紀初頭にかけて、世界経済は大きく変貌を遂げていたのであります。

国内に目を向けますと、平均寿命の伸長による高齢化が進むとともに、少子化傾向が続いております。また、本年3月末日時点での住民基本台帳に基づく全国の人口は、昭和43年の調査開始以来、初めて、前年に比べて減少したことが確認されております。
加えて、1947年から1949年生まれの、いわゆる「団塊の世代」は約700万人いるといわれ、総人口に高い割合を占めておりますが、この世代が、今後、2007年に60代をむかえ、2014年には65歳になり、退職の時期を迎えます。
こうしたことが、社会のしくみや人々の生き方に少なからぬ影響を与えることが予想されるなかで、将来にわたる成長をどのように確保するのか、といったことも、きわめて重要な課題であると考えております。

このような大きな変化のなかにあって、それでも日本が世界のなかで光り輝く存在となるためには、産業・経済のみならず、社会システムに至るまで、さまざまなイノベーションに取り組まなければなりません。
「希望の国」を目指すための具体的な方策につきましては、現在、経団連として、来年年頭に新しいビジョンを公表すべく、検討を行っているところであります。今後10年間程度を視野に入れて、実現すべき経済社会の姿を明らかにしたうえで、取り組むべき課題を重点的・整合的にまとめたいと考えております。
長い低迷から抜け出たことに安心するのではなく、世界の潮流を的確にとらえ、新しい世界で生き抜いていくための処方箋を提示し、その先に「希望の国」があることについて、国民的な理解と共感を得ることができればと考えております。

本日は、「希望の国」への道すじについて、そのすべてをお話しすることはできませんが、主な課題について3つの大きな観点、すなわち、「経済の活力を高める」、「人々の活力を引き出す」、「内外から信頼、尊敬される国をつくる」という観点から、簡潔にお話ししたいと思います。お手許のレジュメをご確認いただきながら、お聞き取りいただきたいと思います。

I.経済の活力を高める

まず、「経済の活力を高める」という観点からお話しさせていただきます。
政府は、経済成長戦略大綱のなかで、今後10年間で年率2.2パーセント以上の実質経済成長を視野に入れて、さまざまな施策を打ち出していく方針を固めておりますが、民間活力こそが経済の活力を高め、成長の牽引車とならなければならないと考えております。そのためには、「新しい成長のエンジンを整備する」とともに、「地域の活力を高め」、「市場を拡大し、活躍の場を広げ」ることが、大切であると考えます。

1.新しい成長のエンジンを整備する

BRICs諸国の急速な台頭や、東南アジア諸国、中東欧、中南米諸国の着実な成長がみられるなかで、日本が世界経済の主要なプレーヤーであり続けるためには、彼我の競争力の格差、いわゆるコンペティティブ・エッジ(競争の優位性)を不断に創り出していく必要があると思います。そして、高付加価値産業に軸足を移していくことが必要であります。
アメリカやEUを始め、世界各国も積極的な科学技術の振興策を打ち出し、新しい産業と雇用の創出に力を入れておりますが、資源の乏しい日本においては、勤勉で教育水準の高い国民の能力を生かした産業振興が、ことさら重要であることは申すまでもありません。
そこで、現在展開しております「科学技術創造立国」の構想をさらに強力に推し進め、夢のある国家プロジェクトをリード役として、新商品や新サービスなどのイノベーションを継続的に実現していくシステムを、税制や財政、教育制度など、すべての施策を動員して整備していく必要があると考えます。
そして、省エネルギーや環境関連の技術など、日本が強みを持つ分野の国際競争力をさらに高めること、加えて、さまざまな非製造業の分野においても、さらに生産性を向上させ、高品質のサービスを提供することが強く求められているものと考えております。
ただし、諸外国もこれらのイノベーションに懸命に取り組んでおりますので、手を緩めることなく走り続けなければ、追いつかれ、追い抜かれてしまうことを十分意識する必要があります。
とりわけ、成長著しい中国、インドといった国々は、10億人規模の人口と、巨大なマーケットを持ちますので、単純計算で言いましても、技術開発に取り組むことのできる人材は、わが国の10倍もいることになります。そのうえ、10代前半で大学に入学し、理工系の研究に取り組むような「天才少年」へのエリート教育も行われているようであります。
今後は、そうした国々との競争、あるいは連携を踏まえて、企業戦略のみならず、国全体の成長戦略を考えていくことが重要であります。
新興工業国の成長により、世界的に資源・エネルギーの需給面に深刻な状況が生じ、また価格も高止まりすることが懸念されておりますが、それらの国々に対し、環境保全や省エネルギーの技術を移転するなどの協力を積極的に推進し、持続的な成長に貢献することができれば、世界からの信頼も得ることができるのではないかと考えております。

2.地域の競争力を高める

さて、経済の活力を高めるためには、地域に新しい経済圏を創出することで、各地域の自立を促すとともに、競争力を高めていくことが重要であります。
新しい成長戦略を描くためには、将来にわたり国を支える新しい産業を創出、育成していくことが欠かせません。そのために国をあげて取り組むべき「科学技術創造立国」「観光振興」「循環型社会の構築」について、地域が果たすべき役割も非常に大きいと考えております。

私は、日本では大企業がいくつかの都市に集中していると思っていますが、各地域において、県境を越えてクラスターを形成し、地域の大学と企業が行政のサポートを受けながら研究開発に取り組み、そこで生み出された新しい技術をベースにした新産業・新事業の創出に取り組むという流れをつくることができれば、地域の活性化のみならず、科学技術創造立国に向けた貢献ができるのではないかと期待しております。
たとえば、私の出身である九州を例にとりますと、福岡の九州大学、熊本大学、長崎大学をはじめとする域内の国公立大学が、それぞれ得意とする分野の研究を持ち寄って、一つの「大九州大学」となれば、九州域内の優秀な人材を集めることや、重複投資を減らすことができるため、研究の効率が上がり、洗練された「知の集積」ができる可能性があります。
この「大九州大学」を軸として域内での産学連携を進め、それを行政が制度面や資金調達の面でさまざまな環境整備を行うことによって、九州で生まれた新技術を九州で事業化し、九州に本拠を構える企業が世界を相手にビジネスを展開することができると思います。そうすれば、九州は独立した経済圏を本格的に構築できるかもしれません。
なにしろ、九州の域内GDPは、オーストラリアやオランダ一国に匹敵する規模を有しているのであります。
これは決して夢物語ではないと思います。アメリカを見ますと、ボーイングはシアトルにありますし、ヒューレット・パッカードはカリフォルニアにあります。ゼネラル・エレクトリックはコネティカットにあって、それぞれがひとつの経済圏を形成しております。
こうした流れが生まれれば、地方に雇用が生まれることで過疎化が止まり、人口の増加に結びつきますし、東京との格差も是正されていくことが期待できます。万一、東京に天災や人災が起きた場合のリスク分散という意味でも有効ではないかと思います。

また、観光振興につきましては、交流人口の増加などにより地域を活性化させるものであることから、各地域が自ら主体的に取り組むべきであると考えております。その際、各自治体が連携をとりながら、それぞれの観光資源を持ち寄り、地域全体に広がりのある観光ゾーンを確立し、観光客の受け入れ体制の整備や、内外を対象とした誘致活動を行うことができれば、それぞれの地域が元来持つ魅力を一層効果的に表現することができると思います。
たとえば、九州においては、官民連携のもと、「九州観光推進機構」が設置され、全九州を対象とした数多くの観光モデルコースを公表しております。こうした取り組みは、各地域の個性を活かしながら、地域の自立的かつ一体的な発展を促すものであると思います。
こうしたことに加えて、点在する観光資源を周遊する観点から、道路整備を見直すことも、ひとつの考え方であろうと考えております。

循環型社会の構築にも、自治体間の連携が有効ではないかと思います。
現状では、自治体を越えて廃棄物を運搬することに対し、その目的がリサイクル工場に運び込むことであっても、自治体への煩雑な手続きが要求されております。
これは、不法投棄を未然に防止することが目的であり、やむをえない面もあるのですが、リサイクルの促進をはじめ、広域的な見地から行うべき環境の保全および管理については、自治体間の連携をさらに強化していただきたいと思います。
また、サマータイムの導入などは、広域的に行うことによって、人々が参加意識を持ち、心理的にも効果を高めるのではないかと思います。
各地域や自治体には、地方分権の流れをさらに前向きにとらえていただき、各地域の特色を活かした新しい経済圏をいくつも作り、国全体を活性化させていく地方分権型の国づくりを行うことが必要だと思います。

その意味で、私は、道州制を強く支持しております。実際に道州制を導入するためには、国と自治体、あるいは自治体間や住民との十分な議論が必要であることは言うまでもありません。したがいまして、現状においては、「科学技術創造立国」や「観光振興」「循環型社会の構築」といった大きな目標のもとで、できることからやっていくことがよろしかろうと思っております。

3.市場を拡大し、活躍の場を拡げる

さて、「経済の活力を高める」ために必要な3つめの柱として、「市場を拡大し、活躍の場を拡げる」という観点から、「EPA、FTAの推進」と「規制改革・民間開放」についてお話ししたいと思います。
世界が一つの大きな市場になりつつあるなかで、国境を越えたビジネス活動を自由かつ円滑に行うことのできる環境を整備していくことは、言うまでもなく、重要であります。

WTOの下での多角的な自由貿易体制の維持・強化は、日本企業が国際的にビジネスを展開していくうえで不可欠でありますが、先月末にドーハ・ラウンドが中断となったこともあり、当面は、地理的に近く、経済関係が緊密な東アジア諸国を中心に、日本にとって重要な国・地域との経済連携協定、いわゆるEPAの締結を加速することが一層重要となります。
わが国における東アジア諸国とのEPA、FTAは、シンガポール、マレーシア、フィリピン、タイなどとの交渉は進展したものの、隣国である韓国との交渉は中断しております。
成長著しい国々との連携を強化していけるかどうかは、日本の将来を決する重要なテーマであります。このため、私は、この秋、アジアの主要国を訪問し、経済関係のさらなる緊密化のために各国の首脳と直接対話をしたいと考えております。

忘れてはならないのは、BRICs以外の新興工業国も着実に力をつけているということであります。
たとえば、キヤノンはベトナムにインクジェットプリンターやレーザープリンターの生産工場を持っており、アジア最大のプリンター生産基地となるほど積極的に事業展開してまいりました。
実際にベトナムで操業をしておりますと、政治的な安定性や豊富なエネルギー資源、勤勉で優秀な労働力や高い潜在能力を持つ理工系人材を有していることを、強く感じております。
現在、ベトナムは、WTOへの早期加盟を目指しており、これが実現いたしますと、ベトナム市場の開放は一段と進み、世界経済との結びつきを一層強め、経済成長がさらに加速されるものと思われます。
ベトナムのようなアジアの国々、あるいは東欧や中南米の国々が、新興工業国として着実に力をつけつつあることを、あらためて視野に入れておかなければならないものと存じます。

さて、活躍の場を拡げるという観点からは、「官から民へ」という構造改革の流れを、引き続き推し進めることも重要であると思います。さまざまな規制改革を通じて、企業の事業展開の阻害要因を排除することができれば、民間の創意工夫を活かした新産業・新事業の創出が期待できます。また、官業の民間開放を進めることで、行政サービスの質や社会全体の効率性を向上させることができると思います。
その意味でも、経団連として、引き続きさらなる規制改革の推進を強く求めるとともに、公共サービス改革の推進とそのスキームについての理解促進に努めていく必要があると考えております。とくに、「市場化テスト」に関するわが国のスキームは、民間の提案を生かすものとなっていますので、経団連としても積極的に発言していきたいと考えております。

II.人々の活力を引き出す

続きまして、「人々の活力を引き出す」という観点からお話しさせていただきます。人々の活力を引き出すためには、「将来不安の払拭」、「教育、人材育成」、「多様な労働力の活用」、「「平等」から「公正」への価値観の転換」を図ることが重要であると思います。

1.将来不安を払拭する

「将来不安を払拭する」という観点からは、何と言っても社会保障制度について、取り上げなければなりません。
そもそも社会保障制度は、自助努力では支えられないリスクを、社会全体で支えあうためのセーフティネットであります。セーフティネットがあればこそ、国民は不測の事態に心をわずらわせることなく、安心してさまざまな挑戦ができるわけであります。その意味で、社会保障制度の破綻は何としても避けなければなりません。
自ら支払ったものを大幅に超える給付を維持していくことには、限界が見えております。一見優しく見える制度ですが、子々孫々への負担の付け回しでしかありません。自立・自助を重視する社会を実現する観点からも、給付と負担のバランスを図り、世代間の不公平を是正して、次の世代に負担を先送りすることのないようにすることが肝要であります。
そのためには、これまで個々に制度の見直しが行われてまいりました、年金・医療・介護・雇用保険などの社会保障制度全体を俯瞰し、制度の縦割りをなくすとともに、社会保障の役割を個人で対応できないリスクに限定するといった、思い切った見直しを進めていかなければならないと思います。
そして、将来にわたって国民負担を抑制しつつ、制度を機能させていくために、給付の範囲や水準を、負担に「軸足」を置いて見直していくことが重要であると考えております。
財源確保の問題につきましては、公的部門のスリム化を図ってもなお、高齢化に伴う社会保障関係費の増加が避けられないことに加えて、経済活力や国際競争の観点から、企業や個人への直接税による税収増に頼ることにも限界があるものと存じます。
したがいまして、今後は、幅広い世代が応分に負担することのできる消費税の拡充によって対処すべきであると存じます。
社会保障制度が将来的にどうなるのか、国民は極めて強い関心を寄せております。国民の将来不安を一刻も早く払拭するためにも、経団連として、引き続き、さまざまな提言を行っていきたいと考えております。

2.教育のあり方を見直す

「人々の活力を引き出す」ためには、「教育、人材育成」も重要な課題であります。
日本が、将来にわたって世界のなかで存在感を示していくためには、日本社会が伝統的に持つ良さや強みを活かしつつ、新しい価値を創造するために果敢に挑戦することのできる若い世代の育成が不可欠であることは、言うまでもありません。
しかし実際には、現在の学校教育は、こうした人材を育成できていないのではないか、それどころか、基礎学力の低下や、実社会で生きるための基本的な資質に欠ける青年の増加を招いているのではないかと懸念しております。
私は、小学校では、学校と家庭、地域が連携しながら、しっかりとした人間教育をすべきだと思います。
たとえば、努力や勤勉が美徳であるということや、学校や地域など自分の属する社会において、お互いに助け合い協力することが人間として大切な行為であるという、日本人が伝統的に培ってきた価値観を徹底して教えることが重要だと思います。
そして、中学校ではそうした価値観のうえに高等教育を受けるための準備段階としての知識の習得をしてもらい、高校では実社会に出ても通用するような常識や知識の習得をする。大学に進学すれば、さらに専門性の高い教育を受けることができる。このような積み上げが重要と考えております。
しかしながら、現状では、小学校から中学、高校、大学まで、知識の習得が勉強の主な目的であるかのような教育が行われているのではないかと思います。また、受験戦争に勝ち抜くためには公的教育では不十分だから子どもを塾に通わせ、その結果、家計の負担が大幅に増える、というのは、どこか不自然な話だと思います。高い学費は機会均等を阻害する要因でもあります。

私の思い描く「希望の国」、すなわち、内外に開かれた挑戦のフロンティアは、自立自助、積極進取の精神のみならず、他人を尊重し、弱者を思いやる心といった「公徳心」がなければ成り立ちません。
そうした精神を涵養するためにも、初等・中等教育の段階から、家庭ならびに学校でしっかりとした倫理観を持った人間を育てあげてほしいと思うのであります。
学校を卒業して社会人になった後も、教育は重要な役割を果たします。高度人材、例えば技術開発を担う人材や将来の経営リーダーとなりうる人材の育成にも注力する必要があります。このことは当然、企業が取り組むべき課題でありますが、教育機関においても、たとえば大学が社会人向けの夜間講座を充実させ、ビジネスで役立つ会計知識や、資格の取得などを支援していただきたいと考えております。

3.多様な労働力を活用する

さて、「人々の活力を引き出す」ためには、多様な労働力の活用も重要な課題であります。
現在進んでいる人口減少は、労働力人口の減少という形で企業経営にインパクトを与えるものであります。したがいまして、今後、高齢者や女性が積極的に就労できるような仕組みづくりに取り組むことが不可欠であります。
高齢者層の活用につきましては、団塊の世代が60代を迎えることを踏まえ、こうした高齢者層をいかに活用し、企業の競争力を維持・強化していくかが今後の課題であります。
退職していく人々の技術、技能、ノウハウの伝承など対処すべき課題は多く、今後、企業における処遇制度の見直しも含めて、さまざまな取り組みが必要であると考えております。
ニートやフリーターなど、若年雇用につきましては、特に過去10年程度の「就職氷河期」に学校を卒業した若年者については、かなりの素質をもちながら、やむなく派遣、アルバイトとして就職せざるを得なかった人も多いのではないかと思います。
彼らのなかには、有益な知識やノウハウ持っている人材も相当数いるはずであります。こうした人材の持つ能力に着目し、組織で働くための資質を備えているかどうかも勘案しながら、採用していくことも検討しなければならないと考えております。
一方で、若い人のなかには、自分の趣味や、スポーツ、音楽、芸術など、将来の夢の実現に向けた活動に充てる時間を十分に取るために、敢えて正社員になることを望まず、たとえ収入面で不利があっても、パートタイム労働を望んでいる人が、少なからずいることもまた事実であります。これは、時代の流れだと思います。
日本の製造業はすでに、多様な雇用形態を活用しながら、アジアの国などとの国際競争に打ち克つべく日々努力しております。労働法制の整備が早急に求められる所以であります。
その際、一律的な規制をかけるのではなく、就労意識の多様化や生産現場の実情などを十分に勘案すべきであると考えております。
すでに、各企業においても成果主義の導入などにより、活性化や効率向上の取り組みを進めておりますが、私は、職務給・役割給の導入が、さまざまな課題への解決策になるのではないかと思います。
日本企業が年齢や家族構成といった属人的な要素を賃金に色濃く反映させる年功序列給から、仕事本位、実力本位で処遇する役割給に転換していけば、真の意味での労働市場の流動化が日本でも起きるでしょうし、雇用形態の違いによる処遇格差の問題も解消されるのではないかと思います。また、外国人の雇用も、同様の理由で進むのではないかと思います。

4.「平等」から「公平」への価値観の転換

以上、「人々の活力を引き出す」ために、「将来不安を払拭する」「教育、人材育成」「多様な労働力の活用」という3つのことが重要であると申し上げました。
これらに加えまして、誰もがチャレンジの機会を持ち、頑張った人が報われるという真に公平な社会システムをつくりあげていくことが、絶対に必要であります。
結果の平等を重んじた旧社会主義諸国が、息の詰まる官僚制国家となり、やがて自滅していった事実を見れば、「平等」から「真の公平」への価値観の転換が、歴史的必然であると思います。

いわゆる格差の拡大が問題視されておりますが、主な原因は、もともと所得格差の大きい高齢者世帯が増加したことなどが指摘されており、その点は理解できるものであります。しかしながら、私は、一連の構造改革のひずみとして格差が広がっているという指摘には疑問を感じざるを得ません。
公正な競争の結果として経済的な格差が生じているとしても、そこで生まれた格差は問題というよりも経済活力の源であり、成果を挙げた者は、むしろ賞賛されるべきであります。そこで必要な手当ては、残念ながら競争に敗れた者に対して、再挑戦の機会が与えられるということであります。
さらに、高齢者やハンディを負った方々のために、安心できるセーフティネットを、NPOやボランティアの方々の力も最大限に活用して整備し、安心を担保することは、社会の責務であると考えます。

III.内外から信頼される公正な経済社会をつくる

さて、最後に、「内外から信頼される公正な経済社会をつくる」という観点からお話しさせていただきます。内外から信頼される公正な経済社会をつくるためには、「多面的な対外戦略」、「政策本位の政治に向けた透明な関係の構築」、「企業倫理の確立と社会的責任経営の推進」が必要であると思います。

1.多面的な対外戦略

さきほど私は、「市場を拡大し、活躍の場を広げる」ために、EPA・FTAの締結を推進することが重要だと申し上げました。
その前提となるのは、日本が「国際社会から信頼・尊敬される国家」を目指して、内外から信頼される公正な社会をつくるべく真摯に改革に取り組み、世界からの信頼を得ることであります。
そのため、世界において日本企業の存在感が増していることに留意しつつ、グローバル競争に臨んでいく姿勢が重要であります。
日本にとって重要な日米関係につきましては、現在の比較的良好な関係に安住することなく、米国の経済、産業の動向を常に把握し、政府間、あるいは企業間の関係を強化して、相互に情報を共有する必要があります。
中国、韓国など東アジア諸国との関係につきましては、いろいろな問題を抱えつつも、それらを一つひとつ乗り越えて、友好関係を長期的に発展させるという大局を見失わないようにすることが肝要であります。政府に対しては、外交面での関係改善を期待したいと考えております。
また、政治、経済のみならず、スポーツや文化・芸術、あるいは市民活動に至る幅広い分野においても、引き続き、交流を深めていくことが重要であると思います。

2.政策本位の政治に向けた透明な関係の構築

さて、ここまで、「希望の国」の実現に向けて取り組むべき課題について申し上げてまいりました。
経団連は、それらの課題をめぐり、今後も政策提言を積極的に行ってまいります。同時に、改革の実現に向けて、政治に対して積極的に働きかけてまいりたいと考えております。
私は、現在、政治のあり方が大きく変わりつつあるのではないかと考えております。その証左は、昨年9月の総選挙であります。自民党が、あれだけの勝利を収めることができたのは、小泉総理が郵政民営化を中心とする改革を前面に押し出し、ストレートに改革の是非を国民に問うたからに他なりません。
かつての政治は、利益誘導や地縁血縁といったものが大きなファクターでございました。現在は、これらの要素が全くなくなったとは申しませんが、かつてとは比べものにならないほど、政策の重みが増しております。同時に、国民も政策本位の政治を強く期待しているものと考えております。
先月、「骨太の方針2006」が閣議決定されましたが、そのなかには、ご存知の通り、党主導でまとめられた歳出削減計画が盛り込まれております。
私の記憶する限り、自民党が歳出のカットを主導するといったことは、これまでにはございませんでした。このような政治主導の改革の動きをより大きなものにできれば、日本は一歩ずつ「希望の国」に近づいていけるのではないかと考えております。
現在、経団連では、政党の政策評価を実施するとともに、それを参考に政党に寄付を行うよう、会員企業に呼びかけております。これは、政策を軸に政党への支援を高めることが、政策本位の政治の実現に貢献すると考えるからであります。
政治と経済は、改革を推進する車の両輪になるべきであります。経団連は、政策提言を行うとともに、政策本位の政治に協力することによって、日本社会のイノベートに貢献していく所存であります。

3.企業倫理の確立と社会的責任経営の推進

さて、「内外から信頼される公正な経済社会をつくる」ためには、経済界としても、「企業倫理の確立と社会的責任経営の推進」に強力に取り組まなければなりません。
社会の信頼なしに企業経営を行うことはできません。このため、コンプライアンスを確立し、社会的責任を重視した経営を行うことが強く求められるようになっております。
経団連は、かねてより、会員企業に対して企業倫理の確立を訴えてまいりましたが、製品・サービスの安全性に関わる問題、個人情報の漏洩、独禁法や証取法の違反など、さまざまな不祥事が相次いでいることは、極めて遺憾であります。このままでは、不祥事を起こした企業の存在意義が問われるばかりでなく、経済界全体への信頼も失いかねないと懸念しております。
今日においては、経済活動のグローバル化や、情報通信技術の高度化による情報の伝播速度の加速により、様々な情報が瞬時に世界中に拡がるため、速やかな対応が求められるようになっております。
また、戦後、日本の企業に成長と繁栄をもたらした「企業への帰属意識」にも変化がみられております。
これらの企業を取り巻く環境の変化に対応できるよう、経営者の意識もイノベートしていかなければならないと思います。
企業倫理の浸透、徹底は経営者の責務であります。経営者自らが社内外のリスクを正しく認識し、経営環境の変化に適切に対応していく以外に、不祥事を予防する方法はありません。
また、経営者は、社員が経営トップの日々の言動に注目していることを忘れてはなりません。トップが自らの言葉で社員に語りかけ、自らの行動で示し、自らの危機感が社内で共有されるよう尽力していくことが必要であります。そのためにも、内外の事業所やグループ企業も含めて隅々まで足を運び、社員と対話を重ねていくことが重要であります。
企業倫理の徹底の第一歩は、トップの考えを社員に浸透させると同時に、現場の声が速やかにトップに届くようにすることであります。風通しの良い企業風土を築きあげることができれば、経営トップが現場でいま何がおきているかを把握できると同時に、社員も、使命感に燃え、緊張感を持って仕事に取り組むことができると思います。こうした企業こそ不祥事を未然に防ぎ、競争力を高め、成長していくことができるものと確信しております。

おわりに

さて、もう約束の時間が過ぎてしまいました。
本日は、日本が現在、大きな変化に直面するなか、世界のなかで光り輝く「希望の国」を目指して、産業・経済・社会システムや国民の意識にいたるまでイノベーションを進めていく必要があるということを、お話しさせていただきました。
将来を展望する時、少子化・高齢化やグローバル競争の激化ばかりを強調する悲観論がございます。もちろん、現実を直視することは大切なことではありますが、日本には、勤勉な人材や優れた技術、協調的な労使関係や安定した政府、また治安の良い社会など数多くのメリットがございます。
個人も、企業も、政府も、一体となって、経済と社会の両面でのイノベーションを進めれば、必ずや日本を「希望の国」とすることは可能であります。
われわれは、いまこそ、自らを信じ、将来に立ち向かう気概を持つことが必要であると思います。このような信念の下、私は諸課題の解決にひるまず取り組み、重責を全うしていく覚悟でございます。
皆様方におかれましては、引き続きのご理解とご支援を宜しくお願いいたします。本日は、長い時間ご清聴いただき、誠にありがとうございました。

以上

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