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日本経済の構造変化と道州制の展望

〜日本経済研究センター 会員会社・社長朝食会における御手洗会長講演〜

2007年6月19日(火) 午前8時30分〜10時
於 ホテルオークラ別館2階メイプルルーム

はじめに

日本経団連会長の御手洗でございます。
本日は、日本を代表する企業各社の会長・社長という錚々たる経営者の皆さま方を前にして、道州制の展望について講演する機会を与えていただき、誠にありがたく、また光栄に存じます。
道州制については、すでに内閣に担当大臣がおかれ、政府内で導入に関する議論が始まっておりますが、経済界をはじめ、国民の間では、まだまだ認識が低い問題であろうと思います。そこで本日は、道州制導入に向けた国民的な気運を盛り上げるうえで皆さまのお知恵とお力をお借りすべく、道州制に対する私の考えや道州制導入に向けた展望、日本経団連の取り組みなどについて、お話ししたいと思います。
まずは、私どもが考える2015年の日本の姿をご紹介させていただき、その中で、わが国にとって道州制の導入はどのような意味を持つのか、その必要性をお話し、さらに道州制の導入によって、わが国の姿が、また国民の生活がどのように変わるのかなどについても、お示ししたいと思います。

2015年のわが国の姿 「希望の国、日本」

では最初に、これから10年ほどの間にわが国を取り巻く状況はどう変化するのか、そのうえで、2015年のわが国はどのような姿を目指すべきかを、本年1月に発表した日本経団連のビジョン「希望の国、日本」を中心に、お話しをいたしたいと思います。
日本経済は、バブル経済崩壊後の長期にわたる低迷から脱し、回復から拡大への軌道に乗り始めました。皆さまご承知の通り、ここに至るまでの道のりは大変長く厳しいものでした。皆さまの会社もそうであろうと思いますが、民間企業は、血のにじむような経営努力によって、いわゆる「3つの過剰」をそぎ落とし、筋肉質な企業体質へと改善を図ってまいりました。一方、政府も、法人税率の引下げや企業組織再編税制・連結納税制度の導入、研究開発・IT投資促進税制の新設など、民主導による経済再生を後押しする数々の施策を講じ、さらに、「官から民へ」「国から地方へ」の理念のもと、行政改革や規制改革、地方分権改革など様々な構造改革を推進し、小さく効率的な政府に転換しようと努力してまいりました。
日本経済の再生は、こうした官民双方における努力が実を結び、実現したということができるものと存じます。しかしながら、われわれは今、歴史的な分岐点に立っていると思います。すなわち、日本経済の再生をリードしてきた構造改革が、国民の間の所得格差や、都市と地方の成長の不均衡といった弊害を生んだとして、たとえ改革を中断しても、公共事業を拡大したり所得の再分配政策を強化するなど、こうした弊害を是正すべきだという考え方が出てきております。もちろんその一方で、いま改革の手綱を緩めれば、かえって事態は悪化する、したがって、改革を継続することでさらなる経済成長を達成し、その果実で弊害を克服すべきだという考え方も根強いものがあります。どちらの考え方に立脚して、今後わが国がとるべき道筋を選択するかという重要な分かれ目に、現在われわれは差し掛かっていると言えるのは確かであります。
そして経団連は、改革を継続し、経済成長を追い求める考え方を選択いたしました。これが、「希望の国、日本」と題するわれわれのビジョンを貫く、基本的な姿勢であります。ビジョンでは、10年後、わが国をめぐる潮流の大きな変化として、ヒト、モノ、カネ、情報、技術の国境を越えた流れが一層拡大して、グローバル化がさらに進展する一方、国内では人口減少と少子化・高齢化が進行する、としています。
そうした中で、われわれは、国民一人ひとりが精神面を含めてより豊かな生活をおくることができ、開かれた機会と公正な競争に支えられた社会、さらには世界から尊敬され、親しみを持たれる国を目指したいと考えます。これが、「希望の国」であり、ビジョンでは、「希望の国」の実現に向けた優先課題として、5つを提示しております。
第一の課題は、新しい成長エンジンに点火することであります。科学技術を基点とするイノベーションの推進や、ICT(情報通信技術)の利活用などを通じての生産性の向上、需要の創出・拡大などを梃子として、「日本型成長モデル」を確立し、今後10年間、年平均で実質2%以上、名目3%以上の経済成長実現を目指してまいります。
第二の課題は、アジアとともに世界を支えることであります。アジアの一員としての責任を果たし、アジアのダイナミズムを取り込みながら成長と繁栄を図り、それをさらにグローバルな成長へとつなげていくことが必要であると思います。
第三の課題は、政府の役割の再定義であります。小さくて効率的な政府を実現することで国全体の競争力の強化も図るとの観点から、政府の役割を大胆に見直し、抜本的な行財政改革や社会保障制度改革、税制改革を行うことが求められます。
第四の課題は、道州制、労働市場改革により暮らしを変えることであります。豊かな生活を実現し、開かれた機会を確保するためにも、地域経済の活性化につながる道州制の導入や労働市場改革、実効ある少子化対策の確立など、国民生活に影響する制度や体制の根幹に踏み込む広義のイノベーションを実現する必要があります。
そして第五の課題は、教育を再生し、社会の絆を固くすることでございます。経済・社会だけでなく、教育や政治・憲法などのイノベーションも欠かせないということで、教育の再生や公徳心の涵養、CSR(社会的責任)の展開、政治への積極的な参画、憲法改正などを掲げております。
以上5つの課題は、国・地方、企業、国民などそれぞれの主体が相互に連携し、協力することによって実現していくべきでありますが、ビジョンでは、第四の課題である道州制、労働市場改革による暮らしの変革について、5つの課題の中でも特に重視しなければならないものと位置づけております。グローバル化のさらなる進展や人口減少と少子高齢化の中で、新しい「日本型成長モデル」を確立するために、豊かな地域経済圏の形成を可能とする道州制の導入は不可欠の前提だと考えております。

道州制への「思い」

さて、先ほど、経団連は経済成長を重視する考え方に立脚すると申しあげましたが、実は私が道州制の導入を持論とするようになったのは、地域に暮らす人々を物質的にも精神的にも豊かにしたいという気持ちを、私自身が強く持っているからであります。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私の生まれ故郷は、大分県の南部、今は合併して佐伯市になっておりますが、蒲江町という、日向灘に面した人口8000人の小さな町であります。私の小学校時代には2万3000人でありましたが、今は8000人にまで減っております。高校入学のために上京し、その後、ずっと故郷を離れているわけですが、帰郷いたします度に、過疎化していく町を見て、「この国は東京一極集中が進みすぎている」と、強く感じております。
ご承知の通り、わが国は明治維新後、欧米諸国に追いつき追い越すために、1871年に廃藩置県を断行し、300のお殿様による連合国家から中央集権国家へと生まれ変わりました。廃藩置県には地方自治という考え方はなく、先進国の仲間入りを急ぐために、国民には「地方は中央に従うもの」という意識が強く植え付けられました。戦後も、憲法で地方自治が保障されたにもかかわらず、経済復興を急ぎ、再び欧米諸国に追いつき、追い越すために、実態としては戦前と変わらぬ中央集権的な体制がとられてきました。東京一極集中とはすなわち、地域からあらゆる資源や力を集め、経済成長につなげるのに有効な国のかたちでありました。人口や産業、金融、情報、さらには文化までもが東京圏に集中し、東京発の価値観が全国を支配しているのが現実の姿であります。
その結果、地方の文化や伝統、個性などが軽んじられる傾向が生まれるとともに、権限と財源の多くを国に握られた地方公共団体は、自らの創意工夫によって政策を実施することを事実上放棄するようになってしまいました。こうして地方は空洞化・過疎化し、高齢化も進んで、活力を失ってきているのではないでしょうか。

こうした状況をこのまま放置しても良いのか、地方が独自の個性や活力を取り戻すために一体どうすれば良いのかということを、私は常々考えてまいりました。その結果たどり着いたのが、道州制の導入であります。
私は、CANON USAの代表として、23年間にわたりアメリカで生活いたしました。アメリカで私が大変驚いたのは、アメリカを代表する大企業の本社が、首都ワシントンでもニューヨークでもなく、各州・各都市に点在しているということであります。確かにニューヨークは、ウォール街に代表されるように、米国随一の経済都市でありますが、例えばP&G社はシンシナティ、コカコーラ社はアトランタ、デュポン社はデラウェア州のウィルミントン、オラクル社はカリフォルニア州のレッドウッドシティというように、大企業の本社は各地に分散しています。アメリカは連邦国家ですので、各州の権限は強く、州政府は、それぞれ個性的な投資誘致策を打ち出して、州内の経済発展に努めています。
わが国もこうした分散型の国土構造の形成を目指すべきではないか、というのが、道州制導入に思い至るきっかけとなりました。道州制の導入によって、かつて藩が存在した時代のように、地域がそれぞれ特色ある個性を発揮し、地域の活性化に自ら取り組み、実現することができるのではないか、と考えたわけであります。
そこで、経団連会長就任後、早速事務局に道州制について勉強させ、先ほどご説明したビジョンの中で、「希望の国」を実現するために今後優先的に取り組むべき5つの課題のひとつとして、2015年度を目途に道州制を導入し、活力と競争力のある広域経済圏を確立することを提唱した次第であります。
さらに、本年3月には、ビジョンを肉付けするため、提言「道州制の導入に向けた第1次提言―究極の構造改革を目指して―」 <PDF> をとりまとめ、発表いたしました。そこで、ここからは、その提言の内容を中心に、道州制の導入に関する経団連の基本的な考えをご紹介したいと思います。

道州制の導入は究極の構造改革

道州制と言いますと、単に現在の都道府県制をやめて、全国をいくつかの地域ブロックに分けるという、地方行政区域の再編だけのように捉えておられる方が多いのではないでしょうか。また、自分の出身県はどの道州に組み込まれることになるのか、東京はどうするのか、といった、いわゆる「区割り」ばかりに関心がいっているのではないでしょうか。
確かに道州制は、全国をいくつかの地域ブロックに分けて、現在の都道府県に替わる新たな広域行政体として道州を置くものであります。しかし、経団連が考える道州制とは、決してそれだけのものではありません。一言で言えば、国・地方を通じた行政のシステムや税・財政のあり方、政治のあり方など、これまでのわが国のあり様を根本から変える「究極の構造改革」であります。国と地方の役割分担を明確にし、国の役割は外交・防衛などの安全保障や司法、国家としての競争力が重視される政策など、必要最小限のものに限定して、これまで国が担ってきた内政上の役割の多くを地方に委ね、権限や税財源もそれに見合うよう地方に移譲して、新しい広域自治体である道州が、それぞれの特色を生かしながら主体的に自らの地域を経営し、活力のある地域経済圏を形成するというものです。
提言では、こうした「究極の構造改革」である道州制の意義や目的、道州制によってかたちづくられる新しい国の姿、さらには道州制導入に向けての道筋などを示しております。

道州制導入の意義・目的

それでは、道州制導入の意義や目的についてお話ししたいと思います。
第一に、統治機構を根本から見直すことにより、国と地方公共団体の政策立案能力、政策遂行能力を飛躍的に向上させることであります。
今日、中国やインドなど新たな勢力が台頭し、グローバル競争が激しさを増しております。その中でわが国は、絶えず新たなコンペティティブ・エッジを確立していくことで、国際競争力を強化していかなければなりません。しかし、欧米先進国に「追いつき、追い越す」ためにとられた中央集権体制、国家主導での全国画一的な政策のもとでは、もはや新たなコンペティティブ・エッジを確立するような活力は生まれてはきません。これからは、多様性を容認しつつ、地域の自立のもとで新たな付加価値を生み出し、競争力を高めていく必要があります。
そこで、地方公共団体が国から大幅な権限と財源の移譲を受けて自立していくことが求められるわけですが、現在の都道府県の規模では、それには小さすぎ、非効率であります。ある程度の規模と人口を有し、地域経済圏としても自立できる広域自治体である道州を、地域が自らの発意に基づいて形成することが重要であります。そして、道州が内政上の政策にかかわる企画・立案や意思決定、関連事務・事業を担う一方、国は国益を重視した政策に専念するというように、その役割を明確に分けます。このように、道州制の導入によってわが国の統治機構を根本から見直し、国と道州双方の政策立案および遂行能力を向上させて、国としての競争力も高めていこうということであります。

第二の意義は、地域がそれぞれ自らの地域を経営し、その結果責任を負うという「地域経営」の視点を持つことで、地域の自立性と活力を高めるということであります。
ご高承の通り、現行の地方自治制度は、施策のうえでも財政のうえでもすでに立ち行かなくなっていることは明らかであります。道州制の導入によって、権限、税財源面でも強固な基盤を有する広域自治体となる道州が、自らのイニシアティブによって地域を経営し、地域経済の活性化という成果を挙げるため努力することが、地域の自立性を高めるうえで極めて重要であります。「地域経営」とは、道州が各々独自の目標を掲げ、その達成に向けて様々な戦略を練り、地域内の資源を効率的に活用しながら政策を展開し、最大の成果をあげることであります。その際、企業と同様、道州も、グローバルな視点から成長戦略を練り、国際的な制度間競争に挑み、地域の一層の発展に向けた経営責任を負うことが求められます。
私は、この「地域経営」という視点を持つこと、そして経営責任を負うということが、道州が真に自立した地域となるうえで欠かせないと考えます。国からの補助金や交付金をあてにしたり、実施すべき事務・事業の選定を前例主義によって決めたりすることは、地域経営の観点から許されません。事なかれ主義やバラマキ予算、予算消化のための無駄な事業といったものも、地域経営に際しては通用しません。単年度ごとの経営計画はもちろん、中長期的な経営方針も明確に示したうえで、可能な限り事務・事業の「選択と集中」に努めることが必要であろうと思います。また、道州の首長には、攻めるべきときには攻め、守るべきときには守るという姿勢で地域経営に臨むこと、仮にうまくいかなかったときには、自らの責任を明らかにするとともに、経営改善を図ることが求められると考えます。
九州を例にとってお話をしてみたいと思います。九州は、人口1,350万人で面積が4万平方キロメートル、GDPが3,500億米ドルと、いずれもオランダを少し小さくした規模を有しております。すなわち、九州はそれ自体でヨーロッパの1国に相当する経済地域となるわけであり、九州がひとつの道州としてまとまることで、周辺のアジア地域とも直接、経済交流を行うことができるようになるのです。

第三の意義は、地域における行政サービスの質の向上であります。道州制のもと、国、道州、基礎自治体、地域コミュニティの間で、補完性の原則に従い、新しい時代にふさわしい適切な役割分担を行うことによって、それぞれが自らの役割の遂行のために持てる資源を集中することが求められます。例えば、道州には、広域的な視点から整合性が図られるべき施策を自ら企画・立案して実施するという役割が期待されるわけですが、その際、現在は地方整備局など国の地方支分部局が行っている事業は、原則として道州が担うべきであります。
こうして、道州が責任を持って内政上の課題を解決することがまず必要となります。また、より住民に近い行政サービスを担うことになる基礎自治体は、道州からの権限と財源の移譲を通じて、これまで以上に充実したかたちで、住民のニーズや地域の実情を踏まえた行政サービスを実施することが求められます。こうした役割分担の前提には、「民間でできることは民間に」の理念に基づき、国と地方を通じて官の役割を必要最小限のものにとどめるという原則が不可欠となります。行政が本来果たすべき役割を果たすことで、行政サービスの質が向上することが期待されるわけであります。

新しい国の姿

それでは次に、道州制の導入によってわが国の姿はどのように変わるのか、究極の構造改革とは具体的にはどのようなことなのかについて、お話ししたいと思います。
道州制の導入によって、第一に、個性ある地域づくりが進み、分散型の国土・経済構造が形成されて国際競争力が向上することが期待されます。道州制のもとでは、道州が地域経営の視点にたって、それぞれ自らの特色や優位性を生かしながら独自の産業政策などを打ち出し、自力でインフラ整備や企業誘致、域内の産業振興に努めることで、経済の活性化を図ることになります。
自らの特色や優位性を生かすということは、地理的な特性や歴史、文化、そこに住まう人々の力などを踏まえ、それらを有効に活用するということを意味します。九州を例にとれば、中国や韓国、台湾に近いという地理的条件を生かして、アジア地域との経済交流、あるいはアジア地域と一体となった広域的な経済圏の形成を通じて、域内の活性化を図るという方法があるのではないかと思います。
また、道州内の大学を拠点として高度人材の育成や産学連携を進めることにより、新しいビジネスや企業が生まれ、特徴のある産業クラスターが構築されて、雇用が拡大することも期待されます。大学については、いまや全入時代で入学する学生の質が低下している、あるいは、地方の大学では定員割れが生じて経営的にも苦しいなどの問題が指摘されていますが、やはり大学は最高学府として、優秀な人材を育てる機能を果たす一方、研究機関としても世界最先端のレベルを維持することを目指し、域内における産学連携の拠点となるべきであります。
九州であれば、各県に一つずつある国立大学法人を統合して、一つの「大九州大学」としたうえで、もともとの各国立大学法人はそれぞれ強みのある学部、例えば、長崎大学は「大九州大学医学部」、宮崎大学は「大九州大学農学部」、九州大学は「大九州大学工学部」というように再編していくのです。
そして、これら「大九州大学」では、それぞれで生まれた新技術を産業化し、雇用を生み出すなど、積極的に地域経済に貢献していくことが求められます。国内あるいは海外から優秀な人材が集まり、さらに優れた技術が生まれるという好循環が生まれることにより、国際的な競争力を持つ地域となります。もちろん、これは九州だけの話ではありません。各道州が大学を核に、産学連携による大規模な知の集積、すなわちクラスターづくりを進めることが求められると思います。
ただし、道州制のもとでは、道州は互いに競争相手でもあります。企業が競争に際して、他社が手がけない事業を行ったり、他社製品との比較優位性を強調したりするように、道州も、他の道州とは異なる分野で産学連携を進めたり、この分野では日本一、世界一だというものを育てるなど、戦略的な産業政策を展開することが必要であります。道州制のもとでは、海外の国々と道州が直接、経済交流を推進することで、海外、とりわけ世界の成長地域であるアジアのダイナミズムを取り込みながら発展していくこともできます。先ほどご紹介した通り、わが国の地域ブロックの規模はヨーロッパの一国程度にも相当しますので、海外の国々や地域とも、十分互角に経済交流を行っていくことができると思います。
このようにして、国内外との競争を経ながら各地域の経済がそれぞれ活性化し、競争力をつけてくれば、わが国の国土・経済構造は、一極集中型から分散型へと変わってくることはまちがいありません。各地域の競争力が向上することで、その総和であるわが国全体の競争力も高まると期待されます。また、結果として東京一極集中は是正の方向に向かうでしょうが、一方で、国際都市としての東京に関しては、わが国全体の競争力強化の拠点として今後も整備していくことが必要だと考えます。

道州制の導入によって、第二に実現するのは、官と民および国と地方の役割の再構築と、地域コミュニティの活用であります。先ほど道州制の意義・目的のところでも申しあげましたが、官と民、国と地方の役割を再構築することで、わが国の姿は、国主導、官主導による経済社会から地域主導、民間主導の経済社会へと、180度転換いたします。道州制のもとでは、国の役割は必要最小限のものに限定され、国・道州・基礎自治体・地域コミュニティの間で適切な役割分担がなされて、質の高い行政サービスが行われるようになります。
本日皆さまには、『「道州制」で日本を創る』というタイトルのパンフレットをお配りしておりますが、その3ページに、国、道州、基礎自治体の役割分担のイメージを図のかたちで示しております。
ご覧のように、国の役割は外交、防衛や司法、通貨政策、マクロ経済政策、国家の競争力に関わる科学技術政策など、必要最小限のものに限定して、あとの内政上の政策は、補完性の原則に従って、道州と基礎自治体が担うというかたちであります。
個々の役割分担については経団連内部でも様々な意見があり、この図もあくまで参考とお考えいただきたいのですが、今後、それぞれの政策分野ごとに、役割分担に関する検討を十分に進めてまいりたいと考えております。
道州や基礎自治体が担う事務・事業は、自主財源によりまかなわれることを基本とすべきでありますが、そのためにも、道州や基礎自治体が課す税のあり方については、それぞれが住民や企業の意思を踏まえて自ら模索することが必要になると考えられます。それでも依然として、財政調整が必要になるでしょうが、この仕組みをどのようなものにするかについても、今後の重要な課題であります。
なお、住民に対する幅広い行政サービスを提供するうえで、基礎自治体には十分な財源や規模が必要となります。いわゆる「平成の大合併」により1,800程度になった基礎自治体の数を、将来的には300〜500程度とすることを目指していくべきであります。
加えて、住民の多様なニーズに応える観点からは、NPOやNGO、自治組織など、地域の様々な主体、コミュニティによる共助や相互扶助の仕組みを活用することも有効であります。かつてわが国では、都市部でも農村部でも、介護や保育、教育などの各面において、地域コミュニティが大きな役割を果たしてきました。戦後、個人主義の台頭などによって、地域コミュニティの存在が希薄化したり、地域コミュニティの役割を否定するような傾向が生まれましたが、最近では再び、その有効性が見直されてきております。こうした共助や相互扶助の仕組みと、基礎自治体による行政サービスとをうまく組み合わすことによって、住民自治を基本とする真の地方自治が実現し、浸透していくものと考えます。

第三の姿は、国・地方を通じた行財政改革が実現され、簡素で効率的な行政が生まれるということであります。例えば、各地域ブロックごとにある経済産業局や地方整備局、農政局、財務局など、中央省庁の出先機関を廃止し、その機能を道州が担うことで、国と地方の重複行政が解消され、行政が一元化されます。そもそも、国の役割は必要最小限のものに限定し、内政上の政策は道州が担うわけですから、道州制のもとでは、国の行政機関の規模や中身は、現在のものと大きく異なるかたちになります。今後、役割分担に関する議論を深めていく中で、具体的な姿がお示しできるものと思いますが、少なくとも中央省庁の大幅な再編は不可避であると申すことができましょう。
もちろん、行政改革は、国や中央省庁だけで進めるというわけではありません。道州や基礎自治体においても進めなければなりません。確かに、国からの権限移譲に伴って、道州や基礎自治体の行政組織はその分、大きくなると考えられますが、官と民の役割を再構築し、官業とされてきたものの民間開放や、市場化テストなどをさらに積極的に進めることを通じて、地方における行政改革も推進していく必要があります。公務員一人ひとりの行政能力の向上、生産性の向上ということも、大変重要であります。
このように、国・地方を通じた行政改革を推進することで、同時に、公務員数や人件費の削減といった課題が解決され、国・地方を通じた財政健全化の道筋も明確になってまいります。公務員の削減というと、なんとなく負のイメージがありますが、国・地方公共団体それぞれから、公共政策や行政サービスに長けた優秀な人材が民間の労働市場に流入してくるということは、労働力人口の減少というわが国にとって重大な構造問題の解決に資するばかりでなく、それまでタックスイーターであった人々がタックスペイヤーになるという意味で、歓迎すべきことであると考えられます。
道州制の導入はまた、政治のあり方も大きく変えることになります。まずは公務員同様、国会議員や地方議会議員の数もスリム化され、より機動的な議会運営が行われるようになります。そして国会議員は、国の役割の再構築と地方への権限移譲によって、外交や国防など、わが国の国益に直結する政策に注力することができるようになります。国政選挙の争点も当然絞られ、政策本位の政治の実現が期待されます。
一方、道州知事選挙や道州議会選挙では、各道州が目指すべき姿やそのための具体的な政策が争点となり、基礎自治体の首長選挙や議会選挙においては、住民にとって身近な行政サービスのあり方やその負担のあり方をめぐる課題が争点となることでしょう。このように、国、道州、基礎自治体の間で役割分担が変わることで、それぞれの選挙において争点の棲み分けがなされるわけですが、それに加えて、地方議会の体制や、地方議会と首長との関係についても、根本から再検討する必要が出てくると考えます。場合によっては、道州においても国の議院内閣制と似た仕組みに改めるべきであるという議論や、参議院を各道州の代表によって構成される院に改革すべきといった議論も出てくるかもしれません。そうした議論は、紛れもなく、現在の憲法の改正を必要とするものであり、非常に大きな改革につながるわけであります。

第四に指摘しておきたいのは、地域づくりにおける主体性の尊重であります。道州制の導入は、地域の行政に対する国の関与が原則としてなくなり、住民が自らの手で主体的に地域づくりに取り組む必要にせまられることを意味します。
国の役割が限定される中で、道州が地域の経済社会のあるべきグランドデザインを描き、基礎自治体や地域コミュニティは具体的な地域づくりを担うことになります。したがって、住民からすれば、地方選挙を通じて、これまで以上に地域づくりに関する意思決定に関与できるようになるほか、地域コミュニティ活動などを通じて、直接地域づくりに参画する機会も増えてくるものと考えられます。また、企業にとっても、地域の施策に応じて本社や工場の立地、事業戦略を選択することが可能になるわけで、そうした選択が、地域の姿に大きな影響を与えると考えられます。

道州制導入に向けての道筋

以上、道州制導入の意義や、道州制導入後のわが国の姿について、縷々述べてまいりましたが、ここからは、道州制導入に向けた道筋として、政府への要望や国民の意識変革の必要性を申しあげ、さらに今後の経団連としての取り組みについてお話ししたいと思います。
これまで何度も申しあげましたとおり、道州制の導入は、国のあり様から人々の暮らしまでを根本から変える「究極の構造改革」であります。しかし、過去に幾度となく、道州制の導入が提案されては、結局、実現されなかったという歴史の繰り返しでありました。さまざまな難しい改革を伴うものであるがゆえに、当然の帰結であったとも言えましょうが、今回、真剣にこの問題に取り組み、本気で道州制の導入を実現しようとするのであれば、何よりも政治の強力なリーダーシップが必要になると考えます。ご高承のとおり、渡辺道州制担当大臣のもとで現在、「道州制ビジョン」の策定に向けた検討が行われております。この「道州制ビジョン」では、まずは道州制の今日的な意義や目的を明確にしたうえで、道州制導入後の国の姿をわかりやすく国民に示し、道州制に関する国民的な論議を喚起する必要があると思います。
そのうえで、総理から直接、国民に、道州制の導入に対する強い意思を自らの言葉で示していただきたいと考えます。そして、内閣に、総理や関係閣僚、地方の代表者、民間の有識者からなる「道州制導入に関する検討会議」を設け、道州制導入に向けた具体的な課題について、早期に検討を始めるべきであります。この検討会議の設置につきましては、経団連の第1次提言の中でも求めております。経団連としましては、2015年度を目途に道州制を導入すべきとしておりますので、そのために、遅くとも2013年までに関連法案を制定し、2年間程度の移行期間の後、道州制のもとで新しい国のかたちがつくられるよう期待しております。
他方、官と民、国と地方の役割分担を再構築し、真に自立した地域を形成するためには、国民の中に無意識のうちに根付いている「お上依存、国依存」の意識を払拭することも重要であります。住民が自らの利益のみを求めて行動する「権利要求型の社会」を、様々な場面で住民が責任を分担しあう「責任分担型社会」に変えるうえでも、住民一人ひとりが自立自助の意識をさらに高めることが不可欠であります。
そして、経団連といたしましては、道州制の導入に向けた活動を今後も積極的に展開していく所存であります。まずは、すでに提言をとりまとめている各地の地域経済団体とシンポジウムを共催するなどして、道州制導入の気運を高めていきたいと考えております。今年度は、秋に東京で、さらに名古屋と九州において、各地域の経済連合会との共催によるシンポジウムを開催したいと考えております。また、夏の参議院選挙に向けたマニフェストに、道州制の導入が掲げられるよう働きかけを行い、自民党のマニフェストには道州制導入の推進が盛り込まれました。こうした活動は、先日の経団連総会において、新たに設置された「道州制推進委員会」の委員長である、松下電器の中村会長のリーダーシップのもと、展開されていくこととなっております。
また、第1次提言では、道州制の導入に対する経団連の基本的な考え方を示すにとどめましたが、道州制を実際に導入するためには、具体的な制度設計が必要となってまいります。これまでにもいくつか申しあげてきましたが、例えば、道州が自立的かつ戦略的な地域経営を行ううえで有効な税財政制度のあり方、財政調整の仕組みを検討する必要があります。加えて、道州制導入による経済効果についても、国民にわかりやすく示す必要があります。さらには、東京の取り扱いや、相対的に経済活性化が遅れている地域の取扱い、道州制への移行プロセス、憲法を含む必要な法体系の整備などの課題もあります。これらについては、先ほどご紹介した新しい委員会、「道州制推進委員会」において引き続き検討を行い、2008年秋を目途に第2次提言としてとりまとめる予定にしております。なお、道州制導入による経済効果については、経団連の関係団体である21世紀政策研究所が本年度の研究プロジェクトとしており、すでに研究が開始されております。第2次提言のとりまとめに際しましては、この研究成果も大いに活用したいと考えております。

「道州制憲章7ヵ条」の策定

道州制は今すぐに導入できるという性格のものではありません。地域の住民がその意義や目的を理解し、その理念を共有していくことが重要であります。そこで、第1次提言では、提言のポイントの一つとして、「道州制憲章7ヵ条(試案)」というものを示しました。以下、1ヵ条ずつご紹介しながら、経団連としての理念をお示ししたいと思います。
その1は、「 国に依存せず、地域の個性を活かし、それを磨きあげる心が、日本全体に活力をもたらす。」であります。お上に頼り、国に頼ろうとする意識をいつまでも持っているようでは、地域は道州制のもとで真の自立を達成することができません。また、各地域が互いに競い合い、自らの個性を活かすかたちで発展の方策を探る中で、国全体の活力も自然と高まってくるものだと思います。7か条の第1では、そうした考え方をうたっております。
その2は、「地域の自立は、そこに住まう住民の発意と熱意によって実現される。」であります。地域の自立といっても、お上からの押し付けでは、本当の意味で自立しているとは言えません。自分が住む地域を愛し、その地域をより良くしようという気持ち、熱意があってこそ、そこに工夫が生まれ、個性が生まれて、真に自立的に発展していけるのだと思います。
その3は、「日本に、そして世界に誇れる街づくり・地域づくりを進める。そのため、住民全員が努力し、各々の責任を果たす。」であります。自分が住む街や地域を愛し、そこを良くしようとして行動するときに、絶えず日本全体を、さらには世界を意識して行動しようということであります。あえて言えば、「Think Globally, Act Locally」ということでしょうか。
その4は、「地域を愛し、地域のために尽くす人材は、地域の宝である。」であります。これは、正にそのままの意味であり、地域にとって優秀な人材は、なにものにも替えがたい大事なパワーであるということです。そうした人材を手放さない、またそうした人材が集まるような魅力ある地域になる、または魅力ある地域であり続ける必要があるということでもあります。
その5は、「一人ひとりが、生涯を通して地域に根ざし、はつらつと生活し、学び、働ける地域をつくりあげる。」であります。これこそが、道州制の導入によって私が目指す、理想の地域の姿であります。地域の活力とは、つまるところ、そこに暮らす人々の活力であり元気であります。人々が安全に、そして安心して暮らすことのできる地域をつくること、地元の学校で勉強して、地元の企業に就職し、家族と離れて遠いところまで勤めに出たり、出稼ぎに行ったりしなくても十分に雇用の機会がある地域をつくることが大事だと思うのであります。
その6は、「多様なチャレンジの機会にあふれ、全ての人々が切磋琢磨する社会をつくる。また弱者には手が差し伸べられる。」であります。これは、道州制のもとであろうとそうでなかろうと、あるべき社会の姿であります。
そして最後は、「家庭を基本的単位とし、住民が相互に支えあう地域をつくりあげる。」であります。これもその6と同様、道州制のもとでなくとも目指すべき地域の姿でありますが、行政サービスにあわせて、住民同士の共助や相互扶助の仕組みも活用しながら地域を元気にすることが必要だという考え方にたっております。
以上の7か条は、あくまでも試案でありますが、各地域がこれを一つのモデルとして、それぞれの地域にふさわしい憲章を策定し、住民の自立自助への意識を高めていくよう期待しております。

おわりに

私はこの1年、全国各地域を回って、それぞれの地域の経済界と意見交換を行い、地域の生の声を聴くよう努めてまいりました。東海地方のように経済が好調な地域もあれば、北海道のようにがんばっているのになかなか経済が上向かず、苦しんでいる地域もありました。しかし、どの地域もみな、自立に向けて強い意欲を示しておられたことに、私は大いに勇気づけられました。
各地域がそれぞれの特色を活かしつつ、自らの責任と権限のもとに自らの地域を経営する意識を持ち、広域経済圏の創出を目指す。これこそが、地域を本当の意味で自立させるとともに、地域の人々の活力を引き出し、日本全体の活力を高めることになると、私は確信しております。
本日お集まりの皆さま方には、この機会にぜひ、道州制に対する認識を深めていただきますとともに、道州制の導入が、わが国の経済や国民生活のあり様を根本から変える、「究極の構造改革」であることをご理解いただきたいと思います。
そして、今後、道州制の導入に関してぜひ活発にご議論いただき、国民的な気運を盛り上げるうえでお助けいただければ幸いでございます。そのことを心からお願い申しあげ、私の話を終えさせていただきます。
ご清聴、誠にありがとうございました。

以上

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