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「希望の国、日本」の実現に向けて

第60回東北経営者大会 第110回人事労務管理者大会 秋田大会における
御手洗会長講演

2007年10月23日(火) 12時50分〜13時30分
於:秋田ビューホテル4階「飛翔の間」

はじめに

ただいまご紹介をいただきました日本経団連の会長を務めております御手洗でございます。本日は東北6県の経営者協会の皆様におかれましては、お忙しいなか多数ご出席いただき、誠にありがとうございます。第60回の東北経営者大会と第110回を数える日本経団連人事・労務管理者大会の合同開催という記念すべき大会において、皆様の前でお話をできることを大変光栄に思っております。
私からは、わが国経済が現在置かれている状況を踏まえ、日本経団連として取り組みを進めております主要政策課題を中心に、お話しをさせていただきたいと存じます。

日本経済の現状

さて、現下の日本経済を見てみますと、2002年度以来、5年連続でプラス成長を続けており、基本的には、緩やかな景気拡大が、今後も続いていくと認識しております。これは、過去数年来、官民が力を合わせて、様々な改革を進めてきた成果であると考えます。
民間部門におきましては、幅広い業界におきまして、厳しいリストラクチャリングを行い、その結果、筋肉質の企業体質が、かたち作られてきております。また、企業収益は過去最高を維持しており、多くの企業は、いまや前向きの、攻めの投資に乗り出しております。一方、政府部門におきましても、企業活動を支える税制や法制度の見直し、各分野における規制改革など、構造改革の取り組みが進められてまいりました。
その結果、経済の様々な面におきまして、プラスの影響が表れてきております。例えば、雇用情勢は、一時に比べましてかなり改善してきておりまして、失業率は4%を下回る水準が続いております。また、有効求人倍率も、全国平均では連続して1倍を上回っております。
また、企業収益の改善を受けまして、法人税を中心とする税収も上向いております。その結果、国の財政も、依然として厳しい状況にはあるものの、最悪期に比べれば、改善が進んできております。
このような景気回復に伴う好影響が出てきてはおりますが、今後も引き続き、わが国経済の持続的成長を維持し、豊かな国民生活を実現していく上で、取り組むべき政策課題は山積しております。むしろこれからが、わが国経済社会の改革の本番であると、言わなければならないと思います。

かかる認識に立ちまして、日本経団連では、本年はじめに、経済社会の長期ビジョン「希望の国、日本」を公表いたしました。このビジョンは、今後10年程度を見通しまして、日本を希望の国としていくために、われわれが必要と考える政策課題を取りまとめたものであります。ビジョンでとりあげた課題は、経済の構造改革をはじめ、通商政策、税制や財政、社会保障制度の立て直し、雇用や地域政策、教育や人材育成問題など、非常に網羅的な形をとっております。
日本経団連では現在、組織を挙げて、ビジョンで掲げた政策課題の実現に、全力で取り組んでいるところであります。

日本経済の主要課題

そこで本日は、ビジョンで取り上げております多くの政策課題の中から、当面私どもが最も重要と考える、四つの課題に焦点を絞って、お話しをさせていただきたいと思います。
その第一は、経済の成長力の強化であります。経済のグローバル化がますます加速し、国際的な競争が激化しております。その一方で、国内では少子化・高齢化の進展によりまして、人口減少社会の到来が現実のものとなってまいりました。そうした中にあっても、国民の生活水準を向上させるために、いかに経済の成長力を高めていけるかが、問われているわけであります。
二番目の課題は、地域経済の活力向上であります。地域の発展、成長なしには、社会全体の豊かさもありえない訳であります。中央と地方の格差、あるいは地方の間の格差の問題は、先の参議院選挙でも争点の一つとなりましたが、この問題にどう取り組んでいくかは、わが国全体にとりまして、極めて重要な課題であると考えております。
第三は、今後、経済社会の支え手となる人口が次第に減っていく中で、一人ひとりの働き方をどう変えていくか、という問題であります。基本的な取り組みの方向を一言でいいますと、老若男女を問わない全員参加型の社会を作っていくということではないかと考えております。
第四は、社会保障制度を中心とする国民生活を支えるセーフティネットの建て直しであります。また、これとも関連いたしまして、日本という国を長期的に維持していくために、少子化傾向にいかに歯止めをかけるかという課題も、極めて重要な問題でありましょう。

成長力の強化

そこで、まず一点目の、経済の成長力の強化について申し上げます。経済全体が順調に拡大していかないことには、生活を支える雇用や所得も生まれませんし、社会保障を中心とするセーフティネットを支えることも、あるいは、社会の中にある様々な格差を解消していくことも、ままなりません。
その意味で、成長力の強化は、あらゆる政策を進めていく上での、前提をなす課題であります。よく、成長重視か格差是正かという議論や、経済成長か財政再建かというように、物事を対立させる議論がございますが、問題の立て方が誤っていると言わざるを得ません。重要なことは、持続的な経済成長の実現を前提に、中央と地方の格差の是正や、国・地方を通じた財政の健全化など、様々な問題のバランスをとりながら解決していくということであります。その意味で、私は、政策の全体最適化を図ることが、これからのわが国にとって非常に大切なことではないかと考えております。

さて、先ほどわが国は今後、人口が減少していくと申し上げましたが、人口減少社会の影響は、経済を支える働き手が次第に減っていくという供給サイドからも、また、国内の需要が伸び悩むという需要サイド面からも、相当な影響を及ぼしてまいります。このため、これを跳ね除けて、持続的な経済成長を実現していくためには、供給面、需要面の双方から、総合的な対策を講じなければなりません。日本経団連のビジョンはこれを、人口減少に打ち勝つ新しい日本型成長モデルと位置づけておりまして、この実現に向けて取り組んでいるところであります。
日本型成長モデルの実現に向けて、まずもって重要な課題は、生産性の向上ならびにイノベーションの推進であります。人口の減少が避けられないとしても、一人当たりのアウトプット、すなわち労働生産性を引き上げることにより、経済全体の成長を図ることは十分可能であると考えられます。
生産性の向上を図るという点からは、まず、先端的設備に対する投資を促進していくことが欠かせません。昨年度の税制改正におきましては、経済界の働きかけにより、経済成長戦略の一環として、減価償却制度の抜本的改革が実現し、4月より適用が開始されております。わが国の減価償却制度が抜本的に改正されたのは実に約40年ぶりのことでありまして、米国などに比べ大幅に遅れをとっていたわが国の減価償却制度も、ようやくこれで国際標準に追いついたと考えております。
これに加えまして、より根本的には、わが国の法人実効税率の水準が、諸外国に比べて高すぎるという問題が残されております。国内に優れた企業を育み、また、海外から質の高い投資を呼び込んでくる上で、法人税率を国際水準並みに引き下げることが重要な問題であります。財政事情もありまして、直ちに実現できなくとも、税体系の抜本改革が議論される際には、必ず実現するよう、引き続き働きかけてまいりたいと考えております。
同時に、わが国全体の生産性を引き上げるためには、雇用のおよそ7割を占める中小企業の生産性向上が欠かせません。中小企業の生産性向上という観点からは、経営改革とセットとなったIT技術の積極的活用が重要な鍵を握ると考えられます。そこで、中小企業におけるIT投資促進のための税制を拡充するとともに、中小・ベンチャー企業への投資促進や、中小企業における円滑な事業承継の観点も含めまして、総合的・包括的な支援策を講じていくことが重要であります。
さらに、科学技術を中心とするイノベーションの促進も欠かせません。天然資源も土地も少ないわが国といたしましては、他に先駆けて新しい財やサービスを開発・提供し、付加価値を創出していかなければなりません。しかし、イノベーション創出をめぐる競争も、熾烈を極めるようになっております。アメリカやEU諸国などの先進国ばかりではなく、いまや中国や韓国、インドなども、国家戦略として先端的な研究開発への投資を拡大しております。このままではわが国が遅れをとることになりかねません。
この点わが国では、経済界の働きかけもあり、科学技術基本法が制定され、これに基づく科学技術基本計画が推進されております。現在実施中の第3期科学技術基本計画では、5年間で総額25兆円の政府研究開発投資を確保することが目指されております。厳しい財政事情の折りではございますが、科学技術分野への予算の重点的投入と効率的使用を、引き続き働きかけてまいりたいと考えております。
また、わが国の研究開発活動におきましては、民間部門の投資が占める割合が全体の80%と、諸外国に比べまして著しく高い水準となっております。そこで、民間企業による研究開発投資をより一層促進するために、研究開発促進税制の拡充を図ることが、この秋以降議論が行われるであろう平成20年度税制改正におきまして、極めて重要な課題となっております。

次に、国内における人口減少をカバーして、需要の拡大・創出を図っていくという観点からは、海外各国との経済連携協定や自由貿易協定、すなわち、EPA、FTAの締結促進が重要課題となっております。各国とEPAやFTAを結ぶことによりまして、製品やサービスを自由にやりとりできるようになれば、国内の市場が拡大するのと同様の効果を持つことになります。
日本経団連では、この1年間、東アジアに重点を置いて、とくにASEAN諸国との2国間のEPAの推進について、政府の取り組みに積極的に協力してまいりました。この結果、二国間のEPAはおおむね形が整いつつあり、今後は、既存の線的なEPAを、面的なものに、また、東アジアを中心に、インド、オーストラリア、ニュージーランドを含む形で、できるだけ拡大していく必要があると考えております。また、EUや米国、あるいは、オーストラリアや湾岸諸国など、わが国にとって重要な経済関係を有する国々とのEPAの締結も、加速すべきであります。
経済界といたしましても、政府への要請をするだけでなく、各国との経済界との連携・対話を強化し、交渉が着実に前進するよう、努力してまいりたいと考えている次第であります。

地域経済の活力向上

次に、成長力強化とならぶ二つ目の課題といたしまして、地域経済の活力向上について申し上げたいと思います。経済全体が成長していくことが、まずは重要ですが、その一方で、一部の地域が成長から取り残されるとか、地方の間における格差が拡大するといったことがあってはなりません。
先ほど、有効求人倍率が1倍を上回っていると申し上げましたが、これはあくまでも全国平均で見ればの話でありまして、地域ごとに見れば、依然として厳しい状況に置かれたところもあるのが現実であります。このような状況を克服し、いかにして日本全体を豊かな社会にしていけるかが、問われているのだと思います。
基本的な方向といたしましては、まずはそれぞれの地域が、経済的に自立できるような環境を整えていくことが重要であります。かつてのように、財政面でのバラマキによって、全国一律で底上げを図るというやり方をとることは、困難であると言わざるを得ません。政府におきましては、地域経済の建て直しを図るための新しいプランの策定が進められております。こうした総合戦略の中で、公共資本の整備にいたしましても、あるいは、現在それぞれの省庁ごとに実施されている地域振興策にいたしましても、縦割りを廃し、重点的かつ効率的に実施していくことが重要であります。
また、地方の自立に向けては、行政や財政面でも、現行の仕組みを前提にしていては、やはり限界があると思います。これまでも、地方分権一括法の制定や、いわゆる三位一体の改革など、一定の改革が進められてまいりましたが、日本経団連のビジョンでは、その先に目指すべき抜本的な改革として、道州制の導入を掲げております。
道州制といった場合に、われわれが強調しておりますのが、地域経営の視点であります。産業の誘致、育成を図る上でも、あるいは、観光政策の充実を図る上でも、一定のスケールメリットをもって行うことが重要であります。この点、市町村レベルにおきましては、平成の大合併ということで、数年前には3,200あった自治体が、現在1,800まで再編成されてきております。これに対し、都道府県レベルでは100年以上前の廃藩置県以来、基本的には47都道府県の体制が変わっておらず、近年の産業の高度化や通信・交通手段の飛躍的進展など、時代の変化に対応したものとは到底いえないわけであります。
道州制の導入によりまして、地域ブロックがまとまれば、例えば、東北六県を合わせますと経済規模ではベルギー一国と同等、また、九州七県ではオランダに比肩できる大きさとなるなど、それぞれの地域ブロックは、経済圏として自立していける規模とポテンシャルを十分有すると考えております。お聞きしたところによりますと、東北地域におかれましても、地域ブロックのまとまりで観光振興を進めるなど、すでに様々な取り組みが進められていると、伺っております。
道州制の導入は、言うなれば究極の構造改革であり、政治的なリーダーシップとともに、各地域における熱意なしには到底実現できません。日本経団連では、先月、第一回の道州制シンポジウムを開催いたしましたが、知事の代表、与党の責任者をはじめ、多くの方々から道州制の早期導入への賛意が示されたところでございます。日本経団連といたしましても、引き続き、全国各地でのシンポジウムの開催をはじめ、取り組みを強化してまいりたいと考えておりますので、東北地方の経営者の皆様方におかれましても、ぜひご協力をお願いいたしたいと存じます。

働き方の改革

次に三つ目の課題であります働き方の改革について、申し上げます。この改革のためには、大きく分けて2つのポイントがあります。
一つ目のポイントはワーク・ライフ・バランスへの取り組みです。近年、国民の就労意識や価値観は大きく変化しており、仕事と個人の生活を両立させながら、自らのライフスタイルに合った働き方を求める労働者が増えております。企業としても、そうしたニーズに積極的に応え、労働者が生き生きとやりがいを持って働く機会を提供することで、生産性の向上や競争力の強化につなげていくことが期待されます。
現在、政府では、「骨太方針2007」に基づき、11月末を目処に、目指すべき社会全体の方向性を規定する「ワーク・ライフ・バランス憲章」と、数値目標や政府の政策などを含めた「行動指針」の策定に急ピッチで取組んでおり、私も関係会議に委員として参画しております。
ワーク・ライフ・バランスの実現のためには、労働時間規制の強化などによって進めるべきとの声もありますが、あくまで労使の自主的な取り組みを基本として、政府がそうした取り組みを支援するという形を作ることが必要であると考えております。ワーク・ライフ・バランスが広く実践されるためには、国民の働き方に対する意識改革が必要になります。今年の6月に日本経団連と東京経営者協会の会員企業を対象に行ったアンケート調査結果では、ワーク・ライフ・バランスの課題として、「一人ひとりの意識改革の難しさ」をあげる企業が約8割にも達しておりました。
こうした点などを踏まえますと、やはり鍵となるのは経営トップの役割ではないかと思います。経営者が強い変革意欲を持ちながら、企業文化の改革に努めていく必要があります。経営トップがメリハリのある働き方の実現を目指し、長時間会社にいたかどうかなどの「仕事の過程」を評価するのでなく、「仕事の成果」に対する評価を徹底していくことにより、無駄な残業を減らし、上司や同僚が職場に残っていると帰りにくいといった企業風土の払拭につなげていく必要があると思います。
また、就労を続けたいという意欲を持ちながら、育児や介護などの事情によって通常勤務に就くことが難しい労働者に対して、短時間勤務や在宅勤務など、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方の出来る環境を整備することも重要です。
ワーク・ライフ・バランスの実現は、画期的な方法によって短時間のうちに達成されるというものではありません。各社の地道で継続的な取り組みが不可欠であります。日本経団連といたしましても、先進的な取り組み事例の収集と会員企業の皆様への情報提供などに取り組んでまいりたいと存じます。
さて、労働市場を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、先の通常国会には6つの労働関連法案が提出されました。ご承知のとおり、労働基準法の一部改正案、最低賃金法の一部改正案、労働契約法案の3法案につきましては、継続審議となりました。国会情勢は極めて不透明であり、臨時国会における3法案の取り扱いも予断を許しません。格差是正が1つのキーワードとなっておりますので、経営側にとって厳しい修正提案がなされる可能性も否定できません。
日本経団連といたしましては、日本経済の持続的な成長にとって障害となるような修正が行われないよう、必要に応じて働きかけを行うなど対応を図ってまいりたいと考えております。

二つ目のポイントは就職氷河期の若年者の雇用問題、とりわけ職業能力の向上をいかに図っていくかということであります。ご存知のように、雇用情勢の改善もあって、新卒採用市場は好転しております。一部では新卒採用に苦労している企業もあるようでございます。しかし、一方で、90年代後半からはじまった、いわゆる就職氷河期において、思うように就職ができなかった若年者は、年長フリーターなどといわれておりますが、そういった層が約90万人おります。この人たちが固定化することはわが国の経済成長にとって阻害要因となると危惧しております。
私どもは、今年1月に発表した新しいビジョンで全員参加型社会の実現を掲げ、女性や高年齢者の労働市場への参加を訴えましたが、意欲と能力がある若年者が社会で活躍することはその前提であり、将来を担う、彼ら・彼女らの就労を促進することは最優先課題であると考えております。
こうした課題を解決していくためには、企業が積極的に協力することにより、政府の若年者雇用対策の効果を高めていくことが不可欠であると考えております。
具体的には、政府は成長力底上げ戦略の一環として、「ジョブカード構想」を提唱し、職業能力の開発の機会に恵まれなかった層を対象に、「座学と企業でのOJTを組み合わせた実践的な職業訓練」を2008年度からスタートさせるべく、現在、詳細な制度設計に着手しております。
しかしながら、こうした取り組みも、企業がOJTの機会を提供していかなければ、実現することはできません。もちろん、企業の置かれた状況はさまざまでありまして、一律に割り当てというわけにはまいりませんが、ジョブカード構想を、東北地方を含めて全国的に普及させていくためにも、今日お集まりの企業におかれましては、ぜひ積極的なOJT機会の提供をお願い申し上げたいと思っております。
このほかに、わが国には、官民の職業紹介に加えまして、トライアル雇用制度や紹介予定派遣制度など、さまざまな労働力の需給を調整する機能が整備されておりますので、こうしたものを活用していくことも考えられます。そうした機能を通じて潜在能力のある若年者にめぐり合い、中途採用を検討したとしても、自社の処遇制度が年齢に偏重していれば、採用を躊躇することも予想されます。
したがいまして、さきほど述べましたワーク・ライフ・バランス推進の観点に加え、人物本位の採用を進めるという観点からも、各企業はそれぞれの実情を踏まえながら、年齢などを軸とするいわゆる年功カーブを描く処遇制度から、「仕事・役割・貢献度」を基軸とした処遇制度へ見直していくことも必要であります。
また、雇用の多様化が進み、皆様の会社では、長期雇用の社員だけでなく、さまざまな従業員を雇用していることと思います。意欲と能力がありながらも、不本意な形でパートやアルバイトといった働き方をしている若年者がいるのであれば、そうした人材を長期雇用へ転換していく仕組みを整備していくことも、選択肢の一つとして検討していただきたいと考えております。

社会保障制度と少子化

さて、ここまで三つの重要な政策課題についてお話をしてまいりましたが、最後に四つ目の課題として、国民生活を支えるセーフティネットとしての社会保障制度をどう建て直していくか、そして、これに関連して、少子化に対する日本経団連の考え方につきまして、ご紹介したいと思います。
年金、医療、介護制度を中心とする社会保障制度は国民生活の安心、安全の基盤となるものです。ここがしっかりしないと安心が脅かされるばかりでなく、生活不安から個人消費をはじめ経済にもマイナスの影響が出てまいります。
大変残念なことに、現在の社会保障制度に対しましては、年金記録や地域医療の問題もあり、国民の信頼は大きく揺らいでおります。このままでは制度自体が瓦解してしまうかもしれません。多少時間がかかっても制度自体を抜本的に見直し、国民から見て本当に安心できる制度となるよう改革をしていかなければなりません。
そのための基本は、国民の目から見て年金、医療、介護など社会保障制度全体を通じて給付と負担の関係を明確に認識し、納得できるような透明な仕組みを作ることであります。このために、日本経団連は社会保障制度全体に共通する基礎的なインフラとして社会保障個人番号と社会保障個人勘定の創設を提案しております。
こうしたシステムができることで、どのような負担でどのような給付が受けられるのか、自分の年金や介護などの履歴はどうなっているのか、一目瞭然で制度を横断的に理解することができ、制度への信頼性は格段に向上します。
現在政府では2011年度に社会保障カードを導入する方向で検討を開始しておりますので、日本経団連といたしましても、こうした取り組みを支援してまいりたいと考えております。

こうしたインフラを導入した上で、社会保障制度の持続可能性を確保するために考えておくべき点を5つに整理して申し上げたいと思います。
一つ目は社会保障制度の基本はセーフティネットという性格にありますので、所得再分配を通じた社会の安定性の確保、行き過ぎた格差の是正という側面を忘れてはいけないということであります。
二つ目は、その一方であまりにも高負担を国民、企業に求めては経済活力をそいでしまい、結果として、社会保障制度を支える経済自体を壊してしまう可能性があるということです。
三つ目は世代間の負担の公平性をいかに確保するかという問題です。少子化・高齢化に加え、人口の減少が予想される中で、負担を先送りすることは許されません。従って社会保障制度は国民全体が広く薄く支えていくのが望ましいと考えます。
四つ目は制度のわかりやすさを確保する必要があるということです。現在の年金、医療は制度が分立し、しかも年齢や職業によって負担が異なるなど非常に分かりにくくなっております。国民が理解できない制度は信用されるわけはないのでありまして、制度をもう少し簡素なものにしていく努力が求められます。
最後は財政健全化との関係でありますが、わが国財政が危機的な状況をむかえている中で、社会保障関係費は一般歳出の実に45%を占めるばかりでなく、毎年1兆円オーダーで増加していくと見込まれています。ですから、徹底した効率化によりまして、無駄を省くことは当然のこととしまして、これ以上の肥大化を抑制していく仕組みを考えておかないといけないということであります。

以上の五点を踏まえて、日本経団連ビジョンでは中長期的な社会保障給付の伸び率を経済成長率を基礎として、人口全体に占める高齢者の増加分を加味した範囲に抑えることを提案しております。
そのためには、例えば医療では混合診療を解禁して、支払い能力に応じたサービスが受けられるようにするとともに公的保険はセーフティネットとしての範囲にとどめるべきだと考えております。大幅にジェネリック医薬品の導入を進めるとともに、レセプトをはじめ医療全体のIT化を徹底的に進めることも必要になると思います。
このような見直しを行っても、将来高齢化の一層の進行とともに社会保障関係費が増加していくことは避けられません。その場合、先ほどお示しした三つ目の視点に立ち返って、消費税の引き上げにより、必要な財源をまかなっていくことがもっとも望ましいと考えます。
今でも消費税は予算総則において社会保障に充当することが定められておりますが、日本経団連では、さらに進めて社会保障関係費の増加分は、消費税を社会保障目的税に割り当てることで対応していくべきと考えています。目前に迫っております、基礎年金の国庫負担割合の2分の1への引き上げには、消費税の1%、2.5兆円が必要です。この分はやはり消費税率の引き上げによらざるを得ないのではないかというのがわれわれの考え方であります。
また、基礎年金が本当の基礎としてセーフティネットをなすものであるならば、全額を税でまかなうということも考えられるわけです。こうした観点から9月に「税方式も含めて選択肢を広く議論すべきである」という問題提起をさせていただき、新聞等に大きく報道されることになりました。しかし、税方式への移行には企業負担のあり方をどうするか、既に支払った保険料をどうするのか、生活保護との関係をどう理解するのか、といったさまざまな問題がありますので、日本経団連の社会保障委員会で専門的に研究しているところであります。
いずれにせよこの問題は、国民がもっとも安心できて、なおかつ持続可能な制度は何なのかという観点から国民的な議論を行っていく必要があると思っております。

さて、最後になりますが、少子化に対する日本経団連の考え方をご説明したいと思います。わが国は、高齢化と少子化が急速に進み、世界に先駆けて本格的な人口減少社会をむかえることが現実のものとなっております。しかし、わが国経済社会の長期的発展・存立を考えますと、人口の減少傾向に歯止めをかけることは国家的な課題であります。
そのためには、子どもを育てたい人が、安心して育てられる環境を整えていくことが何よりも必要でありまして、私は少子化対策を今年の重要課題の一つとして位置付け、取り組んでいるところであります。
第一に企業における仕事と子育ての両立支援の推進、第二に社会インフラとしての保育サービスの充実、そして第三に子育て世帯への経済的支援、に取り組むべきであると考えます。
第一の対策については、すでに、各企業において、短時間勤務、育児休業期間の延長、テレワーク・在宅勤務など、様々な働き方の選択肢が設けられております。しかしながら、職場の雰囲気などに気兼ねするなど、制度を利用しづらいという従業員の声はまだまだ多いのが現状です。こうした状況を改めていくには、各企業において、男性を含めて働き方を根本的に見直し、効率的に仕事を進めていくことが必要となります。
そのためには、経営トップがリーダーシップを発揮して、職場の雰囲気を変える旗振り役となるとともに、各職場において、管理職と従業員が日頃からコミュニケーションを積み重ねることが重要であります。働き方の見直しが進めば、30代・40代の子育て世代の男性従業員に多い長時間労働が是正され、夫婦で無理なく家事や育児を分担できるようになり、女性が社会参画しやすくなるものと期待されます。
第二の対策として、社会インフラとしての保育サービスの充実があります。近年、働き方や価値観が多様化するとともに、家族や地域コミュニティのあり方が大きく変容し、保育サービスに対するニーズは多様化しております。
したがいまして、保育サービスの充実にあたりましては、行政、地域コミュニティそして企業がうまく連携して、全国画一ではなく、地域の実情にあわせた柔軟かつ多様な対応が必要であります。
都市部に多い待機児童問題に対しては、企業としても地域の取り組みに協力して保育施設の整備に努力する一方で、施設だけでなく保育ママなどの多様なサービスを展開していく必要があります。また、地方を含めて全国的には、保育園と幼稚園の垣根を低くし、既存の施設や地域の人材を有効活用できるようにすべきであります。
その際、公立の保育所については、抜本的な改革を行い、幼稚園と同じように、利用者が施設と直接契約できるようにし、専業主婦を含めて保育を希望するすべての人のニーズに応えられる施設にすることが必要であります。
経済界・企業も、行政と連携しつつ、社会貢献や従業員福祉の向上の観点から事業所内保育施設の単独、共同での整備をはじめ地域への開放、NPOへの協力など様々な局面で積極的、自発的に協力することが望まれます。
私は今年6月に東京都内の企業内保育所を見学しました。子育て支援にとって大変有益な取り組みとして評価されていましたが、利用者からは待機児童や通勤ラッシュの問題を解決して欲しいという声もお聞きいたしました。今後、各地域において、行政と企業が連携して、地域の実情に応じたフレキシブルな施策を講じていく必要性があると強く感じております。
第三の対策として、子育て世帯への経済的支援の充実であります。妊娠・出産時の経済的負担への配慮、教育費負担の軽減などに関して、これまでの税制、各種手当、奨学金などのあり方を見直し、効果的な支援措置を再構築し、充実することが求められます。

おわりに

以上、日本が直面する経済・労働・少子化の問題について日本経団連のビジョンを中心に考え方をご説明してまいりました。こうした考え方のもと、日本経団連は「希望の国」の実現に向けて、引き続き、全力を挙げて取り組んでまいりたいと存じます。東北の経営者の皆様にも、日本経団連活動への更なるご理解とご協力を賜りますよう、よろしくお願いを申し上げる次第であります。ご清聴有難うございました。

以上

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