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「わが国経済の現状と課題」

読売ビジネス・フォーラム2008における御手洗会長講演

2008年6月19日(木) 午後2時〜2時50分
於 札幌後楽園ホテル 地下2階 クレストホール

I.はじめに

ただいまご紹介に預かりました、経団連会長の御手洗です。本日は、読売ビジネス・フォーラムの記念すべき第1回会合にお招きいただき、大変光栄に存じます。このフォーラムは、新しい時代に挑戦する企業経営のあり方や人づくり、地域づくりを考えるという趣旨で発足されたと伺っております。大変、素晴らしい試みだと思います。
地域経済の豊かさなくして、日本全体の豊かさは考えられません。その意味で、私も、それぞれの地方が独自の個性を発揮しながら、力強く成長を遂げていくには、どうすればよいか。経団連会長の立場として、何をすべきか。常に考え、また、行動に移していかなければならないと思っております。本日、これからお話することが、少しでも皆様のお役に立つことができればと願っております。
さて、本日、私がお話しするテーマは、「わが国経済の現状と課題」です。まず、日本経済の現状と先行きについてどう見ているかを申し上げ、その後、わが国が今後取り組むべき課題に関する経済界の考え方をご説明したいと思います。

II.わが国経済の現状

まず、わが国経済の足もとの状況ですが、率直に申し上げまして、非常に難しい局面にあると言わざるを得ません。
わが国経済は、2002年度以来、これまで長期にわたって景気回復を続けてまいりましたが、昨年末あたりから、景気の踊り場に入っていると認識しております。たとえば、日本経済を支える重要な要素である個人消費や設備投資は、おおむね横ばいとなっております。住宅投資も建築基準法改正の影響による落ち込みから回復してまいりましたが、あまり勢いはございません。また、これまでわが国の景気を力強くけん引してきた輸出についても、伸びが鈍化しております。こうした結果、企業経営者の皆様の景況感も、大企業、中小企業を問わず、悪化しているのが現状であります。

このように、日本経済が減速している要因としては、大きく言って、2点、あろうかと存じます。
第1は、原油、鉄鉱石、穀物をはじめとする資源価格の高騰です。この背景には、中国やインドなど、新興国での需要増が続いていることがあります。加えて、サブプライム問題に対処するため、米国が大幅な金融緩和を実施した影響もあり、大量の資金が商品市場に流入するという、投機的な動きもあると思われます。
エネルギーや原材料の多くを輸入に頼らざるを得ないわが国企業としては、コスト面の上昇により、企業収益が大きく圧迫されております。わが国企業の収益は、2002年第3四半期から、5年にわたり、増益を重ねてまいりましたが、昨年末からは、減益の状況になっております。このため、企業の設備投資にもマイナスの影響が出てきております。
日本国内においても、原燃料価格の高騰は、ガソリンの値段は言うに及ばず、国内の食料品や日用品の価格上昇にもつながっております。その結果、消費者マインドが大幅に悪化しており、個人消費にも悪影響が生じております。

第2の要因は、サブプライム問題をきっかけに、米国経済が目に見えて減速していることであります。米国経済の成長率は、昨年第4四半期が年率0.6%、今年に入っても第1四半期が0.9%と、ほぼゼロ成長といってもいいような状態にあります。このため、わが国の米国向け輸出は大きく減少しております。サブプライム問題の拡大により、国際金融市場が大きく動揺し、世界経済の先行きに不安感が広がったことは、皆様もご承知のとおりであります。
ただ、米国や欧州の金融機関は、巨額の損失を計上する一方で、資本増強を進めております。また、米国のFRBが、きわめてアグレッシブに金融政策、流動性対策を展開しております。こうしたことにより、金融資本市場の動揺は一応おさまり、現在は小康状態を保っていると言えると思います。

さて、冒頭から厳しいことばかり申し上げましたが、わが国経済の先行きを悲観的にばかり考える必要はまったくないと思います。むしろ、わが国経済のファンダメンタルズは、かつての「失われた10年」の頃に比べて、しっかりとしていると思います。これは、何と言いましても、構造改革の進展がもたらしたものであります。多くの企業でも、筋肉質の企業体質が形成されております。過剰設備や過剰債務、過剰雇用という、いわゆる「三つの過剰」は完全に解消しております。したがいまして、わが国の設備・雇用面での調整圧力は小さい状況です。景気が現在の踊り場局面から、失速し、底割れするという可能性はあまりないのではないかと考えております。
また、海外に目を転じれば、世界経済が全体としては、堅調に成長を続けていることも、日本経済にとっては非常に心強いファクターです。中国をはじめとする新興国や資源国は、力強い成長を続けております。このため、わが国からの輸出は、米国向けが減少する中でも、アジア向けは増勢を維持しております。また、欧州のユーロ圏も比較的堅調に推移しております。
新興国や資源国では、高い経済成長、資源価格の高騰などの恩恵を受けて、今後も国民の所得水準が向上し、また、インフラ整備なども進められるでありましょう。日本からこうした国々への輸出も、堅調に推移していくものと思われます。さらに、米国経済につきましても、足もとでは減速しておりますが、4月末からは、10兆円規模の大型所得減税が実行されております。この効果も、徐々に出てくると思います。
この大型減税は、共和党政権と議会の民主党が、危機的な経済状況に際し、党派の違いを乗り越えて、極めて短期間のうちに合意をなしとげ、法案を成立させたものであります。わが国では、いわゆる「ねじれ国会」ということで、今通常国会では、なかなか政策が前進しないという場面が多く見られました。 しかし、国家公務員制度改革基本法案が、急転直下、成立いたしましたように、わが国でも与野党がよく話し合えば、必要な改革を遅滞なく進めることは十分可能であると考えます。今後は、こうした方向で、政策がスピーディーに進むことを期待したいと思います。
若干、話が脱線いたしましたが、米国経済につきましては、今後、大規模な減税効果があらわれ、また、これまでの低金利政策のプラスの影響も出てまいります。このため、米国経済の先行きについては、住宅市場の回復がいつ頃になるかということもありますが、景気が本格的な後退局面に入るといった事態は回避され、本年後半以降、上向きに転じていくのではないかと期待しております。

III.今後わが国が進むべき方向

ここまで、経済の足もとの動向について、私の見方を申し上げました。次に、やや中長期的な視点から、わが国が置かれております状況と、今後、わが国が進むべき方向を申し上げたいと思います。
中長期の課題は、様々なものがありますが、わが国にとって非常に重要なのは、人口減少社会の到来、グローバル化の進展という大きな潮流変化に対し、どう対応するのかということかと存じます。
まず、わが国の人口は、減少傾向に転じており、このままでは、2055年には、9,000万人を下回ると予想されております。今まで世界に例を見ない、人口減少社会となっていく中で、これにどう打ち勝って、経済成長を維持するかが課題であります。
次に、国際的には、情報通信技術や輸送手段の高度化などにより、経済のグローバル化がさらに加速し、ヒト、モノ、カネ、技術、情報の国境を越えた行き来も、一層拡大すると思います。これと同時に、EUの例を申し上げるまでもなく、世界的にマーケットが統合され、さらに、経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)でネットワーク化される動きも、一層加速化すると予想されます。世界の大きな流れに乗り遅れないよう、いかにして、グローバル化のもたらす市場拡大のダイナミズムを取り込めるか。これも日本の課題であります。

このように、中長期的な経済・社会構造を見通しても、わが国は難しい課題に直面しております。ただ手をこまねいたまま、問題を先送りにする訳にはいかないのであります。私は、むしろこの逆境を次の飛躍への好機と捉えて、今の世代だけでなく、将来の世代のためにも、わが国の改革を着実に進めていく必要があると思います。
その際、採るべき政策は、究極的には、国民生活の向上と安心・安全の確保の2つの方向性に集約されるのではないかと考えております。この観点から、私は、年初に、今後10年間で日本を再び世界でもっとも豊かな国にすることを目指して、1人あたり国民所得を世界最高水準にするという明確な目標を掲げました。
それと申しますのも、日本の一人あたり国民所得は、2000年には世界第2位でしたが、2006年には先進国の中で第17位と、下の方の生活水準の国になってしまいました。これは、深刻なデフレの影響を受けて、わが国経済が長い間、足踏み状態を続けていた間、欧米の主要国が高い成長を続けてきたことを如実に示す数字です。
豊かな国民生活を実現するためには、持続的な経済成長が必要であります。しかし、それは放っておけば実現するものではありません。国民一人ひとりが力を合わせて取り組まなくてはなりません。世界各国は競って、そうした国を挙げての取り組みを進めております。経団連の仕事で海外を訪問し、各国のリーダーと話をするたびに、それを痛感してまいりました。
幸い、日本には、世界をリードする高度な技術力や、優れた人的資本の蓄積という「強み」があります。この「強み」を最大限強化する改革を推進・継続すれば、近い将来、再び、世界で最も豊かな国にすることができると信じております。
そのための手段といたしましては、一昨年に私が経団連会長に就任してから、およそ1年間かけて作成した新しい経団連ビジョンに、具体的な政策手段を列記しております。そのカバーする範囲は、経済の成長力強化から、貿易・通商政策の展開、公的部門の改革、さらには教育の再生にいたるまで、5つの分野、19の政策課題に及んでおります。
そこで、ここからは、こうした課題のうち、当面、最も重要と考える4点に絞って、経団連の考え方を申し上げたいと思います。

IV.今後取り組むべき重要課題

1.税制抜本改革の推進

その第1が、税制の抜本改革であります。
私どもとしては、社会保障制度の改革、財政構造の改革とあわさっての、税制抜本改革の実現こそが、将来の国民生活の安全・安心を確立していく上で、目下、最も重要な課題であると考えております。
ここ数年、税制抜本改革につきましては、残念なことに、何度も議論はされながら、その実行が先送りされてまいりました。しかし、福田総理自らが3月末に、今年の税制抜本改革時に、道路特定財源の一般財源化を行うとの方針を表明され、5月には閣議決定が行われました。これにより、税制抜本改革が、秋以降、本格的に議論される見通しが、少し、開けてまいりました。最近の政府・与党の政策責任者の方々のご発言を伺っておりましても、今年こそ税制抜本改革が前進するのではないかと期待しているところであります。

税制抜本改革を実行する際の視点として、経団連では、4つの柱を考えております。
第1は、社会保障制度の持続性の確保です。高齢社会が本格的に到来し、年金はもちろんのこと、高齢者医療や介護にかかる費用は、今後ますます増加していくに違いありません。
現在、高齢者医療や介護制度のあり方が、国民の大きな関心事となっております。これらについては、必要な合理化・効率化を進めつつも、すべての国民が安心して日々の暮らしができるよう、しっかり維持していく必要があります。 高齢者医療や介護にかかる費用を、これまでのように現役世代の保険料に大きく頼ることには、自ずと限界があります。このため、高齢者医療や介護の制度を、将来にわたって維持していくためには、その負担について、今後は、国民全体で広く支え合っていくことが、より一層重要となっております。こうした視点から、今後は、公費による負担の割合を、徐々に高めていかざるを得ないと考えます。
また、公的年金についても、制度の持続可能性を高めていくためには、すでに国民との約束になっている、基礎年金の国庫負担割合を1/2に引き上げるという宿題について、来年度に確実に実施することが不可欠であります。
ただ、これを行っても、年金に関する問題がすべて解決する訳ではありません。いわゆる、未納・未加入者の問題も、依然として残されることになります。
基礎年金のあり方については、読売新聞さんからのご提言もありますし、全額税方式化という考え方も議論されております。いずれにしましても、持続可能で国民が納得できるよう、年金制度の抜本的見直しを考えざるを得ないと思います。
社会保障制度の全体的な見直しについては、政府の社会保障国民会議において、議論が行われており、本日、中間報告が取りまとめられると伺っております。引き続き、秋の最終取りまとめに向けて、検討が深められていくこととなっております。その際には、ただ今申し上げました点を踏まえますと、社会保障制度を安定的に運営するために必要な財源をいかに確保するかという、歳入改革の議論をセットで行うことが、不可欠であります。

税制抜本改革の第2の視点は、税体系のバランスの見直しです。日本の税体系は、直接税と間接税のバランスがほぼ7:3となっており、同じように高齢化が進む欧州主要国に比べても、所得税、法人税といった直接税に偏りすぎているのではないかと思います。また、所得税や法人税は景気の変動などによる税収の振幅が大きく、不安定さがあります。
これに対し、消費税は、直接税に比べて、経済活動への直接的なマイナスの影響も小さく、また国民全員が負担することで、世代間での負担の公平性が高まります。先ほど指摘しました、社会保障の問題を考えましても、直接税や社会保険料に代わって、消費税の役割を高めていかざるを得ないと思います。

第3の視点は、道州制、地方分権の推進です。道州制の推進につきましては、後ほど詳しく触れますが、人口減少社会の中で、限られた地域の資源を効率的に活用するため、従来の県境を越えた地域連携が不可欠になっております。また、消防・治安、福祉など国民生活に関連する行政サービスは、できるだけ国民に近い自治体で自ら決めていくことが望ましいと考えます。
そうした地方分権の流れを支えるために必要となる地方の財源、税源を確保しなければなりません。

第4の視点は、経済活力の維持、向上です。日本は天然資源に乏しい国です。豊かな国民生活を確保するためには、イノベーションの促進、産業の高付加価値化によって、経済を拡大していくことが不可欠であります。
わが国の研究開発は、民間企業を主体に進められてきました。これを後押しする研究開発税制の拡充が、近年図られてきたことは、競争力強化を考えれば、当然のことと考えます。しかし、グローバル競争がますます激しくなる中、産業競争力を劣化させないためには、さらなる税制の改善が必要となります。
また、冒頭申し上げましたように、景気の先行きに対する不透明感が増してきており、内需拡大も重要課題となっております。そこで、子育て世代を中心とする中堅所得層に対し、思い切った所得税減税を実施することも、個人消費を喚起する観点から、検討すべきではないかと考えております。

2.電子行政・電子社会の実現

次に、経団連の重要課題の2点目として、ITの徹底活用による電子行政・電子社会の実現を取り上げたいと思います。
経済成長の原動力は、生産性をいかに向上させていくかにあり、ITの活用は、その重要な鍵となります。世界経済フォーラムの調査によれば、民間企業におけるITの活用度は、先進11カ国中、日本がトップとなっておりますが、政府部門においては、11カ国中9位と、大変遅れております。そこで、政府の業務を徹底的にIT化することにより、世界最先端の電子行政の構築を急ぐべきであります。

電子行政の実現は、主として二つの側面から、経済社会全体に大きなインパクトをもたらすと考えられます。
第1は、国民の利便性の向上です。納税や各種の申請など、国民や企業が日常的に行う手続きが、すべて電子化されることにより、国民生活の利便性が高まります。また、中小企業を含め、企業の手続きコストも大幅に削減されることになり、社会全体の生産性向上に大いに役立つと考えられます。
具体的な取り組みとしては、例えば、納税における電子申告の普及率を上げていくこと、あるいは、現在政府で検討が進められている社会保障カードの実現を急ぐことなど、課題は山積しております。

第2は、政府業務の効率化です。業務のムダを省き、コストが節減されれば、最終的には、国民負担の軽減に大いに資するわけです。わが社の例を挙げて恐縮ですが、業務の標準化、簡素化を徹底することで、年間15万件の出張旅費などの処理を、たった1名のスタッフで行っております。民間企業では、こうした努力をするのがあたりまえだと思われますが、政府の場合ですと、省庁ごとに旅費の規定がバラバラで、それぞれ担当者を置いて手続きを行っているとのことであります。こうした例は、まさに氷山の一角に過ぎません。
そこで、旅費の申請・支払い業務を突破口に、省庁横断的に業務の標準化、簡素化をしたうえでIT化を行なえば、政府全体で相当のコスト節約になると考えられます。
現在、これについては官邸主導で相当なスピード感をもって取り組みが進められていると聞いています。電子行政の早期実現に向けましては、私自身、経済財政諮問会議の場などで繰り返し主張し、また、担当大臣にも直接面会し、働きかけを行っております。同時に、経団連の組織としては、5月の定時総会におきまして、「電子行政推進委員会」を新たに設置し、強力に取り組みを進めていくための体制を、整備したところであります。
われわれの働きかけもあり、政府は先週、「IT政策ロードマップ」を策定いたしました。今後、担当大臣の下で、先行プロジェクトの実施や、電子政府推進法の整備が進められるということで、政府の作業も進展してきたように思います。こうした動きがさらにスピードアップするよう、引き続き、政府の取組みを、積極的に後押ししてまいりたいと考えております。

3.低炭素社会の確立

次に、3つめの重要課題として、地球温暖化問題に対応するための、低炭素社会の確立について、お話したいと思います。21世紀は、環境の世紀と呼ばれますが、経済成長と環境保全をいかに両立していくかが重要な課題であります。
ここでは温暖化対策のポイントを2点、申し上げます。

まず、日本が当面、克復しなければならない課題は、今年から約束期間の始まった「京都議定書」の目標を着実に達成することであります。経団連では、幅広い業種・企業のご協力の下、1997年から「環境自主行動計画」を推進し、産業部門におけるCO2排出量の削減を実現してまいりました。今後も、これを着実に実行してまいりたいと思います。
京都議定書の目標達成に向けては、産業部門の取組みのほか、オフィスなどの業務部門、家庭などの民生部門における取組みが欠かせません。そこで、経団連は、会員企業・団体に対して、CO2排出削減に向けた国民運動として、冷暖房の温度調整、クールビズ運動の展開などを、呼びかけてまいりました。
さらに、国民自らの、ライフスタイルの見直しにつなげる取組みとして、サマータイムの導入を提案し、昨年8月には、一部の経団連副会長会社や、経団連事務局において、試験的に実施しました。ご当地でも、札幌商工会議所さんが旗振り役になって、2004年の夏から、「北海道サマータイム」の運動を展開されていると伺っております。
政治の場におきましても、議員立法による制度の導入を目指す動きが活発になっております。先月開催した自民党幹部との政策懇談会でも、党幹部より、サマータイムを早急に実現したいとの考えが、示されました。経団連としても、自主的な取組みを引き続き行いながら、政治への働きかけを強めてまいりたいと考えております。

第2は、ポスト京都議定書の国際枠組みを実効あるものに構築することであります。
来月7日から、洞爺湖サミットが開催されますが、地球温暖化問題は、サミットのメインテーマです。議長国である日本のリーダーシップが問われる、重要課題となっております。
現在の京都議定書では、米国、中国、インドといった主要なCO2排出国が削減義務を負っておりません。 したがって、ポスト京都議定書の国際枠組みについては、地球規模での取組みを確実に進めるためにも、全ての主要排出国の参加が不可欠であります。また、そこで定められる目標は、公平で客観的な内容でなければなりません。
また、地球温暖化防止の鍵が技術であることも、忘れてはなりません。既存技術の普及に努めるとともに、革新的な技術開発を推進する必要があります。
経団連は、日本としても、何らかの形で国別総量目標、いわゆる「中期目標」を設定する必要があると考えます。ただ、その設定方法については、合理的な根拠に乏しい「トップダウン方式」ではなく、科学的、かつ客観的な方式であることが不可欠と考えます。
こうした観点から、経団連では、産業ごとのエネルギー効率をベースとしてセクター別に積み上げていく「セクトラル・アプローチ」を提唱しております。
経団連は、本年4月に、G8メンバー国の主要経済団体を集め、「G8ビジネス・サミット」を開催いたしました。そこで、このセクトラル・アプローチの推進について、各国に対し、提案を行ったところ、経済界トップからは、概ね理解を得ることができました。また、先般、発表された「福田ビジョン」でも、国別中期目標を設定するための方法として、セクトラル・アプローチの重要性が盛り込まれたところでございます。
経団連としては、目前にせまった洞爺湖サミットにおきまして、われわれの考え方が、政府間での合意に反映されるよう、働きかけを続けているところであります。

4.道州制の推進

最後に、重点課題の4点目ということで、道州制の推進について、お話しいたします。本日は折角、こうして北海道にお招きいただき、地域経済の持続的発展を掲げる読売ビジネス・フォーラムでお話をさせていただく機会を得ましたので、この道州制につきましては、若干、詳しくご説明をさせていただければと存じます。
北海道の皆様にとって、道州制という言葉自体は、他の地域に比べれば、違和感のないものだろうと思います。2006年12月に成立した「道州制特区推進法」によって、ここ北海道は、その法律に定める「特定広域団体」とされ、将来の道州制導入に向けた数々の試みが行われているからであります。
しかし、「道州制とはどのようなものか」ということについては、多くの人々の共通認識にはまだなっていないと思います。
私は、道州制とは「究極の構造改革」であると考えております。すなわち、明治維新とそれに続く廃藩置県や、敗戦後の諸改革に匹敵する一大改革であり、これが実現すれば、日本の国の仕組みから統治のあり方、地域と住民との関係、さらには国民の暮らしまで、ありとあらゆるものが大きく変わると思います。
今われわれが直面している様々な課題が解決に向けて確実に動き出し、国民が夢と希望を持って生き生きと暮らしていくことができる社会が実現する。一方で企業も、地域に根ざしながら国際競争力を持って事業活動を行っていくことができるようになる。
「Think globally, Act locally」という言葉がありますが、国民も企業も、まさにこれを実践しながら、新しい地域や日本をつくっていく活動に参加していくようになる。そのための推進力となるのが、道州制の導入であろうと考えております。
そこであらためて、経団連が考える道州制とはどのようなものか、道州制の導入で何がどう変わるのかを、なるべく分かりやすくお話ししたいと思います。また、道州制の推進に向けた経団連の取組みについてもご紹介し、皆様のご理解とご協力をお願いしたいと思います。

(1) 経団連が考える道州制

それではまず、経団連が考える道州制とはどのようなものかについて、お話ししたいと思います。
経団連では、現在、47ある都道府県をすべて廃止し、新たに10程度の「道」または「州」を置き、基礎自治体である市町村、道州、国という3層の統治体制、行政体制にすることを考えております。
しかし、これだけで道州制になるわけではありません。行政の中身も根本から変わらなければなりません。経団連が考える道州制とは、行政区域や行政体制の改革に伴って官の役割を見直し、さらにその中で国と地方の役割分担を抜本的に見直すことで、今、国が持っている権限や財源、人員の大部分を道州、さらには市町村に移すというものです。
道州は、その権限や財源を最大限に活用しながら、自らの地域が発展し、成長するための戦略を練り、地域の実情に応じて必要な施策を実施し、その結果責任を負うことになります。
一方、基礎自治体である市町村は、住民に身近な行政サービスを提供する主体として、そしてあらゆる行政サービスに関する国民への窓口として、これまで以上に多くの役割を担います。そうなることによって、地域の行政が充実し、住民の行政に対する満足度も高まります。また、道州を中心に広域経済圏が形成され、地域の活性化を通じて地域の自立が実現し、東京への過度な一極集中も解消するものと期待されます。
現在は、国会議員や霞が関の中央省庁に地方からの陳情が絶えませんが、道州制になれば、内政に関する限り、国の権限のほとんどが道州に移りますので、陳情の必要などなくなるでしょう。北海道の場合も、現在の特区法のもとでは、国からどのような権限を移譲してもらいたいかを提案し、認めてもらう立場ですが、経団連が考える道州制のもとでは、必要な権限と財源を全て備えた「北海道」が、この地域を経営していくことになります。
経団連では、2015年にも、今お話したようなかたちで、道州制がわが国に導入されることを求めております。

(2) 道州制導入による変化

さて、このような道州制を導入することで、一体、日本はどのように変わるのでしょうか。国・地方の行政ならびに政治と、国民の生活という2つの側面から、お話ししたいと思います。
最初に、国・地方の行政、政治面での変化であります。先ほども申しあげた通り、経団連が考えている道州制が実現すれば、国から道州、さらには市町村へと、権限や財源、人員の多くが移ることになります。そうなると、現在の霞が関の中央省庁は、数も、そこで働く人の数も、かなり縮小することになるでしょう。
また、国家公務員は霞が関にいるだけではありません。現在約30万人と言われる非現業の国家公務員の3分の2程度が、北海道開発局など地方の出先機関で勤務しています。そうした地方の出先機関が行っている事務事業の中には、都道府県の事務事業と重複している、あるいは都道府県に任せても全く問題がないものが少なくありません。
経団連の試算では、国と地方の役割の見直しを通じて、現在の仕組みの中でも、6万8千人ほどの出先機関の職員を、地方に転籍させることができるとしております。もちろん、これらの方々は単に国家公務員をやめて失業者になるというわけではありません。道州の職員や市町村の職員として、引き続き公務に従事していただいたり、官での経験や知見を活かし、民間で活躍するわけです。
特にこれからは、従来、官の仕事とされてきた事業や事務が民営化、あるいは民間委託されるようになったり、市場化テストを通じて民間が実施主体になったりすることが増えていきます。そうした際に、公務に従事していた方の知見や経験が必要とされ、民間でも活躍できる場が広がっていくものと考えます。
公務員ばかりでなく、地方議会の議員の数も、大幅に合理化できると考えます。北海道ではあまり想定できないと思いますが、私の郷里である九州を例にとってみましょう。現在、九州7県で県議会議員は367人いるわけですが、仮にこれが1つの道州となれば、九州議会に議員はそこまで必要はないでしょう。議員数を減らすことで、歳出を減らせますし、機動的な議会運営もできると思います。
次に、道州制で国民の生活がどのように変わるかについて、お話ししたいと思います。本日、皆様のお手元に、「新しい地域づくりのための道州制の実現を」と書いてあるパンフレットをお配りしております。その中のページで、「道州制で変わる地域の経済・社会」として、(1)防災や消防の体制が強化される、(2)地域の治安が向上する、(3)子育て支援や教育の充実が図られる、(4)地域の医療・介護の体制が充実する、(5)地域ごとに特色ある産業が生まれ、雇用が創出される、(6)国内外の観光客が増え、地域が活性化する、という6つのメリットが示されております。
時間の関係で、1つひとつ説明することはできませんが、ポイントは明確です。すなわち、道州制が実現すれば、道州が内政の大半を広域的に目配りすることになります。また、基礎自治体が、住民に身近な行政サービスを提供することになります。こうした体制の下で、地域行政の質が、格段に向上するということです。
その結果、経済は発展し、また安心・安全も確保されて、人々が豊かに暮らせる地域がつくられるものと考えております。

(3) 道州制導入に向けた課題

それでは、道州制の導入に向けて、今後どのようなことが課題となるのでしょうか。
その第1は、地方分権改革の推進であります。政府の地方分権改革推進委員会が先日、国から都道府県、都道府県から市町村への大幅な権限移譲を柱とする「第1次勧告」を発表しました。道州制の導入に向けた地ならしをするという観点からは、国から地方への権限移譲を含む地方分権改革は、必要不可欠な改革です。国には、将来の道州制導入を見据えて、権限と、それに見合った財源を思い切って地方に移譲すること、そして地方への関与を極力減らすことを、求めたいと思います。
その際、各地域にある国の出先機関を整理・縮小し、その人員を地方に移すことも当然、必要であります。
第2は、先ほども申し上げました、税財政の抜本的な改革であります。道州制のもとでの国と地方の新たな役割に応じて、そのために必要な財源、税源も、新たな視点から見直す必要があります。国税、地方税を再編成し、地方の税財源を増やす一方、現在の地方交付税や国庫補助負担金に代わる財政調整制度について、水平的財政調整、垂直的財政調整の両面から検討し、新たに設けることが必要になると存じます。
経団連では、地方交付税と国庫補助負担金に代わるものとして、いずれも仮称ですが、「地方共有税」「シビルミニマム交付金」というものを設けてはどうかと提案しています。いずれにしても、消費税の扱いも含めて、道州制のもとでの税財政制度のあり方は今後の大きな課題となってまいります。経団連としてもきちんと結論を出したいと考えております。
第3の課題は、地方自治体の体力ならびに体質の強化であります。国からの権限移譲を受けて、住民に必要な行政サービスを提供するうえで、地方自治体の行財政能力の強化、特に財政基盤の強化は、何よりも重要であります。
大阪府の例を挙げるまでもなく、自治体には引き続き、徹底した行政改革と財政再建に向けた取組み、さらにはガバナンスの強化を求めたいと思います。また、繰り返しとなりますが、地方自治体における電子行政の推進も、不可欠な課題であると考えます。
そして、第4の課題は、政治のリーダーシップと国民による理解の促進であります。道州制の導入には、これまで述べてきたような様々な大きな改革が必要となります。その大きな改革を1つひとつ、着実に実現していくためには、政治の強力なリーダーシップが必要不可欠であります。幸い、自民党も道州制推進本部を設置して、道州制に関する議論を活発に行っていますので、政府・与党が一体となって、道州制導入を推進していってほしいと考えております。
政治のリーダーシップもさることながら、道州制を実現させるための最大の力は、国民の理解とバックアップです。引き続き、道州制とは何か、道州制でどのようなメリットがあるのかなどを国民に発信し、理解を得ていくことが極めて重要であると存じます。その意味では、読売新聞さんはじめ、メディアの果たす役割も大変大きいものと考えております。是非とも、ご協力をいただければと考えております。

(4) 今後の経団連の取組み

このような中、経団連としては、道州制の制度設計に関する政策提言と、国民の道州制に対する理解の促進という2つを柱として、今後も道州制の導入を推進してまいりたいと考えております。
政策提言につきましては、本年秋に「道州制の導入に向けた第2次提言」をとりまとめる予定にしていますが、ここでは、首都・東京の取扱いや議会のあり方、一部地域の道州制先行導入などについて、提案したいと考えております。
また、国民の理解を一層得るための活動といたしましては、「第2次提言」の中で再び、道州制導入によるメリットを示すとともに、引き続き全国各地でシンポジウムを開催する一方、道州制に関する懸賞論文大会を実施するなどの活動を展開してまいりたいと考えております。

V. おわりに

以上、日本経済の現状と今後の課題について、お話しさせていただきました。
私は、先月の経団連総会におきまして、2期目の任期に入りました。1期目においては、先ほど申し上げましたように、新しい経団連ビジョンの公表を通じ、推進すべき政策を設定し、その一部はすでに具体化しております。
2期目におきましては、先ほど申し上げましたように、税制抜本改革、社会保障制度の再構築が最も重要な課題であると考えております。政治情勢が困難な中ではありますが、日本の将来のために必要な改革が、少しでも前進するよう、経済界として引き続き、全力を挙げていきたいと思います。ご列席の皆様におかれましても、ご支援、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
最後に改めて、読売ビジネス・フォーラムの成功、ならびに本日ご列席の皆様方の益々のご健勝を祈念いたしまして、私の講演を終わらせていただきます。
本日は、ご清聴いただき、誠に有難うございました。

以上

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