[ 日本経団連 | コメント/スピーチ ]

「日本経済の現状と課題」

日本外国特派員協会(FCCJ)における御手洗会長講演

2008年7月31日(木) 12:00〜14:00
於 有楽町電気ビル北 20階 日本外国特派員協会

1.はじめに

ご紹介に与りました経団連の御手洗です。本日は歴史と伝統ある日本外国特派員協会にお招きをいただき、大変、光栄に存じております。
本日の講演のテーマは「日本経済の現状と課題」です。お話ししたいことは多々ありますが、時間に制約があります。また、皆様は主として外国プレスの方々です。総花的な議論を展開して、食後の眠気を誘ってしまっては、この場にまいりました意味がございません。
そこで、本日は、敢えてテーマを絞り、単刀直入にお話をさせていただきたいと存じます。まず、日本経済の現状についてお話しした後、税制抜本改革と地球温暖化問題という2つの課題に絞り、重点的にお話をさせていただきます。

2.日本経済の現状

それでは、日本経済の現状についてお話しいたします。
日本経済は現在、相当、厳しい状況にあります。昨年末から、景気は明らかに踊り場局面に入っています。個人消費、設備投資、住宅、いずれも横ばいです。輸出は、中国をはじめとする新興国、資源国向けに下支えされておりますが、米国向けは低迷しています。こうした中、生産はほぼ横ばいで、企業業績は減益、景況感も悪化しております。
原因は、概ね2点に集約できます。第1は、資源・食料価格の高騰です。新興国での需要の急増、供給面での制約に加え、世界的な過剰流動性がこうした事態を引き起こしております。エネルギーや原材料の多くを輸入に頼らざるを得ない日本の企業にとって、コストの上昇は、企業収益を大きく圧迫するネガティブ・ファクターです。
第2は、米国経済の停滞の長期化です。私は当初、米国経済は今年の後半には持ち直すと考えておりました。しかし、最近は、軌道修正を余儀なくされております。金融資本市場の動揺は依然として収束しておりません。住宅価格は下落を続けており、消費も弱い動きとなっております。日本経済は外需に多くを依存しておりますので、米国経済の減速は、日本の景気に大きく影を落としています。

経団連の会長が前回、FCCJで講演をしたのは、2002年、当時の奥田会長の時代でした。振り返れば、2002年といえば、ITバブルの崩壊から立ち直り、景気が回復に転じた年でした。そこから、1960年代後半のいわゆる「いざなぎ景気」を超える、戦後の景気回復の最長局面が始まったわけであります。
しかし、ただ今申し上げた通り、日本経済は今、大きな岐路に差し掛かっております。その意味で、本日の私は、当時の奥田さんの時よりも不利な状況にあるかもしれません。
ただ、私は景気が今後、底割れし、後退するようなことはないと確信しております。なぜなら、日本経済のファンダメンタルズは、失われた10年を経て、目に見えて強化されているからであります。
企業の体質も筋肉質なものとなっております。日本企業が設備・債務・雇用の3つの過剰に喘いでいたのは、もはや過去の出来事です。
また、原燃料価格の高騰は、一部の資源国を除き、多くの国々が共通して直面している課題です。その中で日本は、省エネ技術では世界最高水準にあります。低燃費のエコカーや省エネ家電は、そのごく一例です。
こうした技術にさらに磨きをかけていくことによって、一段の競争優位を確立することは、充分、可能です。

3.日本経済の今後の課題

このように、私は、短期的には、日本経済について楽観的なシナリオを描いております。しかし、極めて重要かつ困難な課題に今、国を挙げて果敢に取り組んでいかなければ、中長期的に見て、日本は存亡の危機に立たされると考えます。
第1の課題は、少子化・高齢化、人口減少社会の到来です。日本では、2055年には、人口が9,000万人を下回ると予想されております。すなわち、現在の人口規模からすると、4分の3以下になってしまうということです。
この減少は、世界に例を見ないスピードで起こります。こうした中で、いかに経済成長を維持していくかが問われております。
第2の課題は、グローバル化の更なる進展への対応であります。ヒト、モノ、カネ、技術、情報の国境を越えた往来は、今後、一層、拡大してまいります。グローバル化のもたらす市場拡大のダイナミズムをいかにして日本に取り込むかが、大きな課題となっております。
とりわけ、WTO体制の維持・強化とFTA・EPAの推進は、自由貿易立国たる日本にとって不可欠の課題です。今般、WTOドーハ・ラウンドが決裂したのは極めて残念ですが、悲観ばかりしていてもはじまりません。今後も諦めることなく、粘り強く交渉を行い、早期に妥結することが強く望まれます。
FTA・EPAについても、引き続き、マーケットや資源・エネルギーを確保する観点から、戦略的に、スピード感を持って進めていく必要があります。
こうした2つの中長期的な課題に打ち克つためには、日本を抜本的に改革するしかありません。小手先の改革では全く不充分です。経済・社会全体のイノベーションが不可欠であります。ここからは、私どもが特に重要と考える2点について、お話をさせていただきたいと思います。

(1) 税制抜本改革

まず、税制抜本改革について申し上げます。これは、とりもなおさず、経団連の最重要課題であります。
なぜ、税制抜本改革が必要なのか。第1の理由は、社会保障制度の持続可能性を確保することであります。
社会保障制度というものは、本来、国民に安心・安全を与えるための強固なセーフティーネットでなければなりません。しかし、日本では、年金制度への不信、医師不足、一向に改善しない保育サービスなど、今や社会保障制度の不備が、逆に国民にとって不安の種となっており、社会全体に暗い影を落としております。
今後も社会保障費用が年間1兆円ペースで増加していく中、制度を維持していくためには、安定財源を確保することが不可欠です。

第2の理由は、財政再建の必要性であります。日本の国・地方の長期債務残高は778兆円、対GDP比で148%と、先進国で最悪の水準です。国だけ見ても税収の10倍の借金を抱えております。
こうした中、政府は、基本方針2006において、2011年度までにプライマリー・バランスを黒字化し、さらにその後も、債務残高の対GDP比を安定的に低下させていくとの目標を掲げております。
これまで日本では、歳出改革が中心でした。それはそれで正しい選択だったと思います。しかし、私は、企業がコストカットだけで成長できないのと同じように、歳出改革だけで財政再建が実現できるとは考えません。政府公約の達成のためには、具体的な歳入改革について、早急に議論をする時期に来ております。

第3は、成長力の強化です。日本は天然資源に乏しい国です。イノベーションの促進、産業の高付加価値化によってグローバル競争に勝ち抜き、経済を拡大させていくことが不可欠です。そのためには、法人税を国際的な水準に整合させていくことや、研究開発や環境などの施策を重点的に拡充していくことが必要です。
また、景気の先行きに対する不透明感が増してきており、内需拡大も重要課題となっております。そこで、子育て世代を中心とする中・低所得層に対し、思い切った所得税減税を実施することも、個人消費を喚起する観点から、検討する必要があります。
では、これらを踏まえ、何を主たる財源として求めていくのか。とりわけ、最も緊急な対応を要する社会保障制度の安定財源を何に求めていくのか、ということになりますと、やはり、消費税の拡充という結論に行き着かざるを得ません。
税収が景気変動の影響を受けやすい所得税や法人税などは、財源として、不安定さがあります。そもそも、日本の税体系は、これらの直接税に偏りすぎているという問題もあります。
従って、経済活動への直接的なマイナスの影響が少なく、また、国民全員が支えあう消費税の拡充こそが、最も、適切な選択肢であると考えます。

以上が税制抜本改革に関する経団連の考え方でありますが、外国プレスの皆様は、ただ今の説明を聞いてもなお、疑問が残るのではないでしょうか。すなわち、なぜ経団連は、火の粉を浴びてまで、敢えて消費税の引き上げを強調するのかと。
経団連が英字の媒体で紹介される場合、“Keidanren”の後に、必ず“Japan's biggest business lobby”という修飾語が挿入されます。皆様からすると、経団連はロビイストであり、そうであるならば、法人税の引き下げのみをストレートに求めればよいのではないか、ということになるのかもしれません。
あるいは、もっと穿った見方をすれば、消費税の引き上げを主張しているのは、やはり、法人税を引き下げるためなのではないか、ということなのかもしれません。
もちろん、法人税の諸外国とのイコール・フッティングは、先ほども申し上げたとおり、継続的に求めて参ります。欧州諸国では、法人減税による産業競争力の強化が国の発展に結びついています。日本も遅れをとるわけにはまいりません。法人税を減税するとした場合、その財源をどうするのかという議論ももちろん、あるでしょう。
しかし、今、最も緊急に行わなければならないのは、安心・安全な国民生活、それを可能とする財源の確保であるということを、強調しておきたいと思います。
経団連は、安全・安心な社会保障制度の構築など、国民に明るい将来展望が開けて初めて、わが国経済の基盤が中長期的に磐石なものになると確信しております。だからこそ、消費税の拡充が必要と主張しているのであります。

税制抜本改革に向けた機運は現在、沈滞化しつつあるとも言われております。政治情勢は困難であり、景気も減速しております。消費者物価も、欧米に比べれば低い水準ですが、最近とみに上昇しております。行政の無駄も、まだまだあるでしょう。
こうした中、消費税の引き上げが政治的にセンシティブな問題であることは充分、理解できます。実際、消費税に手を付けた内閣は、これまで2つとも潰れております。政治家が怯むのもそのためです。
しかし、このまま手をこまねいていれば、日本の国そのものが潰れてしまうと経団連は危惧しているのです。
英語圏には、“Boiled Frog Analogy”という言葉があるようです。熱湯に入れられた蛙は、熱くてすぐに飛び出し、一命をとりとめるけれども、水に入れられ、じわじわと暖められた蛙は、茹で上がってしまうまで気付かず、ご臨終になるということです。
「緩やかではあるが危機的な状況変化」に気付かぬまま、結局、最後には破滅してしまうということを示唆しているわけです。これは、まさに日本経済についても言えるでしょう。問題ははっきりしているのに、それに手を付けなければ、ツケを払うのは将来世代です。
この点、巷には、いわゆる「埋蔵金」があるといった話もあるようです。しかし、それは歳入確保と並行して解決すべき問題に過ぎません。そもそも、「埋蔵金」の取り崩しによって仮に臨時的な余裕が生じたとしても、過去の債務の返済に充当するのが筋です。
私は、平時に改革を成し遂げてこそ、成熟した民主主義であると確信しております。その意味で、ねじれ国会は、税制の問題に限りませんが、改革を先送りする理由にはなりません。
米国の例を見れば一目瞭然ですが、政治の「ねじれ」現象は世界でも珍しいことではありません。来る国会では、自民党や民主党には、政策本位による協議・協調を積極的に進め、改革を1つでも2つでも前に進めてほしいと強く望んでおります。
国民は未来を見たいのです。それを見せない政治であってはなりません。
経団連としても、税制抜本改革に関する提言を秋にも発表する予定です。原点に立ち戻り、骨太の議論を世に問うていきたいと考えております。

(2) 地球温暖化問題

次に、地球温暖化問題について、申し上げます。まず、先の北海道洞爺湖サミットの成果をどう見るのかということですが、私は評価します。
サミットでは、長期ビジョンを採択する必要性が合意されました。すべての主要経済国の参加、セクター別アプローチの有用性等、ポスト京都議定書の国際枠組み構築に必要な要素についても、G8各国で意見が一致いたしました。
また、中国、インド等の新興国を含む世界の主要経済国の首脳が、世界全体の排出量を大幅に削減していく決意を示しました。
これらの成果は、経団連が求め続けてきたことと軌を一にしています。改めて、福田総理ならびに参加国のリーダーの決断に敬意を表します。
ポスト京都議定書の国際枠組みについては、来年のデンマークにおけるCOP15を目指し、今後、交渉が本格化していきます。ここで、改めて、地球温暖化問題に関する経団連の考え方を明らかにしたいと思います。
なお、議論の立て方としては、敢えて、経団連への誤解を解くという形にさせていただければと思います。

誤解の第1は、「経団連は、日本としての国別総量目標の設定に消極的である」というものです。
これは、明らかに事実と異なります。経団連としては、長期、中期ともに、国別総量目標の設定に反対したことはありません。
ただ、注文はつけております。目標については、その設定もさることながら、達成手段が重要であると主張しております。地球温暖化問題を解決する鍵は何と言っても技術であります。
もちろん、短中期的には、既存技術の移転という側面もあります。しかし、中長期的には、革新的な技術開発を促進することが不可欠です。日本の産業界も、積極的に技術開発に取り組んでまいります。
また、目標の設定方法が科学的で、合理的なものであることが欠かせないと訴えております。
現在の京都議定書における日本の削減目標は、科学的な根拠に基づかない、トップダウンによる目標と言わざるを得ません。また、主要排出国の参加しない枠組でもありました。
この反省に立ち、経団連では、ポスト京都については、セクトラル・アプローチによる積み上げ方式を提唱しております。
世界では、セクトラル・アプローチによる目標設定は甘いのではないか、目標の設定方法になり得ないのではないかという議論があるようです。
しかし、環境と経済は両立させなければなりません。また、合理的で、納得性の高い目標でなければ、主要排出国の参加は、得られません。今後とも、粘り強く、セクトラル・アプローチの有用性を訴えて参ります。

誤解の第2は、「経団連とそのメンバー企業は、企業の温室効果ガス削減に消極的である」というものであります。
これも、まったく事実とは異なります。経団連は1997年にいち早く「環境自主行動計画」を策定し、以来、温室効果ガスの削減に率先して取り組んできました。
しかし、この「環境自主行動計画」は、英語に直すと“Voluntary Action Plan”となります。この言葉が、「達成しなくても何ら問題ない、企業の不確かで無責任で恣意的な活動」と捉えられているとすれば、誠に不幸なことであります。
実際には、「環境自主行動計画」は、“Social Commitment”とでも呼ぶべきものであります。やってもやらなくても良いという逃げで“Voluntary”と名付けたのではなく、他がやらなくとも自らが率先して積極的に取り組むという思いで“Voluntary”と称しているのです。
実例を申し上げましょう。排出量が多い鉄鋼業界においては、世界最高の省エネ効率を実現しております。ところが、高い目標を掲げているため、「環境自主行動計画」で掲げた目標を達成するために、京都議定書の約束期間中、海外から1,000億円もの排出権を購入しなければなりません。
ライバルの米国、韓国、中国が削減義務を負うことなく、対策の負担を免れている中で、本当に「やってもやらなくてもよい」のであれば、放り出したくなるような話なのかもしれません。しかし、実態として、彼らは排出権を買っているのであります。
経団連としては今後とも、自主的かつ積極的に、地球温暖化問題に取り組んでいく所存です。それが我々の公約です。

最後に、国内排出権取引と環境税について、一言、申し上げます。
まず、国内排出権取引については、議論することを最初から排除するものではありません。しかし、試行的に実施するにせよ、実質的に削減に繋がるものでなければなりません。また、マネーゲームとならず、実需に基づいた取引となることが求められます。
いわゆる環境税については、独立した目的税として課していくという考え方は歓迎できません。既に、エネルギーや自動車など、温暖化対策上、重要な商品に関する税は、国・地方をあわせて10兆円を超えております。
むしろ、税制による環境対応という意味では、省エネ機器への買換え促進といった、税制のグリーン化を進めることが重要です。

4.終わりに

以上、日本経済の現状と課題について、お話をさせていただきました。講演の中でカバーし切れなかった点、あるいは聞き足りなかった点も多々あろうかと存じます。その辺りについては、引き続き行なわれるQ&Aセッションで、承りたいと思います。
最後になりましたが、本日の講演で、多少なりとも経団連の考えや活動についてご理解をいただけたのであれば、誠に幸いに存じます。
経団連の目指す政策本位の政治は、多くの人々の理解と支持があってこそ実現するものです。そのためには、我々の考えをメディアの方々によく知っていただくことが不可欠です。今後とも、皆様との対話を充実させていただきたいと存じます。
本日は、ご静聴ありがとうございました。

以上

日本語のホームページへ