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「道州制でひらく九州と日本の未来」

第5回九州地域戦略会議夏季セミナーにおける御手洗会長講演

日時:2008年8月1日(金) 午前8時45分〜9時30分
場所:福岡県朝倉市・原鶴温泉 旅館 泰泉閣 5階「金木犀・銀木犀」

  1. おはようございます。
    ただいまご紹介を賜りました、経団連会長の御手洗です。本日は、第5回目を迎えた九州地域戦略会議夏季セミナーの2日目の皮切りとしてお話しする機会をいただき、大変光栄に存じます。
    この会議は、「九州はひとつ」という理念のもと、官民が協力して、今後の観光戦略のあり方に関する検討や、道州制の実現に向けた取り組みを進めておられるとうかがっております。
    ご案内の通り、私は九州の大分出身であり、また、道州制の実現こそが、九州の、そして日本全体の将来を切り拓く道だと、固く信ずる者であります。そうした観点からは、九州地域戦略会議の取り組みは、まさに、「我が意を得たり」と申しましょうか、ぜひとも、具体的、現実的な動きにつなげていただきたいと強く希望しております。また、私も、少しでもそのお役に立ちたいと思い、本日、お話をさせていただくこととした次第であります。

  2. さて、本日は折角の機会でありますので、まず、わが国経済を取り巻く現状と課題について、若干触れてみたいと思います。
    はじめに、わが国経済の現状でありますが、率直に申しまして、非常に難しい局面にあると言わざるを得ません。
    景気は昨年末頃から踊り場局面に入っており、足もとでは、停滞感が相当に強まっていると認識しております。その背景には、米国経済の減速と、原油、食料などの原燃料価格の高騰という、二つの大きな環境変化があると考えております。
    米国経済については、これまで長期にわたり、世界経済を力強く引っ張ってきたものの、昨年夏に顕在化したサブプライム・ローン問題をきっかけに、金融システムの動揺や住宅市場の極端な冷え込みが生じ、経済が大幅に減速しております。このため、わが国からの米国向け輸出も低迷が続いております。米国政府ならびに金融当局は、大胆な金融緩和や流動性対策、10兆円を超える大規模な減税を展開しており、これらの効果によって米国の景気が底割れするという事態は避けられるのではないかと見ております。ただ、住宅価格が依然として下げ止まらない状況などを考えると、米国経済が自律的な回復に至るまでには、なおしばらくの時間を要するものと考えられます。
    原燃料価格の高騰については、原油や石炭などのエネルギー、鉄鉱石や銅など各種の素材、小麦やとうもろこし、米といった食料に至るまで、さまざまな品物の価格が大幅に上昇しております。ひと頃は、経済のグローバル化によって世界的にデフレ傾向が強まったと言われておりましたが、それとは逆に、足もとではインフレ懸念が高まってまいりました。その要因としては、新興国が高い経済成長を遂げる中で、エネルギーや原材料に対する需要を大幅に拡大させていることがあります。加えて、世界的な過剰流動性の高まりによって、大量の資金が商品市場に流入するという投機的な動きがあることも否定できないと思います。
    いずれにいたしましても、資源小国であるわが国としては、エネルギーや原材料価格の高騰が大きな試練であることは間違いありません。

  3. このように、わが国経済を取り巻く状況は、ここ1年足らずの間で、極めて厳しい方向に変化しております。
    ただ、日本経済の先行きにまったく展望を見出せないかと言えば、決してそういうことはないと思います。状況を子細に点検すれば、日本経済が有する強みを指摘することはむしろ容易であります。
    例えば、経済のファンダメンタルズは、欧米に比べて相対的に健全であります。サブプライム・ローン問題により、米国経済は大きく傷つき、また、欧州の金融システムもかなりのダメージを受けておりますが、わが国に対する影響は、ほとんど軽微といって良い規模であります。
    また、実体経済でも、雇用や設備などの面における過剰感は今のところありません。最近の日銀短観のデータなどを見ますと、足もとの企業業績は、コストの急激な上昇により、大幅に下方修正されておりますが、省エネ投資をはじめ、設備投資は底堅く推移するのではないかと思います。
    あるいは、エネルギーや原材料価格の高騰についても、この問題に直面しているのは何もわが国だけではありません。多くの非資源国に共通する問題であります。そうした中、わが国は、省エネ、省資源などの技術にかけては、世界に冠たる水準を有しております。例えば、米国の自動車市場では、これまで人気のあった大型車の売れ行きが落ち込み、燃費の良い小型車やエコカーに対する人気が高まっておりますが、こうした分野は、わが国が最も競争力を持つところであります。
    このようにして考えますと、いまの厳しい外部環境は、わが国にとっては、むしろチャンスであると言えないこともありません。中国の後漢書(ごかんじょ)に、「疾風(しっぷう)に勁草(けいそう)を知る」という言葉があります。国民経済にしても、企業にしても、あるいは、個人にとっても同じかもしれませんが、困難な時、逆境の時にこそ、本当の力、真価が問われるということだと思います。日本経済も、まさにそのような局面にあると言えるのではないでしょうか。

  4. それでは、日本経済の強みを伸ばし、新しい成長を作っていくために、いかなる取り組みが必要とされるのでしょうか。
    私は、これは並大抵のことではなく、小手先の対応では間に合わないと考えております。国のかたちそのものを変えていくような、大がかりな改革が避けて通れません。日本はこれまでも、70年代後半のオイルショックへの対応や、90年代後半から2000年頃にかけてのバブル崩壊後の体質改善など、さまざまな変化を乗り越えてまいりました。しかし、いま求められている改革は、より大きな、明治維新、あるいは第二次大戦後の改革に匹敵するようなものであります。

  5. このような状況におきまして、わが国が早急に取り組むべき課題について、三点、申しあげたいと存じます。
    その第一としては、経済成長力の強化であり、その中心にくる課題がイノベーションの推進であります。エネルギーや原材料価格の高騰する現在の経済状況のもとで、わが国の省エネ技術は高い優位性を持っていますが、これは各企業が、そのための研究開発を継続的に行ってきたからにほかなりません。
    しかし、技術開発は常に新しい分野、領域への挑戦であり、その投資にはかなりのリスクが伴います。そのため、国の政策によるバックアップが欠かせません。企業の革新的な研究開発を促進するための税制措置の拡充・強化に加えまして、基礎的な研究分野においては、政府の研究機関や大学の果たす役割への期待が高まっております。厳しい財政状況の中ではありますが、重点分野を中心に、技術力の強化は不可欠であります。

  6. また、需要面の対応につきましては、世界の成長力を取り込むべく、世界各国各地域との経済連携協定や自由貿易協定を結び、国外の市場を国内と一体化させていくことが重要であります。わが国では、ASEAN各国との経済連携協定は、ほぼ形が整いつつあります。今後は、日中韓3カ国の協定や、オーストラリア、EU、米国といった大市場国、あるいは湾岸諸国などとの交渉が重要な課題となってまいります。
    こうした中、九州は古くから、地理的にも近い中国や朝鮮半島など、アジアとの交流が深い地域であり、半径1000〜1500km圏内に日中韓の主要都市がほぼ収まります。このような地の利を生かし、アジア地域との積極的な交流を通じてその成長を取り込むことが、九州経済の活性化のカギを握るのではないかと思います。

  7. 第二の課題は、税制抜本改革の早期実現であります。
    わが国では、この数年、税制抜本改革を行うという掛け声はあるものの、その実行は先送りされてまいりました。これから、世界に類をみない少子・高齢社会、人口減少社会が本格化していく中で、年金や医療などの社会保障制度は多くの国民の関心事となっております。一方で、激化するグローバルな競争の中で、経済の競争力をいかに高めていけるかが問われております。
    このような観点から、まずは、歳出の無駄を徹底的に省く、次に、社会保障を中心とするセーフティネットに対しては財源を重点的に投入し、国民生活の安心を図る、そのための必要な財源は、税制改革を通じてしっかりと確保するという骨太の考え方にたって、歳出面、歳入面を一体的に見直していかなければなりません。
    税制抜本改革の実現には、政治の強いリーダーシップが欠かせません。経団連でも現在、税制、財政、社会保障制度の一体改革について検討を進めており、この秋に、正式に考え方を示したいと考えております。同時に、税制抜本改革の必要性が国民に理解されるよう、国民世論の喚起にも努めてまいりたいと考えております。

  8. 第三の課題が、本日の話の本題でもある道州制の問題でありまして、少し詳しくお話ししてまいりたいと存じます。
    経団連が道州制の導入を明確な政策目標として掲げたのは、2007年1月に発表した「希望の国、日本」と題するビジョンにおいてでありました。しかし、ここ九州では、その1年以上前に、知事会や経済界から道州制に関する報告書が相次いで出され、それらを受けて九州地域戦略会議に「道州制検討委員会」が設置されたのが、2005年10月と聞いております。政府の第28次地方制度調査会が「道州制のあり方に関する答申」を発表したのが2006年2月ですから、九州の取り組みは、まさしく時代の先を見越した、先進的かつ意欲的なものであったと言えましょう。大いに敬意を表するのと同時に、私も九州人の一人として、こうした九州の取り組みを大変誇らしく、また頼もしく思っております。
    九州地域戦略会議ではその後、「わが国の将来のために道州制の導入が必要である」とした道州制検討委員会による答申を2006年10月に了承し、引き続き「第2次道州制検討委員会」を設置して、道州制の「九州モデル」策定に向け、検討を続けておられると聞いております。
    これまでの各地域での道州制の議論は、どちらかと言いますと経済界がリードしてきたと言えますが、九州の素晴らしいところは、経済界と知事会、つまりは行政が、道州制に対する考え方について共通の場でともに議論し、合意形成を図っておられるという点です。そうした意味で、九州地域戦略会議の道州制に対する取り組みを、私は高く評価しておりますし、その動向について大変注目しております。
    本年5月に発表された「道州制の九州モデル 中間取りまとめ」では、道州制によって目指す国のかたちや道州制導入の意義、国と地方の役割分担などが示されており、私が特に素晴らしいと思ったのは、住民や企業の関心が高い医療や子育て、交通インフラの整備など12のテーマについて、九州としての将来ビジョンを明確に示したうえで、それを実現するための国、道州、市町村の役割分担のあり方が、具体的なケーススタディのかたちでわかりやすく書かれている点であります。
    例えば医療については、「医師不足を解消し、医師の適正配置を行う」、「離島やへき地などの過疎地域を含め、地域ニーズに応じた医療提供体制を構築する」、「広域的かつ効率的な救急医療体制や高度医療の提供体制を整備する」といった将来ビジョンが示されており、それを実現するために、道州制のもとで、医療計画の策定権限は国でなく道州と市町村が持つようにすること、さらに、基準病床数の算定や医療連携体制の構築といった医療計画の策定は市町村が行うようにすることで、地域の実情に応じた医療体制が整う、と詳しく書かれております。
    このように、道州制になった場合の変化やメリットをわかりやすく示すことは、国民の理解を得て道州制の導入を推進しようとするうえで大変重要なことであり、「第2次道州制検討委員会」が12のテーマについて中間取りまとめで提示されたことは、誠に大きな意義があると存じます。

  9. それでは次に、経団連の道州制に対する考え方や取り組みについてご紹介申しあげたいと存じます。
    先ほど申しました通り、経団連では2007年元旦に発表した「希望の国、日本」というビジョンの中で、2015年を目途に道州制を導入することを提案いたしました。その後、2007年3月2008年3月の2度にわたり、道州制導入の意義や道州制導入によって目指すべき国の姿、道州制導入までのロードマップや必要な改革などを示した提言を公表しております。
    経団連が道州制の導入を求める理由は、各地域が本来持っている活力や資源、特色をフルに発揮しながら発展し、そこに住まう人々の生活を真に豊かなものとするためには、わが国の国のかたちを大きく変える必要があると考えているからであります。すでに人口減少時代に突入したわが国が、今後も成長を持続していくには、地域の経済力が高まることが不可欠であります。しかし、現在のような中央集権的な体制のもとでは、地域が特色ある施策を実施しようにも限界があり、独自の発展がなかなか遂げられない状況にあることは、皆さまも日頃、大いに実感されていることと思います。
    そこで、国の役割を外交や防衛、市場のルールやセーフティネットの整備などに選択と集中を図る一方、道州や市町村といった、より国民に近いところに内政上の多くの権限と財源を持たせることで、地域の実情や住民のニーズに応じた独自の施策が実施できるようにすることが必要であります。地域がそれぞれの特色を生かしながら独自の施策を講じることで、現在はとかく東京に集中しているヒトやモノ、カネ、情報、文化の流れが、地域に向かって動き出すことも大いに期待できます。

  10. 道州制の導入が必要なもう一つの理由は、グローバル競争の激化であります。新興国の成長が著しい昨今、グローバル競争はますます激しさを増しております。企業はその生き残りを賭けて、より良い事業環境を求めながらビジネスを展開するようになっており、国家間、地域間での制度競争が起こっております。こうした制度競争に、現在わが国は一つの国として臨んでいるわけですが、各地域が道州としてこの競争に積極的に参加しても良いのではないか、と考えているわけであります。
    経済規模において、それぞれがヨーロッパの一国に匹敵する道州が、国内外との競争に参加し、競争を通じて創意工夫する、あるいは活性化するといったことが、わが国全体の成長にもつながるのであります。
    道州制の導入によって、現在、われわれが直面している様々な課題が解決に向けて動き出し、国民が夢と希望を持っていきいきと暮らしていくことができる社会が実現されると同時に、企業も道州制のもとで、地域に根ざしながら事業活動を行っていくことができるようになると期待されます。「Think globally, Act locally」という言葉がありますが、国民も企業も、まさにこれを実践しながら、新しい地域や日本をつくっていく活動に参画していくようになる、そのための推進力となるのが道州制なのであります。

  11. 本日お集まりの皆さまも同じお考えだと思いますが、道州制の導入は、単に国と地方の権限、財源の在り処を変えるだけのものではありません。行政の中身も根本から変わらなければなりません。経団連が考える道州制とは、行政区域や行政体制の改革に伴って官の役割を見直し、さらにその中で国と地方の役割分担を抜本的に見直すことで、現在、国が持っている権限や財源、人員の大部分を道州、さらには市町村に移すというものであります。
    道州は、その権限や財源を最大限に活用しながら、自らの地域が発展し、成長するための戦略を練り、地域の実情に応じて必要な施策を実施し、その結果責任を負います。一方、市町村は、住民に身近な行政サービスを提供する主体として、そしてあらゆる行政サービスに関する国民への窓口として、これまで以上に多くの役割を担います。そうなることで地域の行政は充実し、住民の行政に対する満足度も高まります。また、道州を中心に広域経済圏が形成され、地域の活性化を通じて地域の自立が実現し、東京への過度な一極集中も解消していくものと期待されます。
    現在は、国会議員や霞が関の中央省庁に地方からの陳情が絶えませんが、道州制になれば、内政に関しては国の権限のほとんどが道州と基礎自治体に移りますので、陳情の必要などなくなるでしょう。経団連では2015年にも、今お話したようなかたちで、道州制がわが国に導入されることを求めております。

  12. 国と地方が果たす役割、仕事の中身を大きく変えるということは、それを裏付ける法制度や税財政制度、政策決定および統治の仕組みも大きく変える必要があるということであります。つまりは、政治のあり方が大きく変わるということであり、そうなれば、経済や国民生活、社会の姿も大きく変わってまいります。
    わが国のように、中央集権的な体制がすみずみにまで浸透している国の場合、その変化はまさに劇的であると言えましょう。私が、道州制の導入は「究極の構造改革」であると申しあげている理由は、まさにこの点にあるわけです。
    しかしながら、「究極の構造改革」であるがゆえに、道州制の実現に向けては大きな抵抗が予想されます。特に、権限を奪われる霞が関の官僚や、族議員と呼ばれる国会議員などは、様々なやり方で激しく抵抗を試みてくることが予想されます。
    これを突破するには、政治の強い意志とリーダーシップ、そしてこれを支える国民の声が、何よりも必要であります。小泉改革の象徴であった郵政民営化も、小泉さんの強力なリーダーシップとこれを支える国民世論、すなわち選挙での大勝利があったからこそ実現できたわけであります。同様に、道州制の導入も、国民が理解し、支持し、さらに選挙の争点にならなければ、実現にこぎつけることはできないでしょう。

  13. この点に関して、残念ながら、道州制とは何か、道州制とはどのようなものかについて、国民の大多数はよく知らない、あるいはわからないというのが現状であろうと思います。
    先日、経団連が東北経済連合会や内閣官房とともに仙台で開催したシンポジウムに出席した際、東経連が東北7県の全市町村を対象に実施した道州制に関するアンケート結果についてうかがいました。
    それによりますと、「住民が道州制についてどの程度知っていると思うか」との問いに対し、「ほとんど知らないと思う」との回答が3割、「あまり知らないと思う」との回答が5割と、実に8割が「知らないと思う」との回答であったとのことでした。もちろん、住民に直接尋ねた結果ではありませんので、正確なところはわかりませんが、まだまだ国民の間で理解が進んでいないと改めて感じた次第です。
    また、参考資料として本日、皆さまにもお配りしておりますが、経団連の姉妹団体である経済広報センターが5月に行ったアンケート調査では、道州制の議論を進めることに対して「賛否のどちらともいえない」、「わからない」と回答した人の割合が、男性で3割であったのに対し、女性では6割と、女性への浸透が進んでいないことも明らかになっております。経済広報センターのアンケートは、経済や社会の動きに関心が高い方々を対象に実施しておりますが、それでもこのような結果ですから、一般的な国民の道州制に対する認知度、理解度は、推して知るべしでありましょう。
    それでは、いかにして、国民の間に道州制への理解を浸透させていけば良いのでしょうか。これは、本日この後の道州制分科会における討議テーマでもあり、大きな課題でありますが、結局のところ、道州制が国民生活にもたらす具体的なメリットや、道州制によって実現する明るい未来の姿を示すことで、国民に夢や希望を与えることが一番の近道であろうと考えております。

  14. 本日、皆さまには、もう一つの参考資料として、「新しい地域づくりのために道州制の実現を」というパンフレットをお配りしております。お開きいただきますと、「道州制で変わる地域の経済・社会」として、左の上から順に、(1)地域ごとに特色ある産業が生まれ、雇用が創出される、(2)地域の医療・介護の体制が充実する、(3)国内外の観光客が増え、地域が活性化する、(4)子育て支援や教育の充実が図られる、(5)防災や消防の体制が強化される、(6)地域の治安が向上する、という6つのメリットが書かれております。
    これは、経団連が本年3月に発表した「道州制の導入に向けた第2次提言−中間とりまとめ−」の中で示したものですが、まだまだ抽象的な表現かもしれません。そこでここからは、私なりに、道州制が導入された場合のメリットや地域の未来の姿について、九州を念頭に置きながらお話ししたいと思います。

  15. 一つのメリットは、九州の一体化と発展のために必要なインフラの整備を、九州が自らの手で行うことができるようになるという点であり、例えば高速道路です。ご承知の通り、九州内の高速道路は、「道路網」と呼べるようなものになってはおりません。お手元のパンフレットの裏表紙に、九州とオランダを比較した図が載っています。青い線が高速道路ですが、一見してお分かりいただけるように、九州はオランダに比べて高速道路が貧弱であります。オランダは平地が多く、九州は山がちだと言っても、供用区間の総延長は九州が約900kmなのに対し、オランダは約2400kmと、差は歴然としております。
    道路はつながっていてこそ効果を最大限に発揮することは言うまでもありません。企業が工場などの立地を決める際、物流にかかるコストや時間が極めて重要な要素となることは、ご理解いただけるものと存じます。高速道路網の整備は、地域の発展戦略を考えるうえで欠くべからざるものであり、九州の場合、少なくとも、九州全体をぐるっと一周する環状高速を完成させることが不可欠であります。
    現在の仕組みでは、国の決定がなければ高速道路を整備することはできませんが、道州制になれば、九州が自ら整備計画を策定し、建設と運営を行うことができます。仮に建設費を賄いきれない場合には、道州債を発行して必要な資金を調達することもできるわけであります。

  16. もう一つ、道州制のもとでの九州の姿として、域内の人口増加が期待できると思います。日本全体の人口が減少に向かっている中で九州については人口が増加するとは、何を夢みたいなことを言っているのか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、決して夢ではないと思います。
    九州における人口の社会的な動態を見てみますと、各県から福岡県への人口流出が、福岡県から各県へのそれをいずれも上回っています。つまりネットで見ると、各県から福岡県へ人口が流出しているわけです。さらに、全国規模でこれを見ると、九州から東京へという人口移動の流れが見られます。
    なぜ福岡へ、さらにはなぜ東京へ、人々は移動するのでしょうか。恐らくは、そこに仕事があるから、雇用があるからでありましょう。そうだとすれば、福岡県以外にも雇用の場があり、そこで働くことができるのならば、人々はそこから移動しない、あるいは逆に外からそこへ移動してくるようになるでしょう。
    道州制のもとで、九州がインフラ整備を通じて産業立地政策を推進すれば、各地に雇用の場が生まれ、まずはこれまで起こっていた人口の流出が止まります。やがて、働き口を求めてそこにやってくる人が増え、さらに彼らに家族ができてその地でともに暮らすようになり、全体として人口が増加することになります。子育て環境の整備や教育の充実が図られることで、増加した人口の定着も期待できると思います。

  17. さらにもう一つ、大学についても申しあげたいと思います。道州制のもとでは、地域の発展に必要な高度人材の育成拠点や産学連携の拠点、さらには新しい産業のインキュベーター拠点となる大学の設置や運営も、道州が行うべきだと考えます。
    そこで九州の場合、各県に一つずつある国立大学法人を統合して一つの大学としたうえで、現在の各国立大学法人をそれぞれ強みのある学部に特化させて、世界に冠たる研究機関としての大九州大学を設置してはどうかと考えております。
    そのうえで、九州に拠点を置く企業と連携して生まれた新技術を各地で産業化し、国際的な競争力を持つように育てていけば、九州の経済はさらに拡大・発展するものと考えます。日本中あるいは世界中から優秀な人材が集まり、さらに優れた技術が生まれるという好循環が起こることも期待できるでありましょう。
    道州制の導入によって、今、私が縷々申しあげてきたような明るい未来が、九州、そして日本全体に開かれていくものと確信しております。

  18. このように、道州制には、地域経済を発展させ、国民に明るい未来を提供するという側面がある一方、行革効果、すなわち行政コストの削減効果や行政の効率化効果といった側面にも注目する必要があると思います。
    経団連のシンクタンクである21世紀政策研究所では、本年4月、「地域再生戦略と道州制〜九州をモデルとしたシミュレーション分析を中心に〜」と題する研究報告をまとめました。それによりますと、九州7県が道州制のもとで一体となった場合、九州の総人件費の約15%に相当する約2,700億円が削減可能との試算が出ております。言い換えれば、九州全体で約2,700億円の財政的な余裕が生まれるということであり、これを減税に振り向けるか、インフラ整備などの財源に振り向けるかは、九州がその際の状況に応じて決定すれば良いと考えます。
    研究報告の中では、これに加えて、社会資本整備への投資配分を効率的に行って現在と同じ域内総生産を達成する場合、約6,200億円が効率化され、先に述べた財政支出の削減効果とあわせて、九州の域内総生産の2%に相当する約8,900億円の効率化効果が生まれるとの試算が示されております。この8,900億円も、九州の発展のためのインフラ整備や人材育成に活用するか、あるいは減税に振り向けるかは、九州が自ら決定すれば良いことになります。

  19. 以上、申しあげてまいりましたように、道州制の導入による様々な効果やメリットを、わかりやすく、具体的に示すことが、道州制に対する国民の理解と支持を得る最も重要な手段であると存じます。ただ、いくら言葉で話をしたり、パンフレットのような図で示したりしても、自ら実践して示すことに比べれば、迫力は不十分であります。
    そこで私は、九州が率先して道州制に移行し、「道州制の導入で実際にはこうなった」とか、「ここはうまくいかなかったので、他の地域が道州制に移行する際には改善すべきだ」といったことを、国民の目に見えるかたちで示してくださるよう、ぜひお願いしたいと思います。九州自身の発展のためにも、条件が整えば、ぜひ先行導入を実現いただき、特色ある地域づくり、九州づくりに励んでいただきたいと存じます。
    幸い、九州地域戦略会議では道州制の検討が進んでおり、各県の知事の皆さまにも、九州における道州制の導入に反対の方はいらっしゃらないと理解しております。先行導入を可能とするような仕組みをつくったり、現行制度を改革するといった取り組みにつきましては、今後経団連としても、しっかりと行っていくつもりであります。九州が道州制のベストプラクティスとなり、国民に夢を感じさせる存在となってくれることを、私も九州人として大いに期待したいと思いますし、ぜひお願いしたいと存じます。

  20. 最後に、道州制の導入に向けた課題と、今後の経団連の取り組みについて、お話ししたいと思います。
    今後の課題の第一は、地方分権改革の実現であります。政府の地方分権改革推進委員会は、5月28日、国から都道府県、都道府県から市町村への大幅な権限移譲を柱とする「第1次勧告」を発表いたしました。道州制の導入に向けた地ならしをする観点から、国から地方への権限移譲を含む地方分権改革は重要な改革となります。
    国には、将来の道州制導入を見据えて、権限とそれに見合った財源を思い切って地方に移譲すること、そして地方への関与を極力減らすことを求めたいと思います。特に、各地域にある国の出先機関については、思い切って原則廃止とし、その人員を地方に移すよう提案いたします。思い切って国の出先機関を廃止した後は、どうしても必要な事務・事業だけを行うものとして、仮に「九州総合事務所」といった中央省庁の連絡事務所を、九州に一ヵ所だけ設けることとしてはどうかと考えます。

  21. 第二に、税財政の抜本的な改革であります。道州制のもとでの国と地方の新たな役割に応じて、そのために必要な財源、税源も、新たな視点から見直す必要があります。国税、地方税を再編成し、地方の税財源を増やす一方、現在の地方交付税や国庫補助負担金に代わる財政調整制度について、水平的、垂直的の両面から検討し、新たに設けることが必要になります。
    経団連では、地方交付税と国庫補助負担金に代わるものとして、いずれも仮称ですが、「地方共有税」、「シビルミニマム交付金」というものを設けてはどうかと提案していますが、消費税の扱いも含めて、道州制のもとでの税財政制度のあり方は今後の大きな課題であり、経団連としてもきちんと結論を出したいと考えております。

  22. 第三の課題は、地方自治体の体力ならびに体質の強化であります。国からの権限移譲を受けて、住民に必要な行政サービスを提供するうえで、地方自治体の行財政能力の強化、特に財政基盤の強化は何よりも重要であります。自治体には引き続き、徹底した行政改革と財政再建に向けた取り組み、さらにはガバナンスの強化を求めたいと思います。
    ここで、私が特に強調したいのは、電子行政・電子社会の構築に向けた取り組みであります。世界最先端の電子行政・電子社会を構築するということは、国・地方を通じて業務改革を断行し、行政手続きなどの面で共通のプラットフォームを整備することで、国民にとって真に利便性の高い行政サービス、質の高い行政サービスを提供することであると思います。道州制も目指すところは同じであり、私は、道州制の導入と電子行政の実現を、車の両輪として推進してまいりたいと考えております。

  23. そして、第四の課題は、政治のリーダーシップと国民による理解の促進であります。この夏季セミナーには、杉浦正健先生もゲストとしてご出席でありますが、杉浦先生を中心に、自民党の道州制推進本部において道州制に関する議論が活発に行われています。政府・与党が一体となって、道州制の導入を強く推進していただきたいと存じます。
    また、国民の理解促進という点につきましては、道州制とは何か、道州制でどのようなメリットがあるのかなどを国民に発信し、理解を得ていくことが大切であると存じます。

  24. このような中、経団連としては、道州制の制度設計に関する政策提言と、国民の道州制に対する理解の促進という二つを柱として、今後も道州制の導入を推進してまいります。
    政策提言につきましては、本年秋に「道州制の導入に向けた第2次提言」をとりまとめる予定にしていますが、ここでは、首都の取扱いや議会のあり方、そして、道州制の先行導入のあり方などについて、提言したいと考えております。また、国民への理解促進活動といたしましては、引き続き、全国各地で道州制に関するシンポジウムを開催する一方、世論調査を行ったり、ウェブサイトを開設して道州制のメリットをわかりやすいコンテンツにして掲載するなど、積極的な情報発信に努めてまいりたいと存じます。

  25. 最後にもう一つ、皆さまにお知らせとお願いがあります。
    経団連と九州経済連合会は、日本経済新聞との共催により、11月8日土曜日の午後、福岡市において大きなシンポジウムを開催する予定であります。九経連とは本年2月、大分市において道州制シンポジウムを開催いたしましたが、今回の福岡でのシンポジウムは、道州制について「わからない」、「あまり知らない」と回答されるような一般的な方々に少しでも幅広くご参加いただき、道州制そのもののメリットについて知ってもらうこと、道州制に対する自分なりのイメージを持ってもらうこと、を主たる目的としたシンポジウムにしたいと考えております。
    プログラムや当日のメインのご出席者などはこれから確定させてまいりますが、皆様におかれましても、ぜひこのシンポジウムにご参加くださいますようお願い申しあげます。

  26. 本日の私の話が、少しでも皆さま方の参考になり、道州制を考えるきっかけとしていただければ、これに勝る喜びはありません。
    ご清聴いただき、誠にありがとうございました。

以上

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