日本外国特派員協会(FCCJ)における今井会長講演

1998年6月29日(月)12:00〜14:00
於 有楽町電気ビル 20階 FCCJ会議室


  1. はじめに
  2.  本日、日本外国特派員協会(FCCJ)のお招きをいただき、お話する機会をいただいたことは誠に名誉なことであります。ハーマン会長はじめFCCJの皆様に感謝申しあげます。
     本日の「21世紀に向けたわが国経済界の課題」というテーマは非常に広範囲にわたります。時間の関係もありますので、主として3点について私の所信をご披露したいと思います。第1は当面の景気対策、第2は経済構造改革、第3は海外との信頼関係の確立であります。

  3. 今後の経団連活動の基本姿勢
  4.  その本題に入る前に一言、私が第9代の経団連会長として活動していくにあたっての基本姿勢について申しあげたいと存じます。経団連は、これからも企業の自由活発な活動を促進する基盤の整備と、小さく効率的な政府の実現によって、「魅力ある日本の創造」を実現したいと考えております。
     経済活動の主体は企業と個人にあり、政府の役割はそれが円滑に行われるための環境整備にあるからであります。そのためには、企業と個人が「自立、自助、自己責任」の原則に基づいて活動しなくてはなりません。長年、規制によって保護されてきた企業の中には、まだ一部政府依存や横並び意識が残っておりますが、私は企業にこういう意識の払拭を求めつつ、政府に対して構造改革等の環境整備を働きかけていきたいと考えております。

  5. 当面の課題と解決への道
  6.  さて、第一の課題の当面の景気対策について申しあげますと、さる12日に発表された97年度のGDP成長率はマイナス 0.7%で、第二次世界大戦後最悪の成長率となりました。景気が大変厳しい状況にあることは間違いありません。また、最近の円安傾向は、先々週に日米通貨当局等による協調介入が行われたことから一旦は歯止めがかかりましたが、依然として円売りの潜在的な圧力が続いております。これは、日本が具体的にどのような景気対策を実行しようとしているのか、はっきりわからないという気持ちを国民や海外の関係者が抱いているためと思います。確かに、政府、与党関係者は、日本が取ろうとしている政策について、内外に正しく理解していただくためにアカウンタビリティがあることをもっと自覚すべきであると感じております。
     しかし、バブル崩壊後、日本政府がとってきた景気対策はタイミングがやや遅れた点はあったとしても、基本的には間違っていなかったと思います。すなわち、バブル崩壊後の92年から96年までの5年間、政府は60兆円の公共投資や投融資等と16.5兆円の減税という合計76兆円を超える経済対策を実施いたしました。金融面でも、日銀は公定歩合を0.5%と史上最低の水準にまで引下げ、今日に至っております。その結果、経済成長率は95年度に2.8%、96年度に3.2%まで回復したわけであります。従って、97年に橋本総理が、今後の重要政策課題として、財政構造改革を含むいわゆる6大改革を推進しようとしたことも、政府の姿勢としては間違っていなかったと思います。
     しかし、その後97年に二つの大きな問題が発生し、景気を大きく後退させることになったと思います。一つは、東南アジア各国の通貨危機とそれに伴う経済混乱であり、これによって、日本経済も東南アジア向け輸出が減少いたしました。
    もう一つは、昨年秋に大きな金融・証券会社の経営破綻が表面化し、消費者の間に生活の先行きに対する不安が高まり、消費マインドが急激に落ち込んだことであります。消費性向は11月までの平均73%から12月には68%まで落ち込みました。
     そこで、今なすべきことは、第一に、引続き財政支出による経済の下支えを行うことであり、第二に、その間に不良債権処理の具体策を早急に確立し、これを実行することであります。
     財政支出については、97年度予算において約3兆円の補正を追加計上いたしました。98年度の公共投資予算を上半期に82%の前倒し執行することとしております。これに続いて、16兆円にものぼる過去に例のない大規模な総合経済対策と、それに基づく補正予算が先般、議会を通過したわけであります。この対策は、GDPを2%くらい押し上げる効果があるはずであり、その効果は秋口から確実に現れると思います。
     次に、不良債権処理による「金融システムの安定化」は、景気回復を本格的なものとするためにも、早急に実施しなければなりません。不良債権や担保不動産が処理され動きだせば、土地の底値が確認され、総額1000兆円以上といわれる資産デフレが終息いたします。そして、都市空間の新しい活用が始まり、内需拡大につながると思います。
     2001年4月からは、本格的なビッグバンが行なわれる予定であります。預金者も銀行が倒産した場合、一定額以上の払い戻しを受けられないという、ペイオフが実施されることになりました。預金者に自己責任を求める以上、貸手の金融機関にも自己責任原則の確立と、徹底したディスクロージャーを求めていかなければなりません。これによって、預金者が金融機関をきちんと選択できるようになるとともに、市場メカニズムを通じた金融機関の再編成も進むことになるわけであります。
     当面の不良債権の処理にあたっても、ディスクロージャーの徹底は不可欠であると思います。各銀行は既に不良債権の金額を自己申告しておりますが、さる6月22日発足した金融監督庁が、客観的不良債権の分類基準に基づいてこれを検査し、その結果に基づいて具体的な不良債権の処理と、金融機関の再編成が進められていくことになると思います。問題は、いわゆる第2分類の要注意債権の中には、健全な借手が多数含まれていることであり、金融機関の整理の過程で、これらの借手が融資を打ち切られることのないようにする必要があると思います。
     これに関連して、政府・与党金融再生トータルプラン推進協議会では、経営が破綻した金融機関の業務を引き継ぐ「受皿銀行」構想の具体案を、7月2日までにまとめる方針であります。そして、7月末に開催される予定の臨時国会には、政府・与党は「受皿銀行」を含め、「金融再生のトータルプラン」に基づく諸法案を国会に提出する方針であります。我々といたしましては、健全な借り手企業を保護するという見地にたって、30兆円の公的資金を活用した「ブリッジバンク」を早急に設立すべきであると考えております。
     なお、ここで金融システム改革に関連して、「円の国際化」につきまして若干触れてみたいと思います。今回の東南アジアの危機が、ドルへの過度の集中に原因の一端があることを考えると、円の国際化が急がれるわけであります。日本としては、円が日本経済の規模に見合って決済ならびに準備通貨として、もっと活用される必要があると思います。円の国際化を制度的に妨げている要因を、取り除くことも重要であります。
     そこで、経団連では今月、短期金融市場の整備に焦点をあて、特にFB(政府短期証券)を日銀引き受けから公募入札方式に切り替えること、また、利子に対する非居住者への源泉徴収課税(18%)を撤廃すること(現在は還付されることになっているが手続きが煩雑)を提言(『短期金融市場の整備と円の国際化』)し、その実現を働きかけております。このFBは約37兆円発行されておりますが、日銀引受けのためほとんど市場に出ることがなく、外国投資家の手にも渡りません。従って、FBをもっと市場に流通させ、外国企業、政府等による円の保有と利用がし易い形にすべきであると考えており、是非とも実現したいと考えております。

     次に、第二の課題は経済構造改革であります。この問題については多くの課題がありますが本日は、「抜本的な税制改革」と「規制の撤廃・緩和」を取り上げてみたいと思います。
     まず「税制改革」であります。景気対策とも関連いたしますが、グローバルコンペティションの中で、企業や個人の活力を十分に発揮させるためには、税制を国際基準に合わせていかなければなりません。具体的には、法人実効税率の引下げと、所得税の抜本的な改革が必要であります。
     わが国の法人実効税率は、46.36%と欧米先進国に比べて高く、これを実質減税を基本として、国際水準並みの40%まで引き下げることが必要であります。そうしなければ、企業活力も失われ、海外からの対日投資も一向に進みません。橋本総理が「向こう3年を待つことなく国際水準並みに税率を引下げる」と言明しているほか、既に政府税調でも検討が始っており、道筋が見えて参りました。しかし、我々としては、景気の現状を踏まえると、将来の展望を開くためにもその引下げを早急に決定し、これを実施していくことが必要と考えます。
     所得税については、1999年からは現在の特別減税をやめて、制度減税を行うべきであると考えております。具体的には、現在の最高税率65%を50%程度に引下げるとともに、累進構造を緩和し、全体として減税になるようにする必要があると思います。
     次に、「規制の撤廃・緩和」ですが、これは企業が自己責任原則に立って活動するうえで、極めて重要であり、豊田前会長は経団連の最重要検討課題として位置づけ、私もその責任者として積極的に取組んで参りました。長年にわたり多くの項目について改善を求めて参りましたが、実現したものも多いとは言え、まだまだ不十分だと思っております。
     政府では、行革推進本部の下にこの2月に新たに規制緩和委員会(委員長:宮内オリックス社長)を設置し、新しい3ヶ年計画について毎年実績を見直すことになっております。我々としてもこの委員会をバックアップし、一層の規制緩和が進むよう働きかけていきたいと思っております。
    「小さな政府」の実現のためには、規制の撤廃・緩和とともに中央省庁の再編、行政のスリム化が大きな課題となっております。先の国会では、いわゆる行革基本法が成立し、21世紀の行政組織の骨格が決まったわけであります。今後は中央省庁等改革推進本部により、この具体化に向けて作業が進むことになりますが、私は作業の進捗状況をチェックする、顧問会議の座長に先般就任したばかりであります。今後、顧問会議の場を通じ、行政のスリム化、仕事べらしなど具体的な成果の実現にむけて努力していきたいと思います。
     なお、行革推進本部の事務局には民間企業の関係者も(約15名)幹部として参加することになっており、民間での経験が政府のスリム化に活用されることを期待しております。

  7. 海外との信頼関係の確立
  8.  さて、第三のテーマである海外との信頼関係の確立についてであります。ますます経済のグローバル化が進み、国際関係における経済の重要性が高まっております。この担い手は言うまでもなく企業であり、経団連といたしましては、海外の経済界との交流を一層深め、相互の理解と信頼確立に努めてまいる所存であります。
     特にアジアについては、最近の経済危機の打開に協力するためにも、積極的な対話、交流を行っていきたいと思っております。すでに、経団連会長に就任して以来、アジア各国の要人と意見交換を重ねております。
     我々としては、東南アジア経済の再活性化のためにも、わが国自身の一日も早い景気回復に努力してまいりますとともに、アジア各国の経済安定と成長のため、技術移転、人材育成、すそ野産業の育成など出来る限り協力してまいりたいと思っております。経団連の二国間委員会などを通じた話し合いを進めるとともに、私も含め、経団連として状況がゆるせば、本年秋にもアジア各国を訪問したいと考えております。
     米国については、日米両国が良好な関係を維持することが、日本の対外関係の基本であると認識しております。そうした観点から、米国経済人との対話を深めていくことが重要と考え、今月上旬に、米国の大手企業のCEOをメンバーとする「ビジネス・ラウンドテーブル」の代表と、両国の経済情勢やアジアの金融危機など共通の関心事項について意見交換を行ってまいりました。来月にはわが国で「日米財界人会議」が開催されますが、このような多様なチャンネルを通じて、活発な議論を重ねていきたいと思います。
     欧州につきましては、私どもが注目しておりますのは、何と言いましても「ユーロ」の導入であります。単一通貨の導入は、欧州が精力的に進めてきた経済統合の最終段階であり、国際通貨市場において、米ドルと並ぶ基軸通貨が登場することになるわけであります。日本の産業界としても、これまでの欧州の関係者の努力に深い敬意を表するとともに、これを歓迎するものであります。このユーロ体制は、従来の通貨制度と異なり、欧州中央銀行による1つの金融政策と、11の加盟国によるそれぞれの財政政策がとられることになります。金融政策と財政政策がどのような調和を見せるのか、私どもとしましても大いに興味があるところであり、来年の適当な時期に欧州を訪問してみたいと考えております。

  9. おわりに―内外の諸課題解決に向けた抱負
  10.  最後に、繰り返しになりますが、経団連といたしましては、一刻も早く景気の回復をはかるため、政府に金融システム改革や税制改革など、実効ある経済対策を求めてまいります。そして、経済構造改革につきましても、そのスピードを早めるため先頭に立って行動していく考えであります。
     しかし、より重要なのは、企業も個人も「小さな政府」という世の中の動きに対応して、「自立、自助、自己責任」という行動原理に発想を転換し、自ら努力していくことであります。これは、少子高齢化を迎えている日本経済が直面する諸問題への解決のためにも、最も重要であると考えております。
     今後とも、率直に提言し、行動する経団連を目指して参りたいと存じます。
     有難うございました。

以 上


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