読売国際経済懇話会における今井会長講演

講演テーマ:「21世紀 我々の課題」

日時:1998年12月9日(水)正午〜午後2時
場所:経団連会館 12階 ダイアモンド・ルーム

  1. はじめに
  2. ただ今ご紹介いただきました今井でございます。本日は、読売国際経済懇話会にお招きいただき、誠にありがとうございます。
    本日のテーマは、「21世紀 我々の課題」でありますが、21世紀まであと2年を残すだけになった現在、日本経済は戦後最悪の不況に陥っており、まさに危機的な状況であります。本年7〜9月期の成長率は戦後はじめて4期連続のマイナス成長となり、このまま対策を講じなければ、来年度もマイナス成長に陥ってしまいます。景気を一刻も早く建て直し、成長軌道に戻すことができなければ、21世紀における日本の繁栄はあり得ないと考えております。
    日本経済の早期回復は日本のためだけではなく、日本の国際的責務でもあります。私は、この秋、経団連会長としてアジア諸国を訪問し、各国政府・経済界首脳と懇談を重ねてきました。10月にはベトナム、タイ、フィリピン、11月には香港、インドネシア、マレーシア、シンガポールの計7カ国を訪問しました。その他、8月には中国、10月にはオーストラリアを訪問しました。その際、各国政府の首脳や経済界の関係者からは異口同音に、日本の一刻も早い景気回復こそが、アジア経済の再活性化の鍵を握っていると、指摘されたのであります。そして、シンガポールから帰国した11月28日の昼には、経済六団体で中国の江沢民国家主席との懇談会を開催致しました。その際、江主席からは、「日本は、アジア地域唯一の先進国として、更に責任を負い、積極的な貢献をするよう期待する」との発言があり、アジア経済安定のためにも、日本の景気回復が重要と痛感した次第であります。
    私は、5月に経団連会長に就任して以来、景気回復のために全力を傾けてまいりました。本日は、日本が経済再生のために何をしなければならないか、そして、21世紀に向けて中長期的に取り組むべき課題は何かについて、私の考えを披露させていただきます。

  3. 当面の経済対策
  4. 最初に当面の経済対策について申し上げますと、確かに、景気をここまで深刻化させた要因の一つには、政府の景気刺激策のタイミングの遅れなどもあったかと存じます。しかし、基本的には、91年度以降のバブル崩壊によって深刻なデフレが生じ、その結果急増した金融機関の不良債権の処理が遅れてきたことに大きな原因があると思います。
    10月、金融再生関連法と金融機能早期健全化法が難産の末にようやく成立致しました。こうした状況の中で現在、金融機関は、リストラや増資、公的資金の活用などにより、不良債権の処理に積極的に進めようとしています。大手15行は、6兆円前後の公的資金の申請を行うことを表明いたしましたが、その効果もあって、海外のジャパン・プレミアムは、11月に0.2%以上(0.69%から0.48%)縮小いたしました。現在、銀行貸出は約600兆円あり、その中の100兆円が問題債権と言われております。その100兆円の4割(40兆円)が債務超過企業に対する貸し付けとのことであります。これを考えますと、資本注入の規模が6兆円程度ということは、いささか小さいのではないかと思います。この6兆円というのは、銀行の業務純益から、5〜6年で返せる程度の金額を前提に決定されたものでありますが、もう少し大きな規模の資本注入が必要であると存じます。
    金融機関の中には、資本注入を受けるためには、臨時株主総会を開く必要があるところもあり、また、金融再生委員会による審査も経なくてはなりません。このため、実際に資本注入が行なわれるのは、おそらく来年の2月頃になると思われます。資金需要が高まる年末あるいは年度末を控えて、信用収縮を回避し、企業や金融機関の資金調達を円滑にしていくことが、当面の緊急の課題であります。
    これに対して政府は、信用保証協会の20兆円の保証枠を追加致しました。また、緊急経済対策で、開銀等の政府系金融機関による約6兆円の融資制度の拡充などの措置を講じ、企業の運転資金にも開銀等が融資できるように致しました。また、日銀では、市中に資金を供給するためCPオペを積極的に活用するとして、期間の長いCPもオペの対象するとか、金融機関の貸出増加額の50%を対象に、リファイナンスのため日銀貸出制度を新たに設けるなどの措置を実施しております。さらに、社債等を担保とした買オペの導入も検討しております。私は、更に問題が深刻化した場合には、企業の資金繰りを支援するため、オペレーションの対象となる担保を更に拡大することも検討し、CP発行企業の適格要件の緩和や、場合によって株式を担保として買オペを行うなどが必要であると思います。
    企業側としても、財務体質を改善し、選別融資の対象とならないよう、自ら努力する必要があります。企業の財務状態が悪い理由としては、株や土地の下落の影響もございます。日経平均が15000円の場合、株の時価総額は約300兆円と言われております。株価が1割動くだけで、30兆円、時価総額が変わってまいります。株価をどうやってあげていくかは、今後の大きな問題であります。
    政府は、信用収縮防止策とともに、緊急経済対策を着実に実行していく必要があります。今年4月に総合経済対策が発表され、6月に補正予算が成立致しました。この中に盛り込まれた公共事業は、9月頃から地方でも動き出しております。特に通信、運輸関係の公共事業が伸びた結果、9月の公共工事の着工金額は約2兆2000億円と、前年を37%上回るレベルにまで上昇しております。これに緊急経済対策が切れ目無く続けば、確実に景気の下支えになると考えております。
    ただし、公共事業の量だけ増やせばよいというわけではありません。従来型のものではなく、景気対策としての効果も高く、次の世代にとっても有意義なインフラ関係に投資すべきであります。例えば、行政情報の電子化といった情報関連や、都市計画道路などの都市型プロジェクトなどであります。
    私は、第3次補正予算を中心とする政府の緊急経済対策は、景気を回復させる政府の強い意志を表明するものと評価しております。ただ、今回の緊急経済対策の中で、問題があると考えておりますのが、税制についてであります。
    政府・自民党は、法人実効税率を昨年度は約50%から46.5%に引き下げ、今回は、それを40%台に引き下げることを決定しております。しかし、問題は、実施の時期が99年度ということであります。99年度実施では、中間期決算の場合、早くても来年の11月(納税期)にならないと減税効果は出てまいりません。また、3月決算の場合は、今から1年半もたった2000年の初夏(6月)になって、やっと減税効果を得ることができるのであります。多額の赤字国債を発行してまで実施する以上、できるだけ早く減税を実施すべきであり、来年1月以降終了する事業年度から実施すべきであります。減税の効果を来年3月期末に出すことによって、企業の手元流動性は2兆円程度、高まるものと考えられ、民間の設備投資に必ず効果が出てくると思っております。次期通常国会の冒頭で税制関連法案を審議し、一刻も早く減税を実施すべきであります。
    景気を回復軌道に乗せるためには、GDPの60%を占める個人消費を活性化することが不可欠であります。大手スーパーの値引き販売による売上の急増や、軽自動車や新しく工夫をした家電製品の売上げが伸びていることから、月例経済報告の「変化の胎動」という表現につながったものと思います。しかし、これを確実なものにするには、まず、政府が既に決定している4兆円規模の所得減税を実行することであります。これに加えて、経済波及効果の高い住宅投資を刺激するための政策減税を実施すべきであります。現在、現行の住宅取得促進税制の拡充と、住宅ローン利子の所得控除制度の導入という二案が議論されております。住宅取得促進税制の拡充は、一次取得者である第二次ベビーブーマー世代の潜在的な持家需要を刺激するものであり、ローン利子の所得控除制度は、買い替え需要を現実の投資に結びつける、という異なった効果を持つものであります。このため経団連では、両者を選択できるようにすべきと要望しております。これらの潜在需要が顕在化することにより、住宅投資が20万戸増加し、耐久消費財の購入を含めて、GDPを0.7%程度引き上げる、と見ております。
    GDPの16%を占める民間設備投資につきましては、全く明るさが見えておらず、ここ数ヶ月は、前年度比10〜15%のマイナスが続いております。設備投資の先行指標である機械受注を見ても、ここ数ヶ月は対前年度比20%程度のマイナスが続いております。このため、法人減税の前倒し実施は極めて重要であり、住宅投資への政策減税が必要であります。これまで申し上げた様々な景気対策が効果を現していくことによって、民間設備投資の活性化につながっていくと期待しております。そして、来年度後半には、日本経済の潜在成長力と言われる2%程度にまで、回復していくと考えております。万が一、回復しなければ、追加的な財政支出を行うべきであり、それが日本の国際的な責務であると考えております。

  5. 90年代の環境変化
  6. 当面の景気対策に続きまして、中・長期の課題について、述べさせていただきたいと思います。
    1990年代に入り、日本経済の根幹に関わるような内外環境の変化が加速してまいりました。
    その変化の第一は、1989年にベルリンの壁が崩壊し、社会主義国が資本主義・市場に参入したことに加え、途上国が急成長した結果、競争が激化したことであります。モノも、カネも自由に世界中を動き回り、カネにいたってはヘッジファンドなどを中心に瞬時に国境を移動して、一国の経済の根幹を揺るがすほどの影響を与えております。企業が国を選ぶ時代に入ったとも言われる中で、国自体が制度や政策で競争する時代が到来したのであります。
    第二の環境変化は、日本では世界に類を見ないスピードで少子・高齢化が進んでいることであります。日本は第二次世界大戦後、高度成長を前提に、質の高い社会保障制度を築き上げてまいりました。しかし、少子・高齢化の進展により、現行の社会保障制度が綻びてしまうことが明らかになっており、これが不況の深刻化ともあいまって、国民の将来への不安につながっております。
    そして、第三の変化は、日本経済がGDPベースで世界経済の15%、アジア経済の3分の2を占める中で、日本が国際的な役割を強く求められるようになったことであります。
    このような環境の変化にいかに対処し、活力ある経済社会をどのように実現するかが、我々に課せられた課題であります。

  7. グローバル化への対応
  8. 第一に、グローバル化への対応について申し上げたいと存じます。まず、念頭におくべきことは、「市場メカニズムが機能する分野をできる限り拡大する」ことであります。世界経済の一体化が進み、競争が厳しさを増す中で、迅速かつ大胆な企業戦略が必要とされる時代であります。日本としては市場の役割をより重視し、拡大していく政策を展開する、そして政府の規制をできるだけ排除して、企業と個人の創意溢れる活動を促進していく必要があります。このような観点から、行政改革の断行と規制の撤廃・緩和、更には産業基盤の強化について、申し上げます。

    1. 行政改革の断行
    2. まず、行政改革については、行革基本法の下で、1府12省庁への再編を含めて、新しい省庁のあり方などが議論されておりますが、最重要課題は、内閣機能を強化し、総理大臣の戦略的な意思決定を可能にすることであります。また、事前規制型から事後チェック型への行政の転換、行政をスリム化するための独立行政法人化、更に20%の国家公務員の定員削減など、着実に成果をあげていかねばなりません。このような点に関して、私は、推進本部の顧問会議の座長として、政府の作業を厳しくチェックしてまいりたいと存じます。
      自自連立で、副大臣制度が議論されておりますが、政治が政策を決定していく意味で、その導入には賛成であります。しかし、1年もたたない間に総理が交代しかねない現状では、政治だけが重要な決断を下すことになると、政策の継続性が失われ、政治・行政への信頼が崩れる惧れがあります。米国の場合、大統領は4年から8年務めますし、議院内閣制でも、10年程度政権が続く事例があります。一つの政権・内閣が少なくとも4年程度継続することを、副大臣制度導入の前提にしないと危険であると思います。

    3. 規制緩和・撤廃
    4. 規制緩和は、かねてから経団連が重視している問題でございます。公正取引委員会の報告では、日本のGDPの約4割を占める産業が政府規制の対象になっているということであります。新しい産業を起こしていくためにも、規制を緩和・撤廃していくことが必要であります。
      規制を一つ一つ見直して、撤廃・緩和を進めることも重要でありますが、なかなか実効があがらないという実態であります。規制緩和・撤廃のためには、行政運営を透明化することによって、規制が行われる仕組み自体を見直していくべきだと思います。つまり、「行政立法手続法」を制定し、政省令・告示・通達など、行政による立法行為が行なわれる際には、案を公表してパブリック・コメント制度を使って民間の意見を事前に聞き、それを立法行為に反映させるべきであります。
      忘れてはならないのは、規制緩和は、企業と個人に自己責任を求めるものでもあるということであります。官に頼っていたものを自分の責任で実行していく、という覚悟が規制緩和には必要であります。

    5. 地方分権・地方行革
    6. 規制緩和による「官から民へ」の移行に加えて、地方分権の推進による「中央から地方へ」の改革も重要であります。地方分権がなかなか進まないのは、地方にしっかりとした受け皿があるのか、単に分権を進めるだけでは大きな地方政府ができてしまうのではないか、との批判が根強いことが大きな原因であると思います。私は、まず、地方行革を進めるためには、財源を中央から地方に大幅に移譲し、受益と負担の関係を明確にすることが重要であると考えております。現在の所得減税の議論でも、国と地方の財源のあり方が議論になっておりますが、交付金などの形で国に頼っていた地方が、自主財源を確保することによって自立し、自主的に地方行政のスリム化を進める必要があります。現在、21世紀政策研究所の方で、地方行革について提言をとりまとめつつあり、これを踏まえて経団連としても具体的に行動してまいりたいと存じます。

    7. 高コスト構造の是正
    8. 行革・規制緩和に続きまして、国際競争に勝ち抜くための産業基盤の強化の必要性について申し上げます。これについては二点申し上げます。高コスト構造の是正と、産業技術政策の強化であります。
      日本の事業環境、とりわけ生産拠点としての立地環境は、コストが高いため、企業は国際競争上の大きなハンディキャップを背負っております。例えば、経団連の調査によると、コスト面でみた日本の競争力は、アジア諸国はもちろん、欧米に対しても失われつつあることが明らかになっております。エネルギーや物流コストが高いことに加え、公共料金、租税公課、政府規制なども、コストアップの要因であります。
      従って、競争条件のイコールフッティングを実現するため、高コスト構造を是正していくことが、競争力強化の出発点であります。日本の立地環境が魅力的なものとし、日本の対外直接投資の10分の1に止まっている対日直接投資を増加させる環境を整えるべきであります。
      シンガポールでは、賃金を一律10%カットするとともに、法人税(26%)の10%を還付し、産業の競争力を強化しようとしております。日本も、このようなことを考えねばなりません。この観点から、経団連では、近く提言を取りまとめ、電力、石油、物流の分野の諸問題の解決を政府に要望したいと思っております。また、企業自らも、製造・販売・物流コストを削減し、その妨げとなっている流通構造・商慣行の見直し等を行うべきであり、官民ともに高コスト構造の是正に取り組んでいくべきことを訴えてまいりたいと考えております。

    9. 産業技術政策の強化
    10. 次に、産業技術政策の強化についてであります。
      グローバルな競争が厳しさを増す中で、産業の技術力を強化し、良質な雇用機会を国民に提供することは、各国政府にとってますます重要な課題となっております。
      米国を例に取りますと、第二次世界大戦後、国防総省などの政府機関は、重要技術開発のために、巨額の資金を企業や大学に提供するようになりました。これは、安全保障上のニーズに基づく支援でありましたが、研究開発の成果は民生用にも活用され、この結果、情報技術や航空宇宙産業の分野などでは米国の独壇場となっております。これは、間接的に産業界を支援したのであります。
      そして、80年代に入りますと、米国政府は、より直接的に産業技術革新を支援するようになってまいりました。例えば、半導体産業のプロセス技術を強化するために、独禁法の運用を緩和して、セマテックという研究組合を官民共同で設立致しました。93年には、低公害車の開発プロジェクトを開始致しました。更に、リスクの高い研究テーマに企業が取り組むことを支援するために、技術開発のコストを政府が一部肩代わりする、アドバンスト・テクノロジー・プログラム(ATP)を実施しております。産業技術の革新は、企業が自らの努力で推進すべきことではありますが、政府をも巻き込んだ国際競争がし烈さを増している現実に目を向けるべきであります。産業技術革新を支援することは、防衛や外交などと並んで国が担うべき最も重要な役割の一つと考えております。
      情報通信、バイオテクノロジー、環境・エネルギー分野などハイテク産業の世界市場規模は2000年には125兆円に達し、2020年にはその5倍に拡大するとの予測がございます。こうした新しい市場で日本企業が競争力を持てるかどうかが、21世紀の日本経済の発展を左右するポイントであると同時に、良質な雇用を確保する上で、極めて重要であります。しかし、日本の現状を見ますと、本年春に経団連が実施したアンケート調査で、回答者の4割が日本の産業の開発力に危機感を示しており、日本の産業技術力は、今日、大幅に米国に水を開けられております。従って、政府は、重要技術に関する企業の研究開発を、明確な政策を立てて支援すべきであります。
      このように21世紀の重要技術開発を政府が支援することによって、新しい産業のシーズが生まれ、これを各企業が活用して、ビジネス化に取り組むべきと考えております。

  9. 国民負担率抑制の観点からの社会保障制度改革
  10. 次に、第二の課題である少子・高齢化の進展にいかに対応するかであります。このためには、日本の社会保障制度を抜本的に改革する必要があると存じます。
    現在、いわゆる65歳以上の高齢者は、総人口の15%を占めておりますが、この比率は25年後には25%まで上昇することが確実であります。その一方で、勤労者の人口は、60%から50%にまで比率が低下し、この結果、現在は4人の勤労者で1人の高齢者を支えておりますが、25年後には2人で1人を支える社会になります。
    現在、勤労者の標準月額報酬の17%が年金保険料、9%が健康保険料であり、両者を合わせた26%を企業と個人で折半しております。今のままの制度では、25年後には、この26%が53%となり、この半分を個人が負担することになります。その上、介護保険料も加わろうとしております。更に、税負担もあり、このような負担を将来世代に強いる制度を維持していくことは事実上不可能であります。
    私は、税と社会保険料を合わせた国民負担率を抑制することを軸に、抜本的な社会保障制度改革を進めるべきと考えます。つまり、年金、医療、介護を一体としてとらえ、対応を考える必要があります。その際の視点としては、第一に制度が持続可能であること、第二に、世代間の負担と受益のバランスがとれ、勤労者に負担が偏らないこと、第三に、これ以上の企業と個人の負担をできるだけ抑制することであります。
    具体的には、まず、年金・医療・介護の分野では、高齢者の最低限の生活を保障する基礎年金部分と高齢者医療・介護をナショナルミニマムとして、このコストは、間接税によって、国民全体が薄く広く負担すべきであります。
    政府の役割をナショナルミニマムに限定し、それ以外の部分は、個々人のニーズ・考え方に基づいて、できる限り自助努力に委ねることによって、国民負担率の抑制が可能になります。例えば、年金については、政府の役割を基礎年金部分に限定し、厚生年金や企業年金については、個々人と企業が資金を積み立て、自らの責任で運用すべきであります。つまり、確定給付型ではなく、確定拠出型の年金制度を導入すべきであります。この社会保障制度改革については、自由党は最も明確で経団連に近い考えを持っております。自自連立で、ただ今申し上げた方向で改革が進むことを期待しております。
    このような改革は、間接税の引き上げを示唆することなどから、政治的に困難との見方もあります。しかし、問題を棚上げすれば、却って国民の将来への不安を増幅させ、更に消費を冷え込ませ、景気回復を遅らせることになります。早急に政治決断が必要であります。

  11. 日本の国際貢献
  12. 最後に、日本の国際的役割について申し上げます。これについては、まず、アジア諸国との関係について申し上げます。

    1. アジア諸国との関係
    2. 冒頭にも申し上げましたが、この秋に私がアジア7カ国の首脳と懇談した際、第一に求められたことは、日本経済の再活性化でありました。香港、インドネシア、マレーシア、シンガポールの首脳から、口々に「日本経済の早期回復がアジア経済の再活性化の鍵」との発言がありました。これに対しては、私から、先に申し上げた政府の施策と今後の見通しを説明した次第であります。
      また、アジア諸国に対する短期の430億ドルの支援、更には中長期的支援の宮沢構想による300億ドルの支援については、各国の期待は非常に強く、感謝の声も聞かれました。アジア各国は、本年5月前後から、実体経済を立て直すために緊縮財政から積極財政に転じてきておりますが、資金不足に直面している国もございます。このため、一刻も早く日本のアジア支援策を手に触れることができるものにして欲しいとの声が相次ぎました。こうしたアジア諸国の強い声を小渕総理にもお伝えし、早急に対アジア支援が具体化することをお願い致しました。
      現地に投資している日本企業は、殆ど一社も撤退しておりません。現地での内需の落ち込みを輸出で補うなどにより、事業の継続と雇用に維持に努めております。こうした努力は現地で高く評価されており、日本の産業界としては、今後とも続けていかねばならないと痛感致しました。
      アジアを訪問した際、ヘッジファンドに代表される国際的な短期の資本移動についても議論になりました。90年代にアジア諸国が急速な経済成長を達成したのは、外国からの投資が重要な要因でありました。アジアへの民間投資の流入は、94年から97年は年平均739億ドルで、10年前の6倍弱にも達しております。今回の通貨危機は、この大量の資金が一挙に国外に流出したためにもたらされたものであります。今後とも、自由な資本の移動を確保していくことは、アジア諸国の経済成長のために不可欠であると思いますが、この短期資金の移動が東アジア諸国の潜在的成長力に関わりなく行われたことを考えますと、資本の自由な移動は確保した上で、何らかのルール、規律が必要と思われます。
      この問題について、11月のAPEC首脳会談などで議論され、短期の資本移動の監視やヘッジファンドのディスクロージャーが必要であることなどが議論されました。来年2月のG7蔵相会議でも、この問題が議論されると伝えられており、今後、こうした場で、具体的なルール作りが進むことを期待したいと存じます。
      また、今回の通貨危機は、アジアの多くの国がドル・ペッグであったことから生じた問題でもあります。来年1月から、欧州では統一通貨ユーロが導入されますが、アジア諸国の間から声が上がっているように、円の使い勝手をよくしていく必要があります。政府・日銀は、30兆円のFB(政府短期証券)を来年4月から公募入札に変更し、非居住者の源泉徴収課税を撤廃する方向で議論を進めておりますが、これによって、円の使い勝手がよくなることを期待しております。

    3. 環境問題における国際貢献
    4. 21世紀における日本の国際貢献の重要な柱の一つは、環境問題であると思います。それは、日本が公害対策先進国であり、また、治山治水がよく行われているからであり、これをアジア諸国のために活かしていくべきだと思います。
      8月下旬に、北京を訪問した際、中国は大洪水の最中でありました。この洪水の遠因は、森林不足にあると中国においても言われていることから、江沢民主席に「植林で中国に協力したい」と申し上げましたところ、歓迎するとのお言葉を頂きました。
      私は、環境植林プロジェクトを、21世紀における日中両国民の協力事業のシンボルとして、国民的レベルで息長く育てていきたいと考えております。そこで、経団連の中国委員会の下に植林協力部会を設置するとともに、広くこの事業に協力を呼び掛けましたところ、産業界ばかりではなく、多くのNGOの方々、政府からも協力のお申し出をいただきました。来年、「日中植林協力フォーラム」を発足させ、この植林事業を育てていきたいと考えております。

  13. 結 び
  14. 本日、21世紀に向けた日本の課題について申し上げました。その課題に取り組む際のキーワードは、「自立・自助・自己責任」であります。経団連としては、この前提に立ち、タイムリーに政策提言を行うとともに、積極的に行動することによって、未来への責任を全うして参りたいと考えております。

以  上

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