「わが国経済の再生に向けて」

─きさらぎ会3月例会における今井会長講演─

1999年3月25日 (木)
於 キャピトル東急ホテル

  1. はじめに
  2. 景気の状況
  3. 昨年からの景気対策
  4. 景気対策から構造改革へ
  5. サプライサイド中心の構造改革の推進
    1. 産業競争力の強化
    2. 公的負担の抑制
    3. 行政改革・規制緩和の推進
    4. 司法制度改革の推進
  6. アジアにおける日本の責任
  7. おわりに

  1. はじめに
  2. 来年、50周年を迎えられ、大変歴史のある「きさらぎ会」でお話をすることができ、ありがとうございます。
    私は、昨年5月に、経団連の会長に就任して以来、「自立、自助、自己責任」を基本精神に掲げ、「タイムリーに行動し、実行する経団連」を実現するべく努力してまいりました。本日は、「わが国経済の再生」に向けた、経団連の取り組みをご紹介し、ご理解とご支援を頂きたいと考えております。

  3. 景気の状況
  4. まず、景気の状況ですが、(昨年7月に誕生した)小渕内閣は、発足当初の人気は低かったものの、景気回復、経済再生を旗印に掲げ、デフレを回避し、日本発の金融恐慌を起こさないという決意で、財政・金融政策を総動員して今日まで経済を運営してこられました。経団連は、これらの政策を全面的に支援してまいりました。しかし、日本経済はマクロで見ると、依然として厳しい状況にあります。97年度の−0.7%に続き、3月発表のGDP統計では、98年10―12月期の実質成長率が年率で−3.2%と落ち込んでおり、98年度も、おそらく2%以上のマイナス成長という戦後最悪の数字になるのではないかと思います。
    国民は、こうした経済状況に自分自身の生活を重ねあわせ、生活への不安をひしひしと実感しており、これが消費が伸び悩んでいる原因となっております。また、先月、日米財界人会議の合同運営委員会に参加した際、米国の政財界の関係者が、日本の経済動向に極めて高い関心を示したことに強い印象を受けました。
    わが国が、景気を回復させ、安定した成長軌道に乗ることが国際的な責務となっております。これが達成できれば、21世紀の国際社会にあって、日本は信頼され尊敬される国になれるものと存じます。

  5. 昨年からの景気対策
  6. バブル崩壊以来、歴代の内閣が、景気回復策として公共事業や減税など、需要面に焦点をあてて手当てしてきました。
    小渕内閣は昨年11月、総額27兆円の「緊急経済対策」を打ち出し、これを踏まえた平成11年度予算が、3月17日、史上最も早く成立いたしました。予算が早く成立するということは、公共事業(実施)の準備が早くできるわけであり、早い時期からの執行が可能となるので歓迎しております。これが景気に好ましい影響を与えることを期待しております。
    また、9.4兆円もの減税を盛り込んだ平成11年度税制改正改革も、昨日、成立いたしました。個人所得税の4兆円を上回る減税が実現し、1-3月の減税分は6月に還付され、4月からは減税が実施されます。また、経団連が強く要望してきた最高税率の65%から50%への引き下げも行われます。さらには、法人実効税率は現行の46.36%から、40%台(40.87%)に、引き下げられ、2.4兆円の減税となります。法人実効税率40%は、経団連が10年以上にわたって主張してきたことであります。この他、住宅減税等も行われ、総額で、9.4兆円規模の減税となります。
    これに加えて、昨年秋、臨時国会(10月)で金融健全化法(不良債権早期処理を前提とする公的資本注入25兆円の準備)が成立しました。これを受けて、3月末までに7兆円を超える公的資金の注入が(金融機関に)行われます。さらには、日銀は金利ゼロに近い金利政策をとっております。
    このように、財政、金融の両面で、政府が打つべき手はほとんど打たれたものと、評価しております。海外の専門家の間でも、日本経済もそろそろ底を打ったという見方が出てまいりました。
    最近では、次第に明るい状況も、部分的、現象的には、出てまいりました。地方の経済界との懇談の場でも、昨年11月の緊急経済対策の効果が現れてきており、公共事業の増加が地方経済をかなり下支えしているとの発言がございました。また、住宅ローン税額控除制度の創設により、控除税額が170万円から587.5万円まで拡充されました。住宅金融公庫金利の据え置きも行われたことから、マンションや一戸建て住宅の契約が伸びているとのことであります。最近の年間住宅着工戸数は135万戸程度ですが、98年度は115万戸と予測されており、住宅減税により、99年度は20万戸程度の上積みで、平均水準まで回復することが期待されます。20万戸の増加は6兆円の直接の経済効果があり、さらに波及効果も期待されます。これにより設備投資のマイナスを補うことが期待されます。さらには、民間需要の面でも、コンピューター、白物家電、軽自動車の販売の好調が伝えられております。
    一番明るい兆しは、株価でございます。金融機関への資本注入が決まった頃から潮目が変り、年初に比べて3000円の上昇となっております。時価総額は300兆円ですので、株価が2割上昇すると60兆円の増加となり、企業業績に好ましい影響を与えます。

  7. 景気対策から構造改革へ
  8. こうした需要面重視の景気対策のため、副作用が生じたことも事実です。それは、年初に、長期金利が急上昇したことであります。国債の大量発行(平成11年度予算における公債発行額は31兆500億円。公債依存度37.9%)が行われることや、資金運用部の国債の買い入れ停止が伝えられたことから、長期金利が上昇し、債券相場が下がりキャピタルロスが生じました。そこで機関投資家等は、資産の目減りを穴埋めするために米国債を売り円に換えました。これが円高を招き、業績の悪化が見越された輸出企業の株が売られ、株安になりました。経団連はこうした動向を大変懸念しております。日本銀行の一段の金融緩和政策(2月12日発表。無担保コールレートの0.15%への誘導)と、政府の国債管理政策(2月16日発表。長期国債の発行削減と中・短期国債の発行拡大、及び資金運用部による長期国債の買い入れを再開)により、長期市場金利(国債指標銘柄)は1.6%まで低下、円相場も120円前後まで軟化し、ひとまず状況は落ち着きを取り戻しました。
    しかし、経済戦略会議の提言にあるように、経済構造改革、財政構造改革が進まなければ、本当の意味での日本経済に対する内外の信頼は戻ってまいりません。この問題が再燃する惧れがございます。従って、これからお話しする構造改革を、今から着実に進める必要があります。
    さて、地味ではありますが、企業経営にとって大切な会計原則の変革に対応することも、構造改革の一端であります。その背景には、まず、2001年の時価会計の導入(2001年3月期から持合株式以外の金融商品、2001年度から持合株式)により、株価の変動が企業業績に影響を及ぼす事態が考えられます。また、経営者のROE(株主資本利益率)に対する意識が高まるのに伴い、株式持ち合いの解消が否応なく進んでおります。現在既に年間4兆円を超える(97年で4.4兆円)持合株式が、市場に流れ込んでおります。ここ数ヶ月は外国投資家の買い越しが続いておりますが、市場における浮動株が増え、需給関係が崩れることにより、株価の引き下げ要因となることは確かです。
    そこで、経団連は昨年10月、「証券等健全化機構」を通ずる自己株式消却のスキームを提案しました。しかし、公的資本の注入を受ける一方で、銀行が自己株消却を行うことは難しく、このスキームは棚上げになり、経団連は代案を提示いたしました。
    2001年度からの退職給付会計(退職給付の積立不足のオンバランス処理)の導入を控え、企業年金の積立不足がクローズアップされてきたことが、第二の背景にあります。平成10年度税制改正により退職給与引当金が縮減されたため、退職一時金から年金給付へ、退職給付がシフトしていく傾向にございます。企業年金には、大蔵省所管の適格退職年金と厚生省所管の厚生年金基金、いわゆる3階部分がございます。現在、適格退職年金には20兆円、厚生年金基金には45兆円が積立てられております。従来、これを5.5%の利率で運用することが強制されておりましたが、低金利等により、運用機関がまず、利率の引き下げを行いました。新日鉄では、昨年、利率を3.1%に引き下げましたが、大多数の会社はようやく4%程度に引き下げ始めている状況です。しかし、既に退職し受給している人には5.5%が保証されておりますので、この差額は企業が埋めなければなりません。積み立て不足額は、40兆円から75兆円にものぼると言われております。これを順次(15年間で)償却していくためには、企業は毎年3兆〜5兆円を費用として計上していかねばなりません。これが企業のバランスシートにはねかえって、格付け機関による評価が下がる惧れもあります。今回の法人税減税は2兆円余りですので、減税分を帳消しにする規模ということになります。
    こうした状況に鑑み、経団連は、企業が保有する株式を企業年金の積立て不足に充当する案を提示しました。経団連は2つの案を出しております。第一は、企業年金に対し、企業が保有する株式を拠出することを可能にするものです。この案につきましては、厚生年金保険法の改正の一部として、現在、法案提出の準備が進められております。第二の案は、従業員の退職給付への充当を目的として、保有している株式を、企業が信託するというものです。この案に関し、経団連は日本公認会計士協会との間で、退職給付会計基準に係る実務指針の詰めを行っているところです。
    企業会計のもう一つの変化は、税効果会計の導入です。これは、企業会計と税務会計の齟齬を一致させるというものです。
    さらに、会計基準の変更のみならず、開示制度にも大きな変革が始まります。これまで個別企業重視だった開示制度が、連結重視へと転換いたします。これに加えて、連結の範囲も、従来の持株基準から実質基準に変わるため、関係会社を使った「とばし」は一切できなくなります。
    柔軟かつ機動的な企業経営を目指して、企業の経営形態が日々変化する中、一昨年の独禁法の改正により、純粋持株会社が解禁されました。また、持株会社設立やM&Aを容易にするために、株式交換ならびに株式移転制度が創設されます。そのための商法改正法案が3月10日に国会に提出されました。このようにグループ経営に即した法制度の整備が着実に進んでおります。
    また、会社分割や分社化に対応した商法・税法の整備に関する交渉も進んでおります。米国のパートナーシップ制度のようなやり方も是非参考にしていきたいと思います。
    さらには、自民党税調の98年度税制大綱に、連結納税制度の2001年の導入が明記されましたが、是非早急に実現させたいと考えております。
    企業活動がグローバル化するのに伴い、企業会計もグローバル・スタンダードにならねばなりません。それが企業にとって大きなメリットになります。しかし、これらの変化が企業経営のあり方や株式市場に与えるインパクトを最小限に留めるよう、環境整備を進めていかねばなりません。

  9. サプライサイド中心の構造改革の推進
  10. 経済構造改革の中でも、特に重要なのは、サプライサイドの構造改革です。需給ギャップが20〜30兆円に達するとの見方があります。先程申し上げた通り、需要創出策については、打つべき手は打たれており、これからは供給側の構造改革と、将来に向けた大競争を生き抜くための強化策が必要となっております。
    将来に向けた中長期的な取組みについて、4項目に分けてお話しいたしたいと存じます。

    1. 産業競争力の強化
    2. 第一項目は、産業競争力の強化です。わが国の製造業は、GDPならびに雇用者数の25%前後のウェートとなっております。しかし、財・サービスの輸出入に占める割合は、70%にも達しており、食糧、エネルギーを自給できないわが国としては、製造業は「稼ぎ手」であり、依然として貿易立国日本の基幹産業です。
      申し上げるまでもなく、わが国は、21世紀に向けて、少子・高齢化の道を辿らざる得ません。当然、労働人口と貯蓄は減少しますので、労働・資本の投入量の増加で経済成長を支えることは難しいと思います。わが国経済が安定的な成長を実現していくためには、労働・資本の生産性を向上する一方で、イノベーションを行なうことが不可欠です。製造業の有する高い生産性と国際競争力を強みと認識した上で、それをさらに伸ばしていく取り組みが求められております。
      そこで、私は与謝野通産大臣と相談を重ねた後、さる1月末に、与謝野大臣とともに小渕総理にお会いし、官民のトップが一堂に会し、官民それぞれの取り組みを率直に話し合う場の設置をお願いいたしました。総理は快諾され、「産業競争力会議」の創設が決まりました。メンバーも固まり、近く第1回の会合が開かれる見通しです(3月29日開催)。産業競争力会議は、経済界が政府に「お願いをする」場ではなく、経済界としてコミットすべきことはコミットした上で、政府に(企業活動をよりやりやすくするための)環境整備を求める場であり、政府と民間が双方向で話し合います。
      この会議では、1年程度かけて、産業競争力の強化を実現していく上で重要となる課題を、次々と取り上げてまいります。前回取上げられた課題の解決策が、次回会合で提示される、というくらい(早い進行)になると思います。経団連としては、(1)既存産業の活性化、(2)リーディング産業の育成、(3)新産業・新事業の創出、を3つの柱として、具体的に提言していきたいと考えております。
      さて、既存産業の活性化のためには、構造的な需給ギャップを解消するという観点から、過剰となっている生産設備の処理を進めることが特に重要となってまいります。既に、減税や公共事業など、需要面に焦点を当てた施策が行われていることから、今後は供給サイドの強化に、企業自らが主体的に取り組んでいかなければなりません。
      過剰設備処理と申しますと、第2次オイルショック後に制定された旧産構法(特定産業構造改善臨時措置法)のことが思い起こされます。しかし、このような、業界や製品を通産省が指定し、共同行為によって設備を一律に廃棄するというカルテル的な手法は、国際的な批判を招くのは勿論のこと、これまでの取り組みに差のある企業を横並びで扱うこととなるため、問題が多いと存じます。過剰設備の処理は、あくまで個々の企業の判断により進めるべきです。政府は、環境整備に徹するべきです。
      過剰設備、過剰雇用、過剰債務の3つを処理することが重要であります。まず、過剰設備の処理につきましては、税制面でのインセンティブや、跡地処理のための土地の利用転換・流動化対策が必要です。
      次に過剰雇用の問題ですが、過剰設備の解消を進めるのに伴い、雇用にも手をつけざるを得ません。従来の雇用政策は、なるべく企業内部に過剰雇用を抱えることを奨励するものでしたが、今後は、一部は外に出していかざるをえません。雇用調整助成金ではなく、雇用保険の拡充や教育訓練を官民で拡充するとともに、民間としては、雇用の場の創出に努める必要がございます。また、諸外国の例でも明らかなように、政府による職業紹介は特にうまくいかないので、規制を撤廃(し民間に開放)すべきです。
      そして過剰債務ですが、これが最大の課題であります。先般、大手銀行への公的資本注入が決まりました。最近、建設会社をはじめ企業への債権放棄が新聞報道されております。私はコアになる部分は残して、再建を進めるべきであると考えます。私が割り切れないと感じているのは、債権放棄と報じられた企業の株価が上がっていることです。リスクマネーの考え方では、まず株主が毀損し、続いて債権者が影響を受けるものであり、現在の動きは釈然としません。経営責任、株主責任を明確にするため、減資が必要と考えます。大原代議士や塩崎代議士は、Debt Equity Swapを主張しておられます。これは債権を放棄せずに株式に転換する手法であり、米クライスラーなどが実際に行なっております。検討に価すると思います。
      ところで、将来のリーディング産業の育成につきましては、欧米諸国とりわけ米国では、80年代以降、「ヤングレポート」に代表されるように、国家戦略として取り組まれております。その背景には、自国にとって将来戦略的に重要な産業については、単に企業の自由競争にまかせるのではなく、政府の様々な政策を駆使して、世界市場において「比較優位」を創り出すことが重要であるとの明確な考えがあります。わが国も、情報通信、環境、バイオ、新素材・新材料、高度医療等の高度技術集約型事業分野の中から、特に重点分野を絞り込んで、産官学の持てる資源を投入していくなど、戦略的な産業技術政策を一刻も早く確立すべきです。(産業競争力会議での)こうした取り組みが、やがて「総合科学技術会議」につながっていくものと存じます。

    3. 公的負担の抑制
    4. 構造改革の第二項目として、高コスト構造の大きな要因である公的負担の抑制、とりわけ社会保障改革についてお話しいたします。
      わが国の最大の課題は、少子・高齢化問題への対応であります。少子・高齢化が、世界に類を見ないスピードで進む中、右肩上がりの経済を前提とした現行の社会保障制度は、明らかに破綻しようとしております。現在は4人の勤労者で1人の高齢者を支えておりますが、2025年には、2人で1人を支える社会になります。現在、厚生年金保険料(17.35%)と健康保険料(8〜8.5%)を合わせて、標準報酬月額の約26%を、企業と個人で折半して負担しています。現行制度のままでは、厚生年金保険料だけでも2倍程度(34.3%)にまで上昇すると予測されております。これに介護保険が加わろうとしており、税金と合せて所得の60%以上を国に収める形となります。このような制度を将来にわたって維持することは、到底不可能です。社会保障を持続可能な制度にするためには、給付水準を適正化するとともに、(最低限の生活を保障する)ナショナル・ミニマムの基礎年金と高齢者医療・介護は、福祉目的税のような形で、国民が広く薄く負担すべきです。経団連は既にこの考えを公にしておりますが、今後さらに深化させていきたいと存じます。
      特に、年金制度につきましては、基礎年金部分と報酬比例部分を峻別し、それぞれの目的に合わせて財源を再検討すべきと考えております。基礎年金部分につきましては、高齢者の最低限の生活保障を行うという観点から、間接税による賦課方式が望ましいと思います。また、報酬比例部分は、現役時代の報酬(掛け金)に応じて給付を受ける自助努力型の年金制度ですので、賦課方式から積み立て方式に移行させ、最終的には民営化を目指すべきであると考えます。
      こうした公的年金と並行して、企業年金、個人年金といった私的年金の充実も急いで行なう必要があります。特に確定拠出型年金の導入は不可欠です。

    5. 行政改革・規制緩和の推進
    6. 次に、このような公的負担の上昇を抑制するための裏付けとして、行政改革ならびに規制緩和について、お話ししたいと存じます。
      経団連は、行政の介入をなるべく少なくし、市場経済の下で「小さな政府」を実現することを目指しております。「官から民へ」という基本原則の下で、中央省庁改革、規制緩和を積極的に働きかけてまいりました。現在、独立行政法人の整理、公務員数の削減、総理の権限強化に関する法案の準備が進められております。私はこうした政府の作業を監視する(中央省庁等改革推進本部)顧問会議の座長としても、この問題に関わってまいりました。
      中央省庁改革を支え、「官から民へ」の原動力となるのが、規制緩和です。わが国は長年の間、規制依存型システムを築き上げてまいりましたが、このシステムは、大競争時代が到来している現在、もはや有効性を失っております。政府、企業、消費者の各部門相互に存在する「横並び体質」「責任転嫁型の体質」「護送船団方式」といわれる仕組みから脱却し、市場経済の原理で動く自由な経済社会を構築していかねばなりません。

    7. 司法制度改革の推進
    8. 第四項目として司法制度改革についてお話しいたしたいと存じます。司法改革はこれまであまり取上げられてまいりませんでしたが、大変重要な課題です。
      規制の撤廃・緩和により、これまでの行政依存型・事前規制型の経済・社会が、内外に対して開かれた、自由で公正な市場経済・社会へと転換していきます。そうした社会では、企業・個人は「自己責任」の下で「透明なルール」に従って行動することが求められます。「事後チェック型」の社会へと移行していくわけです。
      その中で生じる様々な摩擦や紛争を解決する機能は、これまでのような行政ではなく、最終的には司法に求めるほかございません。しかし、現在の司法は、多様かつ複雑な社会的・経済的紛争を解決するのに、人的インフラ、制度的インフラの両面から、十分であるとは言えません。「2割司法」といわれるように、本来、司法制度によって扱われるべき紛争の大部分が、行政など司法の外で解決され、あるいは解決されないままに泣き寝入りとなっているのが実態です。
      さる2月5日、司法制度改革審議会の設置法案が国会に提出されました。司法制度の抜本的な改革が、始まろうとしており、経団連は全面的に支援してまいりたいと考えております。

  11. アジアにおける日本の責任
  12. 最後に、アジア経済について触れたいと存じます。アジア経済危機が表面化して以来、既に2年近くが経とうとしております。IMFの支援等により、外貨不足に伴う危機は回避されたものの、景気後退や失業の増大、信用収縮など、依然として経済不振は続いております。こうした中、私は昨年の会長就任以来、ベトナム、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、香港、中国等を訪問し、各国で政府ならびに経済界の首脳と、意見交換をしてまいりました。訪問先の国々で、異口同音に、アジアのGDPの7割を占める日本の景気回復なくしてアジア経済の発展はない、と言われました。
    わが国の対アジア貿易は、輸出入合計で36%を占め、対北米貿易の30%を上回っております。対アジア直接投資残高は約800億ドルと、対外直接投資全体の31%を占めております。アジアとわが国の経済関係は極めて深く、アジア経済の復興は、わが国経済の再生にとって欠かせない、重要な課題です。
    アジア経済の復興のためには、先程申し上げた通り、わが国経済の再生、内需拡大が重要であります。それとともに、アジア各国に進出している日本企業が各国での事業を継続し、雇用の維持や投資の拡充を図って、各国経済の活性化と発展に貢献することが大切です。実際、私が訪問した各国では、日本企業が現地にしっかりと根をはり、内需の落ち込みを輸出で補うなど、事業の継続と雇用の維持に努めていることが高く評価されておりました。
    また、ODA(政府開発援助)や貿易・投資等を通じて、日本がこれまで行ってきた協力や、政府によるアジア経済危機に関する支援策等に対して、各国首脳から感謝と期待の意が表明されました。アジア諸国は、当初IMFによる緊縮財政を余儀なくされて経済が悪化しました。その後、景気回復重視へと政策転換されましたが、国家財政は依然として深刻な状況です。国外で国債が起債できない状況です。昨年11月に発表された新宮沢構想(300億ドル規模の資金支援スキーム)による各国の産業・経済活動に対する資金支援の実施が軌道に乗りつつあり、経済界も大いに期待しております。残された最大の課題は、民間の債務処理の問題です。繰り延べはできるようになりましたが、抜本的な対策はまだ打たれておりません。
    また、アジア通貨・経済危機の原因として、ヘッジファンドに代表される国際的な短期資金が一挙に国外に流出したこと、各国が過度にドルに依存していたことがあげられます。円の国際化はこの点からも推進すべきであると存じます。今では、中国を除くアジア諸国は、円が基軸通貨となることを求めております。また危機再発防止という観点からは、ヘッジファンド等の透明性の確保や、短期資本移動に対する監視体制の強化が必要であると考えております。
    こうしたことを通じて、アジアの発展と共存共栄に向けて、わが国が政治、経済の両面でリーダーシップを発揮し、各国の期待に応えていくのが、わが国の国際的な責務であると存じます。

  13. おわりに
  14. 確かに、日本経済の前途は多難であります。しかし、いたずらに悲観することなく、経営者の一人ひとりが企業家精神を発揮して、一貫して経済の構造改革に取り組めば、今年の後半には回復軌道にのり、21世紀には安定成長を確保できるものと確信いたしております。

以 上

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