第61回経団連定時総会における今井会長挨拶

21世紀に向けて日本経済を再活性化する

1999年5月25日(火)
於 経団連会館 14階


 21世紀を目前にして、わが国経済は、戦後54年の歴史の中ではじめて2年連続のマイナス成長を記録するなど、多くの困難に直面しております。
 こうした中で昨年成立した小渕内閣は、近来にないスピードで政策を展開されており、昨年10月の金融安定化策、11月の緊急経済対策などの、いわば総需要喚起型の景気対策の効果もあって、わが国経済はようやく最悪期を脱し、景気は下げ止まりつつあります。この結果、内閣への支持率も上昇し、国民の中に政治に対する信頼感、安心感が高まってきていることを大変心強く思っております。
 政府・与党には、今後とも、引き続き景気対策の切れ目のない執行を心がけていただきたいと思いますが、問題は、こうした政府・与党の政策努力を21世紀に向けて景気の本格回復、経済の活性化につなげることが出来るかどうかであります。財政の現状からみる限り、政府・与党の需要喚起策は限界に近づきつつあると思います。これからは民間が中心になって、民主導で、主体的に、経済の再生、活性化を実現していかなければなりません。
 民主導の経済の活性化を実現する上で、当面解決が迫られている問題は、次の2点であります。
 まず、第1に、需要面からの対策が十分とられた現在、景気の本格回復にはサプライサイドの改革が欠かせないということです。世界中の国がグローバル・コンペティションに入る中で、わが国の供給構造の改革を、これ以上遅らせることは絶対にできません。
 第2に、世界に例をみない急速な少子・高齢化が進行する中で、年金・医療などの社会保障制度への将来不安が消費を抑制し、景気の回復を遅らせています。社会保障制度を国民が納得出来る持続可能なものに改革する努力が官民ともに求められています。

 まず、サプライサイドの改革には、企業として以下の3つの対策を進めることが必要です。
 第1に、金融の不良債権問題が解決の方向性を示された今、一方の借り手である産業の過剰債務、過剰設備、過剰雇用の問題を早急にかたづける必要があります。3つの過剰が存在する結果、民間の設備投資がマイナスを続けており、これが2年連続マイナス成長に大きく影響しています。3つの過剰を迅速に解消することで、資本と労働の生産性を上昇させれば、企業収益も向上し、景気の本格回復に弾みがつきます。
 第2に、世界的な大競争に打ち勝つためにも、日本でも企業組織形態の多様化など、マネジメントの変革すなわち経営の効率化と生産性の向上を推進することです。合併や分社化、会社分割など様々な経営手法を積極的に活用すべきです。
 第3に、将来的には少子化により労働人口が減少し、また高齢化にともなって貯蓄率が減少していきます。こうした動きに対応して、経済を活性化し、21世紀にも成長を続けていくには、イノベーションによって国家としての生産性を引き上げていくことが不可欠になります。このために、官民あげて技術・研究開発を進め、技術力の向上に取り組む一方で、将来のリーディング・インダストリーを育てていく必要があります。
 もちろん、供給構造の改革は、本来個々の企業が自らの責任と判断で処理すべき問題であることは言うまでもありません。しかし、供給構造の改革を進める上で、わが国の企業法制や税制がグローバル・スタンダードになっていないことから、実際には企業の柔軟で弾力的な対応が困難になっています。こうした点については、政府の環境整備の一環として早急に改めていくべきです。
 また、供給構造改革の過程では、従来企業が抱えていた雇用が労働市場に出て行く可能性が高まりますから、緊急の雇用対策が必要になります。先般衆議院を通過した職業紹介、労働者派遣の原則自由化による民間参入、雇用保険制度の合理的な見直しに加えて、介護、情報など成長が見込まれる分野は、思い切った規制の撤廃・緩和により、民間活力を全面的に発揮することで、新たな雇用の担い手を育成すべきと考えます。その際、米国にならってNPOを活用していくことも重要です。

 次に、社会のセーフティ・ネットである社会保障制度を、少子・高齢化と低成長経済にあわせて、持続可能なものに改革していく必要があります。
 現在の年金制度、医療制度は、働く世代に高い負担を強いることで働くもののやる気を奪う一方で、制度自体が破綻しているとの懸念を国民に与えています。社会保障を持続可能な制度に改めていくには、生活する上でのシビルミニマムである基礎年金部分や、保険方式にはなじまない高齢者医療および介護は、財源を新たな税に求めて全国民に確実な保障を与える制度に改めてはどうかと考えます。その際、給付と負担のあり方を見直し、これまでの現役世代や企業に対し、保険料で直接的に高負担を求める方法から、国民全体に広く薄く税負担を求める方法への変更を考えるべきです。
 一方で、公的年金の報酬比例部分や一般の医療制度に、極力自己責任と競争原理を導入していく必要があります。そのためには、報酬比例部分の積立方式への変更や、将来的な民営化、医療における健康保険組合等の機能強化や、一層の自由化・効率化も視野に入れるべきと考えます。
 経団連では、国民負担率という見地から税とならんで社会保障問題の重要性を強く認識し、今年度、社会保障制度委員会を新設することといたしました。他の経済団体とも協力しながら、鋭意検討を進め、改革の具体策を提言してまいります。
 また、社会保障制度に加えて、破綻寸前の財政を国際的にも信頼可能なものに建て直していくために、歳出のスリム化、税制の直間比率の見直しや総合課税の導入など歳入面の改革の議論も引き続き行って行きます。

 今年になってから、私はアジア隣人会議、米国のビジネス・ラウンドテーブルとの対話など、様々な国際会議に参加し、討議してまいりました。こうした一連の会議を通じて共通して感じたことは、各国の日本の本格的な景気回復への熱い期待であります。日本の回復にはアジアの再生が必要です。しかし、一方日本の本格的な景気回復なくして、アジアは決して本格再生しません。
 また、日米関係は現在小渕総理の訪米の効果によって摩擦が沈静化した状態にあります。しかし、来年の大統領選挙を控えて、日米が緊迫する場面は十分考えておく必要があります。日米関係は政治、安保、経済など多岐に及びますが、日本の景気の本格回復は世界経済の安定化を通じて、世界全体に貢献するという視点を見逃してはなりません。日本の本格回復、経済の再活性化は国際的責務であることを、我々経済界としても十分認識しておく必要があります。

 21世紀の日本がどんな社会になるかと言うと、市場規律が重視され、規制がなくなる中で、国民や企業が自らの意志と責任で、就業・事業機会を自由に選択し、新事業・新産業が続々と生まれて来る社会になります。また、産官学の緊密な連携のもと、厚みのある基礎技術の上に、企業の絶え間ない技術革新が新商品、新サービスを生み出して来る社会にならなくてはなりません。個人の能力が重視され、女性も高齢者も外国の人も生き生きと働ける一方で、真の弱者には社会的セーフティ・ネットが十分にはられた活力ある安心した社会になることが求められています。
 こうした経済社会を達成するためにも、規制を撤廃・緩和し、法制、税制、社会保障制度等を抜本的に見直し、企業が「自立、自助、自己責任」を原則に、市場のルールを守りながら、経済のエンジンとして強力に働かねばなりません。
 経団連としては、以上のように、新しい世紀に向けて明るくて活力の溢れた創造的な社会が、一日も早く構築されるよう、正面から様々な問題に取り組んでいきます。そのためには、必要な提言を、政府、与党ばかりでなく、産業界自身にもタイムリーに行ない、その実現を働きかけてまいります。
 「禍い転じて福となす」という言葉がありますが、危機はまた構造改革と新たな飛躍のチャンスでもあります。
わが国は、過去、2度のオイル・ショックや、急激な円高などの危機を乗り越えてきた経験があります。自信をもってことにあたれば、必ずや道は拓けます。会員の皆様のご理解とご支援を頂きながら、この難局の打開に邁進してまいる所存でございますので、よろしくご協力をお願い申し上げます。

以 上

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