Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2016年2月18日 No.3258  日韓産業協力の将来に関する論点《下》 -日韓経済関係の新半世紀/経営資源共有へのパラダイム転換を/21世紀政策研究所研究主幹・深川由起子

深川研究主幹

日韓の国交回復後、韓国では長らく「日本に追いつき、追い越す」という産業ナショナリズムが支配的思考であった。李明博政権は、(1)ウォン安誘導(2)安価なエネルギー供給など公企業による民間企業支援(3)大企業の法人税優遇(4)労働規制緩和(5)2カ国間の自由貿易協定(FTA)締結(6)環境ビジネスの推進――などに邁進し、日本が「六重苦」に苦しむなかで韓国大企業を飛躍させた。竹島訪問後の李大統領の発言「日本の国際的な影響力は以前ほどではない」は、産業ナショナリズムの勝利宣言となったが、現在は貿易収支黒字によるウォン高にアベノミクスの円安が重なるなど、産業ナショナリズムの基盤は失われつつある。

韓国大企業はかつての日本企業同様、海外生産比率を急速に上げ、他方で日本企業は「六重苦」が緩和されても国内回帰は緩やかなままだ。このため製造業をめぐるこれまでの日韓の立地条件競争はグローバルな付加価値連鎖(GVC)網のなかに埋め込まれた。

一方、国内経済にとってはモノのインターネット(IoT)やフィンテック(Fintech、金融とITの融合)、医療、農業や文化・観光などシステムやサービス業が重要性を増す。これらの産業では知識やアイデアによるオープンイノベーションが中核にあり、直接投資や知財、人の移動などが一層大きな意味を持つ。人の移動の容易さや、ビッグデータを生み出す社会の文化的・社会的、人口動態的な類似性が意味を持ちつつあり、「隣接」性に新たな意味が生まれつつあるといえよう。

GVCでは日韓とも最重要地域は東アジアだ。ここに環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が成立すれば2カ国間のFTAとは異なり、参加国全体の原産地をカバーする。参加国のベトナムを一大生産拠点とする韓国は日本との競争上、TPPに参加せざるを得ないが、参加すればTPPの枠組みのもとで日韓間の貿易障壁はほぼ完全に撤廃され、国境に基づく産業ナショナリズムはますます意味を失う。

一方、イノベーションが期待される分野では、産学官連携体制のあり方や規制緩和が焦点だ。すぐ「隣」の競争相手であればこそ、片方の成功事例は改革への外圧となり、規制改革特区の情報発信や共有努力の潜在力は大きい。人的交流では日韓間の大学の単位認定や資格相互認定は活発で、シリコンバレーなど第三国経由のルートもある。IoTなどの新しい分野はともにベンチャーが多く、日本企業による韓国ベンチャーの買収事例もあるが、「財閥」系大企業とは異なり、産業ナショナリズムの反発を招いたことはない。

地方経済活性化に不可欠な農業や観光も近隣国の意味が大きい。韓国はインバウンド観光振興では日本に先んじたが、自らが主要な訪日観光客を送り出しつつ、インバウンド観光の地方分散を日本から学んでいる。またいわゆるオランダ型の輸出農業でも日本は一時、韓国を盛んに視察したが、他方でコンビニなどの流通や食品加工の発展など、いわゆる農業の6次産業化では韓国が日本のノウハウを学んでいる。これらアイデアの交流は人の移動を媒介として双方向性が強く、水平的に進んでいる。

このように、経済活動はグローバル化しても経営資源の地政学は残り、新しい分野の台頭ではその重要性が増すだろう。産業ナショナリズムから経営資源の共有へ、地政学の経済的価値を見直すことが日韓間の新しい半世紀の出発点と考えるべきではないだろうか。

【21世紀政策研究所】

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