Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2016年3月31日 No.3264  韓国の温暖化対策<下> -韓国における温室効果ガス排出量取引制度/21世紀政策研究所研究主幹 有馬純

韓国では李明博政権のもとで、2020年BAU(Business As Usual)比30%減という目標を設定したが、これを達成するためのツールとして15年に韓国の全温室効果ガス排出量の66%をカバーする温室効果ガス排出量取引制度が導入された。第1フェーズ(15―17年)には500社以上が参加し、排出割り当ては11―13年の実績に基づいて行われる。排出量取引制度ではEU―ETSが先行事例であるが、アジア地域で国レベルの排出量取引制度が導入されるのは韓国が初めてである。

しかし、全国経済人連合会(全経連)と意見交換をすると、この制度に対する不満は極めて強い。最大の不満は産業界の必要量に応じた割り当てがなされていない点だ。

15―17年の3年間で20億トン必要なのに対し、政府が無償割り当てをしたのは16億トンで2割ほど足りない。特に非鉄金属産業では必要量に25%不足しており、15年から政府を相手取って訴訟中だそうだ。直近の排出量取引の価格が1.4万ウォン/トンだったので、4億トンの不足量に対し、4~5兆ウォンの追加コストがかかることになる。「中国の排出量が100億トン、韓国全体の排出量が6―7億トンであるなかで、韓国が先行して厳しい排出量取引制度を導入しても意味がない」というのが産業界の見方だ。また、排出実績に基づいて割り当てが行われるため、早期の削減努力を行った企業が報われない、EU―ETSでは規制されていない電力消費による間接排出も規制されるなどの問題もあるという。

韓国の30年BAU比37%減目標のうち、11%は他国の排出削減への貢献による国際オフセットで賄うこととされている。このため韓国はパリ協定第6条の「国際移転可能な排出削減結果(Internationally Transferrable Mitigation Outcome)」の具体化に強い関心を抱いているが、そもそもこの条文の具体化は今後の交渉に委ねられていることに加え、現在、国内排出量取引において国際オフセットは認められていない。

排出量取引制度導入を決定した際、産業界の反対は強かったが、「ブルドーザー」の異名を持つ李明博大統領はこれを押し切って導入を決定した。産業界も排出量取引制度の導入の「リスク」を真剣に想定しておらず、対応が後手に回ったというのが全経連の反省の弁である。

なお、直近の情報によれば、排出量取引の責任官庁が環境部から企画財政部に移されるという。さらに、20年目標を放棄することに伴い、排出量取引制度導入前の排出削減活動に対して与えられる早期行動クレジットの上限撤廃も検討されている。韓国経済が不調ななかで、政府も排出量取引のかじ取りに苦労しているものとみられる。

自らが苦労していることもあり、韓国産業界は排出量取引制度の導入をめぐる日本での議論に強い関心を有している。日本では経団連環境自主行動計画、低炭素社会実行計画が成果を挙げていることもあり、強制的、かつ管理経済的な排出量取引制度の導入の見込みは当面ないと説明したところ、「日本の状況がうらやましい」との反応であった。

韓国の経験は、排出量取引制度に限らず、どのような政策であっても理念先行型で、産業界とのすりあわせを十分せずに導入してしまうと、現実との間で大きな摩擦を引き起こすということを雄弁に物語っている。全経連は「失敗したEUの制度を性急に模倣してしまった」と述べているが、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)導入の際、ドイツの失敗事例に学ばなかったわが国にとっても人ごとではない。

【21世紀政策研究所】

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