Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年10月19日 No.3335  仏マクロン政権の現状評価と政策の方向性<上> ―支持率急降下 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/早稲田大学国際学術院教授 片岡貞治

1年半前にはまったくの無名ながら、大統領選を目前にしてフランス政界に彗星のごとく現れ、あれよあれよという間に大統領の座を射止め、頂点にまで上りつめたエマニュエル・マクロン氏。

マクロン政権は、発足当初は世界中の耳目を集め、フランスのみならず、欧州全体の期待を一身に背負っていた。そのマクロン自身の支持率も政権の支持率も、陰りをみせ始めている。本稿は、マクロン政権の現状の評価と今後の展望を精査することを目的とする。

■ マクロン・ブームの沈静化

史上最年少の大統領として鳴り物入りでさっそうと登場したマクロン氏。就任直後にベルリンを訪問し、メルケル首相と首脳会談を行ったのを皮切りに、NATO首脳会議や欧州理事会に出席して存在感を示し、その後は5月末にプーチン大統領をベルサイユ宮殿に、7月14日の革命記念日の軍事パレードにトランプ大統領を招待するなどして、華々しい外交デビューを飾った。いずれも柔和にかつ毅然と対応し、国民から極めて高い評価を受けた。しかし、内政面でつまずき、支持率が急降下し始めている。

(1)相次ぐ閣僚の辞任

支持率の急降下の原因として、3つの要素が考えられる。1つ目は、重要閣僚のスキャンダルである。選挙の論功行賞として閣僚に据えられたベテラン政治家が相次いで辞任を余儀なくされた。元社会党議員で、マクロン氏率いる与党REM(共和国前進)の幹事長を務めたリシャール・フェラン国土整備相が知人への不正優遇疑惑で辞任。次いで、仏政界の重鎮の1人でもあり、中道を代表する民主運動(MoDem、Mouvement démocrate)の創始者であるフランソワ・バイルー法相も架空雇用疑惑で辞任した。バイルー氏の辞任とともに、MoDemの他の2人の閣僚も辞任した。

これにより野党の共和党は、マクロン政権への批判を強めた。もとより、共和党の大統領選挙の候補者であったフィヨン元首相は、この家族不正雇用疑惑で大統領選を不利に戦わざるを得ず、結果的に敗戦したからである。また、バイルー氏はこうした架空雇用を根絶するための公職倫理法(La loi sur la confiance dans la vie publique)の策定を担っており、いわば足元から火が出るかたちとなった。

(2)歳出削減

2つ目は、選挙公約どおりの財政赤字削減を進めるため、労働法改正、住宅手当の見直し、年金改革、公務員給与増額の凍結、連帯富裕税の改革等、国民に痛みを強いる改革政策を断行しようとしていることである。9月27日の閣議で了承された2018年の予算案では、減税と財政赤字是正の両立が図られているものの、全体の支出は削減されている。すでに「富裕者優遇」の予算案との批判がリベラル層から噴出している。

(3)「俺がボスだ」

最後は、強権的な指導者という“裏”の顔がみえ始めたことである。7月19日に国防費の予算配分をめぐる対立から、フランス国軍トップのピエール・ド・ヴィリエ統合参謀総長が辞任した。もとよりマクロン氏は、国防に大きな関心を有しており、選挙戦の最中、国防費を25年までにGNI比2.0%までにすると公約していた。ところが、7月にダルマナン公共予算大臣は、「仏軍の海外活動経費を補塡するために国防省は今年度8億5000万ユーロの節約をしなければならない」と発言した。

一方、ピエール・ド・ヴィリエ参謀総長は、大統領府での国防会議および国民議会の国防委員会において、公然とこの国防費削減措置への異議を唱えていた。議会では、多くの国防委員会の議員が参謀総長の発言に理解を示していた。そこで、マクロン氏は7月13日に翌14日の軍事パレードに参加する兵士を慰問した際、国防省で「公の場で議論を披露することは好ましくない」「私が貴方たちのボスだ」(Je suis votre chef)と暗に参謀総長の行動を批判し、自分がリーダーであることを誇示した。さらに7月15日発行の新聞(Journal du dimanche)紙上で、マクロン氏は「大統領と参謀総長との間に意見の相違がある場合、参謀総長が変えなければならない」と発言した。結果、ピエール・ド・ヴィリエ参謀総長は辞任することとなった。

与野党を問わず、非難の対象となったのは、「俺がボス」というマクロン氏の傲岸不遜な態度と強硬な手法にあった。ドゴールやミッテランもこうした態度をとることは往々にしてあったが、マクロン氏はその若さゆえに、すぐに批判や非難の対象となってしまうという悲劇的な部分がある。しかし、大統領の公的な発言としては不適切なものであった。若いからこそ、逆説的に慇懃に振る舞うべきであったのである。事実、この一件を境に、「マクロンはぶら下がり質問に応じず、記者会見も規制する」「Twitterばかり」などメディア側からの不満が一気に噴出した。

こうした要素から支持率は下がったと思われるが、現時点では、公約どおりの行動であり、今後の最大の焦点は、痛みを伴う改革が現実のものになった時であろう。大きな労働争議が勃発する可能性もある。

次号では、今後のEUとフランスを展望する。

【21世紀政策研究所】

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