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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年3月15日 No.3354 トランプ政権のこの1年と今後 <2>「トランプ外交」の変質をめぐって -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(東京大学大学院法学政治学研究科教授) 久保文明

■ 「アメリカ第一主義」と「力による平和」

2016年11月8日に実施されたアメリカの大統領選挙において、トランプ候補が当選したことは、日本政府にとっても大変な驚きであった。のみならず、トランプ候補の選挙戦での言動を前提にすると、日本の安全保障にとって深刻な事態が生ずることすら懸念された。

トランプ候補は選挙戦中、北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れであり、日本・韓国はアメリカに頼らず自分で防衛すべきであると述べた。日本と韓国については、後に否定したものの、核武装しても構わないとまで述べた。40年前ならいざ知らず、今日のアメリカには他国を守る余裕はもはやないとの主張であった。特に日本については、自動車等の輸出によってアメリカで大量の失業を引き起こしながら、アメリカに国防を担当させているとして、厳しく批判した。選挙戦の最中の16年3月にワシントンポストの記者から、尖閣諸島についてはどのように対応するか尋ねられた時、トランプ候補は「自分は答えたくない」として、回答を回避した。

もしトランプ大統領が、このような発言にみられるとおりの外交を実践していたら、世界各地で深刻な事態を引き起こしていた可能性がある。尖閣諸島に関しては、中国による領海侵犯がより大胆に行われるようになり、南シナ海での行動もより積極的になった可能性がある。北朝鮮すら、より強気の行動に出たであろう。あるいはウクライナ問題を中心として、ヨーロッパ諸国が抱くロシアに対する緊張感はさらに高まっていたかもしれない。

トランプ候補は選挙戦中、自らの外交政策を「アメリカ第一主義」(America First)と呼んだ。中身を分析すると、それは外交・安全保障政策についての孤立主義(アメリカ第一主義Ⅰ)と、通商政策における保護貿易主義(アメリカ第一主義Ⅱ)に分けることができる。ここまで述べてきたのはアメリカ第一主義の第1の側面についてであり、第2の側面については、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)や米韓自由貿易協定の再交渉などが公約の中心であった。

ただし、トランプ候補は以上のことと同時に、「力による平和」(Peace through Strength)というスローガンを使った外交演説も行っていた。これはレーガン的な力の外交であり、かつて軍拡路線によってソ連に正面から対抗した外交を意味する。まさにアメリカ第一主義Ⅰと対極に立つ概念であり、この2つは原理原則のレベルでは両立しにくい。トランプ政権がどのような外交を展開するか、まことに予想のつきにくい状況にあった。

■ 大統領就任後のトランプ外交

就任後の展開はどうであろうか。外交・安全保障政策については、基本的にはアメリカ第一主義Ⅰを放棄し、「力による外交」を選択した。ただし、通商政策については、アメリカ第一主義Ⅱをそのまま実践している。

日本としては、前者は歓迎、後者については遺憾ということになる。外交・安全保障政策において、もしトランプ大統領がアメリカ第一主義Ⅰを実践していれば、北朝鮮に強い態度で臨むことはなく、尖閣防衛義務も撤回し、南シナ海での航行の自由作戦も実施されなかったことになる。東アジアの国際情勢は、極めて深刻な事態になっていたであろう。

ただし、アメリカ第一主義Ⅱはしっかりと残り、トランプ政権はTPPから離脱し、NAFTAについて再交渉に持ち込んだ。今年3月には鉄鋼とアルミニウムについて安全保障を理由として関税を賦課する決定も突然発表した。場合によっては同盟国の日本も、カナダやヨーロッパ諸国とともに対象となる。ここまで保護貿易主義的な政権は、アメリカでは第二次世界大戦後初めてということになろう。

問題は、本来は同盟を重視する力の外交と同盟国も区別しない保護貿易主義が混在し、外交論として整理されていないことにある。この状態はいつまで続くのであろうか。

【21世紀政策研究所】

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