Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年6月21日 No.3366  米中貿易摩擦と日本の対応 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(東京大学社会科学研究所教授) 中川淳司

中川研究委員

■ トランプ政権の対中通商政策の展開

大統領選挙中の2016年9月にトランプ陣営が公表した「トランプ経済計画」は、通商政策手段を通じて米国の貿易赤字を減らすことで、米国の国内総生産と国内雇用を増進するという公約を打ち出した。翌10月の「米国を再び偉大にする100日計画」は、具体的な通商政策手段として、外国の貿易上の不正行為をやめさせるために米国法と国際法に基づくあらゆる手段を利用するとうたい、なかでも最大の貿易赤字を計上する中国をターゲットの中心に据えた。この政権公約のポイントは2つある。第1に、貿易赤字を減らせば国内総生産と国内雇用が増大するという主張、第2に、貿易赤字は貿易相手国の「不公正」の結果であるという主張である。いずれも大半の経済学者は支持しない主張であるが、米国で製造業に従事する労働者層からは強く支持され、トランプ大統領当選の原動力となった。

トランプ政権は発足後、中国に対して以上の選挙公約の実現に忠実に取り組んできたといえる。まず、政権発足以来、中国製品に対するアンチダンピング税・補助金相殺関税の調査件数が増えた。18年2月には中国製太陽電池と家庭用洗濯機を対象にセーフガード措置を発動。3月には1962年通商拡大法232条に基づき、国家安全保障に対する脅威を理由に、中国を含む海外からの鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税の賦課を決めた。さらに同月、中国の技術移転および知的財産に関する政策を不公正と認定して、翌4月には、74年通商法301条に基づく1300品目、総額500億ドルに上る制裁関税のリストを公表するとともに、中国の差別的な技術移転政策についてWTO提訴を行った。また、中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)に対して、経済制裁実施中のイランや北朝鮮に不正に通信機器を輸出したことを理由に、同社と米国企業の取引を7年間禁止する制裁措置を発動した。

これに対して中国も対抗措置で応じた。4月には、通商拡大法232条に基づく追加関税措置をWTO協定違反として、WTO提訴を行うとともに、対抗措置として米国からの128品目、30億ドルの輸入品に対して追加関税を賦課した。さらに、通商法301条に基づく制裁関税に対しては、これを不当としてWTOに提訴するとともに、米国からの輸入品に対する、106品目、総額500億ドルに上る制裁関税のリストを公表し、米国が制裁関税を発動すれば直ちにこれを発動するとした。対抗措置の撃ち合いで米中摩擦が貿易戦争へとエスカレートする懸念が高まった。

■ 米中貿易協議と日本の対応

以上を背景として、18年5月初めに米中両国の間で第1回の貿易協議が開催された。以後、5月中旬に第2回、6月初めに第3回の協議が行われている。第1回協議に先立って米国が中国側に提示した要求書は、この協議を通じて米国が何を目指しているかを端的に伝える。第1に、対中貿易赤字の削減を目指した要求である。19年6月までに1000億ドル、20年6月までにさらに1000億ドルの削減を求めている。第2に、中国の技術移転・知的財産権政策およびその背後にある産業政策の変更を求める要求である。これらはいずれもトランプ陣営の選挙公約に挙げられていた項目であるが、要求実現の手段や時間軸は異なる。

後者は、米国が通商法301条で問題にしていた中国の不公正な政策にかかわる。こうした政策についてはWTOの紛争解決手続きでその是非を問うのが本筋だろう。これに対して、前者は通商法301条とは無関係の問題である。301条に基づく制裁関税の威嚇を梃子として、交渉で中国から貿易赤字削減の約束を引き出そうとする強引な戦術である。そもそも、貿易赤字を計上する相手国を「不公正貿易国」と決めつけて、赤字の削減を要求するという論法には承服しがたいものがある。仮に、協議の結果、中国が貿易赤字削減のために対米輸出の抑制を約束するとすれば、それ自体がWTO協定に違反する輸出自主規制となる可能性が高い。

日本としては、多角的貿易体制を重視する立場から、中国の技術移転・知的財産権政策に対する米国のWTO提訴は支持すべきである。日本が同提訴に第三国参加したことは評価できる。他方で、対米貿易赤字削減をめぐる米中協議には毅然とした態度をとるべきである。日米両国は7月に「自由で公正、互恵的な貿易取引のための協議」(FFR)を開始する。そこでも、日本から貿易赤字削減の約束を引き出そうとする米国の要求には応じるべきではない。あくまでもTPPへの米国の復帰を求めるという従来の主張を堅持することが肝要である。

(6月10日脱稿)

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6月15日に米国は4月に原案を公表した対中制裁関税のリストを発表した(7月6日に818品目・340億ドル相当の中国製品に25%の追加関税を発動し、284品目・160億ドル相当分については検討手続きを進め、今後決定する)。それに対して中国はすぐに反応し、米国から輸入する農産物や自動車などに対して、同様の関税措置をとることを発表した。

【21世紀政策研究所】

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