Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年7月5日 No.3368  地方におけるデータ利活用からみえる課題 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/東京大学大学院情報学環・副学環長・教授(前21世紀政策研究所研究主幹) 越塚登

越塚教授

2016年10月から18年3月までの間、21世紀政策研究所で「データ利活用と産業化」をテーマとした研究会を主宰し、5月に最終報告書をまとめた。研究を通してさまざまな課題がみえたが、データの産業的利活用を阻む大きな要因は、技術やスキルではなく、むしろビジネスモデルの要素が大きいようだ。

IoTやAI、またはデータの利活用を議論する際、それを支える情報通信技術や社会インフラ、人材育成が論点となることが多いが、それに適した新しいビジネスモデルの開発に関しては比較的無頓着であった気がする。私は、IoTやAI、データの利活用を中核とした、いわゆるSociety 5.0においては、「Society 5.0」型の新しいビジネスモデルの開発が最大のカギだと思う。新しいチャレンジのためには、"Change Management"(変革管理)といった手法も重要だ。そうした新しいビジネスモデルの欠如による課題が最も顕在化している場面が、地方におけるデータの利活用ではないかと感じている。

最近、IoTやデータを用いて、地方経済を活性化する取り組みに関与させていただくことが多くなった。例えば、今年6月、私の所属する東京大学大学院情報学環は、高知県とIoTに関する技術交流協定を締結した。高知県だけでなく、日本各地で各種産業のさまざまな現場に関わると、IoTやデータ利活用によって格段に効率化が見込める場面に多く遭遇する。技術者の観点からは「当たり前」が手付かずに残っている。

例えば、第一次産業では、もちろん一部意欲的な事業者は先駆的なことに取り組んでいるものの、多くはデータ利活用からは、まだまだ遠い状況である。農業ですら気象データは十分に利用されていないし、漁業でも海上や海中の状況を示すデータは十分に利用されていない。第二次産業でも小規模・零細工場では、製造装置の長期間稼働時の遠隔監視なども十分に普及しておらず、長時間つきっきりでの目視監視などが減らない要因にもなっている。福祉や医療、教育など、あらゆる現場で、当たり前のデータ利活用が進んでいない状況が、全国各地で多くみられる。

その問題の核心は、ビジネスモデルではないかと私は感じている。そもそも、技術的に当たり前でも、コスト/メリットが見合わなければ取り組まれないのは当然だ。問題はそこではなく、コスト/メリットが見合っていても、収益規模が小さいと、やはり取り組まれないまま残されていることだ。「すぐにもうかりそうなのになぜ?」と、そこに課題意識を感じているのだ。個人的な実感だと、具体的には100万~1000万円程度の効率化や収益化が見込める現場が課題である。この規模は、地域の中小規模経済であれば、重要な収益改善効果であるにもかかわらず、データの利活用が進んでいない。データの利活用やIoTの推進の中核となるべき大手IT企業も、地方の状況に根ざす地方支社などを通じて、より積極的に地方の課題解決を事業化してはどうかと思う。

こうした小規模のデータ利活用という課題は、いわゆるロングテール部分のマーケットである。このようなマーケットは、あらゆる分野に存在し、日本または世界全体で合わせれば大きなビジネスとなり得ると思うが、そのマーケットにどのプレーヤーも参入しない。むしろ、一攫千金のような、1つの案件で数億円規模の収益が上がる案件だけに関心が集まる。

しかしそのようなマーケットは、日本だけでなく、シリコンバレーをはじめ、世界中がねらっている。むしろ日本は、“広く薄く”を、データ利活用ビジネスで目指す必要があるのではないか。そもそも、高品質のサービスを低価格で広くあまねく提供することは、経営の神様、故松下幸之助氏の水道哲学のように、事業のあり方の1つではないかと思う。それが、わが国のIT、ICT分野では忘れられている気がする。それが顕在化しているのが、地方で手付かずのままにされている「当たり前」のデータ利活用の現場である。

【21世紀政策研究所】

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