Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年7月12日 No.3369  最近の欧州情勢<上> -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(早稲田大学大学院法務研究科教授) 須網隆夫

須網研究主幹

2018年前半のEUは、依然として多くの困難を抱える。日本企業は、迫ってきたイギリスのEU離脱に関心を集中させているであろうが、Brexitはむしろ多くの課題の1つでしかない。今回は、今年前半に関心を集めた、難民問題とユーロ改革の動向を概観し、次回で、6月末の欧州理事会の決定事項を検討し、その意味を明らかにしたい。

■ 域外からの難民流入

今年前半の動きを主導したのは、やはり難民問題であった。アフリカ・中東からの「難民」流入は、地中海が荒れる冬季には減少するが、春以降増加する。今年も同様であり、ピークの2015年に比べれば減少したものの、多くの難民がイタリアはじめ各国に流入している。

EUは、ダブリン規則のもと、難民が最初に到着した加盟国が難民申請を処理することを原則とするが、大量の難民に直面した加盟国は、その負担に耐えられず、システムは機能停止に追い込まれている。いかに整備されたシステムでも、何万人単位の難民流入への効果的な対応は困難であるが、難民問題はEUの機能不全の象徴となり、各国の国内政治において争点ともなった。

3月のイタリア総選挙では、難民に厳しい姿勢をとる諸政党が勝利し、その後、五つ星運動と同盟の連立により、EUに批判的なコンテ政権が誕生した。ドイツでも、連立政権を構成するキリスト教社会同盟(CSU)が移民への強硬策を主張し、政権内部を混乱させた。難民問題の影響は、各国内にとどまらず、EUレベルにも及ぶ。ハンガリー・チェコなど東欧4カ国は、2015年以降、他加盟国からの移民受け入れを命じるEU決定に一貫して抵抗し、EU司法裁判所に訴えられている。特にポーランドは、司法の独立をめぐり欧州委員会と深刻な対立が続いている。今年後半の理事会議長国であるオーストリアの現政権も難民受け入れには反対であり、難民流入に直面する加盟国とEU内での二次的な受け入れに反対する加盟国との対立は、合意形成を困難にしている。6月下旬に開催された非公式の首脳会議への参加が16カ国にとどまったことも、それを示唆している。

■ ユーロの強化

難民問題の一方で、金融危機から脱却した経済・通貨情勢の安定を背景にしながら、経済通貨同盟の強化を目指す動きが生じたことも今年前半の特徴である。昨年末から、ユーロ圏の構造改革を目指す議論が始まったが、特に、フランスとドイツ両国首脳の改革に向けた行動は迅速かつ積極的であった。財政統合の深化のための共通予算の提案には、デンマークはじめ北欧諸国が反対していたが、メルケル首相とマクロン大統領は会談を重ね、6月には、月末の欧州理事会に先立って、ユーロ圏共通予算の創設に合意したメセベルグ宣言を公表した。共通予算には、オランダも強固な反対を表明しており、ドイツ国内でもこの種の提案が支持されるか懸念がある。

他方で、新たな危機に対して、現行制度で十分であるとは確信できず、果たして共通予算が現実化するのか、その場合、その規模は十分なものになるのか、今後の議論の推移が注目される。ユーロへの求心力が維持できるかどうかは、EU全体の将来を左右するかもしれない。

■ そしてBrexit

このような状況のなか、Brexit交渉はいささか影が薄い。EUは、2月末に、イギリスとEUとの脱退に伴う問題を解決する脱退協定案を公表した。脱退協定案には、市民の権利の扱い、2020年末までの過渡期間の設定など、それまでの交渉で合意に達した事項が盛り込まれているが、その後、目立った進展は報じられていない。

現在の最大の課題は、英領北アイルランドとアイルランドとの国境管理である。イギリスの離脱が関税同盟からの脱退を意味する以上、両者間の国境管理の導入は不可避であると思われるが、それでは、イギリス・アイルランド間のベルファスト合意(1998年)と矛盾しかねない。さらに、過渡期間中のEU司法裁判所の裁判権についても争いがある。

交渉停滞の原因は、主としてイギリス側にあり、国内での対立によるメイ首相の指導力の不足が批判されている。これまでも、イギリス側の主張には、実現可能性が疑問視されることが少なくなかったが、このままアイルランド問題に決着がつかないと、時間切れにより、離脱協定なしの強硬離脱に向かわざるを得なくなることを懸念する声もある。その場合には、過渡期間もなくなり、企業にとっての影響は深刻である。今後の交渉の推移は、なお見通せず、企業としては、最悪のシナリオに備えるしかないのであろう。

【21世紀政策研究所】

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