Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年7月26日 No.3371  現代米国で主要産業の転換を可能とした要因 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/立教大学経済学部経済学科教授 山縣宏之

山縣教授

長らく産業構造転換の必要性が指摘されてきたものの、日本では必ずしも産業の転換が進んだとはいえない状況である。そこで本稿では、ダイナミックに主要産業が転換してきた米国に注目し、どのようなファクターが主要産業の転換をもたらしたのか、論じてみたい。

■ 連邦政府による環境整備

現代米国(1980年代以降)の主要産業が、20世紀型製造業からIT関連産業、製薬バイオ産業を筆頭とするイノベーション型産業に転換してきたことは多くの人が認めるところである。米国はもともと州政府が国家機能の多くを担い、州ごとに独自の産業政策が実施されるという特徴があったが、70年代に製造業の国際競争力衰退、貿易収支の大幅赤字に直面した後、70年代末から連邦政府レベルで産官学の連携、大学からのビジネス創出、中小企業の技術革新と成長、新分野でのベンチャー企業叢生を促進する政策を実施してきた。これは、新たに組織や機関を設立するコストをかけることなく、すでに存在していた大学・研究機関と産業界のネットワーク化を、政府機関も関与しつつ「規制緩和」により実現し、新たな成長産業のシーズとなるベンチャー企業を育成する支援政策等と適宜組み合わせることで実行されたのである。

中小企業技術革新法(SBIR)(注1)とともに、バイ・ドール法(注2)により大学・研究機関が産学連携に乗り出す環境が整備され、80年代以降、米国では州立大学を中心として、大学が産学連携により企業の技術革新を支援した。地域・州・都市ごとに新たな企業を生み出し、ダイナミックに成長産業を生み出していく役割を果たすことになったのである。ほかにも大学は、意欲ある起業家の輩出、学部学生や大学院生教育という人的資本育成面でも地域・州・都市圏の企業に多大なる貢献を行うこととなった。

■ 地域の新産業形成で重要な役割を果たしてきた大学・研究機関

例えばテキサス州オースティンはもともと州政府機関と大学のまちであったが、州立テキサス大学オースティン校の研究者のイニシアティブにより地域協議会が結成され、産学連携が一気に進んだ。DELLやモトローラ等のITハードメーカーが誘致されたほか、チボリシステムズ(のちにIBMに買収され、同社の企業向けIT・ソフトウエアサービスの重要資源となっている)から、ソフトウエア企業群が一気に誕生した。80年代以降に成果として結実したITハード、ソフトウエア産業という新産業形成はテキサス大学オースティン校のみが実現したわけではないが、同大学は初期におけるネットワーク形成、新産業形成上の「触媒」として貢献したことが複数の研究者により指摘されている。

現在、バイオ製薬産業、スマートフォン向けプロセッサ開発(クアルコム社など)で世界有数の地位を築いたサンディエゴも、カリフォルニア大学サンディエゴ校の学長の努力が重要であった。産学連携と新産業創出の成功事例として知られるシリコンバレーをモデルとしつつ、地元産業界と積極的にネットワークを形成し、バイオ産業などのシーズ形成に多大な寄与をしてきたという経緯があることを、忘れてはならない。

もちろんここで述べた新産業創出は、労働力の流動性が極めて高く起業家が輩出されやすい、リスクマネーが積極的に提供される、という米国の社会や経済の仕組みが可能にした側面がある。しかし州立大学をはじめとする大学・研究機関が重要な役割を果たしてきたことに、いま一度注目する必要があるのではないだろうか。

(注1)中小企業技術革新法=多額の研究開発費助成を行う政府機関に、一定割合で中小企業への研究開発支援を義務づける政策。ハイテク・ベンチャー企業育成政策として有効に機能した

(注2)バイ・ドール法=大学・研究機関に企業との共同研究の成果である特許保有を認める政策。産学連携促進を目的とし、有効に機能したとされる

【21世紀政策研究所】

「21世紀政策研究所 解説シリーズ」はこちら