Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年7月18日 No.3416  EUの今後と国際秩序~EUの将来像への視角 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(早稲田大学教授) 須網隆夫

須網研究主幹

■ EUの機能不全の顕在化

EUをめぐる話題は、実に豊富である。イギリスのEU離脱(Brexit)は、離脱期限の今年10月末までの延長により小康状態を保っているが、イギリス国内では、メイ首相の党首辞任後、保守党の党首選が進み、離脱強硬派のジョンソン前外相の優勢が動かず、「合意なき離脱」の可能性が高まっている。5月の欧州議会選挙では、全体としてはEU支持派がほぼ現状を維持し、ポピュリスト政党の伸長はそれほどでもなく、現在、EU機関の主要人事が進められている。特に、欧州委員会委員長に、欧州議会選挙において各党派が掲げた候補ではなかったフォン・デア・ライエン・ドイツ国防相を欧州理事会が決定し、欧州議会の承認が得られるかが注目されている。

このようにEU・加盟国双方のレベルでの日々の出来事を追うだけでも相当のエネルギーを要するEUの場合、目先の出来事に振り回されないためには、中長期的な視点を持つ必要がある。Brexitによる混迷のスタートは、2009年以後のユーロ危機にある。ユーロ危機は、さまざまな欠陥に起因するEUの機能不全をわかりやすく顕在化させた。それらは、経済通貨同盟といいながら、経済政策の権限が依然として各加盟国にあることだけではない。フランス・ドイツの公的債務超過を許容しながら、ギリシャをはじめとする南欧諸国の公的債務には厳しい、財政規律に関するダブルスタンダード、そして何より、ギリシャなど財政破綻した加盟国に緊縮財政を強いたことによる市民生活の悪化であり、そこでは加盟国国民の意思がEUの意思決定に十分反映しない民主主義の欠陥が問われた。

EU市民は、これまでEUから経済的利益をはじめさまざまな利益を得、それがEUの正当性を支えてきた。しかるにEUがEU市民にとって、利益を与える者から利益を奪う者に変化すれば、EU懐疑派の影響力が増大するのは当然であり、EUには、市場の利益と市民の利益の均衡点を政治的に再調整することが求められている。そして、EU基本条約の強引な解釈によるユーロ安定化措置の正当化は、EUを支えてきた法の支配を変質させていることも見逃せない。

■ 求められるオーバーホール

このように考えてくると、EUがその機能を回復し、状況を真に安定化させるためには、全体的なオーバーホールが必要であり、ユーロを基礎にしたEUが発展するためには、少なくともユーロ圏諸国は政治同盟に進むべきであるとのハーバーマスの主張には説得力がある。ユーロ危機の防止措置は確かに以前より強化されたが、金融危機再発の可能性が払拭されたわけではないからである。

もっとも、Brexitをはじめ、加盟国の国内政治の現状をみると、そのような可能性が短期に実現するとは思えない。しかし、EUがその求心力を回復する可能性もないわけではない。まず、ユーロ圏でないイギリスの離脱ですらこれほど難航することは、各国のEU懐疑派にユーロ離脱・EU離脱がいかに困難であるかを認識させた。さらに、5月の欧州議会選挙の投票率が顕著に上昇したことは、皮肉にもEU懐疑派の反EUキャンペーンの結果、EUが人々の生活に影響する力を有し、それゆえその決定が民主的に行われねばならないことを、多くのEU市民が新たに認識した結果である可能性がある。欧州議会の権限は、1980年代以降徐々に強化されてきたが、それに反して投票率は低下し、欧州議会選挙も実際にはEUを争点として戦われてはいなかったが、もしかすると今回の選挙は、そのような状況が変化し、EUレベルでの政治的空間が成長を始める一歩かもしれない。

■ 新たな国際秩序像の模索

EUが抱える問題は、実は世界が抱える問題でもある。資本移動規制の自由化に基づいてグローバル化した資本市場をコントロールし、金融危機が繰り返し発生することを予防する力は、どの国にもない。もちろん国家主権は国家内部を外部の圧力から守る機能を果たす。したがって、EU加盟国におけるEU懐疑派と同様、手慣れた国民国家に退却して、自己の存在を守ろうとする発想は自然である。しかし問題は、相互依存が進んだ今日、それが実際に可能であるかである。Brexitも本質的にはこの問題を問うている。もし可能でなければ、いかに困難があろうとも、国家を外部に開放し、国際協力を強化するとともに、国際組織の超国家的な制度化を進めざるを得ない。

残念ながら現時点では、国民国家的対応、超国家的対応のどちらが今後の国際秩序像であるかは未知数といわざるを得ない。現在のグローバル市場は、WTOが示すように、さまざまな国際法制度によって支えられ、企業に安定したビジネス環境が提供されてきた。しかし、グローバルな金融市場、越境的なサプライチェーン、それらを維持できるのか、それとも米中の貿易戦争が示すように、再びグローバル市場は細分化されるのかは定かではない。企業には、両方の可能性に対応できる柔軟な戦略が求められるとともに、企業自体が、そのような方向性の決定に影響力を有するアクターであることを意識し、行動すべきであろう。

(7月8日脱稿)

【21世紀政策研究所】

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