Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年8月1日 No.3418  EUの今後と国際秩序~EU・中国関係を中心に -21世紀政策研究所 解説シリーズ/東北大学名誉教授 田中素香

田中名誉教授

■ EUと中国の通商関係

EUにとって中国はアメリカと並ぶ最重要の通商相手国である。最近はEUへの中国企業の大量進出や「一帯一路」の展開も話題に上る。

2018年、EUの対中国輸入は3950億ユーロ、輸出は2100億ユーロ、2000年比でそれぞれ5.6倍、8.2倍に増えた。対日本の輸出1.4倍、輸入0.8倍とは勢いが違う(EUの貿易統計による)。

EUや加盟国は15年まで中国を「お得意さま」と考えていた。メルケル首相はほぼ毎年財界人を引き連れて北京詣で、キャメロン政権は人民元取引のハブ市場化を目指し、習近平主席の訪英に女王陛下まで駆り出した。しかし、16年から様子が変わる。中国の鉄鋼ダンピングを受けてEUは反ダンピング関税引き上げ措置をとり、中国が要求したMES(市場経済ステータス)承認を拒否した。ドイツの態度も一変した。「インダストリー4.0」の虎の子企業クーカ(ロボット製造)を中国の美的集団に買収され、半導体装置製造のアイクストロン(米子会社がパトリオット・ミサイルの部品供給)にまで中国の手が伸びた。中国のこうした一連の行動に、ドイツ政府も身構えるほかなくなったのである。

今年の春、EUの欧州委員会は中国を「体制的ライバル(systemic rival)」と呼び、警戒感をあらわにした。中国企業の直接投資(FDI)に対するスクリーニング制度も導入した。ドイツ政府はBDI(ドイツ産業連盟)の支援を受けて、中国企業の買収防衛措置を独自に導入、30年目標の産業政策導入の方針も発表した。日本も、国際的M&A(企業の合併・買収)に対する国家レベルの防衛措置を検討すべき時期が来ているのではないか。

■ 「一帯一路」によるEU分断

温家宝首相は12年4月、東欧16カ国を相手にしたインフラ建設・通商発展の組織づくりを提案し、同年11月に第1回「16+1」首脳会議が開催された。EU加盟の東欧諸国が11、EU未加盟の西バルカン5カ国を合わせて「16」、いずれも旧共産圏の国々である。習近平主席が翌秋「一帯一路」を打ち出すと、その一環に組み込まれた。李克強首相が毎年東欧諸国の首都に乗り込み、相手国首脳と2カ国ベースでインフラ投資などの支援策を取り決める。今年は8回目、4月にクロアチアで開催された。

だが、通商面の成果は芳しくない。対中国貿易が伸びたのは中欧4カ国(ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキア)で、貿易収支赤字が膨らんだ。他の諸国は工業が未発達、輸出品は天然資源などであり、貿易は低調だ。インフラ投資も中国の約束額は大きかったが、EU加盟国にはEUの基準が適用されるため、政府調達には公開入札が義務づけられ、環境基準も厳しい。結局、EU未加盟のセルビアなど西バルカン諸国でインフラ投資が伸び、EU加盟国では不満が高まっている。

とはいえ、中国のEU分断策は成功している。中国は、ユーロ危機で苦しむ南欧諸国の国有財産を買収し、ギリシャのピレウス港整備などでも成功を収めた。ギリシャとハンガリーは極度の中国びいきとなった。18年4月、EU加盟国の駐中国大使が「一帯一路」を酷評する文書をEUに送った。「過剰生産削減など中国の国内目的を追求」「WTOのグレーゾーンにつけ込むことに巧みで罪悪感がない」「ルール軽視」「インフラ投資を中国企業に発注」などというものだ。ハンガリー大使だけは署名を拒否した。ギリシャは来年から「一帯一路」の正式メンバーとなり、「17+1」になる。今年3月にはイタリア政府がG7のなかで唯一「一帯一路」覚書に署名した。中国の資金で港湾整備、中国への輸出促進をねらう。

■ 国際秩序流動化のなかのEU・中国・日本

新自由主義の金融政策はリーマン危機を引き起こして自壊し、以後先進国は大量失業、格差拡大、ポピュリズム台頭などに直面、今日の国際秩序流動化局面に進んだ。中国は多様な戦略でEUを揺さぶっているが、トランプ政権の攻撃を前にEUとの協調を考慮せざるを得ない。最大の問題は「アメリカ・ファースト」の単独主義だ。トランプ大統領はEUを「敵(foe)」と言った。11月に自動車関税賦課へ進めば、ドイツへの打撃は甚大だ。同じ脅威は日本にも当てはまる。

EUは、トランプ大統領に押されて日EU EPA発効を急いだ。最近カナダ、メキシコ、ベトナムともFTA(自由貿易協定)を発効させ、南米のメルコスールの国々(ブラジル、アルゼンチン)と大枠合意に達した。自由貿易圏を拡大してアメリカ包囲を目指す。通商面ではEUは分裂していない。

日本はTPP11(包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ)を主導し、日EU EPAを発効させ、EUとともにリベラル民主主義・自由貿易主義・多国間主義の国際秩序を堅持する。次の目標はEUのTPP11への参加ではないか。そうなれば、Brexit後の英国のTPP参加も進めやすくなる。そのうえで、アメリカに再考を求める。そして当初の想定どおり、中国にTPP参加を促す。

【21世紀政策研究所】

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