Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年8月29日 No.3420  EUの今後と国際秩序~新たな英国首相と英・EU関係の将来像 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(ニッセイ基礎研究所研究理事) 伊藤さゆり

伊藤研究委員

■ 「合意なき離脱」に突き進む新首相

7月に英国でジョンソン政権が発足して以来、英国がEUから「合意なき離脱」をするとの観測は強まる一方だ。「合意があろうとなかろうと10月31日に離脱する」と公約して当選し、首相就任後も、「合意あり離脱」を望むとしながら、EUが再三にわたり拒否してきた「離脱協定からのアイルランド国境の開放を維持するための安全策(バックストップ)の削除」を条件としているために、合意のめどが立たない。

英国議会では「合意なき離脱反対」が多数派だが、首相が強行突破しようとすれば、議会が歯止めをかけることは難しい。今年3~4月に議会が期限延期を政府に求める機会を得たのは、メイ前首相が「離脱協定」の承認を目指したからだ。首相が「合意なき離脱」を追求する場合、同じ手段は使えない。政府には、議会の反対を停会で封じる選択肢もある。最終兵器となる「内閣不信任決議」は、野党が足並みをそろえたうえで、保守党の一部議員の賛同が必要であり、可決が「合意なき離脱」の引き金となるリスクもある。解散総選挙となるのは可決から14日以内に新たな政権の樹立で合意できない場合だが、選挙期日の決定については、首相に裁量の余地がある。ジョンソン陣営は、選挙期日を離脱後に設定し、解散で議会の動きを封じる青写真を描いているともされる。

ジョンソン首相の強硬姿勢には、EUからの譲歩を引き出すことと、「合意なき離脱」を掲げ5月の欧州議会選挙で最多の得票を得た「ブレグジット党」に流れた支持者を取り戻すねらいがあるようだ。

だが、対EUでは事態を悪化させるおそれがあり、「合意なき離脱」が総選挙での保守党勝利につながるかも疑問だ。漏洩された政府の機密文書に基づく英紙サンデー・タイムズの報道によれば、「合意なき離脱」は、標準的なシナリオでも、物流の遅延による「燃料供給の混乱」「生鮮食品の不足と価格高騰」「医薬品の供給不安・低下」さらに「アイルランド国境管理の復活」や「英国全土での抗議活動の拡大」などを引き起こすという。「合意なき離脱」へのプロセスでは、議会を軽んじ、多くの「慣習」を破ることにもなる。残留支持が多数だったスコットランドや北アイルランドとイングランドとの溝が深まり、連合王国分裂の危機も現実味を帯びそうだ。

■ 合意なき離脱はよりよい未来につながるか

英国のEU離脱は、離脱時点で終わるプロセスではない。よりよい未来につなげてこそ意味がある。

ジョンソン首相が旗振り役となった16年の国民投票の離脱派のキャンペーンでは、首相の上級アドバイザーに就任したドミニク・カミングス氏が考案した「主権を取り戻そう」というスローガンのもと、財源や国境管理、法規制、そして通商交渉の権限を取り戻し、「世界的な影響力を取り戻し、もう一度、真のグローバル国家になる」と呼びかけた。「EUとのよりよい関係」も公約だった。

しかし、離脱期限まで2カ月という今、熱を帯びるのは、期限どおりの離脱の可否と、「合意なき離脱」のダメージをいかにコントロールするかという議論ばかりだ。

「合意なき離脱」となれば、少なくとも短期的には、国内で生じた問題の対応に政策の優先順位を置かざるを得なくなり、離脱を「EUとのよりよい関係」の構築や「グローバル・ブリテン」戦略を展開する余力は乏しくなるだろう。

【21世紀政策研究所】

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