Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年1月9日 No.3438  COP25の結果と今後の課題 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(東京大学公共政策大学院教授) 有馬純

有馬研究主幹

■ 市場メカニズムの詳細ルール合意に再度失敗

2018年のCOP24(国連気候変動枠組み条約第24回締約国会議)ではプレッジ&レビューの具体的手続き等、パリ協定の実施細則に合意したが、市場メカニズムの実施細則は積み残しとなった。パリ協定においては京都議定書のCDM(クリーン開発メカニズム)と類似した「国連監視型メカニズム」が設置されることとなったが、これに加えて国連の監督を受けることなく、締約国間で自主的に削減量をやりとりできる「協力的アプローチ」も認められることになった。日本政府が実施しているJCM(二国間クレジット制度)はこれに相当する。この2種類の市場メカニズムの実施細則に合意するというのがCOP25のミッションであったが、会期末の12月13日を40時間超過しても合意がまとまらず、COP26に先送りとなった。2年連続の合意失敗である。

■ 市場メカニズムルール交渉の争点

何がそれほどもめたのか。第一の争点は京都議定書のもとで発行されたCDMの取り扱いである。国内に多量のCDMプロジェクトを有するブラジル、インド等はCDMクレジットをパリ協定のもとでの国連監視型メカニズムに全量移管すべきであると主張した。これに対し、EU、島嶼国等は20年以前に発行されたCDMクレジットを20年以降の枠組みであるパリ協定で用いることは野心レベルの引き上げに逆行するとの理由で強く反対した。

第二の争点はダブルカウント問題である。パリ協定では先進国も途上国も温室効果ガス削減・抑制目標を有し、その実施状況を報告することが求められるため、削減・抑制量を国際移転した際、移転先と移転元の両方でカウントすればダブルカウントになってしまう。それを防ぐためのルールが交渉されてきたのだが、ブラジル等はCDMは途上国が削減目標を持っていなかった京都議定書時代のメカニズムなので、それを含む国連監視型メカニズムについてはダブルカウント防止の適用除外とすべきだと主張したのである。これには「パリ協定の信頼性を損なう」との理由で先進国のみならず多くの途上国も反対し、協力的アプローチ、国連監視型メカニズムいずれもダブルカウント防止を徹底すべきであると主張した。

第三の論点はメカニズムの運営や途上国支援のための適応基金に対する強制拠出問題である。パリ協定では国連監視型メカニズムの取引に一定比率で課金されるとの規定があるが、少しでも先進国からの資金支援を引き出したい途上国は協力的アプローチについても同様の課金を主張した。当然、先進国はパリ協定のリオープンであるとしてこれに反対した。

今次交渉では、移管対象となるCDMの範囲や、20年以降の利用期限等に関し、さまざまな妥協案が模索されたが、そもそも移管に極めて否定的なEU、島嶼国と、全量移管、30年までの利用許可を求めるブラジルとの妥協点が見いだせず、ダブルカウント適用問題も決着しなかった。強制課金をめぐる対立も20年から始まる途上国支援に関する新たな資金支援目標の交渉とも密接にリンクしている。このためCOP26で市場メカニズムルールが決着するかどうかも不透明だ。パリ協定で各国が提出した目標の目標年は30年が中心なので今すぐにメカニズムのルールを決着せねばならないわけではない。JCMは自主的メカニズムなので国連でルールが合意されなくても進めることは可能だ。

■ 野心引き上げ圧力と石炭火力たたき

今回のCOPで日本のメディアの関心を引いたのは、メカニズム交渉よりも、野心レベルの引き上げと石炭火力たたきであった。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)1.5度特別報告書の発表やグレタ・トゥーンベリ氏の影響もあり、パリ協定の規定を超え、1.5度安定化、50年ゼロエミッションがCOPの世界のデファクトスタンダード化している。小泉環境大臣が石炭火力輸出の停止とNDC(国別削減目標)の引き上げに言及しなかったとの理由で環境NGOが日本に「化石賞」を授与したのも、1.5度安定化を何よりも優先する環境原理主義的な考え方によるものだ。

しかしこうした単純な世界観と、アジア地域では今後も石炭需要が増えるというエネルギーの現実との間のギャップは大きい。また途上国は貧困撲滅、エネルギーアクセスの拡大等、多くの課題を抱えており、温暖化防止だけを追求するわけにはいかない。このような現実主義的な議論はひたすら野心レベル引き上げを迫るスローガンにかき消されがちだが、エネルギー価格の引き上げは途上国のみならず先進国でも難しい。パリのイエローベストもチリの暴動騒ぎも、もともとは生活コストの引き上げが引き金だった。

今後のCOP会合は実現可能性を十分検討せず、目標引き上げの数値を競う“美人コンテスト”のような場になる可能性が高い。次期議長国の英国は「グラスゴーで野心COPを目指す」と言っている。よい格好をしたいという誘惑にかられがちだが、実現可能性を顧慮せず、1990年比 25%削減目標を掲げた轍を踏んではならない。日本が目指すべきは大幅削減を可能にする技術の開発とその低廉な価格での普及である。

【21世紀政策研究所】

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