Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2020年1月23日 No.3439  Brexit=「合意なき離脱」の回避と「合意なき関係」回避? -21世紀政策研究所 解説シリーズ/一橋大学大学院法学研究科教授 中西優美子

現在、筆者はドイツ在住であり、今回はドイツでの受け止め方を含め、Brexitの動向について述べたい。

■ 新離脱協定の合意

イギリスのジョンソン首相は、合意なき離脱も辞さないという姿勢で、イギリス国内および対外的な交渉を行ってきた。EU側は、再交渉には応じないとしていたが、結局、EUとイギリスは、修正を加えたアイルランド・北アイルランドに関する議定書を含む、新離脱協定および新政治的宣言に2019年10月17日に合意した。新離脱協定は、前文、185カ条ならびにアイルランドおよび北アイルランドに関する議定書(Protocol)および附属書(Annex)、その他の議定書および附属書から構成されている。

イギリスがEUから離脱することでアイルランドと北アイルランドに引かれてしまう国境線から生じる事項、つまり、税関検査と物品規制チェックにつき、北アイルランドについては、関税同盟に事実上とどまらせるということで決着がみられた。離脱協定に予定されている過渡的期間(20年12月末)の終了後4年、さらにその後の8年間の間に、北アイルランドにおける民主的な合意により、関税同盟、物の自由移動、電気の単一域内市場等(アイルランドおよび北アイルランドに関する議定書5条~10条)を続行するか否かが決められる仕組みになった(同18条1項および5項)。

■ 合意なき離脱の回避と合意なき将来関係?

ジョンソン首相が望んだ19年10月末の離脱は、時期尚早という理由で新離脱協定の採択ができず、実現しなかった。しかし、同年12月12日に実施された英下院の総選挙でジョンソン首相率いる保守党が圧勝し(定数650のうち365議席を獲得)、単独で過半数を獲得した。その後、12月20日に英下院は新離脱協定の骨格を承認した。さらに、今年1月9日に英下院は離脱に必要な関連法案を賛成多数で可決した。これにより1月31日の離脱は確実になった。

離脱後は、新政治的宣言に示された将来枠組みに基づき、EUと英の将来枠組み協定締結のための交渉が開始される。合意なき離脱は回避されたが、次は「合意なき関係」になるのか、包括的な通商協定等を過渡的期間内(新離脱協定126条によると、20年12月末)に合意できるのか否かが問題となってくる。新離脱協定132条によると、同年7月1日までに合同委員会が1回限り1年または2年の延長の決定をすることができると規定されている。もっともジョンソン首相は、期限の延長を行わないという意思を示している。

■ Brexitが既定路線に

ドイツの雑誌「シュピーゲル(Der Spiegel)」52号(19年12月21日)にBrexitに関するペーター・アルトマイヤー(Peter Altmaier)連邦経済大臣のインタビューが掲載されている。Brexitについては残念に思う気持ちは従来と同じであるが、今は、離脱協定と過渡的期間という秩序に基づくBrexitが期待できるとして、悲観的な見解は述べられていない。これまで、2度交渉期間が延長され、今年1月末になっている。EU条約50条により交渉期間の延長は欧州首脳理事会が全会一致で決定すると規定されている。フランスのマクロン大統領は期限の延長に難色を示したが、ドイツのメルケル首相は合意ありの離脱を強く望んだ。今回、ドイツの望みがかなえられたことを踏まえての発言であろう。

また、アルトマイヤー大臣は、将来の枠組み協定の交渉についても、ジョンソン首相は以前からよく知っているが知的な政治家で、ドイツとEUとの関係についても賢明な判断を下すだろうと楽観的に述べている。秩序を好むドイツは現実主義のイギリスとはうまくやれると考えているのであろう。

ドイツ人のフォン・デア・ライエン委員長が率いる新欧州委員会が19年12月1日に発足した。英総選挙で保守党が圧勝した折、彼女はジョンソン首相にお祝いの言葉を述べた。英のEU離脱は、既定のものとしてとらえられ、どのようにEUと英の将来の関係を構築するかにEUおよびEU構成国の関心は移っている。

他方、Brexitが確実になったことを受け、英国内では、北アイルランド問題とともにスコットランドの独立問題に関する議論が巻き起こっている。Brexitは1月末に実現するが、それにかかわる問題は今後も続いていくことになる。

【21世紀政策研究所】

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