Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年4月14日 No.3541  ウクライナ危機への視座~国際法の視点から -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究主幹(早稲田大学教授) 須網隆夫

21世紀のグローバル社会で、内戦でもテロとの戦いでもなく、侵略に基づく国家間戦争が起きることは、一部の専門家を除けば誰も予想できなかった。早くも1カ月半が過ぎようとしている、このロシアのウクライナ侵略を、われわれは、どのように受け止めればよいのであろうか。

ウクライナ侵略は、国際法に多くの問題を提起している。国際法は、戦争を抑止し、戦争が起きてもその被害を最小化すべく、さまざまなルールをつくり上げてきた。それらのルールは、「戦争の合法性に関する法」と「戦争の遂行方法を規律する法」に区別される。前者は武力行使の規制であり、ロシアの行為は、武力行使を禁じる国連憲章に明確に違反する侵略であり、禁止の例外である自衛権の行使にはあたらない。ロシアは、「特別な軍事作戦」であると自己の行為を呼んでいるが、それが明白な武力行使である以上、そのような主張に意味はない。また、核兵器の使用をちらつかせることも、禁止される「武力による威嚇」にあたる可能性が高い。後者は、いわゆる国際人道法であり、ロシア・ウクライナ両国とも、これを遵守し、言わばルールに則って戦争しなければならない。ロシア軍の撤退後、ロシア軍が占領していた各地で、住民の大量殺害が報道されている。ロシア軍への敵対行為に参加していない文民を殺害したのであれば、国際人道法に照らして、ロシアは厳しく非難されるべきである。ただし、ロシア軍は、軍事目標以外の施設を攻撃しているとも非難されるが、民間施設であっても、攻撃可能な軍事目標に該当する場合もあり、それにより文民に被害が生じても、一概に違法とはいえない。

もっとも、ロシアを既存の国際法に照らして評価するだけでは足りない。なぜなら、今回の戦争により、国連を中心とする国際法秩序自体が揺らいでいるからである。グローバル社会は、国際法および国際法と整合する国内法によって支えられてきた。もちろん、違法行為は世界の各地で頻発してきた。いかなる法秩序にも違法行為は存在し、それが直ちに法秩序を揺るがすわけではない。しかし、今回は様相が異なる。国連の中心を担う安全保障理事会(安保理)の常任理事国が、国際法の根幹である武力行使禁止原則を踏みにじっているのである。この事態に対して、国際法学者の間では、主に2つの方向性の議論が交わされている。一方は、ロシアを批判し、「ルールに基づく国際秩序」を擁護しようとする見解である。確かに、ロシアの侵略が失敗し、プーチン大統領をはじめ、侵略戦争に加担した政府関係者および住民を殺害したロシア軍人が処罰されれば、国際法秩序は回復・強化されることになる。他方、今までの国際法秩序のあり方、特に主に欧米諸国の武力行使を許容してきた国際法への反省に基づく、国際法秩序への批判もある。

どちらも、不可欠な議論であるが、議論はこれらに尽きるわけではない。それは、ウクライナ戦争が、国際法秩序の一体性それ自体を損なう可能性があるからである。冷戦崩壊後の1990年代以降、国連安保理の機能回復が象徴するように、国際秩序は一体性を取り戻した。ロシアの欧州審議会・欧州人権条約加入、ロシア・中国のWTO加盟も同様であり、もちろん、解釈の相違はありながらも、世界は一つの法秩序のなかにあった。

しかし、ロシアの欧州審議会・欧州人権条約からの脱退が示すように、今後の国際法秩序は、西洋諸国の民主主義体制の国際法とロシア・中国を中心とする権威主義体制の国際法に分断される危険がある。すでに2016年、中ロ両国は、国際法に関する共同宣言を発出し、主権・不干渉義務を重視した、彼ら独自の国際法観を打ち出している。国際法の一体性を維持できるか否かは、まさに今後の推移いかんであるとともに、日本が、その方向性を決定付けるアクターの一人であることを忘れてはならない。

【21世紀政策研究所】

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