Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年6月30日 No.3550  外相候補楽玉成の国家ラジオテレビ総局への異動―中国の対外政策「調整」の方向性 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(九州大学大学院准教授) 益尾知佐子

2022年6月14日、中国外交部の楽玉成副部長が国家ラジオテレビ総局(国家広播電視総局)の副局長に異動することが正式発表された。楽氏は習近平・中国共産党総書記とロシアのプーチン大統領との蜜月関係を取りもってきた人物である。2月の冬季北京オリンピックの開会式直前、両首脳は対面での会談に臨んだ。楽氏はその直後に取材を受け、中露関係は「天井知らずだ」「永遠に(構築の)途上にあり、終点はなく、給油所(加油站)があるだけだ」と発言して話題になった。その20日後、ロシアはオリンピックの閉幕を待っていたかのようにウクライナへの侵攻を開始した。

それからほぼ4カ月間、中国政府はロシアをかばうような発言を繰り返してきたが、国内では陰に陽に政権批判が高まっていた。実際に開戦前、中国外交部が正確に状況を分析できていたようにはみえない。そのため楽氏の異動は、対外政策の調整を前提とする降格人事という見方がなされている。そう言い切れない面はあるが(後述)、これが中国外交の今後に関係する重要な変化であることは間違いない。

楽氏は1963年生まれの59歳で、外交部では2018年から常務副部長(第一副部長)を務めていた。外交部の序列のなかでは、王毅外相(国務委員兼外交部長)と斉玉外交部党委員会書記に次ぐ第3位だった。斉氏は19年に着任する前は党の組織部でイデオロギー工作に従事しており、対外経験がない(彼の書記着任は戦狼外交の一因になったともいわれる)。さすがに斉氏を外相にするのは無理があるため、1953年生まれの王氏の後任は職業外交官の楽氏だろうと考えられてきた。2017年の第19回党大会で、彼はすでに中央委員会の候補委員になっていた。

楽氏の経歴は習氏との関係を示唆する。楽氏は外交部のロシアンスクールに属しロシア駐在経験が長く、13年には駐カザフスタン大使だった。つまり、習氏が同年9月に同国のナザルバエフ大学で初めて「一帯一路」の構想を提唱したとき、現地でそれをアレンジしたのが楽氏だった。翌年、インドでモディ政権が誕生すると、中国は同国との関係改善に注力し、9月には習氏が初訪印する。楽氏はそれまでに駐インド大使に転出し、両国間の友好的な雰囲気の盛り上げに貢献した(当時は中印の国境対立も落ち着いていた)。楽氏は16年に帰国すると、今度は中央外事工作領導小組弁公室副主任と中央外事工作委員会弁公室副主任を兼任した。習氏は総書記就任後、対外政策の一元的管理を目指してきたが、それを事務的に支える要職を担ったのだ。つまり、彼は習氏との“近さ”で昇進を重ねてきた。

その楽氏が外交部を離れた。うわさは5月中からあり、ロシア側は中国のロシア離れを懸念して何度も探りを入れたといわれる。楽氏の人事の発表の翌日、習氏はロシアのウクライナ侵攻後、初めてプーチン大統領に電話を入れて会談した。そこで習氏は、「主権や安全保障などの核心的利益や重大な関心事にかかわる問題で、中国はロシア側と引き続き支持し合い、戦略的に緊密に連携します」と述べた。つまり、習政権はこれまでどおり、ロシア寄りの姿勢を継続すると明言した。ただし彼はこうも付け加えた―「(中国は)国連、BRICS、上海協力機構などの重要な国際・地域組織で意思疎通と協調を強化し、新興市場国や途上国との団結や協力を促進し、国際秩序とグローバルガバナンスをより公正で合理的な方向に押し進めていくつもりです」。ロシアの弱体化による国際的なパワーバランスの悪化を食い止めるため、習氏は途上国などの「第三世界」を中国側に抱き込む外交攻勢をかける意向である。

習氏は「中国のよい話を語ろう」を合言葉に対外宣伝を強化し、中国の「話語権(discourse power、発言力)」の向上に努めてきた。新旧各種メディアの統合と効率化を図るため、18年に中国国際ラジオ局(中国国際広播電台)やCCTV(中国国際電視台)などを合併し設立したのが国家ラジオテレビ総局である。「局」という名称だが、実際には正部級の国務院直属機構で、その副局長は副大臣(副部長)クラスである。楽氏にとっては前職からの横滑りという位置付けになる。

総局側では楽氏の異動直前に元の局長が退任し、楽氏と同じ年の徐麟氏が局長兼党委員会書記に就任して、楽氏の内部昇進の可能性は封じられた。だがそれでも、西側諸国との緊張が高まる今日、中国にはそれ以外の国々と関係を強化する必要がある。そのためには非西側諸国で中国的価値観の普及に努め、中国の支持層を固めていかなければならない。楽氏の異動は、途上国の人々の「マインド」をめぐる世界的闘争の本格化を意味するのではないか。日中両国の第三国市場における協力の可能性など、もう遠い昔の話のようだ。

【21世紀政策研究所】

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