第57回NGO活動成果報告会
21世紀環境・経済・文明研究所の代表で、国際日本文化研究センター教授の安田喜憲氏(環境考古学)をお招きして、企画部会と合同で実施した
冒頭、プンスナイ遺跡の発掘にいたる経緯が説明された。1970年代以降、稲作を中心とした古代文明(長江文明)の存在が指摘されはじめた。中国、城頭山遺跡にて、6500年前の高度な灌漑技術を使った水田跡を発見した。その後、カンボジア、プンスナイで発見された埋蔵物が、城頭山遺跡で見られたのと類似した表面の黒い土器であったこと、遺跡の形状も円形で類似していたことが明らかになった。現地を調査すると、円形の遺跡の周囲は湿地帯になっており、環濠の跡であることが伺われた。また、遺跡全体は小高い丘になっており、住民からは「聖地」と呼ばれていて、墳墓であることが伺われた。住民の了解を得て、発掘を行うと、1世紀から5世紀ころの地層から大型の人骨(後の調査で女性兵士らしいことも判明)、中国類似の、黒くて太陽の文様の入った土器が発見された。また、発見された青銅器は中国南部のものと成分が類似していた。以上のことから、稲作を中心とした、いわゆる「長江文明」がこの地にも及んでいたことが推定された。
ここで安田氏は、この発掘の意義について、次のように説明した。長江文明以来の東洋世界の稲作文明は、西洋の、少ない水で育つ麦作文明と異なり、大量の水を必要としたことから、水の大切さを理解し、水を通じた循環的な利用を実現した文明であり、水のタンクである森を大切にする文明であった。こうした稲作文明の知恵を理解することは、将来の人類の進むべき道のヒントになるはずである。稲作文明の伝統を解明して、それを糧として、人間の幸せのみを追求してきた従来の価値観とは異なる、新しい文明の伝統を作っていきたい。
ところで、現地は、少し掘ると、土器や副葬品が出るが、文化財という認識がないため、ほとんどは盗掘され、あるいは、現地住民のアクセサリーや土産物となって散逸していた。文明の伝統を解明し、守っていくためには、こうした出土品は「歴史遺産」であり、村にとって大切なものであることを、住民に教育することも重要である。
そこで、2007年4月、プノンペンにコミュニケーションセンターを設立し、主として大学生・研究者を対象に発掘技術(人骨の調査方法、土器の復元方法など)に関する教育を行った。2008年には、プンスナイ村の近くに新たな拠点を建設して、地元出身者の環境戦士の育成を開始した。また、プンスナイ村にも博物館を建設し、出土品の保管・展示をする予定。小学校の建設の要望もある。発掘に関しては、「聖地」の下に版築構造(人口の硬い層)が発見されており、王族の墳墓ではないかと期待が膨らんでいる。





